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あるんだけど、ないカード⑥
しおりを挟む「私、紗月っていうんだ。気軽に紗月って呼んでね」
レジにつくなり、彼女は言った。
何故店員、それも店長――臨時だが――を下の名前で呼ばなければいけないのかわからないが、俺は頷いておいた。そういえば子供たちに混ざって遊んでいると言っていたな。きっと、底抜けに明るく純粋で、誰とでもすぐ仲良しになるタイプの厨二病なのだろう。
「紗月さん、これがそのカードなんですけど」
「紗月。敬語もいらないよ」
郷に入りてはなんとやら。俺は彼女に従う。
「紗月。これが見てほしいカードだ」
俺はプラスチックの観賞用カードケースに入れられた宵宮すずはのサイン入りカードをレジカウンターに乗せた。
紗月は横ピースをしながらウインクを決めている宵宮すずはのカードを手に取り、裏返した。
「これ、誰かからのプレゼント?」
「何故そう思った?」
「このスリーブのせい、かな」
スリーブ。カードを保護するための袋のようなアイテム。宵宮すずはのカードはイラスト入りスリーブの上から上下を逆にした形で、サイズの大きい透明のスリーブを装着し、その状態でプラスチックケースの中に収められている。
三重の保護状態というわけだ。ケースはかっちりと蓋を閉められるタイプなので、スリーブを二重にせずとも埃や傷からカードを守れるわけだが、カードゲーマーならこれくらいしっかり守りたい気持ちもわかる。姉の果林もかつてはカードゲーマーだったからな。
「このスリーブのイラスト、宵宮すずはファーストライブの時に販売された限定アイテムだよね。ライブイベントが行われたのは今から四年前。スリーブは通販で販売されたけど、それ以降一度も再販をされていない。だから、販売期間終了後に跳ね上がった中古市場価値は下がるどころか上がり続けている。確か、今は十万くらいするんじゃなかったかな?」
言いながら、レジ横のPCをカチカチと操作する。
「うん、うちの買取価格だと十三万。買うとなればもっとだから、まあまあするよね」
このスリーブも限定品だったか。そういえば果林はスキライブのリアルライブイベントに行くと、張り切っていたことがあったな。当時の俺はVtuberがリアルでライブをやるということにいまいちピンと来ていなかったので、聞き流していた。
「レアなスリーブに入れて、しっかり保護しているくらい宵宮すずはを好きなファンなら、このカードにサインバージョンが存在しないってことくらい、わかりそうだと思ったんだ」
なるほど。洞察力はなかなかだ。店長より詳しいを自称するだけあって、カードのみならず関連商品の市場価値にも精通しているらしい。
「じゃあ、やはりこれは偽物だったわけか」
「それはどうかな?」
紗月はカードをカウンターに戻す。
「このカードはどういう経緯で手に入れたのかな。詳しく聞かせてくれる?」
「ああ」
俺は全てを説明した。
そのカードが姉である果林から受け取ったものであるということ。果林はカードを三年前の秋にオークションで落札したということ。果林はそのサインが本物であると言っていたが、どうにも歯切りの悪い言い方をしていたということ。当時ネット上では、このサイン入りカードが本物であると騒いだファンたちが少なからずいたらしいということ。
この件に関しては調べてもログが出てこなかったのが疑わしい。
「スリーブはお姉さんが入れたってことでいいのかな?」
「おそらく。落札したカードがどういう状況で送られてきたのかは知らないが、あいつはスキカのリアルライブに行くと言っていたことがある。ライブが四年前というのなら、時期的にはぴったりだ」
「お姉さんはスキカはやってた?」
「多分やってなかったんじゃないかな。少なくとも、俺は見たことがない。推しもそのVだけだったみたいだしな」
「ふむふむ。お姉さんは宵宮すずはの熱心のファンで、ライブに行くほどだった。だけど、箱推しというわけではなく、スキカをやっていた可能性も薄い、と」
「俺が知る限りは、だ。まあ、宵宮すずかのカード自体は他にも何枚かあるみたいだし、もしあいつがカードもやってたんなら、これだけを俺に押し付けたってのも妙な話だ」
売れば大なり小なり金にはなるから、売っぱらった。もしそうだとしたら、一番金になりそうなこいつを売らなかったのは不可解だ。
「いや、全部売ろうとした。その時になって初めてこいつが偽物だとわかり、俺に押し付けた……?」
果林はプライドの高い女だ。自分のミスが露呈するのを恥じて、本物だと言い張ったのかもしれない。
「もしくは、お姉さんはこのサインが本物だとわかっていた」
「だが、サインは偽物なんだろう?」
「私はね? 宵宮すずはのイラストのカードにサイン入りバージョンのレアは存在しないって言ったの。サインが偽物だとは言ってない」
紗月はスカートのポケットからスマホを取り出した。犬耳つきの可愛いラバー製カバーに包まれた最新機種だ。紗月はそれを慣れた手つきで操作する。最近のカードの精霊はIT機器にも精通しているらしい。
「これ、みて」
スマホの画面に写っているのは、宵宮すずはのサイン画像だ。彼女のイラストが描かれているタペストリーに、黒の油性マジックか何かでクセの強い筆記体でサインがされている。
「サインの画像なら俺も調べた。確かにそっくりだが、極めて精巧な偽物……という可能性だってあるんじゃないか? それこそファンが騙されるはずの……」
「だとしても、存在しないサイン入りカードを落札するのは腑に落ちないでしょ」
「まあ、な」
問題はそこなのだ。
これがファンを騙せるほど精巧な偽物のサインだとしても、存在しないサイン入りカードを熱心なファンが購入するだろうか。
四年前、果林は高校三年生だった。俺も高校生だからわかる。十万以上もの値がするカードをまったく疑いもせずオークションで落札したりなど、まずしない。少なくても、果林はそんなバカじゃない。
「じゃあ、つまりこうか? 公式のデータベースにはサイン入りレアバージョンは存在しない。だが、何かのイベントやキャンペーン用にサイン入りカードが作られた。そういうことか?」
「だとしたら、色は金色になるはずなんだよね」
「金色……?」
そういえば、このカードにされているサインは黒色だ。
いや、まて。おかしい。何故俺はこんなにも簡単なことを見落としていた?
「このサイン……カードに直接されているのか?」
「そのとーり!」
紗月胸を張った。大きいとは言い切れないが、小さいとも言い切れない胸が微かに揺れた。ような気がした。
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