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残響の鎮魂歌
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栄之助と鈴音の後ろ姿を見送ると、沖田は隣で石のように固まっている平助を振り返った。
「あの二人ってさ、一緒にいること多いけど、ただの幼馴染なんだよね?」
「……婚約者候補だって聞いた。親公認なんだってさ」
「婚約者」という単語が平助の口から飛び出した瞬間、沖田だけでなく、後ろを歩いていた山口、原田、永倉の目が一斉に鋭くなった。
「え、何。あの二人はそういう仲なわけ?」
「……確かに家同士の釣り合いは取れているが。そうか、あちらさんの若旦那か……」
「あーあ。女なんて適当に捌いてた平助が、ようやく『誰か一人に執着する』なんて人間らしいこと始めたと思ったのになぁ」
永倉がニヤニヤしながら、頭の後ろで手を組んだ。
「執着なんてしてねぇよ! 別にあんなじゃじゃ馬娘のことなんて……」
言いかけて、言葉が喉の奥で渋滞を起こした。
これまでは、女の涙を見ても、熱烈な恋文を貰っても、「面倒だな」か「まあ、そんなものか」としか思わなかった。
なのに、今の自分はどうだ。鈴音が栄之助と並んでいるだけで、胸の奥が焼けるように熱く、それでいて冷たい風が吹き抜けるように苦しい。
「……わかんねぇよ、俺。なんでこんなに、ずっとモヤモヤすんのか……」
俯いて、消え入りそうな声で零した平助を見て、試衛館の面々は顔を見合わせた。
「……平助。酒だ。酒呑もうぜ。とことん付き合ってやるよ」
永倉がドンと平助の肩を叩いた。これ以上何も詮索してこない彼らなりの不器用な優しさが、今の平助には何よりありがたかった。
☆
「平助も可哀想になぁ。恋だと気づく前に、もう失恋とは。ははっ!」
原田がお猪口を煽りながら、豪快に笑った。内藤新宿の薄暗い居酒屋。平助は断る理由も見つからず、そのまま流されるように連れてこられた。
「俺は、鈴音ちゃんは平助に懐いているように見えたけどね。……『恋』と『懐く』は、やっぱり違うのかな」
沖田の無邪気な一言に、平助は深くため息をついた。
「……あいつのこと考えてると、俺、おかしくなるんだよ。恋って何だよ。……こんな、頭おかしくなるもんなのか?」
お猪口の酒をぐいっと煽った平助を、山口が信じられないものを見るような目で凝視した。
「お前、それ本気で言ってんのか。お前にだって初恋の一つや二つ、あっただろう」
「……」
初恋、という単語に平助が本気で考え込んでしまったため、逆に周囲が焦り出す。
「ちょっと待て、平助。本当にか? お前、今まで散々女の子を口説いたり、逢い引きだのなんだのしてたじゃねぇか!」
永倉が身を乗り出して詰め寄る。
「お前、十七だろ? 盛り盛りの年頃じゃねぇか。あんなに小難しい哲学書だのを読んでおいて、恋を知らないって本気かよ」
「恋文だって山ほど貰ってたろ。茶屋に行ったり、夜道でいい雰囲気になってたのを俺は見たぞ。挙句、そのまま泊まり歩いてたこともあったじゃねえか!」
原田の指摘に、平助は眉間に深く皺を刻み、さらに思考の迷宮に潜り込んだ。
「……いや、なんか適当に……。求められりゃ応えるし、口説きゃ向こうも喜ぶだろ。その場の空気がそうなったら、そのまま……。でも、そもそも顔も名前も覚えてねぇし、そこに意味なんて無いだろ」
「マジかよ―――! 何だそれ―――!!」
永倉が頭を抱えて絶叫した。
「知らないって。いちいち覚えてないんだよ、そんなこと。肌を合わせたからって、別にどうなるもんでもねぇだろ。腹が減ったら飯を食うし、そういうコトをしたかったら、適当な相手を見つける。何が違うんだよ?」
「お前、今飲んだ酒返せ! お前みたいな天然贅沢野郎の悩みなんて、もう知らねぇ!」
「痛い! 原田さん、耳引っ張んなってば!」
平助にしてみれば、それは呼吸をするのと同じような、ただの「愛想」であり、退屈しのぎだった。
相手が望む自分を演じ、その場の快楽を享受する。
けれど、そこに「心」を置いたり、相手の人生を背負おうとしたことは一度もなかった。
だからこそ、今のこの、鈴音のことしか考えられない異常な事態が、彼には恐怖ですらあった。
「……今までのは、別にどうでもよかったんだよ。でも、あいつは……あいつだけは、どう接していいか、さっぱり分かんねぇんだ。適当に手を出して嫌われたくもねぇし、かと言って、他の奴の隣にいるのを見ると、胸の中が焼けるように熱くなるんだよ!」
消え入りそうな平助の、けれど必死な呟きに、さっきまで騒いでいた面々が、不意に静まり返った。
「……あー、なんだ。それ、重症だな」
永倉が呆れたように、けれど同情を込めて口を開いた。
「今まで散々、心のない遊びばっかりしてきたツケが回ってきたんだな。ついに本気で惚れた相手には、指一本触れるのも怖くなっちまったってわけだ」
平助は反論できなかった。あんなに簡単に女の手を引いて夜の闇へ消えていた自分が、今は鈴音の瞳を見つめることさえできないのだから。
「あのじゃじゃ馬娘……鈴音ちゃん、弦月屋だったよな? 姉がいなかったか?」
「……琴音さん、ですか?」
「そう、琴音だ! あの娘に土方さん、こっぴどく振られたんだぞ」
「はぁっ!?」
永倉の爆弾発言に、その場にいた全員が目を剥いた。土方歳三といえば試衛館きっての色男だ。
「昔、婚約に近い関係だったらしいんだけどな。土方さんの女遊びに琴音さんが愛想を尽かしたんだ。今の話、絶対に土方さんの前ですんじゃねぇぞ。殺されるからな」
「……しかし、弦月屋の姉妹に苦労させられる男が、身近に二人も揃うとはな」
原田が面白そうに、お猪口を鳴らした。
「だから俺は、別にそういうんじゃないってば!」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
笑い声と酒の香りを残しながら、初夏の夜は静かに更けていった。
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