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49.愚かさゆえの失態
隣国アースルンドの王女アマンダの動きは、逐一探らせている。愚かにも離宮へ入り込もうとしたなら、殺す許可も与えた。当然だろう、僕の至宝に近づこうとした証拠だからね。
「陛下」
仮眠を終えた僕のところに、ニルスが難しい顔をして現れた。普段の笑顔はどこに置いてきたのさ。何か問題があったのだろう。髪を手櫛で整えながら先を促した。
「なに?」
「ソフィから、トリシャ様に関する情報が届いております」
無言で手を伸ばし、メモの内容を確認する。見送りの際にトリシャが僕の隣にいた女を気にしていた……そう綴られた文章に一瞬だけ心が躍った。だが、次の文章で慌てて立ち上がる。不安がるトリシャの様子がおかしかったと。それは嫉妬というより、悩むように見えた。
失敗した。トリシャは僕が「魔女の所以」を2つとも握っていることを知らない。自分が穢れた存在と思い込む彼女に、嫉妬や焼きもちは遠い感情なのだ。まだ早すぎた。もっと距離を詰めてから動くべきだったのに。このまま彼女を苦しませるわけにいかない。だが……2つ目の秘密を知っていると明かすのはタイミングが悪すぎた。
もう少し、彼女には隠しておかなければならない。すべてを片付けて後顧の憂いを断ってから動きたかった。足早に部屋を出て、後ろからニルスが差し出すリボンタイを結ぶ。ボタンを大急ぎで閉じて、髪を撫でて誤魔化した。
「ですから申し上げたのです。よろしいのですか? と」
「わかった。次からはニルスの意見を参考にするよ」
そう、注意されていたんだ。兄とも父ともつかない立場で、僕のためを思って口にされる忠告を流したのは僕の失態だ。本宮の部屋から階段を降り、急ぎ歩く僕の前を遮る無礼者はいない。そのはずだった。
「皇帝陛下ぁ、私……」
「うるさい」
怒鳴るより低く苛立ちに満ちた声で切り捨てる。青ざめた王女を放置し、僕はそのまま足早に外へ出た。離宮へ繋がる廊下は天井と床だけが整備されている。トリシャが普段から通るなら壁もつけるけど、今は僕達しか通らない。無駄な費用はカットした。
無駄を省いた柱と屋根にしようとしたが、離宮と繋がる庭園の眺めに合うよう彫刻は施している。そのため凹凸が多く、危険でもあった。潜む者の影が飲み込まれてしまうのだ。用心していたつもりだった。でも焦った僕は双子の騎士が追いついていない事実を知りながら、先頭を歩く。
夕暮れが近い陽光は傾き、徐々に景色が赤く染まり始めていた。開いた花がややしぼみ始め、もの悲しい雰囲気が漂う。本宮殿寄りは薔薇などの低木が、離宮に近づけば優しい野花が増える。その中間地点だった。
きらっと視界で何かが光る。次の瞬間、後ろへ引っ張られて転がった。地面に倒れた僕の上にニルスが身を挺して被さり、双子の叫び声が聞こえる。
「曲者だ!」
「くそっ、間に合うか」
ぬるりと赤い血が僕の首筋を伝う。嗅ぎ慣れた赤は、鉄錆びた生臭さを纏って僕の肌を濡らした。
「ニルス?」
「ご無事、ですか……」
そう告げた側近の声が掠れていて……僕は己の愚かさを心の底から自覚した。
「陛下」
仮眠を終えた僕のところに、ニルスが難しい顔をして現れた。普段の笑顔はどこに置いてきたのさ。何か問題があったのだろう。髪を手櫛で整えながら先を促した。
「なに?」
「ソフィから、トリシャ様に関する情報が届いております」
無言で手を伸ばし、メモの内容を確認する。見送りの際にトリシャが僕の隣にいた女を気にしていた……そう綴られた文章に一瞬だけ心が躍った。だが、次の文章で慌てて立ち上がる。不安がるトリシャの様子がおかしかったと。それは嫉妬というより、悩むように見えた。
失敗した。トリシャは僕が「魔女の所以」を2つとも握っていることを知らない。自分が穢れた存在と思い込む彼女に、嫉妬や焼きもちは遠い感情なのだ。まだ早すぎた。もっと距離を詰めてから動くべきだったのに。このまま彼女を苦しませるわけにいかない。だが……2つ目の秘密を知っていると明かすのはタイミングが悪すぎた。
もう少し、彼女には隠しておかなければならない。すべてを片付けて後顧の憂いを断ってから動きたかった。足早に部屋を出て、後ろからニルスが差し出すリボンタイを結ぶ。ボタンを大急ぎで閉じて、髪を撫でて誤魔化した。
「ですから申し上げたのです。よろしいのですか? と」
「わかった。次からはニルスの意見を参考にするよ」
そう、注意されていたんだ。兄とも父ともつかない立場で、僕のためを思って口にされる忠告を流したのは僕の失態だ。本宮の部屋から階段を降り、急ぎ歩く僕の前を遮る無礼者はいない。そのはずだった。
「皇帝陛下ぁ、私……」
「うるさい」
怒鳴るより低く苛立ちに満ちた声で切り捨てる。青ざめた王女を放置し、僕はそのまま足早に外へ出た。離宮へ繋がる廊下は天井と床だけが整備されている。トリシャが普段から通るなら壁もつけるけど、今は僕達しか通らない。無駄な費用はカットした。
無駄を省いた柱と屋根にしようとしたが、離宮と繋がる庭園の眺めに合うよう彫刻は施している。そのため凹凸が多く、危険でもあった。潜む者の影が飲み込まれてしまうのだ。用心していたつもりだった。でも焦った僕は双子の騎士が追いついていない事実を知りながら、先頭を歩く。
夕暮れが近い陽光は傾き、徐々に景色が赤く染まり始めていた。開いた花がややしぼみ始め、もの悲しい雰囲気が漂う。本宮殿寄りは薔薇などの低木が、離宮に近づけば優しい野花が増える。その中間地点だった。
きらっと視界で何かが光る。次の瞬間、後ろへ引っ張られて転がった。地面に倒れた僕の上にニルスが身を挺して被さり、双子の叫び声が聞こえる。
「曲者だ!」
「くそっ、間に合うか」
ぬるりと赤い血が僕の首筋を伝う。嗅ぎ慣れた赤は、鉄錆びた生臭さを纏って僕の肌を濡らした。
「ニルス?」
「ご無事、ですか……」
そう告げた側近の声が掠れていて……僕は己の愚かさを心の底から自覚した。
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