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第6章 取捨選択は強者の権利だ

123.急いでもろくな結果にならん

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 グリュポスの跡地は現在森にして土地を肥やしているが、いずれはバシレイアの中核都市にする。バシレイアから水路を通って半日で移動できる距離は、農耕地としても使えるだろう。

 グリュポスは新興国で歴史が浅い。軍事が発達したのは、略奪を主流としたためだ。いくら豊かで平らな土地があろうと、突然できた国を維持する食料を育てていては間に合わない。隣国を襲って奪うのがもっとも簡単で手っ取り早かった。借りるという穏便な手を使わないあたり、人間より魔族に近い考え方だ。

 グリュポスの開拓に必要な人材は、続々と集まっている。彼らを上手に使うことが出来れば、庇護対象の民が増えても十分に食べさせる収穫を得られる計算だった。

 グリュポスが荒野であった原因は、水を引く用水路の整備を怠ったため。後ろに大きな火山を背負うバシレイアから流れる川から、用水路を作って灌漑設備を整えれば地脈が通る土地は実る。年に数回の収穫が可能な土地を持ちながら、彼らは数年の努力と我慢が出来なかった。

 食料を借りて国を豊かにすれば、すぐに返して余っただろう。もちろん、オレに借りるという選択肢はない。1年間、手元の民を飢えさせることなく過ごせば、翌年は実りが入る。いくらでも手はあった。

「ドワーフを使ってもいいが」

 土地を豊かに耕し、建物を作って住む場所を作る。人間なら数年がかりの大工事であっても、土の精霊を使うドワーフなら数カ月でこなすだろう。彼らに対価を払って仕事をさせてもいいが、それでは今後もドワーフに頼らねばならなかった。

「急いでもろくな結果にならん」

 苗を手に魔法で急激に育てれば、見た目は立派な木が出来るだろう。しかし根が脆弱な木は、葉を茂らせるほど倒れやすくなる。己の巨体を支えるには、時間をかけて根を張らせる努力が必要だった。

「失礼いたします」

 入室したアガレスに、執務机の上の地図を見せる。年単位で公共事業を行う旨を説明し、国民や難民から働き手を募るよう命じた。条件としては衣食住の補償と、開拓した土地の使用権だ。破格の条件にアガレスは息をのんだ。

「公共事業に費やす費用ですが」

 捻出先や入金予定がなければ、すぐに詰まってしまう。アガレスの懸念を、オレは一蹴した。

「すぐに入る」

 指先で示したのは、テッサリア国だ。この国は農耕を主体としてきたため、近隣国が侵攻しなければ収穫が期待できる。今年の収穫は間近で、グリュポス国の目がバシレイアに向かっていたので無事だった。使者を送る理由は、バシレイアの兵力や国力を判断する必要を感じたからだ。

 豊かになった今のバシレイアを見せつけ、使者から本国へ「余力あり」と報告させる。ドラゴンやグリフォンの脅威を目にすれば、戦うより同盟や服従を選択するだろう。いや、選択させるのが外交の要である宰相の仕事だった。

 テッサリアを示したオレの意図を読んだアガレスは、少し考えてから頷いた。勝算ありと判断した男は地図の上で指を滑らせ、ビフレストの上で止まる。

「こちらが先に動きそうですが?」

「遅らせろ」

 先にテッサリアを取り込む。そう指示するだけでいい。使節団の訪問許可を遅らせ、タイミングをずらせ――言葉にしない命令に、アガレスは恭しく頭を下げた、

「かしこまりました。魔王陛下の仰せのままに」
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