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第1章 陰陽師は神様のお気に入り

17.***依代***

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『アレはまた騒ぎに巻き込まれたのか……』

 呆れたと滲ませた口調に、周囲の闇が呼応するように揺れた。

 まさに疫病神と呼ぼうか、災厄を呼び寄せる事に関しては天下一品の息子を思い浮かべ、黒衣の主は軽く首を振る。無事であれと願うしかない立場を溜め息一つで振り切った。



 突然寝所に現れた友人に苦笑しつつ、山吹は身を起こして一枚羽織る。寝ていた身にはいささか肌寒いと肩を震わせた。

「どうしたの? 突然……」

「いや、囮をお願いしようかと思ってさ」

「僕を囮にしようなんて、いい度胸だよね……」

 大人びた笑みは、僅かに引き攣っている。

 少しばかり腰が引ける真桜だが、そこで引き下がるほど大人しい性格の持ち主でもなかった。ぎこちないながらも笑顔で両手を合わせて頼みこむ。

「頼むよ……ちゃんと護るから」

「それは当然でしょう」

 当然なんだ? ……下手すりゃ、霊的には天津神の血筋の山吹の方が強いくせに……。

 心の中の呟きを押し殺し、真桜が満面の笑みで「よろしくな」と肩を叩く。あっさり成立した囮契約に、ついてきた黒葉は頭を抱えて溜め息を吐いた。

 もちろんアカリの姿である。同様に顔を見合わせて肩を竦める華守流と華炎が、主の突拍子もない発想に眉を顰めていた。

『……山吹を囮にアレを呼び寄せるのか?』

「そうそう、だから霊的な守護を解いて……ついでに目晦ましもかけておく」

 寝所に掛けられている真桜の守護を解除する。目に見えない霊力のヴェールがふわりと消えた。

 僅かに部屋の温度が下がった気もする。ぶるりと身を震わせた山吹が、上掛けの衣を引き寄せた。

 ついで自分達に術をかけて霊的に見えない状態にすると、部屋の隅に座り込む。南北東西をきっちり出して作られた部屋の四隅ではなく、鬼門に当たる北東の襖の前に腰を下ろした真桜に倣う形でそれぞれが位置に付いた。


 南東に華炎、北西に華守流、残された裏鬼門の南西にアカリに宿った黒葉が陣取る。

 真桜が唇を尖らせて、細く長く息を吐いた。呪を孕んだ吐息は4人を繋ぐ線を生み出す。これで彼らの存在は霊的に視えなくなり、また同時に只人に気づかれない存在となった。

「……来たっ!」

 山吹が小さく息を飲む。緊張が場を包みこんだ。

 強い霊力を持つ真桜が消え、寝所の守護を解いた事で、山吹の持つ霊媒体の輝きが増している。

 闇夜に蠢く悪霊にとってこれ以上ないご馳走だった。続々と集まる霊達の中に、一際深い黒を纏った影が現れる。

 手を伸ばし、山吹の背後から取り憑こうとした瞬間―――真桜が息に仕込んだ域が発動した。


 四方に位置する4人を繋ぐ光の糸が網となり、闇を包みこんでいく。

 ひぁあぁああ…悲鳴に似た音が響き、ついで闇は小さな球体となった。

「……捕まえたっ」

 真桜の呟きに呼応したのか、球体は身を震わせて網の中を逃げ惑う。しかし……真桜は口元に笑みを浮べたまま手を差し伸べた。

 途端に動きを止めた球体が、吸い寄せられるように手の上へ落ち着く。





『”おいで”』

 誘う声に従う球体を手のひらから吸収し、真桜は大きな溜め息を吐いた。


「ったく……人騒がせな奴らだ」

「お前は本当に稀有な存在だ……」

 感心したようなアカリの声に振り返った真桜は、嫣然と微笑むアカリの隣に困り顔の黒葉を見つけて苦笑した。

 裏鬼門を封じる神は、まるで状況が楽しくて仕方ないかのように唇を引き上げる。浮べた笑みに含まれる感情に気づいて、真桜の顔が引き攣った。
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