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第2章 雨やどり編
52来襲する化け物へおまかせを
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鬱蒼とした静か過ぎる秋の森。ここには殆どの動植物がいない。小鳥の囀りも虫の鳴き声も気配どころか耳にも入らない。
その原因は、外来生物による侵略。一般的には国外から運ばれた生物がそれを指すわけだが、国内だけでも充分に可能性がある。
元居た場所ではなく、県が離れた地域でその生物を放すだけでも外来生物による生態系の破壊は起き得るのだ。
そして、その元凶となる権化は僕たちのすぐ目の前に突如として現れた。その巨体は十メートルを超え、不気味な笑みを浮かべる。
先まで見かけていた幼体とは何倍も大きい。奴が飛ばすプレッシャーから、交渉なんて無理な話だろう。
好戦的で獰猛、狂気に満ちた八つの目がこちらを一人ずつ丁寧に見つめている。ねっとりとした粘着質で、長い舌を垂らしながら。
奴にこちらの話を聞く耳は、初めから持ち合わせていないだろう。僕らは八握脛のテリトリーに踏み入れていること。
襲われたとはいえ、奴の子供である八握脛の幼体を殺したのも事実。その点においては、逆上するのも至極にして自然。
そこに居るのは、この森の生態ピラミッドを塗り替えた新たな王者。数による暴力だけではない。
こいつは、個による絶対的な制圧力を備えているんだ。地面を粘土のように容易に突き刺すパワー、図体に似合わぬスピード。
極め付けは、生命細胞を爆発的なスピードで死滅させる強力な毒まで持ち合わせる余計なおまけ付きだ。
あの脚の返しのように尖った棘に刺されてしまったら、瞬時に枯れて萎れてしまった草木を見る限り無事では済まされない。
化け物はゆったりと照準を狛犬兄妹たちへと定め始め、再び二本の細長い前脚をギラリと黒光りさせながら高く上げ始める。
「じゃぁ~アぁ……、まずはワンコちゃんからッ!」
大蜘蛛のセリフを置き去りに、大槍は加速させる。
振り下ろした前脚は真っ直ぐ、シウンの胸元目掛けて襲い掛かった。それは瞬きも許されないほんの一瞬の出来事。
シウンも常に動けるように体勢は整えていた筈だった。にも関わらず彼女の動作は、その一瞬の出来事における処理を一歩出遅れる。
その巨体から振り下ろされる物理法則をとっくに無視した無茶苦茶な速度は、驚きが足枷になってしまい瞬間的に竦んだ。
躱す為の踏ん張りが遅れた彼女は、回避を諦め防御へ転じようとしたその刹那。稲光がその速攻に覆い被さる。
「装填・・・ッ、ぐっ・・・くぅ、天壌雷刃・・・ッ‼︎」
シウンの前に咄嗟に庇ったのはソーアだった。瞬発的に込めたまだ充分ではないマナの量で生成した刀には少しヒビが入る。
ソーアが召喚した刀により、シウンの胸元に刺さろうとした槍のような脚を寸前で受け止める事が出来た。
しかし、その攻撃は完全に防いだ訳では無く、止むを得ず力の方向を逸らすだけで精一杯のようだった。
ソーアが受け止めた瞬間にビリビリと伝わる衝動は、少年の細い腕では弾き返す余裕も無く、蜘蛛の攻撃をいなすので限界。
地面を軽々と穴を空けるくらいの威力だ、それを受け止めるだけでも相当の瞬発力と踏み込みが必要になる。
彼が受け止められたのは、恐らく野生的な直感があってこそ。そして何よりも、攻撃より防御する事に神経を注いだ結果でもある。
口だけの顔がそれを見て、粘着質に面妖な笑みを浮かべた。同時に蜘蛛の顔には驚きのような一面も見せたようだった。
自分の攻撃を受け止める事が出来た者がまだ居るのだと、戦いにおいての悦びへと変換させた化け物は舌舐めずりをしていた。
「あらあらぁ、女のコからヤろうと思ったのにィ。坊ヤは次よぉ?」
「残念だったな、妹を守るのが俺の役目だからよぉ・・・。シウンッ、今のうちにッ!」
ソーアは蜘蛛の前脚をいなした後に追い討ちをかけるように、刀を渾身の力で振り上げる。
瞬間浮いた蜘蛛の前脚を弾くように下から切り掛かり、大蜘蛛の身体をほんの少し浮かせた。
蜘蛛の巨体が数十センチだけ舞い、剥き出しになった蜘蛛の顔に隙が生まれた。
兄の合図に頷き、シウンは両腕をクロスさせマナを込める為に集中させた。
戦いにおいて数秒は命取り。その一フレームの動作と判断が勝利にも敗北にも導く。
彼はシウンの攻撃を転ずる為に、脳をフル回転させていた。刺されれば死ぬという恐怖すらも抱きながら。
ソーアはそのままの勢いを慣性にし、反対側の前脚にも掬い上げるように斬り上げた。
そうして、少しでも彼女から意識を遠ざける。
「うん!そそ、装填・天壌風刃!」
与えられた時間は、ほんの僅か。ソーアが作ってくれた隙を余す事無く力を込め、語気を強めた少女は再び二本の短刀を召喚する。
くるくると巧みに二本の短刀を掌で回転させ、逆手持ちに切り替える。
「・・・アナタ達、面白い術を使うわねぇエ。ワンコらしく、大人しく吠えていれば良いのにぃィ。」
直ぐに体勢を取り戻した大蜘蛛は、後ろの六本の脚を大きく広げ地面へ突き刺すように踏ん張りを見せる。
残る二本の前脚は大槍から切り替え、水平になるように横へと倒すとまるで二本の大鎌のように構え始めた。
まだ空中に飛び上がっていたシウンは右脚へと飛び掛かるように、刀で叩き付ける。
しかし、ここまでのシウンの攻撃は一切の手応えが無い。化け物の身体はゴムのような弾力性があり、叩き付けた力は分散される。
火急に焦り練ったマナの刀では充分に力が備わっていなかった為か、威力が本来のそれ以下のように感じ取れた。
先の戦いから見てだが、恐らく本来であれば一撃の力に関してはソーアの方が上。逆にシウンはその力を補うスピード型。
その為の手数を増やした二本の短刀なのだろう。本来の連携を逆転させねばならない程の急遽こしらえた連携。
血の繋がった長い付き合いであるこの兄妹だからこそ、咄嗟に取れるコンビネーションなのだろう。
だからソーアは、スイッチを狙った牽制に回ったんだ。スピードが速く手数の多いシウンに託すように。
「へ、へへ・・・、すぐに吠え面かかしてやんよ!行けッ、シウン‼︎」
ソーアの一撃にはまだ手応えは無い。恐らく、あの大蜘蛛には殆どダメージが通っていないのだろう。
しかし、奴の攻撃を弾き返す事で幾許かの反動は生じる。力と力がぶつかり合った時、必ず力を加えた側へのノックバック。
結果的には相手の攻撃を弾き、そこに隙を作らせ直ぐ様攻撃へ転じるチームプレイならでは戦法。
シウンは兄がこじ開けた隙を見逃さなかった。半拍の息を吐き、相手の懐へ一点集中させた。
「すっ・・・、ここ! 風禍双躁ッ‼︎」
飛び出した助走を頼りに空中で縦回転を繰り広げる。その姿はまるで曲芸師のように軽やかで、恐ろしく速く柔らかい動き。
シウンは腕を大きく広げながら繰り出した回転斬りは、大蜘蛛のもう片方の脚へと切り刻んだ。
一つ一つの斬撃が蜘蛛の脚の返しとして付けられた棘へと浴びせ、遠心力で得た連続斬りを一点集中させた。
斬撃一つ二つでヒビを作り、生まれた亀裂に釘を打ち込むように連続で打ち込む。
バッッッッ・・・キィィィィィィィィィ・・・・ン
すると、最後の一撃で漸くその一本の長い棘はスッパリと切れ、弾け飛んだ棘が地面へと突き刺さった。
棘からは青紫色の液体を垂れ溢し、地面や草に触れるとジュゥゥと塩酸でも浴びたような化学反応を引き起こす。
身体から離れた状態でもその毒は健在のようで、その棘の中心に草は萎れ地面が水気を抜いたように干からびる。
どうやら彼女はまず、あの厄介な毒棘から処理する事を先決にしたようだ。
ただでさえスピードもパワーもあり、毒もあるとなれば一撃だって許されない。だから先に、毒から対抗し始めた。
大蜘蛛の化け物はその攻撃に少しよろめき、数歩後退りをした。折られてしまった傷口を覗き込んだと思えば口角を上げ始めた。
「ふふフフ、やるじゃないィ!ワタシの毒棘だけを的確に狙うなんて、素敵じゃないィぃの?」
「だろ?吠え面まであと七回ってとこか?」
「さぁア?アナタたちにぃ、それを減らせる事が出来るかしらァー?」
ソーアは人差し指と中指で、こちらへと手招きをするような挑発をお見舞いさせる。
そう、この戦いはまだ始まったばかり。奴の数ある厄介な武器の内、その一つを破壊しただけに過ぎない。
まだ奴の脚は七本も健在であり、漏れなく返しの毒棘は備え付けられているままなのだ。
巨体に似合わぬ細長い脚は見た目以上に頑丈であり、二人の刀でも簡単には斬らせてはくれない。
その強度は、まさに極限まで鍛え抜かれた日本刀を弾き折るようなもの。まだ二人には、油断が許されないのだ。
一度の波潮が訪れる程の短い感覚、その僅かな時間の会話は互いを挑発で揺るがそうとしていた。
その瞬間でもソーアは力を込める。土壇場で出した刀にマナを追加で補充し、少しでも刃の強度を強めていた。
呼吸を整え、少年は左足を前に出し、太刀の刃を顔の横に構える。防御を主とした霞の構え。
体格差がある状況下では、上段からの攻撃に特化したこの構えが最も効率が良く反撃に転ずる事が出来る。
そして再び訪れる一打。大蜘蛛は奇声を上げながら、まだ棘のある前脚で突き刺しに掛かった。
すかさずソーアはその一撃を弾き返し、ノックバックで浮いたところをスイッチし、シウンへと受け流す。
バトンを受け取ったシウンは攻撃の反動で浮いた脚目掛けて斬撃を与えようと飛び掛かる。
「甘い甘いアマ~いィィぃ!」
すると今度は、反対の前脚で横殴りをするように反撃を繰り出す。
攻撃に転じようと構えていたシウンは、視界に映り込んだ巨大で鋭い前脚に気付くと咄嗟に防御へ切り替える。
寸前で受け止めた二本の短刀は金属を擦り切らすような音を奏でながら、攻撃をいなす事が出来た。
受けた衝撃を利用し、シウンはくるりと空中で回転をした。地面に着地してもまだ距離を取る為に余った慣性で更に側転する。
相手も馬鹿の一つ覚えに、ただ単純に力が強いだけではない。戦いにおけるその場での状況判断による対抗策が早い。
同じ手では、そうそう簡単には許してはくれなさそうだ。くそ、ここはチップも加勢させるべきか。
まだ昼下がりも良い所、影が薄いこの環境でもあの悪魔は戦えるだろうか。何か、隙がもう少し作り出す事が出来れば・・・。
そう思った矢先、ふと自分の腕の中で気を失っている雪女に着目する。た、多分だけど、この人も戦えるんだよな。
何でも良い、この際サポートでも何でもあの化け物の隙を作るきっかけがあれば、少しは形勢を変えられる筈だ。
僕はぐったりと伸びた彼女を、ボートのオールでも漕ぐ勢いで何度も力強く揺さ振った。
「ちょ、ちょっとレタさん、レタさん!起きて下さいよ!あなた、僕をカバーするって云ってたじゃないですか‼︎」
大きく揺さ振る事で漸く目覚めた彼女は、魂は未だここに或らずといった具合で酷く顔色は青冷めている。
まるで悪い夢から目覚めたばかりの寝起き一番といったところで、歪んだ眉は怪訝そうに態度として現れていた。
「何云ってんのよ、チョベリバじゃない。」
パパパパパパパパパパパァーン
「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ・・・⁉︎」
「うぉ、うおぉおおおいイサム!何やってんだ⁉︎」
僕はこれでもかってくらいの速度で、レタに往復ビンタを浴びせた。
僕の意外な行動に身体をはねらせるように驚いたチップは、心臓でも掴まれたようにギョッと驚いていた。
後でどうなろうと知ったこっちゃない。今は、彼らを助ける力が居るんだ。
数回引っ叩いた後にもう一度、レタを強く揺さ振った。
「早く目を覚まして下さい!そんな死語云う程、錯乱してないでッ!」
「痛っっっっっっっっっっっったいわねッ‼︎」
パンッ
右頬に強烈な一打が入る。それは紛う方なき彼女の渾身のビンタである。
いつぞやの不名誉な一撃を思い出させるそのビンタは、ヒリヒリと僕の右頬に痛烈を味合わっていた。
「ちょっと⁉︎レディの頬を引っ叩くなんて正気の沙汰じゃないわよ⁉︎」
かく云う彼女も僕の往復ビンタでパンパンに頬が赤く膨れ上がっており、涙目になりながらも憤慨していた。
本日とびっきりの膨れっ面を見せた彼女の顔は、今にも針を飛ばしてきそうなハリセンボンに酷似する。
とは云えども、いつまでも現実逃避されたんじゃニッチもサッチもいかないのだ。
ここは粗治療ではあるが、物理的治療で現実に引き摺り出すしかない。むしろ、この土壇場ではそれしか頭に無かった。
「正気の沙汰だから引っ叩いたんですよ!仕方ないとは思っていますから!今、ソーア達が戦ってくれてますけど・・・。
なんかあまり良い状況じゃなさそうなんですよ‼︎」
互いに胸ぐらを掴み、取っ組み合いでも始めそうな体勢になっていたが今はそれどころではない。
仲間割れを起こすような余裕は無いのだ。僕らの傍では今も尚、あの狛犬兄妹は不気味なモンスターと戦っている。
大蜘蛛が攻撃を仕掛ければ、ソーアが弾き返す。すかさずその隙を突いてシウンが追撃。余った脚でシウンの攻撃を相殺。
攻防一体は目紛しく回りに回り、徐々に体力差が生まれてくる。そう、あの化け物は殆どその場から動いていないのだ。
対する狛犬兄弟は一撃すら許されない状況。それを回避する為に、彼らは素早く動く必要がある。
少しでも相手を翻弄し、それぞれが次の一手を狙う為に互いにアイコンタクトを取りながら瞬時に連携を取る。
しかし、その分の体力消費の差は顕著に現れてしまう。こちらの攻撃は殆どダメージが通っていない。
唯一前脚についた毒棘を弾き飛ばすだけでも、あの二人でさえ精一杯だったのだろう。
狛犬兄妹は化け物の射程範囲から距離を大きく取り、体勢を立て直す。
ソーアの手首は引っ切り無しに化け物の攻撃を受け止めていた為か、ブルブルと痙攣を起こしていた。
刀を地面に突き刺し、杖代わりにし呼吸を整える。肌寒い風が頬に伝った汗を拭き取る。
シウンは背中を合わせるようにソーアの傍らで二本の短刀を逆手に構え、踵を整えるようにトンっと足踏みをしていた。
額に染み込んだ汗を拭いながら、内輪揉めを始めている僕らに気付いたのかソーアは手を振りながら大声を上げる。
「レタぁー!お前も早く手を貸してくれ!こいつ、やっぱ相当強いぞ!こっちの刃が殆ど弾かれちまう!」
「仕方無いわねぇ~~‼︎イサムくん、さっきの代償高く付くわよ⁉︎」
「そこだけはお手柔らかにお願いします・・・!」
彼女は物凄い剣幕でナイフを投げつけるように指を差した。
まだ頬をヒリヒリと赤く染め上げさせており、涙色の瞳はガラスのように尖った眼差しを見せる。
さっきのあのビンタで何とかチャラにならんですか、リーダー殿。彼女は、ふぅっと息を整えながら周りの状況整理を始めた。
首をコキンっと軽く鳴らし、ミリタリージャケットの襟を摘む。右腕を捲り、左手は上腕をがっしりと支えるように掴んだ。
右手は親指を高く上げ、人差し指は銃口を向けるように真っ直ぐ正面へ構える。その手の形は、まるで銃を握るように。
レタの研ぎ澄まされた集中力が内包したマナを少しずつ開放されていく。
闘気は秋風が赤ん坊の吐く息のように温かく思えてしまうくらいに、凍て付く白銀の風が鋭く吹き荒れる。
急に寒気がしてきたのは気のせいか。僕の身体は身震いを起こしてしまった。これは彼女が放つプレッシャーか。
それとも、これが彼女自身の能力・・・だとでも云うのだろうか。
「・・・六花ッ!」
彼女の言葉に呼応するように、それは発現する。
何も無かった彼女の右手には、氷で作られた一丁の半透明な銃が姿を現す。
弾倉が剥き出しになった回転式のシリンダー、立てた親指には突き出た撃鉄を添えていた。
人差し指はトリガーに触れており、ひやりと冷たい銃口を化け物へと向ける。
「あれは・・・、氷の・・・、リボルバー銃?」
その光景に瞠目していたチップは、ぽとりとピースが抜け落ちたかのように口から言葉が漏れる。
幼女の云う通り、あの氷で成形された氷の銃はリボルバー銃そのもの。彼女もまた、自分のマナから武器を具現させる能力なのか。
しかし何だ、あの独特な構え方は。通常、銃を構える時は反動を押さえ込む為に左手はグリップのお尻と右手を押さえ込む筈だ。
けれど、彼女の構えは右手ではなく右腕の上腕をがっしりと握り込むように押さえている。
あんな体勢では銃を放つ時の衝撃で、狙いがブレてしまうじゃないか。それとも、あぁしなければならないのか。
あの独特な構えだからこそ、彼女の能力たるものを効率良く発揮させる為なのだろうか。
レタの限り無く白に近い蒼い闘気は、十メートル級の巨大な化け物へと狙いを定めた。
「そろそろ雪女らしく、戦わないとね。」
彼女の言葉からは白い呼気も吹かれた。間違いない、彼女の放つマナから強制的に周りの外気温を大幅に下げているんだ。
呼気は冷え切ってしまった周りの空気によって急激に温度を下げ、白く半透明な息を可視化させる。
そして、彼女は何の前触れも無く氷のトリガーを引く。
ーダンッ
氷の弾丸は、銃に匹敵する速度で発射された。彼女の躊躇の無い決意から放たれた弾丸は、化け物の前脚を打ち込む。
弾丸の先端が化け物の外骨格に触れるや否や、瞬く間に氷の層が広がり始めた。
氷は急速に範囲を広げ、あっという間に蜘蛛の左前脚の第二関節まで包み込んでしまった。
「な、氷が広がってるぅゥ⁉︎」
「六花・・・。この氷の銃は、威力よりも相手を拘束する事に特化した効果よ。
あたしの能力は気温が低ければ低い程、その効果が向上するの。今の気温は六度、あなたを拘束するくらいなら充分の気温ね。」
突然の出来事にあの化け物もその予想外さに思いもよらない表情を見せていた。
ついには脚の一本を丸々包み込み、上げていたその前脚も重みに耐えれず地面に降ろし始めた。
これが彼女の能力、六花。拘束を主とした氷のリボルバー銃。彼女曰くその能力は、気温に左右されるという。
元々の今日の気温は十一度くらいだった筈だ。それを彼女の放つマナで強制的に下げさせ、自分により有利な環境を作り出す。
なるほど、伊達に雪女だと名乗っていないだけの事はある。これならば、相手の動きを止めながら戦う事が出来る筈だ。
その光景に好気と見たソーアは上唇をペロリと舐め、地面に刺していた刀を握り込み抜き上げた。
「良しッ、今だ‼︎チップ、シウン一気に片付けるぞ!」
「いちいち仕切らなくてもわかってるってーッの!グラトニー・バインドッ‼︎」
レタの働きにより氷で足止めさせた事をきっかけに、三人は一斉に飛び掛かる。
ソーアは太刀を振り上げ左脚を、シウンは短剣で真っ直ぐ突き刺すように鬼の顔をした目に、チップは黒い影を口だけの顔に。
幼女の練り上げた黒い影は全体的にモヤがかかっており、やはりいつもより力に不安定さが生じている。
それを補うように幼女は黒い影を自分の拳に纏い、勢い込めて殴り掛かった。
「はぁああああああッ!」
「どりゃあああああああ‼︎」
しかしその一手は、僅かな距離が届かず砕け散る。
大蜘蛛は覆い尽くされたレタの氷を自力で突き破り、拘束を無理やり解除させた。
「脚の一本止めたくらいで、調子乗るんじゃないワよォォ‼︎」
飛び散った氷の破片がシウンに襲い掛かり、攻撃を停止させる。彼女は寸前でブレーキを掛け、直ぐに反転し距離を置いた。
人の姿をした上半身に携える二本の腕をぶっきらぼうに振り回し、チップとソーアの攻撃を相殺し吹っ飛ばしてしまった。
「ぐぇッ!」
「うっそ⁉︎氷の拘束まで弾き返すなんて!」
〈それは違うよ、レタ!恐らくあいつの脚の毒腺が原因だ。奴の神経毒から氷の物質構成自体を粉々に破壊したんだ!〉
ジェニーの分析は正しいかも知れない。あの化け物はただ単純に力で捩じ伏せて、氷をこじ開けた訳ではない。
自分の身体から分泌される毒を持って、氷の物質構成をこの短時間で対策を練り粉砕したんだ。
その証拠に、弾け飛んだ氷には青紫色の液体がドロリと付着していた。
氷の破片たちは、熱した鉄板に溶けるバターのようにみるみる姿を小さくさせていく。
吹っ飛ばされた二人は、むくりと起き上がり直ぐに体勢を戻す為に立ち上がる。
幸い攻撃を受けたのは毒棘の無い腕だった為、毒にかかった形跡は無いようだった。
だがその攻撃に苛立ちを覚えた幼女は、頭をボリボリと掻きながら睨みを効かせる。
「いてててて、何だよあいつ!全然効いてねぇじゃん!」
「大丈夫か、シウン!」
「うん・・・、ちちちょっと擦り剥いただけだよ兄さん。」
「あらあら、アナタ頭が良いのねぇ!でも、わかったところでどうしようも無いんだろうけどォォおおお!」
巨大蜘蛛は再び二本の前脚を律儀に高く上げ、攻撃体勢へと転じた。
奴の口振りからこの場に居る者に話した訳じゃない、モニター越しに居るジェニーに向けてわざわざ挑発を送っているのだ。
それはきっと、冷静な判断を掻く為。僕ら現場組の行動を抑止させる為に、脳が正常に機能させまいと毒を送る。
「くっ!」
ダンッ・・・ダダンッ・・・
化け物の攻撃をさせまいと、レタは直ぐに行動へ移した。氷の弾丸を今度は三発放ち、化け物の両前脚と上半身に当てる。
瞬時に氷は広がり、再びそれぞれの部位を氷の層で動きを封じる。彼女は何をする気なんだ。
あの拘束ではまた直ぐに奴の毒で解かれてしまう。
「また氷ィ?シツコイわね、何回も何回も何回もォォォ。」
化け物は金切り声のような苛立った声を発し、怪訝そうに口を尖らせていた。
そして毒腺の注入がまた始まる。毒棘が折れた片方の前脚には、代わりに補うように別の脚で毒棘を差し込み注入させる。
この氷が溶けてしまっては、また拘束が解かれ致命傷を与える事なく反撃されてしまう。
だが、レタの表情は違う。何かを企むように彼女もまた上唇をぺろっと舐め、薄笑いを見せていた。
「この氷は、馬鹿力だけじゃ壊せないわ。その神経毒だって物質構成を破壊するのに数秒の時間は必要とする筈!」
〈文字通り足止めをするなら、その数秒で充分!多方向からの攻撃で通らないなら、一点集中がセオリーでしょ。〉
巨大蜘蛛を停止させて数秒、彼らは既に動いていた。
いつの間にか狛犬兄妹の姿は無く、真っ先に口だけの顔へと拳を向けていたチップの姿のみ。
先程よりも少し大きな影を纏い、影の帯が尾を引く。まさにあの幼女は化け物に向けて、ぶん殴り掛かろうとする最中である。
怒声を込めてチップは覇気を強める。
「こっちだ、化け物がよォォォ!」
「悪魔風情がァア、バレバレなのヨォねぇー‼︎」
まだ辛うじて動かせる右腕を伸ばし、チップの攻撃を弾き飛ばそうと裏拳を放とうとする。
しかしその攻撃は寸前で違和感に気付く。大蜘蛛の裏拳は黒く滲んだチップの身体をすり抜け、何の手応えも無く通り過ぎていく。
ニヤリと不気味な笑みを浮かべたチップは、漸くにしてそのトリックを披露する。
「ばーか、囮に決まってんだろ蜘蛛ヤロウ。」
「エ・・・?・・・・・・影ッ?」
チップだったその姿は黒い影になり、風に吹かれた霧のように散っていく。
化け物の裏拳は空を切り、その晴れた黒い霧から太刀を振り被ったソーアの姿が視界に入り込む。
裏拳を放った事により、完全にガードをする術を失った化け物。ガードに転ずるまでの時間は無く、既に少年は攻撃の射程範囲内。
彼の傍らにはシウンも共に飛んでおり、攻撃を繰り出すギリギリまで自分のマナをソーアの太刀へと送り込んでいた。
雷を遊ばせ、ナイフを振り回すような鋭い旋風を巻き起こす。
「良い仕事だ、鳥頭!最高の・・・、隙だぜ!・・・落刃ッ‼︎」
「チィィいいいッ!」
ドッ・・・・・・ドオゴォォォォ・・・ン
「やったか⁉︎」
「だと・・・、良いんだけどな・・・。」
ソーアが放った渾身の一撃“落刃”は、化け物の口だけの顔目掛けて脳天から直撃させた。
その凄まじい衝撃は化け物を中心に突風が舞い、辺りを砂煙で覆い被せてしまう。
威力だって、伊達じゃない筈だ。その一撃に耐え切れず倒れ込んでしまったくらいなのだから。
せめて倒せなくても、気絶くらいになってこの場を撒く事が出来れば幸いなのだろうけど。
その浅はかで儚い夢は、ほんの僅かな時間で崩れ去る。
「ふふふふふふふふふふふふうふ、面白いワアぁーアナタ達ィ。良いわぁ、ちょっと遊んであげる。」
地面を抉る程の衝撃を与えたにも関わらず、あの巨大蜘蛛の化け物は再び立ち上がる。
けれど全くの無傷という訳ではない。口だけの顔はひしゃげており、右腕は折れているようだった。
ある程度のダメージは与えられている、それなのに。それなのに、奴が放つ異常なプレッシャーは何だ・・・?
これはあの化け物が放つマナだとでも云うのか、僕だけじゃない。ソーアやシウンも握った刀を震わせている。
「な、なんだ・・・、すげぇマナの放出量だ・・・。」
〈伊達に、色んな妖怪喰ってきた訳じゃないって事か・・・。〉
これが弱肉強食の強者が絶対であると云う、自然の摂理と掟だとでも云うのだろうか。
化け物は不気味で面妖なオーラを纏い出し、脚を一本ずつ地面へと突き刺し始めた。
首の関節を捻り上げたような角度に曲げ始め、ぐるりと顔を上下反転させたと思えば長い舌を垂らしながら笑い出す。
「でも、ちょっとォォォ。アナタ達、数が多いから少し減らしておかないとォォおお!」
〈なんだ?脚にマナを溜め込んでいるみたいだ・・・。一体、何をする気で・・・、ま、まさか⁉︎〉
インカムからはジェニーの焦りが聞こえてくる。同時にその様子を見て何かに気付き出す。
化け物が発するオーラは先程とは大きく変質し、怪しげな光をねっとりと纏い始める。
〈皆!急いで、アイツから離れるんだ‼︎〉
「ヒヒひひひ、もうぉ遅いわよぉォォお? 砕巣崩毒陣・・・ッ‼︎」
地面に蜘蛛の巣状の光が描かれたと思った瞬間には、その行動は既に始まっていた。
瞬く間にその一本一本の線をなぞるように、地面に亀裂が入り崩れ始める。
何だ、一体何が起きて地面に亀裂なんかが!いや、そんな事よりもこれってもしかして・・・。
「なッ⁉︎地面が崩れて・・・⁉︎」
「どどわぁああああああああああああああああ‼︎」
ここはガードレールも無い崖なのだ。化け物に地面を破壊された事で、僕は足場を崩してしまい空に落ちる。
崩れた地面と共に、何も抵抗する術を持たない僕はただ真っ直ぐ重力に逆らう事無く真っ逆さま。
見上げると、レタが必死な顔で手を伸ばす姿が映し出されていた。みんな、無事だったのだろうか。
え、て事はこれ・・・。僕だけが落ちているのか?ははは、一丁前に冷静になって言葉が出てくるけど、これやばいのでは?
「イサムくんッ!」
すると、彼女は何を思ったのか自ら身体を空へと預けるように飛び降りた。
まるでプールの飛び込み台からジャンプするように、頭から突っ込み一ミリで届くように大きく右腕を伸ばす。
手を広げ、先に落ちた僕を拾い上げようとしているのか。その時、彼女と目が合った。なんて必死な目だ。
逆にこっちの方が痛々しくなってしまうよ。・・・ってそんな事云ってる場合じゃないか。
僕も彼女に負けじと腕を伸ばした。重力に逆らえず、急転直下していく身体は願い叶わず彼女との距離を遠ざけていく。
「イサム、ねーちゃーーーーーーーーーーーーんッ‼︎」
チップは、崖の上で狼にも負けない声量で呼び叫んだ。
くそ、こんなところで死んでたまるか!こんな情けない死に方なんてゴメンだ。どこでも良い、どこかに掴まれ!
どこかに触れろ、余った手足を頼りにバタつかせろ。落ちながらも踠く仕草は滑稽かもしれないけれど、こっちだって必死なんだ。
こんな森の中で死ぬくらいなら、レタさんにぶっ叩かれた方が遥かにマシだ。
すると、微かに声が聞こえた。それは崖の上で不気味な笑みを混じえながら、セリフに色を付けていた。
「さぁぁて、コレで二手にワかれたわねぇ?」
その原因は、外来生物による侵略。一般的には国外から運ばれた生物がそれを指すわけだが、国内だけでも充分に可能性がある。
元居た場所ではなく、県が離れた地域でその生物を放すだけでも外来生物による生態系の破壊は起き得るのだ。
そして、その元凶となる権化は僕たちのすぐ目の前に突如として現れた。その巨体は十メートルを超え、不気味な笑みを浮かべる。
先まで見かけていた幼体とは何倍も大きい。奴が飛ばすプレッシャーから、交渉なんて無理な話だろう。
好戦的で獰猛、狂気に満ちた八つの目がこちらを一人ずつ丁寧に見つめている。ねっとりとした粘着質で、長い舌を垂らしながら。
奴にこちらの話を聞く耳は、初めから持ち合わせていないだろう。僕らは八握脛のテリトリーに踏み入れていること。
襲われたとはいえ、奴の子供である八握脛の幼体を殺したのも事実。その点においては、逆上するのも至極にして自然。
そこに居るのは、この森の生態ピラミッドを塗り替えた新たな王者。数による暴力だけではない。
こいつは、個による絶対的な制圧力を備えているんだ。地面を粘土のように容易に突き刺すパワー、図体に似合わぬスピード。
極め付けは、生命細胞を爆発的なスピードで死滅させる強力な毒まで持ち合わせる余計なおまけ付きだ。
あの脚の返しのように尖った棘に刺されてしまったら、瞬時に枯れて萎れてしまった草木を見る限り無事では済まされない。
化け物はゆったりと照準を狛犬兄妹たちへと定め始め、再び二本の細長い前脚をギラリと黒光りさせながら高く上げ始める。
「じゃぁ~アぁ……、まずはワンコちゃんからッ!」
大蜘蛛のセリフを置き去りに、大槍は加速させる。
振り下ろした前脚は真っ直ぐ、シウンの胸元目掛けて襲い掛かった。それは瞬きも許されないほんの一瞬の出来事。
シウンも常に動けるように体勢は整えていた筈だった。にも関わらず彼女の動作は、その一瞬の出来事における処理を一歩出遅れる。
その巨体から振り下ろされる物理法則をとっくに無視した無茶苦茶な速度は、驚きが足枷になってしまい瞬間的に竦んだ。
躱す為の踏ん張りが遅れた彼女は、回避を諦め防御へ転じようとしたその刹那。稲光がその速攻に覆い被さる。
「装填・・・ッ、ぐっ・・・くぅ、天壌雷刃・・・ッ‼︎」
シウンの前に咄嗟に庇ったのはソーアだった。瞬発的に込めたまだ充分ではないマナの量で生成した刀には少しヒビが入る。
ソーアが召喚した刀により、シウンの胸元に刺さろうとした槍のような脚を寸前で受け止める事が出来た。
しかし、その攻撃は完全に防いだ訳では無く、止むを得ず力の方向を逸らすだけで精一杯のようだった。
ソーアが受け止めた瞬間にビリビリと伝わる衝動は、少年の細い腕では弾き返す余裕も無く、蜘蛛の攻撃をいなすので限界。
地面を軽々と穴を空けるくらいの威力だ、それを受け止めるだけでも相当の瞬発力と踏み込みが必要になる。
彼が受け止められたのは、恐らく野生的な直感があってこそ。そして何よりも、攻撃より防御する事に神経を注いだ結果でもある。
口だけの顔がそれを見て、粘着質に面妖な笑みを浮かべた。同時に蜘蛛の顔には驚きのような一面も見せたようだった。
自分の攻撃を受け止める事が出来た者がまだ居るのだと、戦いにおいての悦びへと変換させた化け物は舌舐めずりをしていた。
「あらあらぁ、女のコからヤろうと思ったのにィ。坊ヤは次よぉ?」
「残念だったな、妹を守るのが俺の役目だからよぉ・・・。シウンッ、今のうちにッ!」
ソーアは蜘蛛の前脚をいなした後に追い討ちをかけるように、刀を渾身の力で振り上げる。
瞬間浮いた蜘蛛の前脚を弾くように下から切り掛かり、大蜘蛛の身体をほんの少し浮かせた。
蜘蛛の巨体が数十センチだけ舞い、剥き出しになった蜘蛛の顔に隙が生まれた。
兄の合図に頷き、シウンは両腕をクロスさせマナを込める為に集中させた。
戦いにおいて数秒は命取り。その一フレームの動作と判断が勝利にも敗北にも導く。
彼はシウンの攻撃を転ずる為に、脳をフル回転させていた。刺されれば死ぬという恐怖すらも抱きながら。
ソーアはそのままの勢いを慣性にし、反対側の前脚にも掬い上げるように斬り上げた。
そうして、少しでも彼女から意識を遠ざける。
「うん!そそ、装填・天壌風刃!」
与えられた時間は、ほんの僅か。ソーアが作ってくれた隙を余す事無く力を込め、語気を強めた少女は再び二本の短刀を召喚する。
くるくると巧みに二本の短刀を掌で回転させ、逆手持ちに切り替える。
「・・・アナタ達、面白い術を使うわねぇエ。ワンコらしく、大人しく吠えていれば良いのにぃィ。」
直ぐに体勢を取り戻した大蜘蛛は、後ろの六本の脚を大きく広げ地面へ突き刺すように踏ん張りを見せる。
残る二本の前脚は大槍から切り替え、水平になるように横へと倒すとまるで二本の大鎌のように構え始めた。
まだ空中に飛び上がっていたシウンは右脚へと飛び掛かるように、刀で叩き付ける。
しかし、ここまでのシウンの攻撃は一切の手応えが無い。化け物の身体はゴムのような弾力性があり、叩き付けた力は分散される。
火急に焦り練ったマナの刀では充分に力が備わっていなかった為か、威力が本来のそれ以下のように感じ取れた。
先の戦いから見てだが、恐らく本来であれば一撃の力に関してはソーアの方が上。逆にシウンはその力を補うスピード型。
その為の手数を増やした二本の短刀なのだろう。本来の連携を逆転させねばならない程の急遽こしらえた連携。
血の繋がった長い付き合いであるこの兄妹だからこそ、咄嗟に取れるコンビネーションなのだろう。
だからソーアは、スイッチを狙った牽制に回ったんだ。スピードが速く手数の多いシウンに託すように。
「へ、へへ・・・、すぐに吠え面かかしてやんよ!行けッ、シウン‼︎」
ソーアの一撃にはまだ手応えは無い。恐らく、あの大蜘蛛には殆どダメージが通っていないのだろう。
しかし、奴の攻撃を弾き返す事で幾許かの反動は生じる。力と力がぶつかり合った時、必ず力を加えた側へのノックバック。
結果的には相手の攻撃を弾き、そこに隙を作らせ直ぐ様攻撃へ転じるチームプレイならでは戦法。
シウンは兄がこじ開けた隙を見逃さなかった。半拍の息を吐き、相手の懐へ一点集中させた。
「すっ・・・、ここ! 風禍双躁ッ‼︎」
飛び出した助走を頼りに空中で縦回転を繰り広げる。その姿はまるで曲芸師のように軽やかで、恐ろしく速く柔らかい動き。
シウンは腕を大きく広げながら繰り出した回転斬りは、大蜘蛛のもう片方の脚へと切り刻んだ。
一つ一つの斬撃が蜘蛛の脚の返しとして付けられた棘へと浴びせ、遠心力で得た連続斬りを一点集中させた。
斬撃一つ二つでヒビを作り、生まれた亀裂に釘を打ち込むように連続で打ち込む。
バッッッッ・・・キィィィィィィィィィ・・・・ン
すると、最後の一撃で漸くその一本の長い棘はスッパリと切れ、弾け飛んだ棘が地面へと突き刺さった。
棘からは青紫色の液体を垂れ溢し、地面や草に触れるとジュゥゥと塩酸でも浴びたような化学反応を引き起こす。
身体から離れた状態でもその毒は健在のようで、その棘の中心に草は萎れ地面が水気を抜いたように干からびる。
どうやら彼女はまず、あの厄介な毒棘から処理する事を先決にしたようだ。
ただでさえスピードもパワーもあり、毒もあるとなれば一撃だって許されない。だから先に、毒から対抗し始めた。
大蜘蛛の化け物はその攻撃に少しよろめき、数歩後退りをした。折られてしまった傷口を覗き込んだと思えば口角を上げ始めた。
「ふふフフ、やるじゃないィ!ワタシの毒棘だけを的確に狙うなんて、素敵じゃないィぃの?」
「だろ?吠え面まであと七回ってとこか?」
「さぁア?アナタたちにぃ、それを減らせる事が出来るかしらァー?」
ソーアは人差し指と中指で、こちらへと手招きをするような挑発をお見舞いさせる。
そう、この戦いはまだ始まったばかり。奴の数ある厄介な武器の内、その一つを破壊しただけに過ぎない。
まだ奴の脚は七本も健在であり、漏れなく返しの毒棘は備え付けられているままなのだ。
巨体に似合わぬ細長い脚は見た目以上に頑丈であり、二人の刀でも簡単には斬らせてはくれない。
その強度は、まさに極限まで鍛え抜かれた日本刀を弾き折るようなもの。まだ二人には、油断が許されないのだ。
一度の波潮が訪れる程の短い感覚、その僅かな時間の会話は互いを挑発で揺るがそうとしていた。
その瞬間でもソーアは力を込める。土壇場で出した刀にマナを追加で補充し、少しでも刃の強度を強めていた。
呼吸を整え、少年は左足を前に出し、太刀の刃を顔の横に構える。防御を主とした霞の構え。
体格差がある状況下では、上段からの攻撃に特化したこの構えが最も効率が良く反撃に転ずる事が出来る。
そして再び訪れる一打。大蜘蛛は奇声を上げながら、まだ棘のある前脚で突き刺しに掛かった。
すかさずソーアはその一撃を弾き返し、ノックバックで浮いたところをスイッチし、シウンへと受け流す。
バトンを受け取ったシウンは攻撃の反動で浮いた脚目掛けて斬撃を与えようと飛び掛かる。
「甘い甘いアマ~いィィぃ!」
すると今度は、反対の前脚で横殴りをするように反撃を繰り出す。
攻撃に転じようと構えていたシウンは、視界に映り込んだ巨大で鋭い前脚に気付くと咄嗟に防御へ切り替える。
寸前で受け止めた二本の短刀は金属を擦り切らすような音を奏でながら、攻撃をいなす事が出来た。
受けた衝撃を利用し、シウンはくるりと空中で回転をした。地面に着地してもまだ距離を取る為に余った慣性で更に側転する。
相手も馬鹿の一つ覚えに、ただ単純に力が強いだけではない。戦いにおけるその場での状況判断による対抗策が早い。
同じ手では、そうそう簡単には許してはくれなさそうだ。くそ、ここはチップも加勢させるべきか。
まだ昼下がりも良い所、影が薄いこの環境でもあの悪魔は戦えるだろうか。何か、隙がもう少し作り出す事が出来れば・・・。
そう思った矢先、ふと自分の腕の中で気を失っている雪女に着目する。た、多分だけど、この人も戦えるんだよな。
何でも良い、この際サポートでも何でもあの化け物の隙を作るきっかけがあれば、少しは形勢を変えられる筈だ。
僕はぐったりと伸びた彼女を、ボートのオールでも漕ぐ勢いで何度も力強く揺さ振った。
「ちょ、ちょっとレタさん、レタさん!起きて下さいよ!あなた、僕をカバーするって云ってたじゃないですか‼︎」
大きく揺さ振る事で漸く目覚めた彼女は、魂は未だここに或らずといった具合で酷く顔色は青冷めている。
まるで悪い夢から目覚めたばかりの寝起き一番といったところで、歪んだ眉は怪訝そうに態度として現れていた。
「何云ってんのよ、チョベリバじゃない。」
パパパパパパパパパパパァーン
「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ・・・⁉︎」
「うぉ、うおぉおおおいイサム!何やってんだ⁉︎」
僕はこれでもかってくらいの速度で、レタに往復ビンタを浴びせた。
僕の意外な行動に身体をはねらせるように驚いたチップは、心臓でも掴まれたようにギョッと驚いていた。
後でどうなろうと知ったこっちゃない。今は、彼らを助ける力が居るんだ。
数回引っ叩いた後にもう一度、レタを強く揺さ振った。
「早く目を覚まして下さい!そんな死語云う程、錯乱してないでッ!」
「痛っっっっっっっっっっっったいわねッ‼︎」
パンッ
右頬に強烈な一打が入る。それは紛う方なき彼女の渾身のビンタである。
いつぞやの不名誉な一撃を思い出させるそのビンタは、ヒリヒリと僕の右頬に痛烈を味合わっていた。
「ちょっと⁉︎レディの頬を引っ叩くなんて正気の沙汰じゃないわよ⁉︎」
かく云う彼女も僕の往復ビンタでパンパンに頬が赤く膨れ上がっており、涙目になりながらも憤慨していた。
本日とびっきりの膨れっ面を見せた彼女の顔は、今にも針を飛ばしてきそうなハリセンボンに酷似する。
とは云えども、いつまでも現実逃避されたんじゃニッチもサッチもいかないのだ。
ここは粗治療ではあるが、物理的治療で現実に引き摺り出すしかない。むしろ、この土壇場ではそれしか頭に無かった。
「正気の沙汰だから引っ叩いたんですよ!仕方ないとは思っていますから!今、ソーア達が戦ってくれてますけど・・・。
なんかあまり良い状況じゃなさそうなんですよ‼︎」
互いに胸ぐらを掴み、取っ組み合いでも始めそうな体勢になっていたが今はそれどころではない。
仲間割れを起こすような余裕は無いのだ。僕らの傍では今も尚、あの狛犬兄妹は不気味なモンスターと戦っている。
大蜘蛛が攻撃を仕掛ければ、ソーアが弾き返す。すかさずその隙を突いてシウンが追撃。余った脚でシウンの攻撃を相殺。
攻防一体は目紛しく回りに回り、徐々に体力差が生まれてくる。そう、あの化け物は殆どその場から動いていないのだ。
対する狛犬兄弟は一撃すら許されない状況。それを回避する為に、彼らは素早く動く必要がある。
少しでも相手を翻弄し、それぞれが次の一手を狙う為に互いにアイコンタクトを取りながら瞬時に連携を取る。
しかし、その分の体力消費の差は顕著に現れてしまう。こちらの攻撃は殆どダメージが通っていない。
唯一前脚についた毒棘を弾き飛ばすだけでも、あの二人でさえ精一杯だったのだろう。
狛犬兄妹は化け物の射程範囲から距離を大きく取り、体勢を立て直す。
ソーアの手首は引っ切り無しに化け物の攻撃を受け止めていた為か、ブルブルと痙攣を起こしていた。
刀を地面に突き刺し、杖代わりにし呼吸を整える。肌寒い風が頬に伝った汗を拭き取る。
シウンは背中を合わせるようにソーアの傍らで二本の短刀を逆手に構え、踵を整えるようにトンっと足踏みをしていた。
額に染み込んだ汗を拭いながら、内輪揉めを始めている僕らに気付いたのかソーアは手を振りながら大声を上げる。
「レタぁー!お前も早く手を貸してくれ!こいつ、やっぱ相当強いぞ!こっちの刃が殆ど弾かれちまう!」
「仕方無いわねぇ~~‼︎イサムくん、さっきの代償高く付くわよ⁉︎」
「そこだけはお手柔らかにお願いします・・・!」
彼女は物凄い剣幕でナイフを投げつけるように指を差した。
まだ頬をヒリヒリと赤く染め上げさせており、涙色の瞳はガラスのように尖った眼差しを見せる。
さっきのあのビンタで何とかチャラにならんですか、リーダー殿。彼女は、ふぅっと息を整えながら周りの状況整理を始めた。
首をコキンっと軽く鳴らし、ミリタリージャケットの襟を摘む。右腕を捲り、左手は上腕をがっしりと支えるように掴んだ。
右手は親指を高く上げ、人差し指は銃口を向けるように真っ直ぐ正面へ構える。その手の形は、まるで銃を握るように。
レタの研ぎ澄まされた集中力が内包したマナを少しずつ開放されていく。
闘気は秋風が赤ん坊の吐く息のように温かく思えてしまうくらいに、凍て付く白銀の風が鋭く吹き荒れる。
急に寒気がしてきたのは気のせいか。僕の身体は身震いを起こしてしまった。これは彼女が放つプレッシャーか。
それとも、これが彼女自身の能力・・・だとでも云うのだろうか。
「・・・六花ッ!」
彼女の言葉に呼応するように、それは発現する。
何も無かった彼女の右手には、氷で作られた一丁の半透明な銃が姿を現す。
弾倉が剥き出しになった回転式のシリンダー、立てた親指には突き出た撃鉄を添えていた。
人差し指はトリガーに触れており、ひやりと冷たい銃口を化け物へと向ける。
「あれは・・・、氷の・・・、リボルバー銃?」
その光景に瞠目していたチップは、ぽとりとピースが抜け落ちたかのように口から言葉が漏れる。
幼女の云う通り、あの氷で成形された氷の銃はリボルバー銃そのもの。彼女もまた、自分のマナから武器を具現させる能力なのか。
しかし何だ、あの独特な構え方は。通常、銃を構える時は反動を押さえ込む為に左手はグリップのお尻と右手を押さえ込む筈だ。
けれど、彼女の構えは右手ではなく右腕の上腕をがっしりと握り込むように押さえている。
あんな体勢では銃を放つ時の衝撃で、狙いがブレてしまうじゃないか。それとも、あぁしなければならないのか。
あの独特な構えだからこそ、彼女の能力たるものを効率良く発揮させる為なのだろうか。
レタの限り無く白に近い蒼い闘気は、十メートル級の巨大な化け物へと狙いを定めた。
「そろそろ雪女らしく、戦わないとね。」
彼女の言葉からは白い呼気も吹かれた。間違いない、彼女の放つマナから強制的に周りの外気温を大幅に下げているんだ。
呼気は冷え切ってしまった周りの空気によって急激に温度を下げ、白く半透明な息を可視化させる。
そして、彼女は何の前触れも無く氷のトリガーを引く。
ーダンッ
氷の弾丸は、銃に匹敵する速度で発射された。彼女の躊躇の無い決意から放たれた弾丸は、化け物の前脚を打ち込む。
弾丸の先端が化け物の外骨格に触れるや否や、瞬く間に氷の層が広がり始めた。
氷は急速に範囲を広げ、あっという間に蜘蛛の左前脚の第二関節まで包み込んでしまった。
「な、氷が広がってるぅゥ⁉︎」
「六花・・・。この氷の銃は、威力よりも相手を拘束する事に特化した効果よ。
あたしの能力は気温が低ければ低い程、その効果が向上するの。今の気温は六度、あなたを拘束するくらいなら充分の気温ね。」
突然の出来事にあの化け物もその予想外さに思いもよらない表情を見せていた。
ついには脚の一本を丸々包み込み、上げていたその前脚も重みに耐えれず地面に降ろし始めた。
これが彼女の能力、六花。拘束を主とした氷のリボルバー銃。彼女曰くその能力は、気温に左右されるという。
元々の今日の気温は十一度くらいだった筈だ。それを彼女の放つマナで強制的に下げさせ、自分により有利な環境を作り出す。
なるほど、伊達に雪女だと名乗っていないだけの事はある。これならば、相手の動きを止めながら戦う事が出来る筈だ。
その光景に好気と見たソーアは上唇をペロリと舐め、地面に刺していた刀を握り込み抜き上げた。
「良しッ、今だ‼︎チップ、シウン一気に片付けるぞ!」
「いちいち仕切らなくてもわかってるってーッの!グラトニー・バインドッ‼︎」
レタの働きにより氷で足止めさせた事をきっかけに、三人は一斉に飛び掛かる。
ソーアは太刀を振り上げ左脚を、シウンは短剣で真っ直ぐ突き刺すように鬼の顔をした目に、チップは黒い影を口だけの顔に。
幼女の練り上げた黒い影は全体的にモヤがかかっており、やはりいつもより力に不安定さが生じている。
それを補うように幼女は黒い影を自分の拳に纏い、勢い込めて殴り掛かった。
「はぁああああああッ!」
「どりゃあああああああ‼︎」
しかしその一手は、僅かな距離が届かず砕け散る。
大蜘蛛は覆い尽くされたレタの氷を自力で突き破り、拘束を無理やり解除させた。
「脚の一本止めたくらいで、調子乗るんじゃないワよォォ‼︎」
飛び散った氷の破片がシウンに襲い掛かり、攻撃を停止させる。彼女は寸前でブレーキを掛け、直ぐに反転し距離を置いた。
人の姿をした上半身に携える二本の腕をぶっきらぼうに振り回し、チップとソーアの攻撃を相殺し吹っ飛ばしてしまった。
「ぐぇッ!」
「うっそ⁉︎氷の拘束まで弾き返すなんて!」
〈それは違うよ、レタ!恐らくあいつの脚の毒腺が原因だ。奴の神経毒から氷の物質構成自体を粉々に破壊したんだ!〉
ジェニーの分析は正しいかも知れない。あの化け物はただ単純に力で捩じ伏せて、氷をこじ開けた訳ではない。
自分の身体から分泌される毒を持って、氷の物質構成をこの短時間で対策を練り粉砕したんだ。
その証拠に、弾け飛んだ氷には青紫色の液体がドロリと付着していた。
氷の破片たちは、熱した鉄板に溶けるバターのようにみるみる姿を小さくさせていく。
吹っ飛ばされた二人は、むくりと起き上がり直ぐに体勢を戻す為に立ち上がる。
幸い攻撃を受けたのは毒棘の無い腕だった為、毒にかかった形跡は無いようだった。
だがその攻撃に苛立ちを覚えた幼女は、頭をボリボリと掻きながら睨みを効かせる。
「いてててて、何だよあいつ!全然効いてねぇじゃん!」
「大丈夫か、シウン!」
「うん・・・、ちちちょっと擦り剥いただけだよ兄さん。」
「あらあら、アナタ頭が良いのねぇ!でも、わかったところでどうしようも無いんだろうけどォォおおお!」
巨大蜘蛛は再び二本の前脚を律儀に高く上げ、攻撃体勢へと転じた。
奴の口振りからこの場に居る者に話した訳じゃない、モニター越しに居るジェニーに向けてわざわざ挑発を送っているのだ。
それはきっと、冷静な判断を掻く為。僕ら現場組の行動を抑止させる為に、脳が正常に機能させまいと毒を送る。
「くっ!」
ダンッ・・・ダダンッ・・・
化け物の攻撃をさせまいと、レタは直ぐに行動へ移した。氷の弾丸を今度は三発放ち、化け物の両前脚と上半身に当てる。
瞬時に氷は広がり、再びそれぞれの部位を氷の層で動きを封じる。彼女は何をする気なんだ。
あの拘束ではまた直ぐに奴の毒で解かれてしまう。
「また氷ィ?シツコイわね、何回も何回も何回もォォォ。」
化け物は金切り声のような苛立った声を発し、怪訝そうに口を尖らせていた。
そして毒腺の注入がまた始まる。毒棘が折れた片方の前脚には、代わりに補うように別の脚で毒棘を差し込み注入させる。
この氷が溶けてしまっては、また拘束が解かれ致命傷を与える事なく反撃されてしまう。
だが、レタの表情は違う。何かを企むように彼女もまた上唇をぺろっと舐め、薄笑いを見せていた。
「この氷は、馬鹿力だけじゃ壊せないわ。その神経毒だって物質構成を破壊するのに数秒の時間は必要とする筈!」
〈文字通り足止めをするなら、その数秒で充分!多方向からの攻撃で通らないなら、一点集中がセオリーでしょ。〉
巨大蜘蛛を停止させて数秒、彼らは既に動いていた。
いつの間にか狛犬兄妹の姿は無く、真っ先に口だけの顔へと拳を向けていたチップの姿のみ。
先程よりも少し大きな影を纏い、影の帯が尾を引く。まさにあの幼女は化け物に向けて、ぶん殴り掛かろうとする最中である。
怒声を込めてチップは覇気を強める。
「こっちだ、化け物がよォォォ!」
「悪魔風情がァア、バレバレなのヨォねぇー‼︎」
まだ辛うじて動かせる右腕を伸ばし、チップの攻撃を弾き飛ばそうと裏拳を放とうとする。
しかしその攻撃は寸前で違和感に気付く。大蜘蛛の裏拳は黒く滲んだチップの身体をすり抜け、何の手応えも無く通り過ぎていく。
ニヤリと不気味な笑みを浮かべたチップは、漸くにしてそのトリックを披露する。
「ばーか、囮に決まってんだろ蜘蛛ヤロウ。」
「エ・・・?・・・・・・影ッ?」
チップだったその姿は黒い影になり、風に吹かれた霧のように散っていく。
化け物の裏拳は空を切り、その晴れた黒い霧から太刀を振り被ったソーアの姿が視界に入り込む。
裏拳を放った事により、完全にガードをする術を失った化け物。ガードに転ずるまでの時間は無く、既に少年は攻撃の射程範囲内。
彼の傍らにはシウンも共に飛んでおり、攻撃を繰り出すギリギリまで自分のマナをソーアの太刀へと送り込んでいた。
雷を遊ばせ、ナイフを振り回すような鋭い旋風を巻き起こす。
「良い仕事だ、鳥頭!最高の・・・、隙だぜ!・・・落刃ッ‼︎」
「チィィいいいッ!」
ドッ・・・・・・ドオゴォォォォ・・・ン
「やったか⁉︎」
「だと・・・、良いんだけどな・・・。」
ソーアが放った渾身の一撃“落刃”は、化け物の口だけの顔目掛けて脳天から直撃させた。
その凄まじい衝撃は化け物を中心に突風が舞い、辺りを砂煙で覆い被せてしまう。
威力だって、伊達じゃない筈だ。その一撃に耐え切れず倒れ込んでしまったくらいなのだから。
せめて倒せなくても、気絶くらいになってこの場を撒く事が出来れば幸いなのだろうけど。
その浅はかで儚い夢は、ほんの僅かな時間で崩れ去る。
「ふふふふふふふふふふふふうふ、面白いワアぁーアナタ達ィ。良いわぁ、ちょっと遊んであげる。」
地面を抉る程の衝撃を与えたにも関わらず、あの巨大蜘蛛の化け物は再び立ち上がる。
けれど全くの無傷という訳ではない。口だけの顔はひしゃげており、右腕は折れているようだった。
ある程度のダメージは与えられている、それなのに。それなのに、奴が放つ異常なプレッシャーは何だ・・・?
これはあの化け物が放つマナだとでも云うのか、僕だけじゃない。ソーアやシウンも握った刀を震わせている。
「な、なんだ・・・、すげぇマナの放出量だ・・・。」
〈伊達に、色んな妖怪喰ってきた訳じゃないって事か・・・。〉
これが弱肉強食の強者が絶対であると云う、自然の摂理と掟だとでも云うのだろうか。
化け物は不気味で面妖なオーラを纏い出し、脚を一本ずつ地面へと突き刺し始めた。
首の関節を捻り上げたような角度に曲げ始め、ぐるりと顔を上下反転させたと思えば長い舌を垂らしながら笑い出す。
「でも、ちょっとォォォ。アナタ達、数が多いから少し減らしておかないとォォおお!」
〈なんだ?脚にマナを溜め込んでいるみたいだ・・・。一体、何をする気で・・・、ま、まさか⁉︎〉
インカムからはジェニーの焦りが聞こえてくる。同時にその様子を見て何かに気付き出す。
化け物が発するオーラは先程とは大きく変質し、怪しげな光をねっとりと纏い始める。
〈皆!急いで、アイツから離れるんだ‼︎〉
「ヒヒひひひ、もうぉ遅いわよぉォォお? 砕巣崩毒陣・・・ッ‼︎」
地面に蜘蛛の巣状の光が描かれたと思った瞬間には、その行動は既に始まっていた。
瞬く間にその一本一本の線をなぞるように、地面に亀裂が入り崩れ始める。
何だ、一体何が起きて地面に亀裂なんかが!いや、そんな事よりもこれってもしかして・・・。
「なッ⁉︎地面が崩れて・・・⁉︎」
「どどわぁああああああああああああああああ‼︎」
ここはガードレールも無い崖なのだ。化け物に地面を破壊された事で、僕は足場を崩してしまい空に落ちる。
崩れた地面と共に、何も抵抗する術を持たない僕はただ真っ直ぐ重力に逆らう事無く真っ逆さま。
見上げると、レタが必死な顔で手を伸ばす姿が映し出されていた。みんな、無事だったのだろうか。
え、て事はこれ・・・。僕だけが落ちているのか?ははは、一丁前に冷静になって言葉が出てくるけど、これやばいのでは?
「イサムくんッ!」
すると、彼女は何を思ったのか自ら身体を空へと預けるように飛び降りた。
まるでプールの飛び込み台からジャンプするように、頭から突っ込み一ミリで届くように大きく右腕を伸ばす。
手を広げ、先に落ちた僕を拾い上げようとしているのか。その時、彼女と目が合った。なんて必死な目だ。
逆にこっちの方が痛々しくなってしまうよ。・・・ってそんな事云ってる場合じゃないか。
僕も彼女に負けじと腕を伸ばした。重力に逆らえず、急転直下していく身体は願い叶わず彼女との距離を遠ざけていく。
「イサム、ねーちゃーーーーーーーーーーーーんッ‼︎」
チップは、崖の上で狼にも負けない声量で呼び叫んだ。
くそ、こんなところで死んでたまるか!こんな情けない死に方なんてゴメンだ。どこでも良い、どこかに掴まれ!
どこかに触れろ、余った手足を頼りにバタつかせろ。落ちながらも踠く仕草は滑稽かもしれないけれど、こっちだって必死なんだ。
こんな森の中で死ぬくらいなら、レタさんにぶっ叩かれた方が遥かにマシだ。
すると、微かに声が聞こえた。それは崖の上で不気味な笑みを混じえながら、セリフに色を付けていた。
「さぁぁて、コレで二手にワかれたわねぇ?」
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【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
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しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。
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