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第2章 手始めに足元から

24.病人とケガ人は明日片づける

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 ロゼマリアを引きずる美女は、濃茶の髪をかき上げて笑った。足元に放り出されたロゼマリアが慌てて立ち上がる。後ろから必死で走ってきた侍女が、ロゼマリアのドレスについた汚れを払った。

「オリヴィエラか。ロゼマリアに何をした?」

「ご命令の通り、見つけて連れてきましたわ」

 命じた言葉をそのまま実行したと胸を張るオリヴィエラに、溜め息をついた。どうやら命じ方に問題があったようだ。埃だらけで引きずってこいと命じた覚えはない。しかし人間の中から見つけてこの場へ連れてきた、その行為は間違っていなかった。手荒過ぎただけだ。

 多少手順に問題はあるが、オリヴィエラの言葉通り命令は遂行されていた。

「……お呼びでしょうか」

 まだ卑屈さの抜けない王女の手に擦りむいた痕が見える。いきなりグリフォンに追われ、驚いて逃げ回ったのだろう。これは命じたオレの落ち度だ。高めた魔力で彼女の手に出来た傷を消していく。気づいて目を瞠るロゼマリアが、血の滲んでいた傷口を確認するように撫でた。

「明日は病人とケガ人の家を回る。供をせよ」

 大きな緑の瞳を見開いたロゼマリアは、ゆっくり首を横に振った。否定する仕草とも違う、何かを諦めたような色が顔に浮かぶ。

「彼らをどのようになさる、おつもりですか」

「決まっている、

 そのための選別だ。すぐ使える者と、治さねば役に立たぬ者を選別しなければならない。表情を曇らせるロゼマリアが、覚悟を決めて口を開いた。

「どうか……別の方法をお選びくださいませ」

理由わけを言え」

「病人もケガ人も好んでなったのではありません。彼らにも家族はいて、悲しむ人がいるのです。魔王陛下の寛大なる御心で、彼らを見逃していただけませんか」

 涙を浮かべて訴えるロゼマリアの言葉に眉をひそめる。好んでかかった病でないのはわかる。ケガも同様だろう。だからといって、放置する方向へ話が向かう理由がわからなかった。

 無言で腕を組む。この世界に来て言葉は通じるが、意思が通じていないと感じる機会が増えた。以前に言われた「言葉が足りない」という忠告を受け入れ、出来るだけ言葉にしているつもりだ。しかし意味不明の状況ばかりで考えるのが面倒になる。

 だから端的に結論を突きつけた。

「ならん。明日は子供に案内させる。嫌なら来るな」

 この国の王族であったロゼマリアが一緒ならば、民との折衝が簡単だと考えたが、反対する者を連れ歩いても意味がない。従わぬなら置いていくのが正しい選択だ。

 そこまで話して、びたんと尻尾を振るリリアーナに視線を落とした。夜の王宮は、人がいないこともあり暗い。視線を上げると崩れた王宮がある。謁見の間や応接関係の部屋がある王宮には、王族が住まう離宮や後宮があるはずだった。

 俯いたロゼマリアは考え事をしているので、先ほど王宮内を動き回ったオリヴィエラに尋ねる。

「休めそうな部屋は残っているか?」

「ええ! ご案内いたしますわ」

 なぜか頬を赤く染めて嬉しそうなオリヴィエラが、胸を押し付けながら腕を絡める。聞いてもいないのに、城内の情報を話し始めた。

「奥の後宮に大きなお風呂がありましたわ。温泉を引きこんでいるようですわね。せっかくですもの、お湯をお使いになるでしょう? 背中をお流しします。あとお部屋は、サタン様のお好みがまだわかりませんので……いくつか候補をお見せしますわ」

 嬉しそうな彼女に引っ張られて歩き出すと、慌てた様子でリリアーナが駆け寄って左腕を掴んだ。オリヴィエラと同様に腕を抱き込んで離さない。この世界の魔族にとって、雌が雄の腕を掴む慣習でもあるのか?

 歩きづらいが彼女らがこの状態を好むなら自由にさせよう。大した問題ではない。溜め息をついて歩き出した。その後ろ姿に縋るロゼマリアの視線が注がれたが、オレは気づかぬフリをした。
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