【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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第4章 陰陽師の弟子取り騒動

28.***罪人***

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「お前を囮に別の長縄を捕らえるとしよう」

 不思議な言い回しの意味を理解できたのは、アカリ一人であった。不思議そうな顔をした式神や護り手達に、苦笑いした真桜が説明を始める。

「この長縄は乳母の魂を奪ったが、霊体ほんしつはオレの手元にある。そこの人であった者が恨みを込めた呪詛が蛇神へびがみ邪神じゃしんに変えた……ならば帝の足元に残された白い抜け殻は、何が巣食ったか?」

 細めた赤い瞳が見据える方角に、帝が住まう宮がある。そちらから立ち上る呪詛の気配は、闇に鎖された空間であっても察知できるほど強かった。元が国津神の1柱である白蛇の器だ。中の神格が抜けても、その器を満たす呪詛は強力だった。

「我が神を返せ! 奴らに正義を知らしめるのだ!!」

 黒葉が捕まえた人の魂が喚き散らす。錯乱状態の魂を受け取った真桜が、わずかに眉尻を下げた。伝わる情報に同情してはならない。しかし切り捨ててもならない。ただ読んだ文字のように、感情を揺らさずに処理する必要があった。

 善良であっても権力がなければ潰される。至極当たり前の公家の構図が、この下男には理解できなかった。衝動で動いた下男は仕方ないが、主人であった者が短慮に過ぎる。信じる正義を振りかざす前に、己の置かれた立場を鑑みて動かねばならぬのに。己を頼る者を切り捨てた正義に、正道せいどうはない。

 家を絶やさず、付き従う者らを守るのが主人である者の務め。どんな屈辱であろうと、甘んじて受ける覚悟が必要だった。それでも耐え切れぬならば、搦手を選び手を汚す覚悟がいる。いきなり面と向かってぶつかれば、叩き潰される未来だけ。

 当主の心構えを知らぬ下男が、無謀な主人の優しい人柄に溺れて道を踏み外した。その責任を取らずにさっさと成仏した主人は、今ごろ黄泉でどのように過ごしているか。ここまで闇に染まった下男が哀れであり、一途すぎる心を罪と断じるのは気の毒だった。

「お前は闇に抱かれて休むといい。哀れな者よ……世の行いはとなり巡るもの、お前の主人をおとしめた者もまた同じの中で飲まれる」

 悪い行いは己に戻り、良い行いもまた己に還る。言い聞かされた魂があらがうように身を捩った。

「連れていけ、黒刃くろは

 真桜の呟きに反応した黒葉くろばが、本来の黒い刀に戻る。主人である真桜の左手に握られるこしらえも刃も黒く、闇に沈んで同化した。呪詛を吐く、かつて人であった魂を刃の上に乗せる。斬る動作は必要なく、するりと割れて刃に飲み込まれた。

 数百年も眠れば、浄化されて闇から光へ昇ることもできる。真桜が下した甘すぎる決断に、この場の誰も反対しなかった。この甘さこそ真桜が真桜である証――同時に彼を苦しませるとげなのだから。

「彼を頼む」

 震えて了承を示した黒刃が手から消える。元凶であった人の子を片づけ、長縄である白い蛇を掴んだ手に白い手が触れた。小さな手は震えており、それは恐怖より暗い感情に満ちている。

藍人あいと……」

 咎める意図をもって呼んだ名に、少年はきつく唇を噛みしめる。病的なまでに白い肌と老人のような白髪の子供は、衣の懐を大切そうに押さえた。真っ赤な瞳が伏せられる。

「お前の気持ちはわかる。しかし白蛇しらへびを憎んでも、彼女は戻らぬぞ」

「はい」

 分かっていても報復したいと願うのは人の心、その報復が呪詛の連鎖を呼ぶと理解しても許せないのは己の感情だ。それらを超越出来ねば、鎮守神の域に達することは出来ない。

 仕掛けられた直後、真桜が引きはがして手元に残したのは乳母の霊体のみ。感情や本質を残す霊体を水晶に封じたが、記憶を司る魂は連れ去られた。その魂を持つ白蛇を右手に、真桜は藍人の手を引き寄せて同じように蛇を握らせる。

 ひんやりした冷たい感触に肌が粟立った。

「藍人。お前には複数の道がある。乳母を殺された子供として白蛇を殺すか、陰陽師として国津神の1柱を救うか。そして……鎮守社の後継者として神に恩を売るか」

 どれでもいいから選べ――そう突き放した真桜の残酷すぎる声に、藍人はごくりと喉を鳴らした。
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