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87 つかの間の愉悦と絶望

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 フェリチアーノとテオドールが舞踏会を楽しんでいるその時、王都から離れた場所にある小さな町の酒場で、シルヴァンは周りに沢山の人を侍らせ大声で自慢話をしていた。
 最初は誰も相手にしていなかったが、それに痺れを切らしたシルヴァンが店に居る全員に酒を御馳走すると金貨をばら撒けば、途端にそれを拾い集めた主人が周りに居る商売女達に目配せをし、シルヴァンを囲ませた。
 女達は胸元を強調させながらシルヴァンにしな垂れかかり、周りを取り囲む。次々に注がれていく酒に、気をよくしたシルヴァンはどんどんと羽目を外していく。
貴族家の元家令だと言いながら何故こんな場所に居るのかと、酒場の隅で遠巻きにしている男達は訝し気に見るが、シルヴァンがお金を持っている事は恰好から見るに間違いなく、こそこそと耳打ちすると徐々に男達もシルヴァンの元へと集まって行った。

「よく聞け! 俺はお貴族様の下で家令として働いていたんだ!」

 ごくごくと大きなコップに注がれた酒を零しながら、もう何回目かもわからない言葉を口にするシルヴァンに、女達は目配せをすると怪しく体をまさぐり出す。
 ふらふらと頭を動かしながら、下品な笑みを浮かべ女達の体を触りだしたシルヴァンに、更に気が付かれない様に次々に身包みを剥がしていく。
 上着は脱がされ、足元に置いていた荷物もいつの間にか人の壁の向こう側へと消えた。ズボンに入っていた硬貨を入れた革袋もスられている事にも気をよくしているシルヴァンは気が付かない。
 酩酊状態になったシルヴァンは、そのまま大きないびきをかきながら眠りだし、それを確認した女達はシルヴァンから素早く離れた。
 ゴトンと鈍い音を立てながら床に倒れたシルヴァンを助ける者は誰もおらず、寧ろまだ何かを隠し持っていないかと男達が更にシルヴァンの身包みを剝いでいく。

「見てみろ! こんなに金が入ってる!」
「へぇ、あながち嘘でも無かったんだな」
「ちょっと、私達にも分け前をよこしな!」

 店の主人と女達はシルヴァンが逃亡資金にと用意した金や、剥ぎ取った物を分けて行く。思わぬ収穫に上機嫌になるが、下着姿のまま土がむき出しの床に転がるシルヴァンが目覚めたら困ると、証拠隠滅の為に男達が荷馬車に乗せ、街の外まで連れて行く。
林の中で荷馬車を止めた男達は、夜の闇夜に眠りこけるシルヴァンを放り出し、報酬にありったけの酒を飲ませて貰おうと、再び酒場に戻って行った。



 シルヴァンが林に投げ捨てられた頃、マティアスは宿屋の一室のベッドの上に居た。ウィリアムの口に乗せられるまま、そのまま信じていいのだろうかと疑問抱きながらも、ウィリアムを求めてしまったのだ。
 ドアらか漏れる明かりに目が覚め、隣を見ればいる筈のウィリアムの姿がない事に気が付き体を起こした。
 暫くすると扉の先から話し声が聞こえ、そっと近づき耳を澄ませば、ウィリアムが誰かと話す話し声が微かに聞こえて来た。

「……ですから、彼はまだ使えるんですよ」
「なるほど? ではその後はどうする」
「勿論始末してしまいますよ。計画後に纏わり着かれても困りますからね」
「上手くいくか?」
「それはもう、彼は私に心底惚れ切っているようですからね。全ての罪を彼に擦り付け、私は王家に恩を売る。シャロン嬢にも恩が売れるのですから、私はこの家で一番役に立っていると思いますよ、父上」

 冷たく言い放つウィリアムの言葉に、心が冷え切って行くのを感じたマティアスは、どこかでやはりそうだったかと思ってしまった。
 そうだと思い込みたかっただけで、テオドールがフェリチアーノに向ける様な視線を、マティアスは今までウィリアムから感じた事は無かった。
 冷え切った心は次第に怒りへと変わってく。良い様に従わせていると思い込んでいるウィリアムに、腹が立って仕方が無い。

 未だに何かを話し込んでいるウィリアムの声は、怒りと絶望に塗り固められたマティアスには既に届いていなかった。
 暗い部屋の中視線を上げれば、扉から漏れる光の先に果物の入った器の横に置いてあるナイフがキラリと光って見えた。
 ふらりと立ち上がりそれを手に取ったマティアスは、手に持ちゆらゆらとしながらナイフを見つめ続けた。

 話し終えたウィリアムはワインのボトルを飲み干した後、にやける顔を隠す事も無く部屋に戻って来る。
 後ろ手に閉めた扉を見る事も無く、ふらふらと歩みを進めて行く中、ドスンと背中に衝撃が走りそのまま床へと倒れた。

「マティ……アスっ!!」

 じわじわと広がる痛みに首だけを回して後ろを見れば、ベッドで寝ているはずのマティアスが光の無い目で口元だけに笑みを浮かべ、背中に乗り上げていた。
 刺したナイフを引き抜くと、マティアスは躊躇わずにウィリアムにその鋭い刃を何度も振り下ろしていく。
 床には赤い泉が出来上がり、いつの間にかウィリアムの息も無くなっていた。それでもマティアスの気は収まらず、苛立ちは燻るままだった。
 この原因は何だとあまり回らない頭で考えれば、自ずとフェリチアーノの姿が浮かんできた。
 煌びやかな場所で一人、幸せそうに笑うフェリチアーノが脳裏によぎり、あぁこれが全ての元凶だと思いいたったのだ。
 立ち上がったマティアスは赤く染まった服を着替えると、ナイフを懐に隠し宿屋を後にした。
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