162 / 438
第7章 踊る道化の足元は
160.消滅させる未来は確定した
しおりを挟む
クリスティーヌが、ぼんやりした目で何かを告げる。その言葉を聞き取り、頷いてやればリリアーナが横から手を伸ばして黒髪を撫でた。大量のコウモリが現れ、書類を置いていく。ばらばらに千切られた紙は、近くに置かれた紙の中から割け目の合う紙片と融合した。
大きな紙や物資を運べない吸血蝙蝠がよく使う魔術だ。ジンほどの大きさのコウモリは少なく、代わりに小さな彼らは千切って運ぶ魔術を得たのだろう。オレの血を得たクリスティーヌの魔力は満ちている。さらにウラノスが与えた魔術の知識は、彼女の能力を急激に開花させていた。
ネズミ23匹の使役で疲れていた少女は、僅かな期間でその数倍のコウモリやネズミを支配下に置いた。ネズミが運んだ紙片も繋ぎ合わせ、さっと目を通す。指先でくるりと円を描き、魔法陣で書類を転送した。アガレスの部下となったマルファスは優秀だ。あの男に押し付けるのがいいだろう。
廊下で「なんじゃこりゃぁ!!」と叫ぶマルファスの声が聞こえた。思ったより近くにいたらしい。直接渡しても大差なかったと苦笑し、きょろきょろしたリリアーナが扉を開いた。
「マルファス、うるさい」
「魔王陛下はこちらですか? 予告なく書類を……」
押し付けるなんてと言いかけて、リリアーナの後ろに立つオレに気づいて固まった。度胸はある方だし、書類の処理能力も高い。ただ突発事項に弱いところがある。アガレスに似て頭の回転は悪くないため、事前に予測していれば回避できるだろう。
「マルファス。ビフレストの資料だ」
「か、かしこまりました」
くるっと背を向けて逃げるように立ち去る文官の背を見送り、リリアーナが首をかしげる。自分より強者が滅多にいないドラゴンにとって、他者への恐怖心は理解しにくいのだ。細かいことを気にしない性格も手伝って、彼女は「変なの」と呟いて扉を閉めた。
「レーシーは順調だって」
彼女からの伝言を伝えるクリスティーヌを抱き上げて撫でる。羨ましそうなリリアーナを手招きし、ソファに腰掛けた。すぐにソファの隣に座り、べったり身体を添わせてくる。ククルの説明通り、愛玩動物は嫉妬しあい、飼い主の愛情を確かめたがる生き物だった。身体の一部が触れていると安心するという説明も、今なら理解しやすい。
「そろそろ攻めるか」
「あの煩い女の国?」
「前に見に行ったとこ?」
戦略を立てるほど手ごわいわけじゃないが、ある程度の作戦は必要だ。クリスティーヌは昨日の王女カリーナの国ビフレストを、リリアーナは以前に偵察に訪れたイザヴェル国を口にした。どちらも間違いではない。
問題はどちらを先に潰すか。
「両方だ」
目を輝かせる少女達は、自分達も出番があるはずと喜び合っている。実際に動かすつもりなので、否定せずに両方の頭を撫でた。ソファの両側、肘置きに腰を下ろしてしがみつく彼女らが、ぴくりと反応する。魔力ではなく、足音や気配を察知したのだ。
「ロゼマリアが来た」
リリアーナの言葉通り、ノックして入室したのはロゼマリアだった。乳母で侍女のエマを連れた王女は、優雅に一礼する。
「首尾はどうだ?」
「準備が整いました。いつでも『お返し』できますわ」
そう微笑んだロゼマリアは、以前の繊細でか弱いお姫様の印象を払拭する逞しさで答える。以前から侍女のエマは一緒に行動していたが、この頃はリリアーナの土産であるヘルハウンドを可愛がった。番犬でありペットなのだと言い放つ彼女に、聖女の面影はない。
「ならば『返却』する」
預かったモノを返す。それが者であり、王女という大層な肩書を持つ女であるだけ。謁見の間で騒いだ王女カリーナを、レーシーが陥落した国に戻したら……さて、どうでるか。
表面上が穏やかな池でも内側は揺れ続ける――不安定な池へ違う色を流し、さらに汲んだ水を追加で流したら決壊して溢れるか。飲み込んで耐えるか。どちらにしろ、池が消滅する未来は確定していた。
大きな紙や物資を運べない吸血蝙蝠がよく使う魔術だ。ジンほどの大きさのコウモリは少なく、代わりに小さな彼らは千切って運ぶ魔術を得たのだろう。オレの血を得たクリスティーヌの魔力は満ちている。さらにウラノスが与えた魔術の知識は、彼女の能力を急激に開花させていた。
ネズミ23匹の使役で疲れていた少女は、僅かな期間でその数倍のコウモリやネズミを支配下に置いた。ネズミが運んだ紙片も繋ぎ合わせ、さっと目を通す。指先でくるりと円を描き、魔法陣で書類を転送した。アガレスの部下となったマルファスは優秀だ。あの男に押し付けるのがいいだろう。
廊下で「なんじゃこりゃぁ!!」と叫ぶマルファスの声が聞こえた。思ったより近くにいたらしい。直接渡しても大差なかったと苦笑し、きょろきょろしたリリアーナが扉を開いた。
「マルファス、うるさい」
「魔王陛下はこちらですか? 予告なく書類を……」
押し付けるなんてと言いかけて、リリアーナの後ろに立つオレに気づいて固まった。度胸はある方だし、書類の処理能力も高い。ただ突発事項に弱いところがある。アガレスに似て頭の回転は悪くないため、事前に予測していれば回避できるだろう。
「マルファス。ビフレストの資料だ」
「か、かしこまりました」
くるっと背を向けて逃げるように立ち去る文官の背を見送り、リリアーナが首をかしげる。自分より強者が滅多にいないドラゴンにとって、他者への恐怖心は理解しにくいのだ。細かいことを気にしない性格も手伝って、彼女は「変なの」と呟いて扉を閉めた。
「レーシーは順調だって」
彼女からの伝言を伝えるクリスティーヌを抱き上げて撫でる。羨ましそうなリリアーナを手招きし、ソファに腰掛けた。すぐにソファの隣に座り、べったり身体を添わせてくる。ククルの説明通り、愛玩動物は嫉妬しあい、飼い主の愛情を確かめたがる生き物だった。身体の一部が触れていると安心するという説明も、今なら理解しやすい。
「そろそろ攻めるか」
「あの煩い女の国?」
「前に見に行ったとこ?」
戦略を立てるほど手ごわいわけじゃないが、ある程度の作戦は必要だ。クリスティーヌは昨日の王女カリーナの国ビフレストを、リリアーナは以前に偵察に訪れたイザヴェル国を口にした。どちらも間違いではない。
問題はどちらを先に潰すか。
「両方だ」
目を輝かせる少女達は、自分達も出番があるはずと喜び合っている。実際に動かすつもりなので、否定せずに両方の頭を撫でた。ソファの両側、肘置きに腰を下ろしてしがみつく彼女らが、ぴくりと反応する。魔力ではなく、足音や気配を察知したのだ。
「ロゼマリアが来た」
リリアーナの言葉通り、ノックして入室したのはロゼマリアだった。乳母で侍女のエマを連れた王女は、優雅に一礼する。
「首尾はどうだ?」
「準備が整いました。いつでも『お返し』できますわ」
そう微笑んだロゼマリアは、以前の繊細でか弱いお姫様の印象を払拭する逞しさで答える。以前から侍女のエマは一緒に行動していたが、この頃はリリアーナの土産であるヘルハウンドを可愛がった。番犬でありペットなのだと言い放つ彼女に、聖女の面影はない。
「ならば『返却』する」
預かったモノを返す。それが者であり、王女という大層な肩書を持つ女であるだけ。謁見の間で騒いだ王女カリーナを、レーシーが陥落した国に戻したら……さて、どうでるか。
表面上が穏やかな池でも内側は揺れ続ける――不安定な池へ違う色を流し、さらに汲んだ水を追加で流したら決壊して溢れるか。飲み込んで耐えるか。どちらにしろ、池が消滅する未来は確定していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
空月そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい
冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。
何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。
「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。
その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。
追放コンビは不運な運命を逆転できるのか?
(完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる