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第4章 陰陽師の弟子取り騒動
22.***温涙***
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落ちたのは半透明の小さな水晶だ。手を伸ばそうとした藍人を、真桜が呼び止めた。
「まて、触れるな」
ぴたりと指が止まり、のろのろ戻される。寝転がった状態で、夜空を睨みながら両手を握りしめた。彼の気持ちが理解できるからこそ、霊力が不安定な藍人に触らせるわけに行かない。彼が一端の陰陽師として修業を終えた者ならば、手のひらに乗せることも出来ただろう。
溜め息をつきながら歩み寄り、拾った水晶を握り込んだ。じわりと温かい石は、彼女の慈愛の笑みそのものだ。我が子同然の藍人を大切に想うがゆえに囚われ、傷つけたくないと願うがゆえに躊躇い、側にいたいと望むがゆえに留まった。
「彼女は強いな」
藍人の見開いた目から零れた涙が、眦を伝って白い髪に吸い込まれていく。儀式の場は乱れてしまった。見上げた空の月が優しい光を投げかける庭で、真桜は砂利の上に座り込む。
「藍人、糺尾。もう動いていいぞ」
「藍人……藍人、大丈夫?」
幼い言葉で必死に慰めようとする糺尾が駆け寄る。感情が乱れた糺尾は、人形の後ろに尻尾が見えていた。もう少し動揺したら頭に耳も出てしまうだろう。まだまだ先が長いと苦笑いする真桜の肩に、アカリが手を触れた。
「どちらも未熟だが……我なら黒を選ぶぞ」
糺尾の方が陰陽師向きだと告げる神様に、真桜は何も言わなかった。一般的に考えるなら、動揺して尻尾を出した糺尾より、己の感情を耐える藍人の方が相応しくみえる。しかし彼らの見解は違った。2人を同時に育て、どちらも陰陽師にすることは可能だ。
しかし真桜が求めるのは、『都の護りの要となる鎮守社の神』だった。それは人にして人に非ず、神にして神に非ず。妖でも鬼でもなく、人の世の犠牲となる魂――他者のために己を殺し続ける存在。
感情を抑え込む術に長けている藍人は、静かに壊れてしまう。長く持たないと分かっていて、彼を鎮守神に据える危険性をアカリは指摘した。人ならぬ神ゆえの残酷さで、迷うことなく事実を口にする。言霊を避けて伝えられた内容に、真桜は返事が出来なかった。
アカリの言い分もわかる。しかし藍人には帰る場所も地位もない。陰陽師としての未来しか持たない子供から、目標を奪うのは危険だった。まだ修正がきく年齢なのだ。
「もう少し悩んで選ぶよ……あと10年もあるんだから」
苦笑いして交わした真桜に、アカリはそれ以上何も言わずに手を差し出した。素直に手を借りて立ち上がり、子供達に歩み寄る。
「藍人、糺尾」
名を呼べば、糺尾が半泣きで藍人にしがみ付いている。身を起こしたものの、腰に巻き付いた糺尾を引きはがせず、藍人は困惑していた。こんなに懐かれた経験はなく、外見を怖がらずに寄ってくる子供の扱いに困っている様子だ。
「ほら、糺尾。落ち着け。部屋に戻るぞ」
ひょいっと首根っこを掴んで持ち上げると、きゅっと手足が縮こまった。狐の習性が抜けない子供を抱き上げ、空いた手を藍人へ差し出す。
「いくぞ。藍人、この問題児を眠らせなきゃならん。今夜はこれで終わりだ」
普段通りの軽い口調で部屋に戻るよう促し、手を取った藍人の冷たい手を握りしめた。しっかり捕まえてから歩く。縁側では、藤姫が足ふき用の水桶を用意していた。黒葉が布を手に待ち構える。2人の何も言わない優しさに頷き、子供達を先に上がらせた。
「あの……、いえ。なんでもありません」
我慢しようとする藍人の手に、札で包んだ水晶を乗せた。
「お前の役目だ。しっかり保管しろ。絶対に奪われるな、札を剥すな」
命じられた子供は赤い瞳を見開き、続いて無自覚のまま涙を零す。唇が震えて声にならず、何度も頷いて水晶を握りしめた。
「ああ……それと」
意味ありげに言葉を切った真桜の足元を、足を洗ってもらった黒髪の狐が走っていく。勢いよく藍人の腰にしがみついた。
「悪いが、糺尾を寝かしつけるのも頼むな」
「はいっ」
今度こそ声を絞り出した藍人は嬉しそうに笑った。
「まて、触れるな」
ぴたりと指が止まり、のろのろ戻される。寝転がった状態で、夜空を睨みながら両手を握りしめた。彼の気持ちが理解できるからこそ、霊力が不安定な藍人に触らせるわけに行かない。彼が一端の陰陽師として修業を終えた者ならば、手のひらに乗せることも出来ただろう。
溜め息をつきながら歩み寄り、拾った水晶を握り込んだ。じわりと温かい石は、彼女の慈愛の笑みそのものだ。我が子同然の藍人を大切に想うがゆえに囚われ、傷つけたくないと願うがゆえに躊躇い、側にいたいと望むがゆえに留まった。
「彼女は強いな」
藍人の見開いた目から零れた涙が、眦を伝って白い髪に吸い込まれていく。儀式の場は乱れてしまった。見上げた空の月が優しい光を投げかける庭で、真桜は砂利の上に座り込む。
「藍人、糺尾。もう動いていいぞ」
「藍人……藍人、大丈夫?」
幼い言葉で必死に慰めようとする糺尾が駆け寄る。感情が乱れた糺尾は、人形の後ろに尻尾が見えていた。もう少し動揺したら頭に耳も出てしまうだろう。まだまだ先が長いと苦笑いする真桜の肩に、アカリが手を触れた。
「どちらも未熟だが……我なら黒を選ぶぞ」
糺尾の方が陰陽師向きだと告げる神様に、真桜は何も言わなかった。一般的に考えるなら、動揺して尻尾を出した糺尾より、己の感情を耐える藍人の方が相応しくみえる。しかし彼らの見解は違った。2人を同時に育て、どちらも陰陽師にすることは可能だ。
しかし真桜が求めるのは、『都の護りの要となる鎮守社の神』だった。それは人にして人に非ず、神にして神に非ず。妖でも鬼でもなく、人の世の犠牲となる魂――他者のために己を殺し続ける存在。
感情を抑え込む術に長けている藍人は、静かに壊れてしまう。長く持たないと分かっていて、彼を鎮守神に据える危険性をアカリは指摘した。人ならぬ神ゆえの残酷さで、迷うことなく事実を口にする。言霊を避けて伝えられた内容に、真桜は返事が出来なかった。
アカリの言い分もわかる。しかし藍人には帰る場所も地位もない。陰陽師としての未来しか持たない子供から、目標を奪うのは危険だった。まだ修正がきく年齢なのだ。
「もう少し悩んで選ぶよ……あと10年もあるんだから」
苦笑いして交わした真桜に、アカリはそれ以上何も言わずに手を差し出した。素直に手を借りて立ち上がり、子供達に歩み寄る。
「藍人、糺尾」
名を呼べば、糺尾が半泣きで藍人にしがみ付いている。身を起こしたものの、腰に巻き付いた糺尾を引きはがせず、藍人は困惑していた。こんなに懐かれた経験はなく、外見を怖がらずに寄ってくる子供の扱いに困っている様子だ。
「ほら、糺尾。落ち着け。部屋に戻るぞ」
ひょいっと首根っこを掴んで持ち上げると、きゅっと手足が縮こまった。狐の習性が抜けない子供を抱き上げ、空いた手を藍人へ差し出す。
「いくぞ。藍人、この問題児を眠らせなきゃならん。今夜はこれで終わりだ」
普段通りの軽い口調で部屋に戻るよう促し、手を取った藍人の冷たい手を握りしめた。しっかり捕まえてから歩く。縁側では、藤姫が足ふき用の水桶を用意していた。黒葉が布を手に待ち構える。2人の何も言わない優しさに頷き、子供達を先に上がらせた。
「あの……、いえ。なんでもありません」
我慢しようとする藍人の手に、札で包んだ水晶を乗せた。
「お前の役目だ。しっかり保管しろ。絶対に奪われるな、札を剥すな」
命じられた子供は赤い瞳を見開き、続いて無自覚のまま涙を零す。唇が震えて声にならず、何度も頷いて水晶を握りしめた。
「ああ……それと」
意味ありげに言葉を切った真桜の足元を、足を洗ってもらった黒髪の狐が走っていく。勢いよく藍人の腰にしがみついた。
「悪いが、糺尾を寝かしつけるのも頼むな」
「はいっ」
今度こそ声を絞り出した藍人は嬉しそうに笑った。
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