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堕ちた王子②
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「主よ、私の父と母が、今宵、貴方の御許へ参ります。私一人を残して…」
首にかけた十字架を掴み、頭を垂れる。
「父と母が、貴方の国を訪れたなら、どうか快く迎え、貴方の愛と、慈悲の心を持って、貴方の国の民として下さい」
鐘が鳴る。
このまま明け方近くまで、鳴り続けるのだろう。
窓ガラスが強い風を受け、止めどなく雨を流す。
アランは、緩慢な動きで面を上げ、蝶番を外した。
冷たい雨が、頬を打つ。
雨粒が唇を濡らしても、髪を濡らしても。
構わない。
「お身体を冷やしますわ」
召使いの女が戻ってきたと思い、アランは、振り返らなかった。
「…夜分遅くに、参上いたしましたこと。深くお詫び致します。アラン殿下」
アランが目にしたのは、見知らぬ女だった。
「…そなたは」
黒く濡れる瞳に、夜の闇に溶ける濃い茶髪。
肌は病的なまでに白く、どこか危うさのある、若い女。
アランは自身の記憶をたどり、目の前の女について思い出そうとしたが、ダメであった。
「私の名は、ロゼー。お初にお目にかかります、殿下。…といっても、殿下のまだ幼いころに、一度お会いしておりますが」
「すまない…」
覚えていないことを詫びきる前に、女の口から、
「兄君が、どこにおわすか、ご存じで?」
「……っ」
――兄。その言葉は、アランにとって、さまざまな感情を呼び起こす。
腹違いの兄。行方知れずの兄。
父上と同じ、美しい白銀の髪、よく似た硬質だが、威厳のある面差し。自分には無い物ばかりを持つ…七つ違いの兄。
そして何より、真に王位を継ぐべき人。
「――貴方が、王になるのです」
びくりと肩が揺れる。
「貴方こそが…」
ゆっくりと、女が近づいてくる。
その声、その瞳が——母と重なる。
――お前こそが、次期国王…。私が産んだ、お前こそ…。
頬を包む、冷たい手。
「臣たちの前で、宣言するのです。私が、王となる…と」
「しかし…」
ワタシハ―…。
「大丈夫。貴方には、私がついている。…だって、貴方は私の姉さんの大切な忘れ形見――さぁ…」
ロゼーは、アランの右手に、一本の短剣を握らせた。
柄を握ると、アランは、頭の奥が痺れた。
甘い、花のような香りがする…。
この、日も差さぬ王都に、花など、すべて枯れ果てたというのに…。
(そうだ。そうして、私と血を同じくする人は、もうどこにもいない…)
自分一人を置いて、父も母も、兄さえも、いなくなってしまった。
それは、いったい誰のせいだ?
神か?
「いいえ、怪物です」
蒼い唇をした女が、どろりとした瞳で、王子の姿を瞳に閉じ込める。
「雪深く閉ざされた、城の奥。爪を研ぎ、牙を剥く、恐ろしいバケモノ。——その首を取りなさい。そうして、怪物の首を、王たちの墓前に供えた時。それこそが、始まり…。新しい王の立つ時…」
「…ならば、そうしよう。怪物、お前こそが、私の敵。私の王道を阻む、敵」
瞳に殺意をたぎらせたアランが、鞘から剣を抜く。
抜き身の刃が光を反射し、アランの黒い瞳を強くする。
剣は、その身に王子の決意と憎悪を写し取り、魔女の微笑みをも映し取った――。
首にかけた十字架を掴み、頭を垂れる。
「父と母が、貴方の国を訪れたなら、どうか快く迎え、貴方の愛と、慈悲の心を持って、貴方の国の民として下さい」
鐘が鳴る。
このまま明け方近くまで、鳴り続けるのだろう。
窓ガラスが強い風を受け、止めどなく雨を流す。
アランは、緩慢な動きで面を上げ、蝶番を外した。
冷たい雨が、頬を打つ。
雨粒が唇を濡らしても、髪を濡らしても。
構わない。
「お身体を冷やしますわ」
召使いの女が戻ってきたと思い、アランは、振り返らなかった。
「…夜分遅くに、参上いたしましたこと。深くお詫び致します。アラン殿下」
アランが目にしたのは、見知らぬ女だった。
「…そなたは」
黒く濡れる瞳に、夜の闇に溶ける濃い茶髪。
肌は病的なまでに白く、どこか危うさのある、若い女。
アランは自身の記憶をたどり、目の前の女について思い出そうとしたが、ダメであった。
「私の名は、ロゼー。お初にお目にかかります、殿下。…といっても、殿下のまだ幼いころに、一度お会いしておりますが」
「すまない…」
覚えていないことを詫びきる前に、女の口から、
「兄君が、どこにおわすか、ご存じで?」
「……っ」
――兄。その言葉は、アランにとって、さまざまな感情を呼び起こす。
腹違いの兄。行方知れずの兄。
父上と同じ、美しい白銀の髪、よく似た硬質だが、威厳のある面差し。自分には無い物ばかりを持つ…七つ違いの兄。
そして何より、真に王位を継ぐべき人。
「――貴方が、王になるのです」
びくりと肩が揺れる。
「貴方こそが…」
ゆっくりと、女が近づいてくる。
その声、その瞳が——母と重なる。
――お前こそが、次期国王…。私が産んだ、お前こそ…。
頬を包む、冷たい手。
「臣たちの前で、宣言するのです。私が、王となる…と」
「しかし…」
ワタシハ―…。
「大丈夫。貴方には、私がついている。…だって、貴方は私の姉さんの大切な忘れ形見――さぁ…」
ロゼーは、アランの右手に、一本の短剣を握らせた。
柄を握ると、アランは、頭の奥が痺れた。
甘い、花のような香りがする…。
この、日も差さぬ王都に、花など、すべて枯れ果てたというのに…。
(そうだ。そうして、私と血を同じくする人は、もうどこにもいない…)
自分一人を置いて、父も母も、兄さえも、いなくなってしまった。
それは、いったい誰のせいだ?
神か?
「いいえ、怪物です」
蒼い唇をした女が、どろりとした瞳で、王子の姿を瞳に閉じ込める。
「雪深く閉ざされた、城の奥。爪を研ぎ、牙を剥く、恐ろしいバケモノ。——その首を取りなさい。そうして、怪物の首を、王たちの墓前に供えた時。それこそが、始まり…。新しい王の立つ時…」
「…ならば、そうしよう。怪物、お前こそが、私の敵。私の王道を阻む、敵」
瞳に殺意をたぎらせたアランが、鞘から剣を抜く。
抜き身の刃が光を反射し、アランの黒い瞳を強くする。
剣は、その身に王子の決意と憎悪を写し取り、魔女の微笑みをも映し取った――。
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