【完結】彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
51 / 173

51.身勝手で無様な懇願でいい

 ここでニルスを追うのは、彼の望む主君の姿ではなかった。周囲の守りがすべて倒れても、毅然と胸を張って前に進むよう教育したのはニルスだった。僕はこれ以上、彼に失望されたくないからね。

 今回の失態は僕の罪で、罰も受けよう。今の僕が優先するのは、当初の目的を果たすこと。襲撃で予定を変えて逃げ戻るのは、皇帝が為すべきではない。ひとつ大きく息を吐いて、アレスが前に立つのを待った。双子に目配せして立ち位置を確認し、歩き始める。

 犯人捜しはすでに手を打った。ニルスの治療も手配した。僕が優先するのは、これ以上僕の愚かさのせいで大切な人を傷つけないことだ。足早に離宮に入り、ひとまず自室で湯を浴びる。血の匂いで、トリシャを不安にさせるわけにいかなかった。

「トリシャは?」

「お部屋におられます」

 間にあるリビングに来てもらうよう伝え、僕は気持ちを落ち着けた。側近のニルスは常に隣にいた。それが当たり前なのに離脱したのは、僕の失態ゆえだ。これ以上無様を重ねて、トリシャを失うわけにいかない。謝罪もするし誹りも受けよう。だけど、彼女は手放せなかった。

 先にリビングへ移動し、ソファに腰掛けた。普段と違う香水を纏ったのは、血の匂いを誤魔化すためだ。念入りに洗う時間を惜しんだ僕の苦肉の策だった。

「エリク、さきほどの騒ぎは……何があったのですか?」

 不安そうに顔を見せたトリシャの手を取り、長椅子に座らせる。端に腰掛けた彼女と向かい合う形で反対の端に座った。ひとつ深呼吸する。それから切り出した。

「ごめん。トリシャ、君を不安にさせたことを謝らせてくれ。本当に申し訳なかった」

 驚いた顔をするトリシャの前で、僕は素直に頭を下げる。皇帝になって、こんな風に謝った記憶はなかった。恥ずかしいとも情けないとも思わない。傷つけた大切な人に頭を下げるのは当然だから。

「顔を上げて、エリク」

 声がまだ揺れている。こんなに冷たい手をして……僕の罪深さが沁みてくるようだね。両手で彼女の手を温めながら、僕は脳裏の不安を追い払った。大丈夫、間に合うはずだ。トリシャの気持ちも、ニルスの命も掴まえる。

「僕は君を傷つけないと決めたのに、醜い欲で傷つけた。不安にさせたことを許してほしい」

 あの女性は隣国アースルンドの王女であること。トリシャが心配するような女性ではなく、国王が勝手に送り込んだこと。それを利用して嫉妬させたくて、愚かにもトリシャに事情を隠した。すべてを包み隠さずに話す。

 嫌われて逃げられる心配はしなかった。だって、そんなことさせないから。どんなに君が僕を嫌っても、離してあげられない。閉じ込めて愛でる僕の鳥籠からは出さない。不自由を強いるかも知れないけれど、これが僕の愛し方だった。

 彼女を閉じ込めるのに誠実な愛を向けられないなら、僕の価値はゼロだ。まっすぐにトリシャの紅色の瞳を受け止めた。揺れる眼差しは困惑している。

「直接なんでも聞いて欲しい。僕は君に嘘を言わないと誓う」

 誰かに聞いて不安になる前に、嘘を吹き込まれて疑う前に、僕に直接聞いてくれ。哀願するように彼女の手を僕は握り締めて誓った。身勝手な男だ、無様で情けないのは承知している。

「……っ、でしたらお伺いしますわ。この香水は……どなたの」

 移り香でしょう。不安に揺らぐ声に、僕は逆に安堵を覚えた。
感想 214

あなたにおすすめの小説

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。