幻獣を従える者

暇野無学

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077 謝罪文

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 タイラント公爵の襟首を掴んで引き起こし、執務机に向かって投げつける。

 「さっさと襲わせた理由と謝罪文を書け! 筆跡を崩したり署名を偽れば、即座に死んで貰うので心して書けよ」

 論点ずらしや自分は止めたが、ヒンメル伯爵がと言い訳に始終した書面を三度書き直させた所で、訓練用の木剣で左腕を叩き潰した。

 呆然と複雑骨折をした歪な腕を見ていたが〈ヒイーィィィ〉と、か細い悲鳴を上げると泡を吹いて気絶してしまった。
 扉の陰で小さくなっている執事を手招きして、キャビネットから酒とグラスを持って来させる。
 その間に公爵の頭からウォーターをザブザブと掛けて、お漏らしの匂いを流してやる。

 目覚めた公爵に気付けの酒を飲ませてから、潰れた左腕の掌を机に置きロングソードを突き立てる。

 「その剣を見ながら書け! 次は書き直しは無いが、その剣が胸に突き立つと覚悟して書くんだな」

 がっくりと肩を落として泣き出したが「書く気が無いのなら・・・」と、言ったら漸く諦めた様だ。
 長い時間を掛けて書いた書面を受け取り、確認して署名の下に血判を押させる。

 「まっ、こんなものだろう。腰巾着のヒンメルやツアイスに知らせても良いが、その時は隠居の約束を破ったと見做すからな」

 「判っている。此を抜いて治療をしてくれ」

 掌に突き立つ剣を恨めしそうに見ている。
 砕かれた腕が痛み出したのか額から冷や汗が流れているが、少しは痛い思いをしろ。

 「その前に迷惑料を貰っておこうか」

 「迷惑料だと」

 「当たり前だろう。御免なさいと言って紙切れ一枚で済ませるつもりなの? 他人に被害を与えたら、謝罪と賠償はセットだよ。嫌なら、此の屋敷を吹き飛ばす事になるけど良いかな」

 「そんな無茶な!」

 「無茶って、俺は西門で攻撃されたときからお前を殺して屋敷を吹き飛ばす気でいたんだ。それを騎士団長がお前と話し合ってくれと懇願するので、大人しく此処まで来たんだ。まっ、お前達はそれが気に入らない様だけど、俺は彼の頼みを聞きいれて、屋敷を吹き飛ばして皆殺しにするのを控えたんだ。出来ないと思うか」

 にっこりと笑って尋ねると、頬をピクピクさせて黙り込んだ。

 「ランディス様、如何程をお望みですか」

 「ん、其処のジブリアと兄弟の様だが」

 「三男のセビリア・タイラントと申します」

 「騎士団長、クビになったら行く当てはあるのか?」

 「まあ此の街道筋を離れて、冒険者にでもなるさ」

 「そう、なら頼みがあるのだが聞いてくれないか。勿論手間賃は払うぞ」

 「何を考えているのか知らないが、安全に此の地を離れる事が出来るのなら聞こうか」

 「セビリアと言ったな、金貨1,000枚と酒蔵の酒をもらおうか」

 「父上、宜しいでしょうか?」

 「好きに持って行け!」

 《グレイ、アッシュを連れてきて》

 《あい》

 「えっ・・・消えた」
 「やはり、彼奴は転移魔法が使えるのか」

 驚く二人の前に、アッシュの尻尾を咥えた二人が現れて室内に響めきが起きた。

 《アッシュ、ちょっと酒蔵探訪と洒落込むので、此のおっさん達を見張っていてよ》

 《良いわよ。話は付いたの?》

 《まぁね。約束が守られるかどうかは何とも言えないけど》

 革袋の乗ったワゴンを執事が押して来て頭を下げる。
 タイラント公爵家の紋章入り革袋をマジックポーチに放り込む。

 「さてと酒蔵探訪に言っている間に、公爵様は隠居願いを書いておけよ」

 「此の剣を抜いて治療を・・・」

 「俺はお前を信用していないんだ。戻ってきたら抜いてやるよ。治療はお抱えの治癒魔法師に頼むんだな」

 またまた泣きそうな顔になっているが知った事か。

 「誰が案内してくれるのかな」

 「マジール、案内しろ!」

 公爵が自棄糞気味に叫んでいる。

 フラッグを連れて執事の後に続き執務室を出るが、通路の奥に騎士や警備兵達が群れている。
 執事に手を振られて下がるが、何が起きているのか判らない様だ。
 隠し階段を使って地下に降りると、何やら曰くありげな扉が目につくが執事のマジールは素通りする。
 お宝の匂いがプンプンするが、俺の目的は酒なので素通りする。

 公爵愛飲の酒を中心に各種10本~20本をマジックポーチに放り込んでいき、秘蔵の逸品等は隠居後の楽しみのために残しておいてやる。
 同一瓶で数の多い物を頂いたので、それ程無茶はしていないと思うが、200~300本は頂いたかな。
 満足して執務室に戻ると、隠居願いを前に憮然とした顔の公爵。

 隠居願いと謝罪文の文字を見比べ、署名に違いがない事を確認する。
 掌を貫いた剣を抜き、執事に新たな用紙を持って来させて俺が二通の書状を認める。

 「騎士団長・・・もう首になるのなら騎士団長はないな」

 「ヨハンス・アドバルトだ、しかし公爵権限の男爵位で家名も授かったものなので、ヨハンスだな」

 「家族は?」

 「妻と子供に両親がこの街に居るぞ。妻の両親と兄弟もな」

 「セビリア、騎士団長・・・ヨハンスとその家族は街を去る事になるが、残る家族に手を出すなよ」

 「お約束します。長兄にも申し伝えておきます」

 「それじゃ、お暇するので馬車をお借りしても良いかな」

 「直ぐに用意させますので、暫しお待ち下さい」

 「あのう・・・治療費は支払いますので・・・」

 「ん、お抱えの治癒魔法師は?」

 「先程の様な治療が出来る腕はありません。怪我が治ったからといってご迷惑はお掛けしませんので、お願いします」

 えらく態度が大人しくなり、泣きそうな顔で懇願してくる。
 複雑骨折しているであろう腕は、服の袖がパンパンになる程に膨れ上がり掌は黒ずんでいる。

 《グレイ、嫌だろうけど彼奴の怪我を治してやってよ》

 《あーい》
 《なーおーれー》

 公爵を睨みつけながらの治療だが、腫れ上がった腕が元に戻り黒ずんだ掌も綺麗に治っていく。
 心得顔の執事が革袋を二つ捧げ持って来たので有り難く頂いておく。

 * * * * * * *

 用意された馬車にヨハンスと共に乗り、公爵邸を後に彼の妻子の元に向かった。

 「頼みとは、タイラント公爵の隠居願いと謝罪文を王城まで届けて欲しいんだ。依頼料は金貨1,000枚でどうだ」

 人を食った様な物腰の騎士団長・・・ヨハンスが、ポカンとしているのを見るのは面白い。

 「それじゃ謝罪金は何の為に・・・」

 「ああ、それはどうでも良かったんだ。謝罪金を支払った、その事実だけがあればね。序でに、首になる騎士団長への慰労金だな」

 「幻獣を五頭も連れている非常識な奴だと思ったが、中々気が利くじゃないか」

 「気が利く序でに、冒険者になるのならハイムントに行きなよ。抜け目のないおっさんだけど、ホールデンス公爵に紹介状を書いておくよ。無理に仕える必要はないけど、元の雇い主があれだから、断りの一つも言っておけば大丈夫だよ」

 * * * * * * *

 ヒューヘン宰相の下に急報が届いた。
 曰く、ランディスがバテスト街道のエルバスからバネッサに入った所で、クロスボウと魔法使い多数の待ち伏せを受けたとの事だった。

 此は伝令による急報で、続報を待たねば詳しい事は判らないのでやきもきしていたが、続報は一時間もせずに届いた。
 ランディスは待ち伏せ攻撃を撃退してバネッサに向かったと。
 ただ届けられた報告では攻撃側はほぼ全滅で、その数4、50人以上との事だった。
 街道上での攻撃にて、戦闘終了後は野次馬の数が多くて調査が難しく、その後タイラント公爵の警備兵達が現場を封鎖したので正確な数は不明との事。

 ランディスの行動監視と支援要員からの報告書では、バテスト街道を歩くランディスに対して、クロスボウや魔法部隊に拠る左右からの一斉攻撃だった事。
 ランディスは攻撃を受けたが、その後攻撃側の頭上で連続した爆発が起き、攻撃側が甚大な被害を受けて闘いは終わったと締めくくられていた。

 半日遅れて届いた報告書では、バネッサの出入り口の門や防壁が4、50mにわたり壊されていて、多数の被害が出ている事。
 ランディスはタイラント公爵邸に向かったとの目撃情報があると締めくくられていた。

 一番恐れていた事が起きている様だが迂闊に兵を動かせない、下手に動けばクラウディオ王国を刺激してしまう。

 * * * * * * *

 知らせを受けて国王陛下に報告をしたが、王国騎士団と兵の出兵準備と待機を命じられた。

 「タイラントは、あの男と幻獣に勝てると思うか?」

 「あの二頭だけでも、不意打ちか毒殺でなければ無理かと。今や五頭の幻獣を従えた彼を倒すなど、不可能でしょう」

 「クラウディオ王国が動けば、ブリスト伯爵が耐えている間に兵を送り彼にも支援を依頼をせねばならない。決して居場所から目を離すなよ」

 * * * * * * *

 翌日届いた知らせは意外なもので、ランディスはタイラント公爵家の騎士団長とその家族と共に街を出て、王都方面に向かっているとの事だった。
 追記として、タイラント公爵は健在だが多数の配下を失い、領都バネッサは騒然としていると書かれていた。

 その知らせを持って国王陛下の執務室に向かった。

 「新しい知らせか?」

 「はい、陛下此を」

 ヒューヘン宰相の差し出した報告書を読み、首を捻る。

 「タイラントが健在なら呼び出せ!」

 * * * * * * *

 騎士団長・・・ヨハンスと共に家族を迎えに行き、妻子と妻の両親を馬車に乗せてバネッサを後に王都へ向けて旅立った。
 エルバスを過ぎアブリルの街で代官屋敷に向かい、馬車を調達してヨハンスとその家族を王都に向けて送り出した。

 ヨハンスとその家族の乗った馬車は、ゲラートに向かう途中でタイラント公爵の呼出状を持った急使とすれ違い、三日後に無事王都カンタスに到着した。
 家族をホテルに預けると直ぐに王城に向かい、教わった通り王城の通用門にて口上を述べる。

 ヨハンスの口上と差し出された書状を受け取った警備兵は、ヒューヘン宰相の名が記された書状を受け取ると、ヨハンスを待機所で待たせて宰相補佐官の下へ向かった。
 宰相補佐官は差出人の名を見て即座にヒューヘン宰相に届け、ヒューヘン宰相は一読するとヨハンスを呼べと命じた。
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