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第2章 陰陽師、狂女に翻弄される

14.***厄病***

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 呪詛をひとつ片付け気が抜けたのだろう。運んだ主の世話を甲斐甲斐しく行う華炎をよそに、華守流は調査を行っていた。

 確かに、摂政家せっしょうけ一族の奥方付き女房が引き起こした呪詛は片付いた。しかしアカリが指摘したとおり、最初に人を襲って大きな噂になった呪詛ではない。

 似たような事例だが、まったく別の事件だった。アカリの感じる術師は、もっと深い闇を抱えてる可能性がある。まだ事件解決は遠かった。

 人に視られることなく、あちこちに侵入する式神が集める情報は、人々の独り言まで含まれるため、非常に幅が広い。アカリが作る式紙しきかみ使役しえきし、大量に集められた噂話から呪詛の出所でどころを絞り込む作業は佳境だ。

 だが噂話の中心が絞れてくると、情報収集は効率的に集中し行えるようになる。

「……起きたら全部片付いてそう」

 まだ熱が下がらない真桜の呟きに、様子を見に顔を出したアカリが苦笑する。

「そこまで簡単な呪詛ではあるまい」

 人より先を見通す神様の言葉に、華炎が首を傾げた。その手で絞っていた布を真桜の額に乗せなおす。

『複雑な術式か?』

「いや、術式は月並みだが、問題は……想いの深さだ」

 専門知識がある者は術式を練り上げて強力な呪詛を作り出す。だが素人は想いの深さや強さだけで、それに匹敵する呪詛を呼び起こすことがあった。珍しい事例ではあるが、今回はこれが該当するだろう。

 素人の術は形ばかりで、ほぼ用をさない。張りぼてのような術式が動いて、他者に害を与えるまでに成長した要因は、術者の想いであり感情だった。

「……厄介だな」

 寝たまま呟く真桜へ、アカリはそっと手を伸ばした。

 傷を負えば癒してやれるが、病はそう簡単ではない。元の神格を放棄した今のアカリに、病の治癒は難しかった。病巣がはっきりした状態ならば何とか出来るが、風邪のように曖昧な病は手に負えない。

「早く治せ」

「ありがとう、アカリも……華炎も」

 あとで華守流にもお礼を言わないと。ぼんやり考えるが、まったく纏まらない。ぐらぐら揺れる視界に辟易へきえきして目を閉じれば、途端に意識は闇に吸い込まれた。

『珍しいな』

 普段は病を得てもすぐ治る。人と闇の神の子ならば当然だが、風邪ごときに梃子摺てこずるなど。華炎の言葉に、アカリは眉を顰めた。
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