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第3章 表と裏
48.褒めて育てるのが正しい
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泣きじゃくるロゼマリアを連れたリリアーナが地上へ戻り、ようやく静かになった牢内で壁や天井を確認した。なにも言わない静かなクリスティーヌが、壁の一部から生えたミイラに気づく。ぬめる足元に注意しながら近づいた彼女は、観察するようにミイラを眺めた。
オレに報復するつもりだった愚か者達を地上から転送した際、多少目測を誤った結果だが……クリスティーヌはミイラの一部を手で叩き落とした。幼い子供に見えても魔族だ。ましてやドラゴンと並ぶ強者である吸血種は、様々な種族を従える上位魔族だった。
「サタン様、これ……血、ない」
崩れた死体を指差す。指摘されて気づいたが、たしかにおかしい。彼らを退けたのはわずか5日前だった。ミイラ化するには時間が早すぎる。地下牢は湿っていることが多い。大地は多くの水を蓄える性質があり、金属を腐食させるため牢は石造りが主流だった。牢内と看守である衛兵側を隔てる檻は鉄製だ。
手を伸ばして檻をつかむが崩れる様子はない。さほど新しい鉄ではないが、数十年程度か。多少の錆や腐食が見られる鉄柵は、この地下牢の湿気の存在を示していた。
薄暗い牢の壁をよく見れば、水が滲み出して苔が生えている。足元の血溜まりで気づきにくいが、じめじめした床もぬめりがあった。滑りやすい。
菌類が繁殖するだけの湿気がある地下で、死体はミイラ化しない。肉は腐臭を放ち、カビに覆われた生ゴミとなるはずだった。
「血がないのか?」
「ない」
叩き壊した際も血は溢れなかった。それこそが答えだ。この場に血を主食とする何かが住んでいた。吸血種か、その眷属か。どちらにしろ彼らは己の血を固めて武器とする術を、同族から継承する。クリスティーヌにもいずれ教えなければならない術だった。これは魔術ではなく、魔力を使わぬ種族特性スキルの一種だ。
そして血を固めた刃の切れ味は、驚くほど鋭い。風の刃に匹敵する切れ味を誇り、氷や水より断面が美しいのも特徴だった。何より、血で切られた傷口は出血量が少ない。切った断面から吸血する習性がある武器であることが原因だ。
ミイラ化に気づいたクリスティーヌを褒めて撫でた。リリアーナを羨ましそうに見ていた少女は、わずかに頬を緩ませる。小動物は撫でて褒めて育てるものだという。愛玩動物のヘルハウンドについて語る、配下がいてよかった。応用して育てれば、2人とも立派なペットになれるだろう。
ドラゴンや吸血種であろうと、小さいうちは愛玩動物だ。アイツの飼っていたヘルハウンドも小さい頃は可愛かった。ペットとは愛らしさで取り入り、育てば主人の役に立ちたがる……そういう生き物らしい。
「よく気づいた」
「もっとがんばる」
片言の舌足らずはリリアーナと同じ、親がいなかった弊害だ。哀れに思っても苛立ちの対象にならなかった。ぼさぼさの黒髪を浄化してやりながら、崩れたミイラを検分する。
「アンデッド種か」
吸血種は大きく分けて2種族存在する。クリスティーヌのような貴族階級を誇るヴァンパイアと、ゾンビを含むアンデッドだ。ヴァンパイアは生きた死体と呼ばれるが、これは彼らが完全に死んでいないことを示す。心臓も呼吸も存在しており、困難ではあるが完全に殺す方法も存在した。
逆にアンデッドは蘇った死体だ。一度死んでから蘇ることで不死に近い状態を保つ種族だった。己の死体が腐ることを防ぐ目的で、吸血して他者の血を代用品にする。己の意志を持たない使役獣のようになるアンデッドも存在し、そういった輩は本能で他人を襲う害獣として処分されてきた。
アンデッドでも上位種になれば、ヴァンパイアと同じ血の剣を操る。今回の食事状況をみれば、襲撃したのは単体だろう。複数ならばこの場に血が残っているわけがない。厄介だと眉をひそめたオレの隣で、クリスティーヌが口元を手で押さえた。
ふー、ふー。肩を揺らすほど大きく荒い呼吸が繰り返され、涎がたらたらと零れる。先ほどまで愛らしく笑っていた唇から、鋭い牙が覗いた。
「……クリスティーヌ、っ」
控えろと続けるはずの声は、突然飛び掛かった彼女により遮られた。
オレに報復するつもりだった愚か者達を地上から転送した際、多少目測を誤った結果だが……クリスティーヌはミイラの一部を手で叩き落とした。幼い子供に見えても魔族だ。ましてやドラゴンと並ぶ強者である吸血種は、様々な種族を従える上位魔族だった。
「サタン様、これ……血、ない」
崩れた死体を指差す。指摘されて気づいたが、たしかにおかしい。彼らを退けたのはわずか5日前だった。ミイラ化するには時間が早すぎる。地下牢は湿っていることが多い。大地は多くの水を蓄える性質があり、金属を腐食させるため牢は石造りが主流だった。牢内と看守である衛兵側を隔てる檻は鉄製だ。
手を伸ばして檻をつかむが崩れる様子はない。さほど新しい鉄ではないが、数十年程度か。多少の錆や腐食が見られる鉄柵は、この地下牢の湿気の存在を示していた。
薄暗い牢の壁をよく見れば、水が滲み出して苔が生えている。足元の血溜まりで気づきにくいが、じめじめした床もぬめりがあった。滑りやすい。
菌類が繁殖するだけの湿気がある地下で、死体はミイラ化しない。肉は腐臭を放ち、カビに覆われた生ゴミとなるはずだった。
「血がないのか?」
「ない」
叩き壊した際も血は溢れなかった。それこそが答えだ。この場に血を主食とする何かが住んでいた。吸血種か、その眷属か。どちらにしろ彼らは己の血を固めて武器とする術を、同族から継承する。クリスティーヌにもいずれ教えなければならない術だった。これは魔術ではなく、魔力を使わぬ種族特性スキルの一種だ。
そして血を固めた刃の切れ味は、驚くほど鋭い。風の刃に匹敵する切れ味を誇り、氷や水より断面が美しいのも特徴だった。何より、血で切られた傷口は出血量が少ない。切った断面から吸血する習性がある武器であることが原因だ。
ミイラ化に気づいたクリスティーヌを褒めて撫でた。リリアーナを羨ましそうに見ていた少女は、わずかに頬を緩ませる。小動物は撫でて褒めて育てるものだという。愛玩動物のヘルハウンドについて語る、配下がいてよかった。応用して育てれば、2人とも立派なペットになれるだろう。
ドラゴンや吸血種であろうと、小さいうちは愛玩動物だ。アイツの飼っていたヘルハウンドも小さい頃は可愛かった。ペットとは愛らしさで取り入り、育てば主人の役に立ちたがる……そういう生き物らしい。
「よく気づいた」
「もっとがんばる」
片言の舌足らずはリリアーナと同じ、親がいなかった弊害だ。哀れに思っても苛立ちの対象にならなかった。ぼさぼさの黒髪を浄化してやりながら、崩れたミイラを検分する。
「アンデッド種か」
吸血種は大きく分けて2種族存在する。クリスティーヌのような貴族階級を誇るヴァンパイアと、ゾンビを含むアンデッドだ。ヴァンパイアは生きた死体と呼ばれるが、これは彼らが完全に死んでいないことを示す。心臓も呼吸も存在しており、困難ではあるが完全に殺す方法も存在した。
逆にアンデッドは蘇った死体だ。一度死んでから蘇ることで不死に近い状態を保つ種族だった。己の死体が腐ることを防ぐ目的で、吸血して他者の血を代用品にする。己の意志を持たない使役獣のようになるアンデッドも存在し、そういった輩は本能で他人を襲う害獣として処分されてきた。
アンデッドでも上位種になれば、ヴァンパイアと同じ血の剣を操る。今回の食事状況をみれば、襲撃したのは単体だろう。複数ならばこの場に血が残っているわけがない。厄介だと眉をひそめたオレの隣で、クリスティーヌが口元を手で押さえた。
ふー、ふー。肩を揺らすほど大きく荒い呼吸が繰り返され、涎がたらたらと零れる。先ほどまで愛らしく笑っていた唇から、鋭い牙が覗いた。
「……クリスティーヌ、っ」
控えろと続けるはずの声は、突然飛び掛かった彼女により遮られた。
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