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第4章 陰陽師の弟子取り騒動
17.***白蛇***
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当初の想定より絡まっていた複雑な状況に、真桜は溜め息をついた。結局、藍人の乳母から聞けたのは「逃げろ」という警告だけだ。都一の陰陽師と持て囃されても、この程度の実力だと苦笑が浮かんだ。
「さて、どうしたものか」
戻ってきた屋敷の縁側で、膝に子狐を乗せて呟く。腕にしがみ付いて眠った藍人は泣き疲れたらしく、声が聞こえても起きる様子はなかった。寄りかかった子供の姿勢を少し手直ししてやり、苦しくないよう首を直してやる。
「真桜、黒幕は特定できる」
軽い口調で告げたアカリは、何かに気づいたようだ。やっと顔を見せた月を指さした。それから足元を指し示す。
「長縄、か」
アカリが現場で呟いた表現だが、その直後に乳母は消えた。つまり、アカリの指摘は的を射ていたのだ。
長縄と称される国津神は限られる。
「祟る蛇なら白蛇様かな」
白い蛇と書いて、『はくじゃ』と読むのが慣わしだった。それゆえに読み替えて響きを違え『しらへび』と口にするのが正しい。予想が当たっていても間違っていても、神の名をみだりに口の端に乗せてはならないのが陰陽師だった。
言霊信仰が生きる国の神を正しく発音すれば、それだけで意味をもち身を縛る鎖となる。天津神の龍神は雨を降らせる恵みの神とされてきたが、国津神の白蛇神は恨みや妬みを昇華する神だった。目立たない役割ながらも、地上の浄化を行う人々に近い神だ。
身近な神であり、祟る神としても蛇神は知られてきた。その理由が自らの内側にある歪みであると気付けぬ人は、蛇を見ると恐れて殺そうとする。今回もその愚行の犠牲になった蛇神がいたのだろう。
「蛇神様だと、ちょっと厄介だな」
真桜のもつ闇の神力と蛇神は相性がいい。もし蛇神の怨み辛みを聞かされて感情が揺さぶられた場合、真桜自身の霊力が敵に取り込まれる可能性があった。
膝の上の毛玉を撫でながら、真桜は「うーん、やりにくい」と呟いた。蛇神をなんらかの形で呪詛の枠に嵌めたなら、彼の神はすでに闇堕ちしているはずだ。説得は無理だと考えるしかない。
「真桜が手出し出来ぬなら、俺が動いてもいい」
「方法がないわけじゃないんだが、どちらに手伝ってもらうか」
膝の上の子狐の霊力は質が高い。しかし感情が幼い子供は引きずられやすかった。危険度を考えるなら、藍人を使うのが普通だ。しかし取り返す対象である乳母に深い思い入れがある子供は、糺尾以上に引きずられるだろう。
真桜自身も複雑な環境で育ったから、己を肯定してくれた人の大切さはわかる。理解できるからこそ、危険さも身に沁みて実感した。己と同じ過ちで苦しませたくない。しかし跡取りとして育てるなら、ある程度の危険や苦しみを彼に与えることも必要だった。他者の痛みを理解できぬ者に、本当の意味で救いの手を差し出すことは出来ないからだ。
「この者に決断させるがよかろう」
アカリの言葉と同時に、寄りかかっていた子供が身を起こす。白い髪と赤い瞳を罵られて育った子供は、まっすぐに真桜と視線を合わせた。座り直した縁側の上で、手をついてゆっくりと頭をさげる。
「お願いいたします。彼女を助ける手助けになるなら、この身をお使いください」
「……危険はもちろんだが、辛いぞ」
真桜の心配は身の危険ではなく、心の傷だった。癒すことも出来ず、膿み続ける傷を背負う覚悟を問う厳しい声に、藍人はさらに深く頭をさげた。
「承知の上です」
「わかった」
陰陽師として、乳母であった彼女を使った呪詛を完成させるわけにはいかない。都の守護として、鎮守社の主として、必ず阻止する。頭を上げた子供の目は潤んでいなかった。強い意志が込められた赤い色を美しいと感じながら、真桜は表情を和らげた。
「さて、どうしたものか」
戻ってきた屋敷の縁側で、膝に子狐を乗せて呟く。腕にしがみ付いて眠った藍人は泣き疲れたらしく、声が聞こえても起きる様子はなかった。寄りかかった子供の姿勢を少し手直ししてやり、苦しくないよう首を直してやる。
「真桜、黒幕は特定できる」
軽い口調で告げたアカリは、何かに気づいたようだ。やっと顔を見せた月を指さした。それから足元を指し示す。
「長縄、か」
アカリが現場で呟いた表現だが、その直後に乳母は消えた。つまり、アカリの指摘は的を射ていたのだ。
長縄と称される国津神は限られる。
「祟る蛇なら白蛇様かな」
白い蛇と書いて、『はくじゃ』と読むのが慣わしだった。それゆえに読み替えて響きを違え『しらへび』と口にするのが正しい。予想が当たっていても間違っていても、神の名をみだりに口の端に乗せてはならないのが陰陽師だった。
言霊信仰が生きる国の神を正しく発音すれば、それだけで意味をもち身を縛る鎖となる。天津神の龍神は雨を降らせる恵みの神とされてきたが、国津神の白蛇神は恨みや妬みを昇華する神だった。目立たない役割ながらも、地上の浄化を行う人々に近い神だ。
身近な神であり、祟る神としても蛇神は知られてきた。その理由が自らの内側にある歪みであると気付けぬ人は、蛇を見ると恐れて殺そうとする。今回もその愚行の犠牲になった蛇神がいたのだろう。
「蛇神様だと、ちょっと厄介だな」
真桜のもつ闇の神力と蛇神は相性がいい。もし蛇神の怨み辛みを聞かされて感情が揺さぶられた場合、真桜自身の霊力が敵に取り込まれる可能性があった。
膝の上の毛玉を撫でながら、真桜は「うーん、やりにくい」と呟いた。蛇神をなんらかの形で呪詛の枠に嵌めたなら、彼の神はすでに闇堕ちしているはずだ。説得は無理だと考えるしかない。
「真桜が手出し出来ぬなら、俺が動いてもいい」
「方法がないわけじゃないんだが、どちらに手伝ってもらうか」
膝の上の子狐の霊力は質が高い。しかし感情が幼い子供は引きずられやすかった。危険度を考えるなら、藍人を使うのが普通だ。しかし取り返す対象である乳母に深い思い入れがある子供は、糺尾以上に引きずられるだろう。
真桜自身も複雑な環境で育ったから、己を肯定してくれた人の大切さはわかる。理解できるからこそ、危険さも身に沁みて実感した。己と同じ過ちで苦しませたくない。しかし跡取りとして育てるなら、ある程度の危険や苦しみを彼に与えることも必要だった。他者の痛みを理解できぬ者に、本当の意味で救いの手を差し出すことは出来ないからだ。
「この者に決断させるがよかろう」
アカリの言葉と同時に、寄りかかっていた子供が身を起こす。白い髪と赤い瞳を罵られて育った子供は、まっすぐに真桜と視線を合わせた。座り直した縁側の上で、手をついてゆっくりと頭をさげる。
「お願いいたします。彼女を助ける手助けになるなら、この身をお使いください」
「……危険はもちろんだが、辛いぞ」
真桜の心配は身の危険ではなく、心の傷だった。癒すことも出来ず、膿み続ける傷を背負う覚悟を問う厳しい声に、藍人はさらに深く頭をさげた。
「承知の上です」
「わかった」
陰陽師として、乳母であった彼女を使った呪詛を完成させるわけにはいかない。都の守護として、鎮守社の主として、必ず阻止する。頭を上げた子供の目は潤んでいなかった。強い意志が込められた赤い色を美しいと感じながら、真桜は表情を和らげた。
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