ばうばう遊札堂の事件録

星崎梓

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あるんだけど、ないカード⑧

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 整理するとこうなる。


 〇三年前の四月
  月初めに宵宮すずはの卒業が発表される
果林がショックを受ける
月末に宵宮すずはの卒業ライブが行われ、彼女は大手V事務所「スキライブ」を去る

〇三年前の六月
宵宮すずはが個人Vとして転生
たちまち彼女のファンに知れ渡る
だが果林が転生後の方を推した形跡はない

〇三年前の十月
上旬に果林がオークションで宵宮すずはのサイン入りカードを落札
下旬に「冷めた」と言いだし、落札したカードを俺に押し付ける



 カードはスキライブ公式カードゲーム「スキカ」によるものだが、公式にはサイン入りバージョンのカードが存在しているという記録はない。
 そもそもこのカードのサインは直接書き込まれたものであり、パックから出ているサイン入りカードではない。
 だがサインは本物らしく、果林は学生にとって決して安くはない額の金を突っ込み、それを購入した。


「果林が……俺の姉が好きだったのはあくまで宵宮すずはだろうな。大金を払ってでもサイン入りカードを手に入れたいほど好きだった。だが、中の人そのものには興味があまりなかった。だから、転生後も応援し続けることが出来なかった」
「うん、私もそうだと思う。少なくても君の話を聞く限りでは、そんな感じなんじゃないかな」
「それで、さっき言っていた興味深い書き込みってのは?」
「それを話す前に、もう一つ考えてみて欲しいことがある」
「宵宮すずはの転生をサポートした人物がいる……か?」
「そう私は考えている」

 紗月が頷いた。

「俺の考えを聞いてくれ。卒業の発表より何か月も前から、卒業の話を事務所とかわしていたにしても、転生Vの発表、活動開始、グッズ展開までの流れがあまりにスムーズすぎる。毎日配信をするほど活動熱心なのに、一人で配信外の活動まで全部行うのは無理がある。だから、宵宮すずはには協力者がいる。事務所の関係者か、友人か。リアルでの交流があり、宵宮すずはとして活動していたことをよく知っている、VTuberに詳しい協力者が」
「そこまで読めているのなら、このピースを当てはめれば見えてくるんじゃないかな」

 紗月が見せてくれたスマホの画面に表示されているのは、スキライブ社員の退職に関する公式発表だった。
 黒髪の女性Vの姿をした社員。事務所のマネージャーらしい人物。

「退社の時期は……三年前の五月……か」

 具体的なやめる理由は書かれていないようだが、一社員の退社を大々的に発表するあたり、彼女はただのマネージャーではなく、スキライブファンたちも愛されている特別な存在だったのであろう。
 だが、ここで注目するべきなのは辞めた時期の方だ。

「これはね、スキライブのファンたちの間では有名な話なんだけど、マネージャーさんは所属Vたちとも仲が良くって、とくに宵宮すずはとは親しかったみたい。彼女の配信にも時々マネージャーさんと遊びに行ったー、っていうような話が出来てきたよ」
「なるほど。そのマネージャーが宵宮すずはの親友だったとしたら、卒業を決める前に個人的な相談をしていた可能性は高そうだな。そして、相談した結果、二人で事務所を辞め独立する道を選んだ」

 片方はチャンネル登録者二百万人超えの人気V。大手事務所に所属しているというバフの力も大きいだろうが、ファン数をここまで伸ばすことが出来たのは本人の実力によるものだろう。
 五年も活動をしていたという。プロ意識の高さ、トーク力、その他俺には想像もできないようなスキルの数々を会得しているに違いない。
 もう片方は、そんな彼女を間近で支えてきた大手V事務所に社員として所属していた敏腕(だと思われる)マネージャー。

 二人が組めば、新天地がまったくの未開地であろうとも、数字を出していく可能性は十分に見込めた。事実、転生後の彼女も人気らしい。
 友達同士だからという理由だけではない。営利的な観点から見ても、一緒に辞めて一緒に再始動を図ったというのは納得できる。
 紗月は続けて言う。 

「きっと、マネージャーさんにとっても宵宮すずはというVの存在は大きかったんじゃないかな。たとえ一緒に辞めて、新しく始め直すのだとしても。それでも、宵宮すずはという存在は二人にとって特別だった。だから、彼女は親友の退社”記念”に自分のサイン入りカードをプレゼントした」
「まぁ、あり得なくもない話だな」
「そして、その年の九月に宵宮すずは――あ、転生後の方ね? とにかく、彼女は自分のSNSアカウントで、こんな発言をした」

 紗月がスマホを操作し、別の書き込みを表示させる。

「友達の家に空き巣が入り、自分がプレゼントした大事なものを盗まれてしまった、か」
「きっと、それがこのカードだったんだよ」

 と、俺が持ってきたプラスチックケースを指差す。
 紗月が続ける。

「盗んだ人物は恐らく、カードに関する知識はなかったんだよ。直接サインされたカードなのに売ってしまったのは、サイン入りだから高額だろうって思い込んだんだろうね」
 カードの知識がなかろうとも、足がつきそうな愚かな行為には変わりないが、きっと浅はかな泥棒だったのだ。
「ん? 待て……」

 俺は紗月の顔をじっと見る。
 本物のように精巧な獣耳が、ぴくりと動く。

「まさか、果林がその窃盗犯だって言いたいのか?」
「そうは言ってないよ。ただ、お姉さんは……」
「カードを盗まれたと知っていて落札をした」
「あるいは、落札をしてからその事実を知った。転生後の方を推していなかったのなら、SNSの書き込みなんてあまりチェックしていなかっただろうし、後から知った可能性も十分考えられる」

 俺は頷いた。
 果林はプライドが高い。だが、曲がったことは許さない性格だ。そんな果林が事実を知った時に取るべき行動といえば――。

「なぁ……紗月……って呼んでいいんだったな?」
「うん、そう呼んで?」
「紗月は明日も店にいるのか?」
「私は毎日いるよ。平日も休日も、朝から夜までいる。店長代理だからね」

 平日も?
 学生服を着ているように見えるが、学生ではないのだろうか。
 まあ、人の衣服にとやかくいう趣味はない。

「なら、明日また来るよ。このカードは一旦持ち帰らせてくれ」
「お姉さんに確認してみるんだ?」
「ああ。まぁ、大体予想はつくけどな」

 俺は店を後にしようとして、ちらりと「デュエルレガシー」の新弾を見る。
 いや、だめだ。我慢しろ俺。
 箱に手を伸ばす代わりに、紗月に注げた。

「そういえば、あそこのカード自販機。釣銭が切れてるらしいぞ」
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