空白の世界とモノクローム

藤 光一

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 この空間に太陽は無い。それなのに暁光ぎょうこうとも呼べる程、幻想的な空間を作り出していた。
橙の空を見上げれば、凪により形を変えることなく浮かぶ雲たち。
巻雲けんうん高積雲こうせきうん、様々な雲がアプリコットのように染まり浮かんでいる。
都会では見る事の出来ない空模様なのだろう。どこか人里離れた高台から覗く景色のようだ。
一言で言えば、絶景と括ればしっくりくる。
どこからかピアノの演奏が流れてきても可笑しくはない。
それはきっとこの空のように、心揺らす美しい旋律が静かに奏でているのだろう。
見渡せば陽の光に遮られる事なく、大空のパノラマを堪能できる。
空白の世界と呼ばれるこの世界は、私の常識に当てはまらない。
私たちは、その空の間に浮かぶ床を歩き、奥へと進む。

 歩き続け、気付いた事がある。この空間の入り口で佇んだ際、遠くに見えていた部屋は
やはり扉により固く塞がれていた。不思議だったのは扉にノブが無かった事。
押しても引いてみてもビクともしなかった。何か所定の事をしない限りは開く事は無いのか。
まるで謎解きゲームのようだ。それはまるで何かを試していると言わんばかりである。
そして、もう一つ。
シャドウは、私にしか追ってこないという事。モノリスには何一つ興味を示さない。
モノリスが近付いても、通り過ぎても見向きもしなかった。
変わらず目掛けて襲ってくるのは、人間である私だけだった。
モノリス自体、シャドウの一種として認識しているのか。私にある何かを求めているのだろう。
彼には無くて、私にあるものを。それが彼らシャドウを動かすギアとなっているのか。

 この空間の奥には次の空間への入り口となる扉があった。
数歩離れた間に人一人通れる橋のような一本道。この橋の中央には、ユラユラと浮游するもの。
それは炎のように空気中の酸素を燃やすように揺れ動く青い火の玉。
火の玉は、揺れ動きはするがその場を離れることはない。未練を残した人魂のように。
その場を守る・通さないと云うよりは、何かを待っているようだった。

「これじゃあ、通れないわね・・・。何かを待っているのかしら。」

「さぁ。君がそう思うのなら、そうなのだろう。」

 モノリスは、常に肯定的だった。否定する事はなく、私の言葉には賛同していた。
いや、賛同と云うには少し一歩距離を置いている。
『君の思った事をすれば良い』というような何かを試し観測しているような感覚だ。
彼は単に知識を求めているだけ。謂わば私と云う資料を、物語を読んでいる傍観者とでも。
考え過ぎなのだろうか。彼の素顔がフードで隠れている以上、本心は読めない。
やめよう。人の感情を覗くのは、ナンセンスだ。

 この空間を通り抜けたいところだが、いずれにしてもこの人魂を退く必要がある。
話しかけたり、手を使ってコミュニケーションを取ってみたが反応は無かった。
やはり何かを待っているのか。それが何かわからないと、どいてはくれないのだろう。
そうすると一度この場を出直すことになる。私たちは来た道を戻ることにした。

 人魂があった橋のすぐ先にも部屋があった。
つまりこの空間の入り口から見て、一番奥の部屋でもある。
そして唯一、この空間で点在する閉ざされた部屋達の中でも扉が開かれた部屋だ。
と、なればこの部屋へ入る他無いだろう。まずはこの空間の奥へ行くために。
先に進めれるのならば、遠回りとは思わない。それがやるべき事なのであるならば。





・狂信なる無邪気

 その部屋の中は、外から見た以上に広く造られていた。
ところどころ壁や床はコンクリート製で崩れており、瓦礫も散らばっていた。
部屋の天井を支えていた柱も何本か長年の劣化なのか朽ちており、ばらけた姿もある。
少し油断すれば、散らばった瓦礫に足を持っていかれ転びそうな程、その部屋は荒んでいた。
外の幻想的な空間と打って変わっての状況だった為、余計に異質に感じてしまう。
この部屋に入ってすぐ目の前には石版のような物があった。
それはまるで戦後に建てられた碑石のような何かメッセージを伝えたいが為に残されたのか、
これまた異様なオーラを放った石版が大きく佇んでいた。

「何か・・・、書いてある。日本語?
この世界も随分、都合のいいグローバルなのね。」

 不思議にもその石版に書かれた文字は、私が慣れ親しんだ日本語だった。
この世界で見る初めての文字が自分が使っていた文字だとは思いもしなかった。
だが、モノリスはまるで初めて目にした文字かのように興味を唆られていた。

「セナ、これが読めるのか?」

 石版を眺めていたモノリスが私に振り向く事なく問いかけた。
見た事も無い古代文書を解読しようと凝固になって見つめる考古学者のような佇まいだった。
あるいは、子供のような無邪気さも滲み出ている。

「えぇ、私の世界で使っていた文字だもの。ちょっと、読ませてくれる?」

 私はそう言い、モノリスを石版から離した。彼は素直に従い、私の傍で佇んだ。
先ほども口に出してしまったが、書かれているのが日本語とは都合が良い物。
この世界は、どうなっているのだろう。不思議、と一言で表せば容易い。
だが、その不思議が解明されれば儚いものだ。なんだそう云うものか、で収まるのが大概だ。
私は、石版に書かれた文章を読む。雑に削られて掠れた文字を読み進める。
書かれていた文字は、次の通りだった。

 〈この世界は、なんだ。ここは、どこなんだ?確かにさっきまで私の世界だった。
私の住む村があった。そう、たった一人私だけが住む村だった。
次の瞬間、目を開けたらここにいた。そうか、俗に言う地獄というやつか、参ったな。
確かに私は、私を含め二十六人。その内、25人殺した。つまり私は、全村人を惨殺した。
最初から話そう。私は曲がり捻った人間が嫌いだ。だから、殺した。シンプルだろう。
それだけで村の過半数も居たんだ。楽しかったかって?それは、愚問というやつだ。
でも足りなかった。欲求が満たされなかった。ただ、殺すのも楽しくない。
何か理由を、そうターゲットを裏付ける何かが必要だった。
そんな時に、獲物が現れた。丁度、嫌いな奴だった。
アシンメトリーっていうのか?あの髪型がまず気に食わなかった。
そう、左右に髪型が違うやつだよ。本当に丁度いいと思ったよ。
だから、次のターゲットはあのチンケな髪型をした奴らだ。
思いの外、そんなヤツらは意外といて村人の数は十人以下までになった。
あとはもうなんでもいい。この村に居ていいのは、私だけ。
私の王道に筋が通らないヤツ、私に反感を持つカドのあるヤツ、気に食わない奴は全員殺した。
そうだ、全員殺した時。気付いたら、ここに居たんだ。
あれ・・・、ちょっと待て・・・。ワタシハダレダ・・・。〉

 これは一種の遺書なのだろうか。それにしては余りにも身勝手な狂言だった。
なぜこのようなものが、こんなところに書き記されているのだろうか。
この狂った殺人鬼が描いた怪文章は、怒りすら覚える。
身勝手で幼稚・・・。こんな人が同じ世界にいたのかと思うと憤りが収まらない。
いや、ここにこの怪文章があり、奴もここはどこだ?と書き記していると云うことは、
奴もこの空白の世界にいる可能性があるかも知れない。
既にシャドウとなって、久遠に彷徨ってればこちらとしては有り難いのだが。
そんな中、この怪文章を読み聞いたモノリスは関心を示していた。

「実に興味深い人間だ。狂気に囚われた人の末。己の欲のまま掻き立てられる童心。
是非、この人間の深層心理を読み解きたいものだ。」

 指を加え、もう片方の手で石版を優しく摩っていた彼は殺人鬼を叱咤するどころか
その殺人鬼をプロファイリングし調べたかった、そんな哀れみの思いを抱いていた。

「あなた、よく変わっているって言われるでしょ?」

 私は、少し距離を置き彼に聞いた。通常の人間ならこの文章を見てどう思うだろうか。
少なくとも彼のようにガラス越しにある玩具を眺める少年のような仕草はしないだろう。
私なら既に吐き気を催している。

「ん?それは君と比較した時の話だろう?感じるものなど、草木のように枝分かれるものだよ。
書物を読んだ感想が、『それがAである』と全員答えるとは限らないのと同じさ。
時にはBやCと答える者だって居る。それは至極当然の結果であろう?」

「どうかしら。それをモラルとインモラルで区別するのが人間よ。
アナーキーな環境にしない為にね。」

 恐らく彼の倫理観が違うのか、私とは幾ばくかズレていた。
いや、彼は純粋に知りたいと云う強い欲求が故なのだろう。そこ自体に善悪は無い。
モノリスは、傍観者だ。その者がどうなろうと知った事では無い。
ただ、その者をプロファイリングして一つの知識という書籍に納めるだけの事。
それであれば、この議論にこれ以上ディベートする必要は無い。

「まぁ、いいわ。この部屋は、それだけじゃ無さそうね。他に何か無いか調べてみましょ。」

 モノリスは静かに頷き、共に辺りを見回した。
廃墟に近いこの部屋は、照明があるわけでは無いのに灯火があるようによく見える。
崩れた柱、ところどころ剥がれた壁紙、目の付くところは瓦礫の小山が出来ている。
この石版だけの部屋とは到底思えない。きっと何か他にもあるはず。

 部屋の奥側にある壁に近付くと目に止まったものがあった。
その壁には不自然に備え付けられていたレバー。
レバーは重く括り付けられていて、両手で力を加えても簡単には動きそうも無い。
頑丈に取り付けられたレバーを括り付けてる上板には、小さな穴が空いていた。
どこかで見た事のある長方形の穴。何かの差し込み口だろうか。
何かを繋げるための穴で、差し込む事でこのレバーが動くのだろうか。
そう思い、私たちは部屋の中を探した。
探し回っている中、部屋の隅にいたモノリスが声をかける。

「セナ、これは・・・。」

 モノリスが手に持っていたのは、パソコンなどで使う文字を打つ為のキーボードだった。
なぜ、こんなところにキーボードが置いているのか。
首を傾げたくなるが可笑しいのは、それだけでは無い。
そのキーボードにはアルファベットの文字しかなく、エンターキーや数字、矢印すら無かった。

「キーボードかしら。けど、文字しか無い変わったキーボードね。」

 そのキーボードから黒い線が伸びており、先端にはUSBの端子。
先程のレバーにあった小さな穴は、きっとこの端子を差し込む為の穴なのだろうか。
もしかしたら、パスワードを入力する事でレバーが動かせるようになるのかも知れない。
そう思い、レバーがあったところまでキーボードを持っていく。
私の予想通り、その差し込み口はUSB端子の物のようでピッタリ嵌まった。
それでも未だ、このレバーはピクリとも動かない。
やはり何かを打ち込まないといけないようだ。

「うーん、駄目ね。何かを入力しなきゃいけないみたい。」

「で、あれば何かヒントがあるのではないか?」

 モノリスは諭すように私に告げた。確かに何も無いわけではない。
もしあるとすれば先程の石版に書かれていた文章だろうか。あの怪文章がヒントに。
レバーを引く為のパスワードの鍵となるならば、もう一度照らし合わせる価値はある。

「そうね、さっきの石版を見てみましょう。ご丁寧なヒントがあるかも知れないわ。」

 再び、狂言めいた文章に目を通す。ここに打ち込むべき言葉が残されているはず。
・・・村人は全部で二十六人。村というには、随分と少ない。どちらかと云えば集落の規模だ。
その村の一人が狂乱して皆殺しを始めてるわけだが、余りに幼稚で自分勝手。
少し間を置いて、考え込む。これがきっとあのパスワードの基盤となる部分なのだろう。

➖けど、文字しかない変わったキーボードね。➖

 ふと、自分が発した言葉を振り返る。こんなところにキーボードがある事自体、不自然だ。
何かあるに違いない。キーボード。文字だけのキーボード。文字は全てアルファベット。
そこで私は、一つの真理に辿り着く。そうアルファベットの数は二十六文字だ。
石版に記された村人の人数と一致する。するとこれは、アルファベットに模った暗号文だ。

「成程、・・・アルファベットってわけね。」

「アルファベット?君たち人間が使う言葉か。」

「そうね、このキーボードに書かれている文字の事よ。」

 私は手にしていたキーボードを改めて差し出す。改めて数えればキーの数も二十六個。
つまりこれは、あの文章に当てがった消去法で成り立つ暗号文なのだろう。

「そうと解れば、この狂言を見ればパスワードは解りそうね。
最初は曲がり捻った・・・。丸みがある文字を指しているということかしら。」

「確かに、丸みのある文字は過半数を占めているな。」

「丸みがあるのは、このキーボードの順に読んでいくと
QRUOPSDGJCB。つまり、これらがカットされるわけね。」

 逆に残されたのは、WETYIAFHKLZXVNM。
この文字のいずれかが答えとなるのだろう。
この村に居て良いのは、私だけ。という文章から察するに答えは一文字と察する事ができる。
後は、先程言った通りに消去法を活用するだけの事。該当するものを減らしていけば良いのだ。

「と、考えると次は、アシンメトリー。つまり左右非対称を減らせば良いのか。」
「そうね・・・、非対称の文字なら・・・。」

 そうして削られて残った文字は、WTYIAHXVMのみ。

「だいぶ、絞られてきたわね。次はそうすると同じ要領でいけば角ある文字を指すわけね。」

「ふむ、であれば・・・。」

「WYAXVM。これらが除外されるわ・・・。残されたのは、TIHのみ。」

 この怪文章から導き出され抽出された文字たち。更に三つから一つへと絞る必要がある。

「王道に筋が通らないって、真っ直ぐじゃないって言いたいのかしら。」

 筋が通らない、から連想して捉える事が出来れば正に筋が通る。
残された文字で削る事が出来るのはTH。つまり、Iのみが残される。
成程、それで最後にワタシハダレダと聞いているのか。

「恐らく君の推理は、正しい。早速、試してみてはどうだ?」

「えぇ。」

 私はモノリスの提案に従う。レバーの差し込み口にUSB端子を挿入した。
怪文章から導き出された答え『I』をキーボードで打ち込む。
カチっと何か金具が外れた音が微かに聞こえた。
上板の中に仕込まれたストッパーが外れたような音、枷が解かれた音だった。
これでようやくレバーを引く事が出来そうだ。
私は、そのレバーを掴み、思いっきり引く。ガコンっと重い鉄の音が軋む。
長い間、閉ざされ下がる事の無かったレバーが引かれた。
そのレバーと連動されたようで上板の中の歯車が回り出す音がする。

「これで良かったのかしら?」

「かも知れないな。他の部屋も調べてみる価値はある。」

 モノリスは下がり切ったレバーを摩り、そう告げた。
彼の言う通り、固く塞がれて開かなかった他の部屋たちの扉が開いているかも知れない。
きっとこのレバーが仕掛けだったのだろう。
私たちは、そう思いこの部屋を出る事にした。少しでも前に進めたのならそれで良い。
どこかの部屋の扉が開かれたのなら、そこを調べれば良いだけの事。
そうすれば、また前へ進める。




・裁かれた審判

 私たちは一度外に出て、暁光を照らす空間へと戻る。
モノリスの予想では、どこかの部屋の扉が開かれているのだろう。
そう思い、来た道を戻るように歩みを進める。
丁度、この空間の中央付近にあった部屋が視界に入る。
目に止まった理由は、先ほどまで閉ざされていた部屋だったからだ。
私たちは、導かれるようにこの部屋へと向かう。まるでいざなわれるように。
これが罠かも知れないし、一つの試練なのかも知れない。それでも進むしか無いのだから。

 この部屋もやはり見た目以上に広く造られている。次元を捻じ曲げたように異様に広い。
先程の部屋とは大きく違い部屋というよりは、教会の典礼を行われる祭壇のような場所だった。
部屋の出入り口付近には、左右にあるのは斜めに並べられた長椅子が三列に置かれており、
奥まで縦長に伸ばされ引かれた赤い絨毯を囲うようにシンメトリー上に綺麗に配置されていた。
奥へと招かれるように進み、誰も居ない祭壇へと向かう。

「シスターは、どこかしら?誰も居ない教会ほど薄気味悪いものは無いわね。」

 辺りを見渡すがシスターどころか、鳥のさえずりすらここには無い。
神を崇めるような神聖なところには見えるが、それはまるでハリボテだ。
目を瞑れば、パイプオルガンがどこかから流れてきても良いのだが。
周囲に目を回すが、やはり人の姿は無い。代わりにあったのは四方に点在する柱。
柱自体はそこまで高く造られておらず、私の腰程の高さである。
柱の上は台座のようになっており、石で造られた球体があった。
それが何を意味しているのかは分からない。

「セナ、奥に何かあるな。」

 モノリスが指を差したのは、部屋の奥に鎮座された木製の祭壇。
私たちがその祭壇に近付くと、奇妙なものが目に付く。
その祭壇の上には備え付けられていたのは、なんとも無愛想なスイッチである。
木製の祭壇に似合わない機械的な赤いスイッチが無骨に設置されていた。

「うん?スイッチのようね。」

 恐らく先程の部屋のように、別の部屋の扉が開く為のスイッチなのだろう。

「でも、なんだろう。嫌な予感しかしないのは・・・。」

 そう、それは違和感だけでなく疑心暗鬼すら覚えてしまう。
こんなに露骨なスイッチを置くのか、さっきの部屋では謎解きのようなものをやらせて
ようやく解いてレバーを引けたぐらいだ。この疑心暗鬼は間違いじゃないのだろう。

「さて、どうしたもんかしら。」
 
 顎に指を添え悩んでいた私は、そのスイッチの前で佇んでいた。
特にこのスイッチ以外に気になるところは無い。ならば押す以外の選択肢は無い。
選択肢が出るとすれば、押した後の事。傀儡師かいらいしも云っていた正に『鬼が出るか蛇が出るか』だ。
私は、赤いスイッチに指を添えて深呼吸をする。気持ちを整える為だ。
モノリスは無言で私を見ていた。いや、この場合は傍観していると云った方が正しいのか。
何も言う事は無く、静かに私の傍で。
私は意を決して、この無骨な赤いスイッチを押した。カチリっとスイッチの中のバネが弾む音。
同時に前回と同じように歯車が回り出す音が聞こえる。
動き出した歯車は、恐らくまた別の部屋の扉が開かれる仕組みなのだろう。

「どこかの扉が開いたみたいね。」

 何も無かったのか。特に何かをする事無く、次の扉が開かれた。
しかし、それは一瞬の安堵だった・・・。

 グギギ・・・。

 私たちの背後に現れたのは、得体の知れないもの。
シャドウ・・・、だろうか。いや違う。外に居たようなシャドウとは明らかに違う。
手足が生え、熊のように胴体は大きい。今までのシャドウのような黄土色の二つ眼とは異なり、
鈍く光る赤い一つ眼で私たちを視界に捉えていた。
手はより攻撃的な見た目をしており、私のような人間を捻り潰すには余る程だ。
影のような黒と禍々しい紫の身体は、いつでも飛び掛かれるよう構えていた。
牙を広げて見せたその大きな口は、今までのシャドウの比では無い。

 ガァァァァアアアア‼︎

 祭壇内に咆哮が鳴り響く。ビリビリと室内を響かせ、その声に圧倒される。
一瞬の奴の行動に身体が震え、心臓の高鳴りが増す。これが恐怖なのか。
得体の知れないモノ、予期せぬ事態、自分へと向けられた殺気。悪寒が身体を纏い始める。

「な、何・・・。何なのコイツは・・・⁉︎」

「セナ!この声の主は、不味い。早くここから出るんだ‼︎」

 そのシャドウは勢い良く力任せに飛び掛かる。腕を上げた先は鋭く尖ったドス黒い爪。
大きく振りかざし私たちへと向かってくる。当たるところを寸前で私たちは二手に避ける。

ドンっと炸裂弾が弾かれたような音と共にすぐ目の前にあった祭壇が粉々に吹き飛ぶ。

 瓦礫と化した祭壇を見つめ、私たちが居ない事を確認すると辺りを見回す。
力もスピードもやはり外のシャドウとは比較にならない。
だが、そこまで知力は発達していないのか、後ろには中々振り向かず辺りと下を見るばかりだ。
真っ向勝負では間違い無く勝てない。奴の知能が低い事だけが幸いだ。
勝てないわけでは無い、そして上手くやり過ごせば逃げ切る事だって出来る。
先程の恐怖は、どうした?・・・わかっている。周りを良く見るんだ。
可能性があるのならば、悪寒を纏う必要は無い。恐怖を脱ぎ捨てる事だって出来る。
きっと何かあるはず。これが何かを試しているのなら、打開策を残している。
でなければ、こんなつまらない事は無いだろう。

 そう、この室内で先程の状況が違う事。視野を拡げる事でようやく理解出来た。
四方に飾られていた柱にある球体だった。石で作られていると思っていたが青白く発光している。
全部で四つ。そして出入り口は、結晶体のようなもので塞がれている。
きっとキーとなるのはあの四つの球体。あれを一つずつ触れてみればわかるかもしれない。
モノリスと手分けして触れていきたいものだが、彼もここの住人である以上
彼が触れても意味がないのだろう。奴から上手く撒いて触れる必要がある。
大丈夫、少しずつ冷静さを取り戻している。それに奴が興味あるのはシャドウ同様に私だけ。
片方を囮にして捲ることも難しい。実質、私一人でやらなければならない。

 私は、右側の一番手前にある柱へと走り出す。
都合良く、まだ奴はこちらには気付いていない。青白く光る球体はそれぞれ淡く照らしていた。
モノリスも影のように私の後を追って付いてくる。
球体へと近づき、添えるように手を触れてみる。私が触れた球体は眩い光を発し、
先程とは比べ物にならない程、輝きを増して煌々と周囲を照らしていた。
それに気付いたあの化け物は、ようやくこちらの気配に気付き力任せに振り向く。
まるで野生のハンターのように私を視界に捉えるや否や、その尖った爪で床を削り上げ飛び掛かる。
力もスピードはあるが知性は無い。であれば、周囲の環境を俯瞰し上手く避けれる。
獣のような見た目をしているが獣ゆえの力任せ。私は参列された入り口付近にある長椅子へと走る。
丁度、その付近にも同じ球体が飾られた柱があるからだ。
やはり触れないと意味が無いようで、触れた球体以外は、淡く照らしているだけだった。
十メートル程離れた距離に次の一番近い球体がある。
既に祭壇に居た化け物とは、距離は離している。
私はそのまま走り抜けるよう球体に触れて、止まる事なく長椅子の方まで駆け抜ける。
少しでも障害物がある方に行き、奴の攻撃を回避出来るようにする為だ。
私が触れた球体は、少しの間だけしか触れなかったが先に触れていた球体と同様に
眩い光を照らしていた。私目掛けて追ってきた化け物は、その光が視界に入った刹那蹌踉よろめく。

グゥゥゥウ。

 苦しむようなうめき声を上げ、勢い付けた慣性に耐えられず体勢を崩す。
この光が苦手なのだろうか?これは上手く利用出来るかも知れない。
奴は、眩い光が瞳に当たらないよう片手で防ぎ、纏わり付く虫を払うように力任せに腕を振る。
ならば、今度はこの長椅子と反対側の長椅子まで大きく旋回して回り込む。
一滴の油断は、許されない。あの腕に捕まっても、攻撃を受けてもただでは済まされない。
眩く光る球体を避けるように、たいせいを立て直した化け物は再び走り出す。
まるで何かに取り憑かれたかのように、ようやく獲物を見つけたとでも言いたいのか
その追い掛ける目付きは、諦める気は無さそうだ。

「はぁ、はぁ、まるで鬼ごっこね!ごっこで済めば良いけど!」

「セナ、残りはあと二つだ!」

 私を追うように走るモノリスが息を切らす事なく叫ぶ。
そう、彼はまだ息を切らしていない。予想以上に体力があるようだ。
化け物は、長椅子という障害物を物ともせず私を狙うように突っ込んでくる。
木製の長椅子が衝撃とともに軋み、綺麗に並べらられた椅子が乱れぶつかり、粉々に吹き飛ぶ。
衝撃により破れた木片たちが宙を舞う。咆哮とミックスされた衝撃音は恐怖を誘う。
ただ、壊れた長椅子のお陰で埃塵が舞い、視界を塞いでくれる。
この隙に、三つ目の球体へと向かう。埃塵を払い、私を探す化け物。
煙を掻き分け私を抉り出そうと、両腕で激しく振っていた。
視界が良好になる前に三つ目へ。私は埃塵が吹かれる前に位置は把握している。
再び止まる事無く、走り抜ける。三つ目の球体に触れ、ふと振り返る。
煙塵が晴れてきた刹那、化け物もこちらの存在を認識していた。
触れた球体は瞬く間に輝き出し、発光し始めた。残りはあと一つ。

 しかし、化け物は数メートル先まで迫ってきていた。奴のスピード、球体との距離。
その間までに置かれた障害物はあるが、奴の攻撃力や突進から考えると何とも頼り難い。
このままでは何秒と持たない内に、奴の射程範囲まで近付かれ攻撃されてしまう
迫り来る化け物が近付く最中、モノリスが私の手を掴む。
すると、触れられた私の手を中心に魔法陣のような模様が浮かび上がる。

「これで少しの間だけ、奴はこちらに気付かない。」

 確かにモノリスの云う通り、私の身体は徐々に透けていき半透明へと変化している。
手をかざした先の視界が見えるようになり、私の存在自体を透明へと近付けていた。
その証拠に、奴も勢い付けていた体勢にブレーキをかけ停止していた。
どうやら、私を視認できなくなったようだ。モノリスが云うには長くは持たないとの事。
獲物を見失ったハンターは、匂いを探るように辺りを見回す。
この隙に、少しでも早く残りの球体へ走り出す。この輝きが全て照らせれば、生きる術となる。
私はそう信じて、掌を握り締め緊張で張り詰めた胸を抑え込んだ。

 直ぐ様、私は残り一つとなった球体に手を触れ輝きを取り戻してあげた。
四つの光が共鳴するように輝きを照らし始め、それは出入口にあった結晶体も同様だった。
照らした光は眩く、暗く映り込むネガティブな思考すらも浄化する程に暖かい光だ。
ただ暖かいだけでは無い。強く清らかでそれぞれが凛とした光を放っていた。
モノリスの言う通り、透明だった私の身体は徐々に半透明へと変化していった。
四方の光が発光するのと合わせるように、すっかり私の身体は元に戻っていたのだ。
その変化は、あの化け物にも影響していた。先程まで暴れ回っていた化け物は、唸っていた。
顔を隠すようにその大きな掌で自らを掴み、その苦しみから解放されたい思いからなのか
何度も顔を引っ掻いたり掴んだりと苦しむように呻き声を上げていた。
そして、奴が出入り口にある結晶体を見つめた時だった。

パァンッ。

 まるでパンパンに空気が膨らんだ風船に、針でも刺したかのように化け物は破裂した。
その姿、肉片、血すらも残さず、この光に浄化されたのか影すら残さなかった。
断末魔すら許さず、あの化け物はもうこの場には居ない。
暴れ回った寸劇だけがここに残骸として置き去りにしていた。
奴を倒す為だけに放った光だったのか、もう四つの球体に光は無く朽ちた石像のようだった。
出入り口を塞いでいた結晶体も熱で溶けた氷のように無くなっており、跡すら残さなかった。

「これで良かったのかしら?」

「君が今、ここに居ると云う事はそう云う事なんだろう。」

 唖然と見つめる私に対し、モノリスは応えた。
これは何かの試練だったのだろうか。誰かが私を試しているのか。
そう感じざるを得ない思惑に、私の頭の中にはモヤがかかる。
この部屋を出る時もそう。頑なに咲かそうとしない蕾を見つめるようだ。




・傲慢の先に

 祭壇のあった部屋から出て、再度アプリコットに染まる空のところに戻る。
先程の部屋で仕掛けを引いたので、また何処かの部屋の鍵が開いたはず。私たちはそう判断した。
この空間にある部屋を探し回ったところ、やはり新たに扉が開いた部屋を見つけた。
それは、最初に入った怪文書を解いた部屋の近くに位置する部屋だ。
あんなに堅く閉ざされていたというのに、招かれるようにその部屋は開かれていた。
不思議な事に、この空間はそれぞれの部屋に入るとガラリと印象が変わる。
怪文書があった部屋は、荒廃した暗く孤独な部屋。
祭壇があった部屋は広間のように大きく、けど何処か寂しい部屋。
そして、今私が踏み入れたこの部屋は十畳程度の窓の無い部屋だった。
芝生のような爽やかな緑色の床、クリーム色の質素な壁。
何とも質素だと感じてしまうのは、部屋らしい家具無いからだろうか。
まるで、引っ越して間もない新居に来たばかりの光景だ。何も無いからこそ声が反響しそうだ。
そんな質素な部屋に際立たせてる存在が私の瞳に映り込んでいた。
私と同じサイズ程の大きさのぬいぐるみが背中を向けて佇んでいたのだ。

「え、くま。・・・のぬいぐるみ?」

 思わず私は、声に出してしまった。その際立った存在に目を奪われ、声が反響する。
私と同じ背丈の大きなぬいぐるみ。あれは、熊がモチーフだろうか。
部屋の中央に佇むぬいぐるみは、モコモコとしたその身体には少しほつれが見えた。

「いや・・・、あれは恐らく。」

「うぬ?」

 そのぬいぐるみは、私たちの存在に気付いたのか糸を引っ張り上げるように振り向く。
モノリスも何かに気が付いたのか、私の言葉に静止させようとしていた。

「なんじゃ、モノリス。久しいのぉ。」
 
 そのぬいぐるみから発せられたのは、少年とも捉えれる女性のようなハスキーな声だった。
耳に入った声色とは裏腹に、物腰が柔らかく口調も穏やかだ。
どうやらこのぬいぐるみとモノリスは知り合いなのだろうか。状況整理が付かない。

「え?知り合い?いや、っていうか喋って・・・。」

 私は、つい焦ってしまった。玩具屋に置いていそうな熊のぬいぐるみが動き話しているのだ。
無理もないだろうと口に出したいくらいだ。

「まぁ、この世界ならではだな。君の常識なんて浅はかだったと思える程、別次元なのだ。」

 モノリスは、私の肩に手を添え首を横に振りながら冷静になるよう促した。

「無理もなかろう。それに、この世界で言葉を話すものなんか・・・。
片手で数える程度しかおらんからなぁ。」

 熊のぬいぐるみは私に手を差し伸べ、そう告げた。
プニプニとした弾力のありそうな肉球を露わにするよう、このぬいぐるみが掌を広げていた。

「それは、あなたの三本指で?それとも、私の五本指でと云う意味での片手なの?」

「セナ、困惑しすぎだ。これは、言葉のあやであって数えるくらいしかという意味で、
その片手の基準が君か彼女かの議論を在すべきではない。」

 いつの間にか私は、困惑していたようだ。
確かに彼の言う通り、このぬいぐるみの手か私かは全くの別の話だ。
何故だろうか、こんなに思考が乱れてしまうのは。
ただ、先程までみたいに何か私たちに敵意が少なくとも無いとは云える。
現にモノリスとは知り合いのようで、親しみもあるように見える。

「そ、そうね。あまりに悠長に話すから驚いただけ・・・。え?・・・彼女?」

「若いのぉ、人間よ。あぁ、正気が遅れたな。
僕は、すてぃぐま。ここでは、そう呼ばれておるし、れっきとした女だ。」

 これを驚くなと言う方が無理がある。少年のような声を発してるぬいぐるみかと思えば、
自分を「すてぃぐま」と名乗り、女性だと云う。
彼女は、右手を後ろに回し、左手を腹部に当て静かにお辞儀をした。
まるで紳士のようなその佇まいは、余計に困惑してしまう。

「それに、僕らが話すのは当然じゃ。なんせ・・・。」

「元々、私たちは人間だったからだ。」

 モノリスは、彼女に同意しながら頷いた。くるりと私に振り向き、静かにその事実も。
モノリスも、このすてぃぐまと名乗るこのぬいぐるみも、元は人間だった・・・。
私と変わらず、現世で過ごしていたという事なんだろうか。住むところ、時間は違うのだろうけど。
それでも、彼らはここに訪れて何年とかそんな短い期間で過ごしてきた訳では無いのだろう。
私が思う時間と比べものにならない、途方もない刻が悪戯のように過ぎているに違いない。

「最も、人間の頃の記憶なんて覚えておらんがな。そこのモノリス同様に。」

「それじゃあ、あなたも?」

「いかにも。私も元人間だ、性別が男というだけで。」

「他は、何一つ覚えていない。そこだけ解釈してしまったら、
シャドウとなんら変わりないだろうな。」

 それでも自分が人間であった事、性別があった事くらいは覚えているようだ。
いや、むしろ、もうそれくらいしか記憶に無いのかも知れない。
彼らが存在価値を証明出来ているのは、その叶えたい欲とシャドウとは違った名を持っているからだ。
名前がある事で自分自身を辛うじて繋ぎ止めているんだと私はそう思った。

「それはさておき、人間よ。なぜここにきたのじゃ?」

 すてぃぐまは、広げた左の掌に右手でポンっと叩いてから尋ねた。
そうか、まだ私がここに来た事については、まだ話していなかった。
と、言っても私もトウマを追いかけて来たは良いものの、現状が良く分かっていない。
現世とここでは、情報の処理が追い付こうにも今までの常識とかけ離れ過ぎている。
気持ちの整理も落ち着かない中での彼らとの出会いだ。
けど、先程までのような張り詰めた感覚も雰囲気も無いので、幾ばくかはマシだ。

「そうだな。その点は、私から話そう。」


 モノリスは、私との出会い。私の目的、そしてモノリスが共に行動している事を端的に話した。
すてぃぐまは、ふむふむと頷きながら相鎚を打つ。
彼女の表情はぬいぐるみの為、人のように感情による変化が無い。判断が出来るのは、声色だけ。
無表情のその顔は、本当は笑っているのか泣いているのかさえ見ただけでは分からない。
すてぃぐまもモノリスも素顔が見えない分、心理的な解釈が出来ない。
いや、やめておこう。人の心を覗くような行為は。私の悪い癖なのだから。
一頻り話を聞いたすてぃぐまは、パンっと手を叩いた。

「ほう、そういうことか。君も中々ドラマティックではないか。」

 顔がやはり無表情のため、本心はわからないが彼女は感動したような声を振る舞った。

「ドラマティックなのかしら。というよりこの世界は、まるで少年漫画みたいな展開ね。」

 これはドラマティックと呼べるのだろうか。少なくとも現実的では無いのは、確かなのだが。
そう、だからこそ、漫画のような世界観。比べるまでもなくご都合主義も良いところだ。
今すぐにでも、この世界の原作者が居るのなら引っ張り出して胸ぐらを掴みたいところだ。
だが、私のセリフに対し彼女は容易く払い除けるように一呼吸の溜め息を吐いていた。
 
「うぬ、そう見ると、この世界の真意も理解しておらんのだな。」

 彼女は両手を上げ、「やれやれ。」という始末だ。

「どういうこと?」

「ここに来る者は、皆あるものを求めてきておる。」

「あるもの?それは何なの?」

「それは、君が見つけなければならない。そして、その為には・・・。」

 彼女は、ゆっくりと背後を振り向き、奥の質素な壁へと視線を送る。
「そこに答えがある。」と言わんばかりに、敢えて彼女は言葉に出さなかった。
答えは私が言わなければならないのか、そう決め込んで置かないと自分が分からなくなるのだろう。
目的を失い、シャドウ同様に彷徨い歩き続けてしまうのを防ぐ予防策の一種なのだろう。

「奥に進むしかない・・・か。」

 だから、彼らは私に奥へ進むという目的を忘れさせない為に言わせているのだと。
何処かそう考えさせるように仕向けているのだろうか。そうする事で自分を留める事が出来る。
奥に進むと告げた事で彼女は少し喜んでいる、ように見える。

「そういう事じゃ。どれ、僕も興味本位ではあるが付いて行くかの。」

「あら、くまちゃん。あなたも付いて行くの?」

 彼女は一歩、私へ歩み寄る。
振り向いた彼女の表情は、やはり人形のように感情は無かった。
声色から察するに、私には興味があるみたいだった。感情のこもらない顔で手を差し伸べる。

「くまではない。すてぃぐまじゃ。まぁ増える分に損はなかろう。」

「それもそうね。」

 私は、そう納得した。隣にいたモノリスも満更ではないようだったので承諾した。
行動を共にする事になった私たちは、改めてこの部屋の間取りを見渡す。
十畳程の質素な部屋。ただ、見渡すとわかったのは、この部屋の左側には奥張った壁があった。
丁度、壁を囲うようにしてその中を隠しているみたいに造られているように見える。
よく見ると壁の床下には、その空間に繋がりそうな穴がある。小さな子供が入れる大きさだろうか。

「小さい穴ね・・・。この先がすごい気になるんだけど、流石に通れないわね。」

 私はその穴の前でしゃがみ込み、覗き込む。
少し暗くてあまり見えなかったが、小部屋のような空間が穴の奥で広がっていた。

「お困りかの?」

「あら、くまちゃん。」

 私が穴を覗き込む光景を見ていたすてぃぐまが声を掛けてきた。

「くまではない、すてぃぐまじゃ。」

 熊のぬいぐるみの姿をしているから、つい[くまちゃん]と呼んでしまったが見た目通りだと思う。
呼称があまり好まないのか、すてぃぐまは直ぐ様訂正を促した。

「この穴の中に、入りたいのかの?」

 すてぃぐまもまた、私と同じ様に穴を覗き込む。

「そうね、けど無理よ。十年前ぐらい前から入れたかもだけど。」

 そう、確かにこの穴の奥には何かあるのは確かだが、この身体では入り込む事は難しい。
ましてや、私よりも少し身体が大きいすてぃぐまやモノリスは以ての外だ。

「ほほう、では、身体が小さくなれば良いとな?」

 私が親指を咥えて悩んでいたところ、すてぃぐまは不思議な提案をしてきた。
漫画の世界じゃあるまいし、そんな魔法のような事ができるのか。
いや、ここは空白の世界。先にもモノリスが云っていた。
モノリスの言葉を借りれば、この世界で私の常識を当て嵌めるのはナンセンスなのだろう。
私は、無表情のぬいぐるみに相鎚ちを交わし、一つ首を縦に振る。

「あら、くまちゃん。そんなことできるの?」

「僕にかかればの、当然じゃのぉ。」

 すてぃぐまの言葉は、自信に満ちていた。その短い腕で組み、淀み無い口調で返事をした。
彼女にとって、これぐらいは朝飯前なのだろうか。

「どこかの未来ロボットみたいね。」

「僕は、たぬきじゃないぞ?」

 彼女は、そう言って顔の表情は動かさず、声を少し荒げていた。

「あら?頼りにしてるって言いたいのよ?」

「まぁ、前置きは、これぐらいじゃな。では、ゆくぞ。」

 そういうと、しゃがんだ私の頭に両手を添えるように構えた。
次第に三本指の先端から青白い光が発光され眩く。それは触れずとも暖かく穏やかだ。
人の温もりとはまた違い、淡く暖かい。囲炉裏から仄かに発される温もり。
炭のゆっくりと熱せられた赤く灯る仄かな温もりに似たものが私の頭頂から感じる。
これは、一種の魔法なのか。モノリスも似たような魔法を使い、私の姿を消してみせた。
彼女が行なっている所謂この魔法は、モノリスとは何処か質が違う気がする。

「めたもるふぉーぜ!」

 すてぃぐまの言葉が合図だったのか、私の身体は淡い光に包み込まれた。
見る見るうちに私の身体は縮むように小さくなり、視界の変化にも気付く。
まるで、ガリバー旅行記に記された小人たちのように小さくなった私は、その変化に驚く。
体型自体は変わらず、そのままピントをギュッと縮小した姿だった。
見上げると、すてぃぐまが巨大な建造物にも見えてしまう。

「うわ、本当に小さくなったわ!」

「これで通れるのかのぉ?」

 先程まで小さく感じた穴は、裕に潜れるどころか道路にあるトンネルを潜るような感覚だ。
身体が縮んだ分、穴も巨大に見えてしまう。故に小さくなった分、今は進める一歩が極端に短い。
今となっては暗がりのトンネルを私は潜り抜け、出口である小部屋へと出る。
壁に覆われたこの小部屋は何故か、照明が照らされたように明るい。
およそ一畳程のスペースだろうか。この小部屋は、何かが置かれていると言う訳ではなく、
殆ど空っぽに近い状態だった。上を見上げると小部屋を覆う壁には、煌びやかな結晶板が見えた。
恐らくこの小部屋を照らしていたのは、あれなのだろう。
よく見ると結晶板の中には、閉じ込められているようにゆらゆらと赤く燃え揺れるものが見える。
それは、外の空間にあった青い火の玉と何処か似ていた。
赤い火の玉に私が触れるや否や、変化は起きる。

「・・・あれ?元に戻ってる。」

 気が付けば、私の身体は元の大きさに戻っていた。
一畳とは云え、先程までの小人サイズならば広く感じていたが元に戻れば、非常に狭い。
壁にかかっていた赤い火の玉が入った結晶板も見上げなければ視界に入らなかったが、
今は、丁度私の目線程の高さに位置していた。手を翳せば、裕に届く。


「そんな長い時間は、続かんよ。」

 奥の部屋から、すてぃぐまの声が聞こえてきた。壁をつたって籠るように聞こえる。
やはりモノリス同様、長い時間この魔法のようなものは長く持たないらしい。

「そうね。必要な時以外は、不便なだけね。」

「そう言われると、悲しくなるじゃろ?」

 壁の奥からすてぃぐまの哀しげな声が聞こえてきた。ただ、必要な時なら逆に便利と言える。
この魔法のようなものも適材適所なのだろう。モノリスの身体に透明にさせて認識を阻害するもの、
今回のすてぃぐまが行った身体を縮小させるものも、私には無いもの。
使い方次第で、危険から守れるかもしれない。判断さえ間違えなければ。

 私は、結晶板に閉じ込められていた赤い火の玉に触れようとする。
指先に結晶板が触れると、力を加える事なく亀裂が入る。ピシピシと亀裂が結晶板を覆い尽くし、
やがて、鈍器で殴りつけたように砕け散り、形を保つ力すらなく粉々になった。
結晶板に閉じ込められていた赤い火の玉は、牢から解放されたようにゆらゆらと揺れ動く。
それは、何だか嬉しさと感謝を表現しているように見えた。
赤い火の玉は、会話を持ち合わせていないようだった。その代わりに自らの体で語る様に揺れ動く。
私の掌の上で留まる。火とは思えない程、生暖かい。それは春の陽だまりのよう。
不思議と心を落ち着かせてくれるこの火の玉は、どうやら行動を共にしたいように聞こえる。
恐らく、外の空間に居た青い火の玉を探しているのだろう。
そう思った私は、小部屋から出る為にもう一度小さくなるよう、すてぃぐまにお願いをした。

 

 部屋を出た私たちは、この空間の奥へと向かう。
そう、あの青い火の玉がいた場所だ。丁度、青い火の玉が行手を遮っていた。
きっと、私の掌に付いて来ている赤い火の玉と関係があると思い、奥へと向かう。
青い火の玉は、やはり先程の橋で揺らめいていた。赤い火の玉も青い火の玉に気付いたのか、
自ら、ゆらゆらと向かう。留まるように揺らめいていた青い火の玉も気付いたようだ。
互いに近付き、触れ合う。そして歓喜を表現するように互いを追いかけ合うように周り出す。

「良かったわね・・・、ようやく逢えて。」

 私は、出来る限りの笑顔を送った。きっと長い間、逢えなかったのだろう。
ずっと引き離され、片や閉じ込められ、片やずっと待ち続けていたのだろう。
彼らは、そのまま揺れながら消えていった。静かに「ありがとう」と言われるように。
静かで緩やかな速さで、そのありがとうは「さようなら」に変化した。
橋を遮っていた火の玉は無くなり、奥へと進めるようになった。


・木漏れ日の回廊


 橋を渡りきり扉を開けた先は、また一室のホールのような部屋。
丁度、モノリスが居た部屋に酷似していたその部屋で、奥には頑強な扉が構えている。
しかし、それよりも目に映った光景は信じ難いものでもあり、喉から手が出るものでもあった。
このホールの中央に佇む一人の男性。その後ろ姿には、見覚えがある。
押さえ込む心臓の高鳴りが緊張を誘う。凪よりも強い風が彼の髪を靡かせる。

「・・・もう少しか。」

 小さな声で呟く彼の声は、ホールの一室に響く。聞き馴染みのあるその声は、私の目を丸くさせた。
どれだけ右手で胸を押さえ込んでも、私の心臓は耳に響くばかりだ。

「トウマ!」

 私は叫んだ。このホール内ならば、然程大きな声を上げなくても聞こえるくらいなのだが、
自分の緊張を殺すには、響くくらいが丁度良いと思ったからだ。気付いて欲しい。
分かって欲しい。それも強かった。あの時は、振り向いてさえくれなかった。
だから、叫んだ。ホールで良かった。これなら、きっと届いてくれるから。
 
「その声は・・・。」

 彼は、私の声に反応してくれた。こちらに振り向き、数メートル離れた私の目を見ていた。
間違いない。姿形もさる事ながらその声も、やはりトウマだった。


「わかる?私、セナよ。」

 私は、自分の胸に手を当てて自分である事を示した。

「セナ・・・。」

 彼の唇から息を吐くように私の名を漏らす。どこかそれは、噛み締めるように。
私の名を脳に焼き付けるように、静かに吐いた。
数メートル離れた空間。何歩か歩けば、手を繋げる距離だ。刹那の沈黙。
しかしそれは、余りにも長く感じてしまう矛盾な時間の流れ。
刻は同じくして、この時間だけスローモーションのように速さが捻じ曲がる。
故に、彼が再び奥にある扉へと振り向く素振りを見た私の心境は、雲がかかったように視界が歪む。
その雲は、霧のように薄くグレイに映り込むフィルム。掴めそうで掴めない水蒸気の塊。


「待って‼︎」

 咄嗟に私の声は、思っている以上に遠くへと飛ばしていた。
言霊が大きな波を作り、広がるホール内を駆け回るように反響していた。
その声と同時に、私の身体は気付けば前へと進んでいる。一歩。胸の鼓動は、治まる事を知らない。
たった一歩だけだが、この足は後悔を断つ為の一歩。循環される血液が濁流のように巡り回る。
ドクドクと波を打つ血脈が掻き立たせ、瞼を震わせていた。

「探したのよ・・・。ねぇ、トウマ。あなた、どうして・・・。」

 哀しさと寂しさが入り混じった感情が言葉の船で航海している。
果ての無い地平線の海は、どんよりと鈍く照らされており、気が付けば波にさらわれる。
それでも陽の光を目印にと模したトウマの背中は、もう一度振り向く素振りは無さそうだった。

「ごめん、今は先を急がなければいけないんだ。」

「え?それって一体・・・?」

「セナ、君にもわかる。この世界の意味と僕らが向かう先をね。
ごめん。今は、君とは話せない。」

 そう言い残し、彼は扉へとゆっくりと一歩踏み出す。
私の言葉など、飛び交う火の粉を払い除けるようだった。払い飛ばされた灯火に残り香が漂う。
私の思いも、感情も彼の耳に届く事なく飽和していく。

「トウマ・・・。」

 か細い声がホール中に小さく響き渡る。
どこか虚しさがこもったその反響は、夜風に紛れる虫の鳴く声に等しい。

「もう、行くね・・・。」

 遂には、一度もこちらへ目線を送る事無くトウマは扉へと進む。
今、追わなければ。今、前へと身体を動かしその手を掴まなければ。
そう思っている筈なのに、身体は動かそうとはしない。その不思議は、やがて疑心へと変わる。
確かに、目の前にいるのはトウマそのものだ。
トウマであって、アレは本当にトウマなのだろうか。とさえ疑心を抱いている。
ここは、空白の世界。私の常識など通用しない。その姿、声、どれもがトウマである事は違いない。
いや、どちらかと云えばトウマに似せていると言った方が正しいのかもしれない。

「何か違和感を感じるわ・・・。これは一体・・・。」

 ここで彼と最初に目を合わせ、気付いたのはその目だった。
虚ろな目、心を感じさせない鏡のような瞳。

「セナ、気付いたか。そう、あれは・・・。」

 私の傍らに居たモノリスは、そっと私の肩に手を置き冷静を促した。
彼へと近付けさせるどころか、引き離すように一歩後退させた。
私たちの疑心に気付いたのか、彼もまた行動に移す。
化けの皮を剥ぐように、トウマを模した姿はドロドロに溶け始めてしまい、やがて異形なモノへと化す。
それは、あの祭壇で見た大柄の化け物。大きく禍々しい手足が生え、熊のような胴体。
鈍く光る赤い一つ眼で私たちを視界に捉えていた。

「シャドウ・・・。」

 鈍く光る赤い瞳と目が合う。その敵意は、明らかに私を狙っていた。
罠を仕掛け、直前まで牙を隠していたこの化け物は、いつでも食い掛かれるようにしていた。
私が手に触れるところまで近付いていたらと思うと、背筋が凍りそうになる。

「セナ。こやつは、ただのシャドウではない。」

 すてぃぐまは、それはシャドウであって別物だと訂正を促した。

「あぁ、シャドウよりも大柄で攻撃的な存在。
その貪欲な思考を持ったものを私たちは、ゲンガーと呼んでいる。」

 続けてモノリスは語る。シャドウにも種類があるとでも云うのだろうか。
確かに今まで私が見てきたシャドウとは、似ても似つかない。
謂わば、ゲンガーとはシャドウの亜種とでも云うべきだろうか。

「そうじゃ。奴は見た目とは裏腹に精神干渉を得意とする。
下手に近づけば、柔な人間なんぞ、すぐにお釈迦もんじゃ。」

 腕を広げたすてぃぐまは、そう説明した。
あの巨体に禍々しくも私の心に入ろうものなら吐き気が止まらない。
シャドウに噛まれた時の何かに侵食される気味の悪い感触は、痛みよりも遥かに気持ちが悪い。
ゲンガーと呼ばれる目の前の化け物は、彼らの解釈を紐解くとシャドウの比では無いのだろう。

「そう、私を騙して喰おうとしたわけね。」

「そうじゃな。」

 私の傍らで、私の呼吸に合わせるようにすてぃぐまは相鎚をした。
今、私が抱いているのは、先に述べたゲンガーの恐ろしさで気味が悪いと思うだけでは無い。
私を騙した事、それも私が思い寄せるトウマを使って罠を仕掛けていた事。
恐らく、私の深層心理に反応してトウマを投影したのだろうか。
トウマの姿、声を読み取り投影させた。私を誘い、私の心を喰らうために。
そう思う度に、憤りが胸の奥から湧き上がる。血が沸々と燃え上がるようだ。
よりにもよって、私の大切な人を使って騙したのだ。キリキリと私は、掌を握り締めていた。

「モノリス・・・。」

「あぁ、なんだ。」

 フード越しに彼は、私に振り向き呼応する。

「コイツの対処はどうしたらいいの?『逃げる』なんて選択肢は無いわよね?」

 そう、こんな屈辱を受けてどうだろうか。はい、そうですかとおめおめと逃げるだろうか。
少なくとも私は違う。どうせやるならば、一矢でもあの瞳にお見舞いしてからだ。
私にそんな力は無いが、この想いはぶつけたいと云うのは揺るがない。

「それは、君次第さ。」

 相変わらず彼は、ニヒルに返す。しかし、いつもより少し雰囲気が違うように見えた。
先程までのモノリスとは違い、どこか別の力を感じさせてしまう程の不思議なオーラを纏っていた。

「だが、敢えて言おう。」

 私の傍らに居たモノリスは、一歩前へと踏み出しゲンガーへと歩み寄る。
その足取りは、自信に満ち溢れた一歩。

「君の知識欲こそ、私に力をくれる!」

 振り翳した彼の掌は、青白く発光し始めておりパチパチと電流が彼の腕まで纏っていた。
また一歩、ゲンガーへと近付く。

「モノリス・・・?」

 モノリスを背に私は語りかける。
それでも彼は振り向く事なく、そして目の前の化け物にすら恐れる事無く歩み寄る。

「知識、素晴らしい響きではないか。」

 気付けば、彼を中心に風が舞い踊る。時にその風に吸い込まれるように。
時に、その風で突き飛ばすように。彼が作り出す旋風は、奴へと向けた敵意だ。

「己の知識欲すら失い、何を求めたかったのかも忘れ、彷徨う亡者よ。」

 広げた掌をゲンガーへ向けて、ゆっくりと構える。
彼の中心で暴れ駆け回る戦馬の如く、風も光も、稲妻も嘶き徐々に強まっていた。

「我が名の下に、私は唱えよう。」

 モノリスは、声を荒げる。荒げた声は、ホール中を響かせる。
彼の広げた掌の前に人一人を取り囲む魔法陣のようなものが展開された。
青と黄色を白く混ぜ合わせた美しく発光したその光は、不思議にも心を落ち着かせる。
しかし、それを見ているゲンガーは怯えた様子を示していた。
この光は、ゲンガーにとって相反するものなのか。心無しか化け物は、ジリリと後退りをしていた。
当然、私も彼も逃すわけが無い。モノリスもまた、同じ想いのようだったからだ。

「お前を、断絶する‼︎」

 解き放たれたその力は、突風のように螺旋を描く。
嘶く雷鳴は戦馬の如く、化け物へと駆け巡る。ゲンガーの影に魔法陣が浮かび上がる。
青白い閃光が化け物の身体を包み込み、帯状の光が無数にどこからとも無く現れ、
球状に包み込んだ化け物を更にその帯でグルグルに包み、徐々に縛り上げる。
断末魔を残す事なく閉じ込めた化け物は、刻々とその球体は縮小していく。
遂には、ビー玉サイズまで小さくなりキリキリとひしめく。

パチン

 モノリスが指を鳴らした。ホールに響く指の音は、気持ちが良いくらい清々しい。
包み込んだ光の球体は、砕かれたビー玉のように繊細な音を奏で破裂していった。
そこには、もうあの化け物は居ない。光の粒が塵状に舞い落ちる。

「モノリス、その力は・・・?」

 振り返ったモノリスは、自分の拳を見つめていた。

「この力か・・・。」

 まるで自分の力ではなかったかのように、疑心を交えた表情で拳を見つめていた。
やがてそれは確信へと変わったのか、秒針を読むようなスピードで顔を上げた。

「いや、違うな・・・。君が導いてくれた力だ。」

 ゆっくりとモノリスは、自分の掌を広げる。
私が導いた力とは何だったのか。彼の力の源・・・。やはり彼の欲求が強い知識だろうか。
私の行動が、私と行動を共にした事で新たな知識を得たと云う事なのか。
先程の力は蓄えた知識が力となり、私たちを守ってくれた。
だが、今は詮索する必要は無いだろう。だから私は、そっと言葉を添えるだけだ。

「そう・・・。」と、本に栞を挟み込むように。

「セナ・・・。怖いか?真実を知るのが。」

 手を差し伸べたモノリスは、優しく見つめていた。
それは、初めて飛び立とうとする雛鳥を見つめる親鳥のようだった。
モノリスは奥へと進む私に対して、再認識の為か確信を迫るように聞いた。

「そうね、怖いのかも知れない。・・・手が、心臓が、震えているもの。」

 そう、怖い。それがどのような結末になってしまうのか。
わからない事を知るのは、抵抗がある。ましてや自分の未来であるならば尚更だ。
それでも、私は知らなければならない。私の未来も、トウマの事も。
私は進まなければならない、その奥へ。だが、この震えは決して恐怖だけではない。

「けれど、私は前に進むわ。」

 ホールの奥に聳え立つ扉の前で、私は扉のノブに手をかける。
まだ見ぬ世界を、私はまた網膜に焼き付けようとしていた。
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