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第11章 戦より儘ならぬもの
378.信頼より信仰に似た強い思いだった
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魔王城と化したバシレイア王宮で、特殊能力を持たない人間が大臣を務める。その意味を甘く見ていた。
見た目は整った女性に廊下で言い寄られた時、初めて危機感を覚えた。正直、遅い。自分でそう思うのだから、魔王サタン様や上司のアガレス宰相にも同じように叱られそうだ。
言いよる美女から逃げ回るうちに、気づけば人気のない場所に追い詰められていた。右は壁、左は階段……背中を壁に押し付けられる。美女の顔が近づいて感じたのは、恐怖だった。
触れて唇の間から入り込んだ舌に、液体を流し込まれる。飲み込みたくなくて抵抗し、魔法で無理やり飲まされた。喉が焼ける痛みに顔を顰めたところから、意識が曖昧だ。
何をしているか、ぼんやりと覚えている。ただ何をさせられているか、認識できなかった。渡された書類に手を加えていく。当たり前のように作業するが、その内容は全く覚えていなかった。何枚処理しただろう。
それらを上司に提出し、残りを魔王の執務室に積み上げた。考えなくても体が動く。書類と書類の間に、用意した紙を差し込む作業は単純だった。どこかで警鐘が鳴るのに、その音はぼんやりして遠い。まるで分厚い氷越しに見ているような、不思議な感じだった。
普段の実務に加え、様々な書類を用意した。必要性も重要度も内容もわからない。だが用意しなくてはいけない、強くそう思った。
書類を作り終えた頃、再び美女が現れた。人間とは明らかに違う長い耳は、ヴィネと似ている。だがヴィネより肌の色は薄く、体の線は細かった。彼女を見るなり、俺は立ち上がって移動する。キスされた廊下の片隅で、種子のような粒を口に押し込まれた。
危険だ。本能はそう叫ぶのに、抵抗ができない。生温い湯に浸かったみたいな、微睡から覚醒しない感覚に近かった。
「あなたはもう用済みよ」
耳に囁かれた言葉が、崩れ落ちる体を支配する。ああ、俺は何か失態を犯した。魔王様の足を引っ張る存在になったのだ。頭が妙にすっきりして、悪い事をした気分になった。
失態を報告して采配を仰がなくては、そう思うのに手足が動かない。誰か、俺を魔王様に会わせてくれ。何かが起きた。起こす原因を作ってしまったと気ばかり焦る。早く報告しないと手遅れになる!
何を報告すべきかもわからぬまま焦る俺を、扇情的なドレスのオリヴィエラが見つけた。グリフォンである彼女は俺の頬を何度か叩くと、乱暴に襟を掴んで担いだ。引き摺るように連れて行かれたのは、望み通りの執務室だ。
「陛下っ! やられましたわ」
すでに事件は発覚したようだ。魔王サタン様を中心に、アスタルテ様やアガレス宰相が書類を確認している。まだ動けない。時々目が乾いて、ゆっくり瞬きするくらいで、指先も動かせなかった。
壊すだの無理だの、恐ろしい単語も聞こえるが……魔王サタン様の姿を見た途端、俺は安心していた。きっと何とかしてくれる。それは信頼と呼ぶより、信仰に似た強い思いだった。
見た目は整った女性に廊下で言い寄られた時、初めて危機感を覚えた。正直、遅い。自分でそう思うのだから、魔王サタン様や上司のアガレス宰相にも同じように叱られそうだ。
言いよる美女から逃げ回るうちに、気づけば人気のない場所に追い詰められていた。右は壁、左は階段……背中を壁に押し付けられる。美女の顔が近づいて感じたのは、恐怖だった。
触れて唇の間から入り込んだ舌に、液体を流し込まれる。飲み込みたくなくて抵抗し、魔法で無理やり飲まされた。喉が焼ける痛みに顔を顰めたところから、意識が曖昧だ。
何をしているか、ぼんやりと覚えている。ただ何をさせられているか、認識できなかった。渡された書類に手を加えていく。当たり前のように作業するが、その内容は全く覚えていなかった。何枚処理しただろう。
それらを上司に提出し、残りを魔王の執務室に積み上げた。考えなくても体が動く。書類と書類の間に、用意した紙を差し込む作業は単純だった。どこかで警鐘が鳴るのに、その音はぼんやりして遠い。まるで分厚い氷越しに見ているような、不思議な感じだった。
普段の実務に加え、様々な書類を用意した。必要性も重要度も内容もわからない。だが用意しなくてはいけない、強くそう思った。
書類を作り終えた頃、再び美女が現れた。人間とは明らかに違う長い耳は、ヴィネと似ている。だがヴィネより肌の色は薄く、体の線は細かった。彼女を見るなり、俺は立ち上がって移動する。キスされた廊下の片隅で、種子のような粒を口に押し込まれた。
危険だ。本能はそう叫ぶのに、抵抗ができない。生温い湯に浸かったみたいな、微睡から覚醒しない感覚に近かった。
「あなたはもう用済みよ」
耳に囁かれた言葉が、崩れ落ちる体を支配する。ああ、俺は何か失態を犯した。魔王様の足を引っ張る存在になったのだ。頭が妙にすっきりして、悪い事をした気分になった。
失態を報告して采配を仰がなくては、そう思うのに手足が動かない。誰か、俺を魔王様に会わせてくれ。何かが起きた。起こす原因を作ってしまったと気ばかり焦る。早く報告しないと手遅れになる!
何を報告すべきかもわからぬまま焦る俺を、扇情的なドレスのオリヴィエラが見つけた。グリフォンである彼女は俺の頬を何度か叩くと、乱暴に襟を掴んで担いだ。引き摺るように連れて行かれたのは、望み通りの執務室だ。
「陛下っ! やられましたわ」
すでに事件は発覚したようだ。魔王サタン様を中心に、アスタルテ様やアガレス宰相が書類を確認している。まだ動けない。時々目が乾いて、ゆっくり瞬きするくらいで、指先も動かせなかった。
壊すだの無理だの、恐ろしい単語も聞こえるが……魔王サタン様の姿を見た途端、俺は安心していた。きっと何とかしてくれる。それは信頼と呼ぶより、信仰に似た強い思いだった。
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