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第3章 陰陽師、囚われる
28.***鬼妖***
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都の夜は、過去にないほどおどろおどろしい光景が広がった。
顔全体が大きな目玉となった子供、笠を被った細長い昆虫のようなもの、赤鬼と青鬼が歩き回る。大通りの真ん中で見えない壁が通行を阻み、使い古された桶に手足が生えて走っていた。明らかに異常な状態だが、本来それらを封じて土地を浄化する者らがいないため、人々は不安に震えながら神に祈る。
人の呪いを受けた天津神は沈黙し、真桜に対する扱いを知る国津神も動かない。人々は縋る先を求めるより早く、罵る先を探し始めた。
――公家貴族の、陰陽師に対する仕打ちが神々を怒らせた。
普段から溜め込んだ不満と鬱憤は、真っ直ぐに貴族へ向けられる。誘導する式神たちの声に逆らうことなく、彼らは正しく敵を見極めたのだ。貴族の豪華な屋敷から、まず逃げ出したのは使用人達だった。主を置いて逃げ出した彼らは、屋敷を襲う側となって戻ってくる。
貴族の屋敷は次々と襲撃され、強奪され、公達や姫君は逃げ惑った。一部火をかけられた建物もあったが、大きな延焼はない。それすら、真桜たち陰陽師が貼った札の効力なのだが。
「真桜も随分と容赦のない」
呆れ声で呟く山吹の向かいで、長い黄金色の髪を揺らす姫は扇で顔を隠して笑う。
「あの男は我慢強いですわ。私ならとっくに、あの連中を滅ぼしていますもの」
そう。瑠璃姫がそう断言するほど、真桜は公家の大人げない仕打ちに耐えてきた。陰陽師としての能力を必要とされながら、「鬼よ妖よ」と見た目を貶され、使い捨てのように扱われる。もっと早くに爆発して不満をぶちまければ良かったのだ。
我慢して溜めた分だけ、彼の内に燻る怒りや鬱憤は濃い。闇色であるならば、僅かな光すら通さぬほどに漆黒の闇であろう。命がけで戦って都を守り、それでもなお冤罪で貶められた神族――まるで生贄のように、諦めて受け止めた不満を吐き出す機会だった。
山吹が庇いきれない以上、彼自身が行動を起こすしかなかったのだが……。
「思ったより苛烈だよね」
「あら、大人しいくらいですわ」
天津神の血を強く受け継ぐ先祖返りたちは顔を見合わせ、優しすぎる友人に溜め息を吐いた。身を削り、命を危険に晒した彼を知る者にしてみれば、この都に住む者はなんと恩知らずか。
「あとは彼が決めればいいよ」
この都を見捨てても、戻ってきても、彼の気が済めばそれでいいと思う。真桜の結界で守られた御所内で、二人は表情を和らげた。
「根の国の扉を閉めたくせに、鬼の門を開くとは……アイツも自由だな」
よっぽど腹に据えかねる事件があったのだろう。そんなことを考えながら、天若は鬼門の上に腰掛けて都を眺めた。この門が開くのは、鎮守社が空になって7日7晩が過ぎてから。それだけ長い間、真桜が鎮守社である自宅の屋敷を空けたことはなかった。
鳥居のようになった門の上部に腰掛けた天若のもとに、赤鬼が飛び上がって近づく。燻らせる香の煙がゆらゆらと揺れた。
「どうした?」
「若い連中が出たがってますが……」
許可を得たいのだろう。鬼の総領である天若が門に陣取ったため、判断を仰ぎに来たといったところか。短い赤毛をくしゃくしゃかき乱して、薄氷色の目を細める。うーんと唸ったあと、ひらひら手を振って赤鬼に告げた。
「好きにしろ。ただ……やり過ぎると真桜に殺されるぞ。あと」
そこで一度言葉を切った。
「真桜が戻ったら、すぐに引き上げさせろ」
「はっ」
一礼した赤鬼を見送り、天若は「あと3日くらいかな」と呟いた。
顔全体が大きな目玉となった子供、笠を被った細長い昆虫のようなもの、赤鬼と青鬼が歩き回る。大通りの真ん中で見えない壁が通行を阻み、使い古された桶に手足が生えて走っていた。明らかに異常な状態だが、本来それらを封じて土地を浄化する者らがいないため、人々は不安に震えながら神に祈る。
人の呪いを受けた天津神は沈黙し、真桜に対する扱いを知る国津神も動かない。人々は縋る先を求めるより早く、罵る先を探し始めた。
――公家貴族の、陰陽師に対する仕打ちが神々を怒らせた。
普段から溜め込んだ不満と鬱憤は、真っ直ぐに貴族へ向けられる。誘導する式神たちの声に逆らうことなく、彼らは正しく敵を見極めたのだ。貴族の豪華な屋敷から、まず逃げ出したのは使用人達だった。主を置いて逃げ出した彼らは、屋敷を襲う側となって戻ってくる。
貴族の屋敷は次々と襲撃され、強奪され、公達や姫君は逃げ惑った。一部火をかけられた建物もあったが、大きな延焼はない。それすら、真桜たち陰陽師が貼った札の効力なのだが。
「真桜も随分と容赦のない」
呆れ声で呟く山吹の向かいで、長い黄金色の髪を揺らす姫は扇で顔を隠して笑う。
「あの男は我慢強いですわ。私ならとっくに、あの連中を滅ぼしていますもの」
そう。瑠璃姫がそう断言するほど、真桜は公家の大人げない仕打ちに耐えてきた。陰陽師としての能力を必要とされながら、「鬼よ妖よ」と見た目を貶され、使い捨てのように扱われる。もっと早くに爆発して不満をぶちまければ良かったのだ。
我慢して溜めた分だけ、彼の内に燻る怒りや鬱憤は濃い。闇色であるならば、僅かな光すら通さぬほどに漆黒の闇であろう。命がけで戦って都を守り、それでもなお冤罪で貶められた神族――まるで生贄のように、諦めて受け止めた不満を吐き出す機会だった。
山吹が庇いきれない以上、彼自身が行動を起こすしかなかったのだが……。
「思ったより苛烈だよね」
「あら、大人しいくらいですわ」
天津神の血を強く受け継ぐ先祖返りたちは顔を見合わせ、優しすぎる友人に溜め息を吐いた。身を削り、命を危険に晒した彼を知る者にしてみれば、この都に住む者はなんと恩知らずか。
「あとは彼が決めればいいよ」
この都を見捨てても、戻ってきても、彼の気が済めばそれでいいと思う。真桜の結界で守られた御所内で、二人は表情を和らげた。
「根の国の扉を閉めたくせに、鬼の門を開くとは……アイツも自由だな」
よっぽど腹に据えかねる事件があったのだろう。そんなことを考えながら、天若は鬼門の上に腰掛けて都を眺めた。この門が開くのは、鎮守社が空になって7日7晩が過ぎてから。それだけ長い間、真桜が鎮守社である自宅の屋敷を空けたことはなかった。
鳥居のようになった門の上部に腰掛けた天若のもとに、赤鬼が飛び上がって近づく。燻らせる香の煙がゆらゆらと揺れた。
「どうした?」
「若い連中が出たがってますが……」
許可を得たいのだろう。鬼の総領である天若が門に陣取ったため、判断を仰ぎに来たといったところか。短い赤毛をくしゃくしゃかき乱して、薄氷色の目を細める。うーんと唸ったあと、ひらひら手を振って赤鬼に告げた。
「好きにしろ。ただ……やり過ぎると真桜に殺されるぞ。あと」
そこで一度言葉を切った。
「真桜が戻ったら、すぐに引き上げさせろ」
「はっ」
一礼した赤鬼を見送り、天若は「あと3日くらいかな」と呟いた。
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