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22 夜の部屋

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 遠くで鳴く梟の声を聞きながら、フェリチアーノは月明かりだけが照らした部屋で窓辺に腰かけていた。
 上手く茶葉を散らばし、ロイズに知らせ、テオドールに飲ませる事を回避できた。アレをもしテオドールが口に含んでいれば自身の死期を明日に早めただけだっただろう。
 肝が冷えるどころではなかったフェリチアーノは、あの瞬間上手く動けた自身を褒めてやりたかった。

 浮かぶ月をぼんやりと眺めながら、セザールが持って来た鞄から取り出した帳簿と書類を一撫でした。
 何も言わないまでもこれらを持ってきてくれたセザールには感謝しかない。やはり彼は裏切ってはいないのではないかとフェリチアーノは思う。
 普段から時折紅茶を共に飲んでいた事もそうだが、去り際に見せたセザールの嬉しそうな顔が、より一層そう思わせたのだ。

 テオドールには前もって、セザールにはごっこ遊びだと言わないで欲しいと頼んでいた。もう一人の祖父であり父でもある彼に、そんな事を知られたくはなかったし、何よりセザールが望んでいた事を仮初であろうとも実現してあげたかったのだ。
 快く同意し、かつセザールを思う心を慮ってくれたテオドールに、フェリチアーノは心が温かくなった。
 その甲斐もあって、最初は疑わし気にフェリチアーノ達を見ていたセザールも、帰る頃にはすっかりと二人を本当の恋人同士だと認識したらしく、目に薄く涙を浮かべてテオドールに頭を下げていた。

「これからは私は不要になりますな。殿下、どうかフェリチアーノ様をよろしくお願い致します」

 そう言ったセザールの言葉に心を痛めなかった訳ではない。大きな嘘を付いてしまった罪悪感が心臓を締め付けて来る。
 しかしそれでも、涙を浮かべて喜んでくれた事が嬉しかった。そしてそんな彼が裏切り者な訳がないと、フェリチアーノは思った。

 思考をぼんやりと辿っているとコンコンとドアがノックされ、返事をすれば入って来たのはテオドールだった。
 既に夜着に着替えたらしく、ラフな格好のテオドールは薄い生地の夜着ではより一層体格の良さが際立っていた。
 わかってはいた事だが改めて見ると、自身の体格との違いに男として少しばかり嫉妬してしまいたくなった。

「まだ起きててよかった、一緒に酒でも飲もうかと思って」

 持参した酒瓶を軽く掲げて見せたテオドールは、グラスを二つ用意すると窓際に座ったままのフェリチアーノの側に腰を下ろした。

「今日はありがとうございました、お陰でセザールの嬉しそうな顔が見られましたし」
「よっぽどあの家令はフェリが大事なんだな。しかし良かったのか? 嘘なんかついて」

 そう問われたフェリチアーノは困った様に微笑むと、何も言わないままグラスに注がれた酒に口を付けた。
 アルコール度数が低く、果物の匂いのする果実酒はフェリチアーノの口に合った様で、薄く口元に笑みを浮かべたフェリチアーノを見たテオドールはほっとした。
 普段テオドールは度数の高い物をサライアス達と飲んでから床に就く事が多いが、フェリチアーノにはそれは似合わない気がして、ロイズを下がらせる前に聞いておいたのだ。

「テオはこれを毎晩飲んでいるんですか?」
「いや、俺は父上達と一緒に飲むから、もっと度数が高いやつを飲んでる。それはフェリの為に持って来たやつだけど、気に入ってくれた?」
「えぇとっても」

 既にほんのりと頬を染めたフェリチアーノは、ほぅと息を吐き出しながら、再び窓の外に視線をやった。

「……寂しいのか?」
「そうですね、少し。暫くは帰れないですから」
「俺としては帰ってほしくないけどなぁ」

 そうぼそりと言いながら、グラスに口を付けているテオドールに、たかが恋人ごっこだと言うのに随分と気に入られ、懐かれてしまった事に思わず笑みが漏れる。

「あぁそうだ、フェリが寂しいなら添い寝でもしてやろうか?」

 良い事を思いついたとばかりにニカッと笑い提案してきたテオドールに、先程までの笑みは驚きにとって代わってしまう。

 恋人ごっこに何処まで求めて居るのか、もしかしたらさらりと提案してくる事から何も考えていない可能性があると考えたフェリチアーノは、さてどうしてものかと思考した。
 そう言う事も含めて一時的な愛人をした事がある為に嫌悪感は無いが、流石に誓約魔法も行使されていない今、そうなる事は避けた方が良い事など明白だ。

「流石に同衾するのはどうかと思いますよ?」
「一緒に寝るくらい良いと思うけどな……ダメか?」
「……誓約がなされれば、それに違反しない範囲でならいいですけど、それもやりたかった事の一つですか?」
「やっぱり憧れるだろ?」

 キラキラした目で語るテオドールに、どうやらその気が無さそうだと見て取ったフェリチアーノはほっとすると共に、まさか閨の教育をしていないわけがないよな? と疑問に思ってしまった。
 それ程までにテオドールの目には純粋さと好奇心しか見て取る事が出来ないからだ。
 あくまでも“恋人役”としてしか見ていないからであろうが、それが逆にフェリチアーノには新鮮だった。
 ねっとりと絡みつく様な、いやらしく光る情欲の瞳を向けられない。それがどれ程嬉しい事か。

 満足がいくまで話したテオドールを、酒が回りふわふわとする頭でドアまで送ると、一度部屋から出ようとしたテオドールが、再びフェリチアーノの方を向いた。

「これを忘れてた、おやすみフェリ」

 頭の上から小さなリップ音が聞こえ、ふわふわとしていた頭は一瞬で冷静さを取り戻した。
 唖然としたままのフェリチアーノを残し、テオドールは廊下を歩いて行ってしまう。
 閉めたドアに頭を預けたフェリチアーノは、先程のテオドールの行動に頬を染めながら動揺を押し隠すように盛大に溜息をついた。






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