便箋小町

藤 光一

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河童編

11来襲はおまかせを

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 ピウ・モッソ。その雨は、それまでの雨よりも強く激しく降り注ぐ。
一粒一粒がコンクリートを穿ち、弾ける雨粒は、一種の花模様を彩るようだ。
天より打ち上げられ一斉放射された花火のように、その水飛沫は騒々しい。
街全体を雨模様へと変え、湿気が身体の周囲に纏わり付く。
ねっとりとしたその湿気は、決して気分が良いものではない。
それに加えて、視界を歪ませる程の激しい雨。風こそは無いものの冷たい雨は機関銃のようだ。
しかし、それがただの雨では無いと云うのは一般人である僕でもわかる。
予報にはなかった激しい雨。通り雨だとしてもあまりに不自然な雨。
社長もいつもに増して鋭い目付きを加えていた。

「いかんな。どうも妖怪どもは、耳が早いようだ。」

 それは、僕たちに向けられた言葉ではなかった。
雨に紛れた招かれざる客人。何よりもそれは、依頼人とは言い難い。
不思議にもタバコ屋に入るまで少なくとも人通りがあったこの街は、この雨のせいか人気は無い。
代わりに気配を感じるのは異形な者たち。そう、社長たちの言葉を借りるなら“ギフト”だ。

「気を張れよ、新人!特に背後をな!」

 降り頻る大雨の中、メルが叫ぶ。いや正確には雨音に負けないよう情報を流す為に
単に大声で叫んだだけで無く、ユニゾンするようにテレパシーを加えていた。
皆、互いの背中を守るように円を描き、ぐるりと周囲を警戒できるよう付け焼き刃だが陣形を模る。
緊張が走る陣形の中、額に滴るものが冷や汗なのかこの雨に打たれてなのか判断し難い。

「なぁ、メル。これは一体・・・。」

 僕の肩に飛び乗っていたメルへ横目で問いかける。今は視線をずらす訳にはいかないからだ。
いつ、どこから“ギフト”が襲ってくるかわからない。
ただ、今わかるのは素人でもわかる殺気立った緊迫感だけ。

ひた・・・、ひた・・・・。

 激しい雨音に紛れるように生々しい足音が周囲から聞こえてくる。
それらは街の影から、電柱、マンホール、流れ落ちる雨水に紛れ姿を現し始める。
河童だ。それも一体や二体ではない。街の影を塞ぐように至るところから現れる。
数体の河童がひたりひたりと三又の矛を握り締めながら、こちらへと近付く。
しかし、初めに見たコツメとは明らかに体格が違う。
大きさはそれでも小柄だが、遠目でもわかる発達した筋肉。
何よりも大きな違いは、僕たちに向けた槍のように長く研ぎ澄まされた殺意だ。

「ギ、ギギ・・・ッ!」

 爬虫類のような感情を押し殺した瞳で、奴らはその喉から擦り切らした声で威嚇する。
狙いはやはり、コツメの持つ尻子玉。奴らを見たコツメは、その尻子玉を深く握り締め震えていた。
コツメにとっては同族。だがその同族達に切先を向けられ敵意剥き出しで詰め寄られる。

「で、どうするよ?マチコ。」

 すっかり数体の河童たちに取り囲まれた戦況を見て、メルは社長へと投げかける。
雨のせいか濡れた毛でいつもより肩にのしかかるメルが重い。
四方は河童たちに取り囲まれている。すぐ傍らには先程まで運転していたキッチンカーがあるが、
全員が乗り込んでこの場から逃げようにも、無傷では済まないだろう。
ふむ、と顎に親指を当て戦況を見た社長は鋭い眼差しを横にずらす。

「よくもまぁ、田舎妖怪がゾロゾロと。」

 ふぅーっと、明らかに不機嫌な溜め息を溢し右手を腰に当てる。

「コツメ・・・、尻子玉を還せ。水神様へ捧ぐ尻子玉を!」

 一体の河童が擦り切れた声で荒げる。怒鳴り声にも近いその声は、とても同族へ向けた声では無い。
掟を破った裏切り者へ向けた、力任せに奪い還そうとする敵意だった。
いや、待てよ。初めてコツメと話した時は、全く言語が理解出来なかったはずだ。
あの七つ道具を使って、ようやくコツメとコミュニケーションが取れるようになった。

 今この場で奴らの言葉が理解できるのは・・・、
成程。お前か、メル。

 僕の肩に掴まっていたメルは淡く青白い光を放ち、ご自慢の頭頂部の毛を逆立てていた。
一種のアンテナ代わりなのだろうか。テレパシーの応用で奴らの言語を翻訳してくれているのか。
会話が成立出来るのであれば、まだ交渉という手段もある筈だ。
ここはそう、穏便に。事をなるべく荒立てず、交渉次第で穏便に依頼を解決へ結べる筈・・・。

「馬鹿か?いや・・・阿呆か、貴様らは。これは私の依頼物だ!
とっとと、その辺の八百屋へ出向いて胡瓜でもこさえて土産にするが良い!
手ぶらで帰る訳にはいかないだろうからな。」

(ガッデム‼︎)僕は咄嗟に勢い良く、両手で頭を抱え雨が降り注ぐ天を見上げた。

 この女社長は、この状況下で何を言っているんだ⁉︎
無様にあんぐりと思わず口を開けてしまい、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。

「しゃしゃしゃ、社長!何言ってんですか⁉︎こんな時に!」

「む?何だね、垂くん。先日手に入れたクーポンでも添えれば良かったかね?」

 ピッと胸元のポケットから近所のスーパーのクーポン券を取り出し、冷めた表情で僕を見つめた。
少し寄れていたクーポン券は、このどしゃ降りの雨でみるみる濡れ滲んでいく。

「そういう問題じゃないです!上手く交渉すれば、戦う必要も無かったのに!」

 僕がそう言うと、ムスッと少し機嫌を損ねたのか仏頂面でこちらを眺めていた。
濡れて萎れたクーポン券をぐしゃりと握り込み、ぶっきらぼうに丸めていた。
どうしてこの人は、こんなに血の気が多いというか変な所が疎いというか・・・。

「ならば、仕方ない。貴様らを始末し、コツメごと回収させてもらう。」

 先程とは違う別の河童が矛を向けて言葉を発した。
ん?狙いは尻子玉だけは無く、コツメもなのか?何故わざわざコツメも必要なのだろう。
目的を果たすのは尻子玉の回収だけでは?いや、そうではない。
族の掟が、硬く長年縛り上げた掟だ。守らなかった者がどうなるのかと云うのを晒す為だろう。
だとしたら、河童も人となんら変わらないな。どちらにしてもだ。
どちらも奴らに渡すわけにはいかない、というのが定石だろう。

「まぁ待て、田舎もん。我々は・・・。」

 と社長が言葉を投げかける最中、事が起き始める。
三叉の槍の切先が社長の喉元近くまで迫っていた。奴らの一連の動作に迷いはなく、
僕はそれなりの警戒をしていたが、奴らの動きが全く見えなかった。
既にほんの少し喉元に刺さったのか、一雫の血が大雨と共に流れ滴る。

「最早、貴様らとの会話は無用。始末する。」

 社長の懐へいち早く飛び込み、先手を打った河童が言葉のナイフを添える。

「ほぅ・・・、河童風情がご立派な口上を。三流役者も涙が出るな。」

 先手を打たれた社長は、不意に取られた隙に対して少し目を丸くしていた。
何よりも驚いたのは、あの社長が不意を突かれその一手に反応出来なかった事だ。
この間の悪魔との戦いでは、一撃も受ける事無く圧倒的な戦闘力を誇っていたのに。

「これは、ちと不味いかもなぁ・・・新人。」

 ボソリと戦況を見たメルが呟く。

「え・・・?」

「奴らは河童だ。奴らが水神様がどうのとか言っていただろ?」

「あぁ・・・。」

 鋭い眼光で覗くメルは、河童達を見つめ戦況を分析した。
降り頻る大粒の雨に打たれながら、雨音に紛れるように僕は生唾を飲み干す。

「水があるこの雨の中では・・・、奴らの独擅場だ!」

 そう叫んだメルは、僕の肩に重心が加わる。
メルが声を発したと同時に一体、また一体と社長へ矛先を向け突進してきた。
鋭い速度で振りかざすその突きは、確実に急所を狙っていた。
社長は最小限のステップで後ろへと足を踏み、寸前で回避を施す。
三叉の矛が社長の頬の表面を縫うように通り過ぎる。また一手は、眉毛を僅かに掠める。
それでも社長は、迫り来る矛達を躱すばかりで反撃する動作を見せない。
ただただ、腕を組み真っ直ぐと殺気立つ方向へ目を向けていた。

「な、なんで社長は、反撃しないんだ?」

「新人、そいつは違う。反撃をしないんじゃない。」

 ピチャリっと社長の革靴が水溜まりに浸かる。コンクリートに溜まった雨水が大きく跳ね上がる。

「この雨では、あいつのいんは作れねぇ。印を作れない以上、マチコは力を出せねぇんだ。」

「そ、そんな・・・⁉︎」

 確かに社長は力を出す時、足元に魔法陣のようなものを作り出し自分の力を解放していた。
この雨だと印が歪み、上手く制御出来ないからなのだろうか。
故に、反撃をしないのではなく“反撃ができない”状況下になってしまっているのか。
これでは、防戦一方。この場でまともに戦える者なんて社長くらいだ。
唯一の戦力である社長が戦えないとなると、一体どうすれば・・・。

「水を得た魚と一緒だ。今まさにマチコは、水中でサメと戦っているようなもんだ。」

 呼吸を抑えるように最小限の動きで僅かなステップを踏み、河童の切先を逸らす。
矛の柄を手刀で叩き落とし、体勢を崩した河童へ掌打を放つ。
その反動で離れた矛を社長は手に取り、弧を描くように身体を軸にその矛を振り回す。
突き飛ばされた河童は、建物の壁まで突き飛ばされていたが致命傷は与えられていない。
やはり、力が使えない為か十分な威力を発揮できていないのだろう。
また一体、一体と社長へと飛び掛かるが奪い取った矛で旋風を起こすように振り回し、
降り注ぐ大粒の雨と共に襲い来る河童達をまとめて薙ぎ払う。
その度に河童達は吹き飛ぶが、すぐに体勢を立て直し立ちあがろうとする。

「ふむ・・・、多勢に無勢か。生憎、私の力は集団戦には向かないからな。」

 カラランっと社長は、奪い取った矛を放り投げた。確かに、これでは消耗戦だ。
いくら社長が強くても、決定打を与えられない。更に敵も数体で囲ってきている。
明らかにこちら側が先に消耗し、劣勢へと導くばかりだ。
苛立ちを見せた社長は、少し前髪を掻き上げて滲んだ水滴を一振り払う。
そのまま鋭い眼光は、メルへと向け叫ぶ。

「おい、メル!力を貸せ!」

「だろうな。言葉通り、貸しにするぜぇ?」

 先程まで僕の肩に乗っていたメルが、ピョンっと社長へと飛び跳ねる。
数回細かいジャンプを重ねた後、大きく飛び移り社長の肩へ。

「あぁ、ツケは作らんさ。明日のモーニングコーヒーを楽しみにすると良い。」

 社長は、メルの頭に掌をそっと添え、ブツブツと何かを唱え始める。
社長の手とメルが共鳴するように青白い光が放つ。
それを目にした河童達は、一歩後退し様子を伺う。

「・・・解ッ!」

 淡く照らされていた青白い光が閃光のように強く眩く発光する。
ドンっと破裂音のような音と共に社長の周りは煙で満たされた。

パリッ、パリパリ。

 電流が走るような音を掻き毟らせる。霧のように広がった煙が徐々に明るみになる。
僕が瞬きをした時、異質で異様な物がコンクリートの地面を蹴り上げる。
それは雷光のように鋭く、社長の周りに取り巻く河童達に一筋の一閃が刻まれる。

パァン

 呼吸を整える間も無く、その一閃は一枚の絵画に線を引くようなもの。
恐ろしく速く、何が起きたのかわからないであろう河童達が吹き飛ぶ。
その瞬間、ようやく轟音が鳴り響いた。

「あの野郎。モジャモジャのくせに、こんなもん隠してたのかよ。」

 その光景を見ていたチップは、ギリっと歯軋りを一つ鳴らせる。
チップはもう、以前のように暴れ回る力は無い。故に今出来ない事に歯痒いのか、拳を握っていた。
河童達が一斉に吹き飛んだ中心には、社長の姿が見えた。
いや、それだけでは無い。社長を取り囲むように、その巨体は電流を纏い共に構えていた。
白く輝くように整った毛並み。雨すらも弾く透き通るような毛並みだ。
その巨体は、全長でも三メートルを裕に超える。巨大な狼のような風貌で、青白い眼光を照らす。
凛々しくも長い立髪と尻尾は雨にも負けず、雄々しく電流とともに靡かせる。
威圧さえ与えてしまうその牙も爪も、このコンクリートさえ抉りそうだ。

「暫くぶりだな、この姿は。」

 その口調は、どこか聞いた事のある声。多少勇ましさが混じっていたが紛れも無い。
あのモジャモジャとした妖怪、メルだ!

「言葉とは、云ってしまえばこれも一種の音だ。こいつは、その言葉を操れる妖怪、言霊。
音と同じスピードで動けるのだからな。さて・・・。」

 社長は、仁王立ちになり肩にかけたスーツジャケットを靡かせる。
ギリっと勇ましくも巨大化したメルが濡れたコンクリートに爪を立て雄叫びを上げる。

「貴様らがいくら速かろうと。音を置き去りにすれば造作も無かろう。」


「なぁ、閃光メルよ。」

 アレグロ。それは、コンクリートを穿つ大雨に一閃の雷光が、この街に轟かせていた。

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