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083 静かな制圧

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 「報告に依りますと、足跡から見て転移魔法使い2名の襲撃かと思われます。騎士団長が倒れたのを合図のように騎士達が攻撃を受けました。陛下を守っていた騎士や、応援に駆けつけた騎士達が多数死傷しております。見ていた者や怪我をした者からの聞き取りによりますと、見えない誰かに斬られたり椅子やテーブルを投げつけられたと言います。それと一人は氷結魔法の使い手で、無詠唱にて連続攻撃をする無類の魔法使いだと報告されました」

 「予はどれ位の間、居なかったのだ」

 「お姿が消えたと報告を受けてから、陛下が見つかったと聞くまで5分程度かと思われます」

 周囲を警戒するように取り囲む近衛騎士を見回し、あの二人は楽々と侵入し暴れた挙げ句に我を拉致して奴隷の首輪まで嵌めたのか。
 あの報告書を読み、警戒を厳重にしていたが考えが甘かった。

 「死傷した近衛騎士達をどう致しましょうか」

 「どれ位死んだ」

 「騎士団長を含め、陛下の身辺を守っていた者11名と応援に駆けつけた者の内8名が死亡、負傷者は30名以上です」

 「騒ぎを外部に漏らすな。負傷者達は治癒魔法使い共に全力で治療に当たらせろ。死者については周囲に悟られぬ様に計らい、今は生きている様に装え」

 エイメン宰相に少し考えることが有ると言って下がらせ、近衛騎士の数を倍にして警護させた。

 少なくとも、アラドに我を殺す気が無いことだけははっきりしている。
 何れ機会を見て貴族に取り立ててやると言い、首輪を外させる事にしようと考える。

 ・・・・・・

 日が落ち周囲がすっかり暗くなってきたとき、パンタナル国王は頭の痛みに襲われた。
 頭を抱え唸る国王に近衛騎士達が慌てて駆け寄り声を掛ける〈陛下、いかが為されましたか!〉
 〈治癒魔法師を呼べ!〉
 〈急げ!〉
 〈陛下! お気を確かに〉

 周囲の騒ぐ声で『今夜執務室に一人で居ろ』と、アラドに命じられていたことを思いだした。
 途切れ途切れの声で〈お前達・・・皆、部屋から・・出て・・行け!〉近衛騎士達に部屋からで行けと命令する。

 〈ですが陛下! お加減の悪い陛下を置いて〉
 〈只今、治癒魔法使いを呼びに・・・〉

 〈出て行けと・・・言っておるのが判らんのか!!!〉

 怒声を浴びせられ、近衛騎士達が慌てて部屋から飛び出して行く。

 〈己はぁ~、何を愚図愚図している!!!〉
 〈扉を閉めろ!!!〉

 誰も居なくなった執務室のソファーに、倒れる様に座り込み大きく息をする。

 ・・・・・・

 「未だ、奴隷としての自覚が足りないな」

 「頼むアラド殿、この首輪を外してくれ。望みを叶えてくれるのなら、貴族に取り立てても良い。金貨も望むまま与えよう」

 この男全然判って無いな。

 「俺の望むものか・・・静かに気儘に暮らすこと、だな。馬鹿な貴族を省けば、ホーランド王国ではほぼ望むとおりの生活が出来ていた。大馬鹿者の国王と貴族が魔法部隊を差し向けるまではな」

 そう言って国王を睨み付ける。

 「お前のお陰で、冒険者仲間が死にそうになったし、話し合いの最中転移魔法を使う暗殺部隊に襲われ、胸を剣で貫かれ危うく死にかけた者もいた。他国に攻め込んだり、魔法部隊や暗殺部隊を送り込んだりと忙しい男のせいでな」

 そう言われて言葉が出ない国王に、今夜の仕事を教える。

 「先ず、お前の弟メリザン・パンタナルを此処へ呼べ。来たら、二人だけで話があると言って護衛達を排除し二人だけになれ」

 そう言って表にいる近衛騎士を使って、メリザンを呼びに行かせろと命じる。

 「メリザンが来るまでの間に、先年ホーランド王国に侵攻することや魔法部隊の派遣に賛同した、宰相や軍の重鎮及び貴族共の名を書き出せ」

 そう命じた後、俺達二人は姿を消したまま扉の横に陣取り、メリザンを待つ事にした。

 ・・・・・・

 〈メリザン・パンタナル王都防衛軍司令官です〉

 扉の向こうから、目的の人物の到着を告げる声が聞こえる。

 「入れ!」

 開かれた扉の向こうには、背後に副官と思しき男を従えた国王によく似た男が立つ。

 「お呼びでしょうか、陛下」

 「メリザンだけ入ってこい」

 国王の前に立ち一礼するが、兄弟とはいえ態度が硬い。
 国王に促され、ソファーに座るが居心地が悪そうである。
 兄弟とはいえ、主従関係の上性格も違うので兄弟仲も良いとは言えないのだろう。
 失礼して後頭部に一発叩き込み、馴れた作業を続ける。
 目の前で行われる作業を複雑な顔で見ている国王、止める事も警告を発する事が出来ないのだから無理もないか。

 全ての準備が終わると治癒魔法で怪我と痛みを取り去り、状況説明をする。

 「お前の前に突きつけられている物が、何か説明の必要は無いよな。そして、首に嵌めたのは奴隷の首輪だ。その意味は判るだろう」

 何も無い空間から声が聞こえ、漆黒の剣が空中に浮かびメリザンの胸に突きつけられている。

 「大声を出せば、お前と国王が死ぬ事になる。まぁその前に地獄の苦しみにのたうち回る事になるだろうが」

 「それで、私に何の用だ?」

 「お前の兄が・・・王国の重鎮達や貴族と計らい、ホーランド王国に魔法部隊を送り出した事は知っているか」

 「では、お前はアラドなる人物か?」

 声の位置から俺の方に向かって答えてくる。
 冷静沈着、肝が据わっている様だ。

 「否定はしないよ。魔法部隊の奇襲攻撃を受けて仲間が死にそうになったり、転移魔法使いの暗殺部隊に襲われたので。黙って殺される気が無い事を伝えに来たんだ」

 「奴隷の首輪を嵌めたって事は、交渉の余地が有り我々を殺す気が無いと考えて良いのかな」

 「王族や重鎮共を皆殺しにするのが面倒なのでね。俺の命令に従うなら被害は最低限で済むだろう」

 「既に20名以上が死んでいるし、後に続く者も出そうなんだが、此で最低限と?」

 「国王一人を掻っ攫うつもりだったんだが、騎士団長と呼ばれた男が鋭すぎてね、貴い犠牲と諦めて貰うかな。本来ならこの王城を破壊し、王族や貴族を皆殺しにしてから、此の国を他国の饗宴の場にしてやろうと思ったんだ。他国に蹂躙されるよりましだろう」

 「俺を呼び出し、奴隷の首輪を嵌めた意味を聞きたいな」

 国王に書かせた用紙をテーブルに投げ出す。

 「先年ホーランドに攻め入ろうとした時に賛同した者と、今回魔法部隊を送り俺達を殺す事に口を出した貴族や重鎮の名前を書かせた。其の名簿に漏れがないか確認してくれ」

 やれやれといった風情で目の前の名簿を手に取るメリザンに、警告だけはしておく。

 「判っていると思うが、奴隷の首輪をしている以上、俺達の不利になる事は出来ないし自らの命を絶つ事も難しいぞ。命令を都合良く解釈して捻じ曲げようなんて思うなよ」

 「判ってるよ。如何なる剛の者も、奴隷の首輪を嵌められて逆らった奴はいないからな。唯一逆らう方法が自決する事だが、苦しみに耐えて死んだ奴って殆ど居ないらしいしな」

 そう言いながら名簿に目を通している。

 「あー、ちょっと良いかな。アラド殿、姿が見えないと遣り難いんだが」

 肝が据わっているのは判ってるが、抜けぬけと良く言うねぇ。

 「まぁ、暫くはこの状態で我慢して貰おうか。で、何だ?」

 「幾人か重要人物が抜けているんだが」

 「メリザン・・・貴様ぁぁぁ グォウォォォォ」

 やっぱりね、奴隷の首輪の欠点と言うか自由に仕事をさせると、命令に従うふりをして命令通りにしていると自己暗示を掛けていれば、手抜きが可能なんだよな。
 その為にメリザンを呼んで二重チェックをさせているんだよ。

 下に対策有りって言っても、俺だって対策を講じているのさ。

 「国王・・・此奴の名前って何だったっけ?」

 「マライドです、アラド様」

 「マライド、覚悟は出来ているんだろうな。己の知る限りの名を記せ! このお仕置きは後ほどゆっくりやらせて貰うから、覚悟しておけ!」

 メリザンを使っての二重チェックが終わると、エイメン宰相を呼ばせる。
 エイメン宰相、王国軍司令官、魔法師団団長、近衛騎士副団長と次々と奴隷の首輪を嵌める作業に没頭する。
 表向きには、重鎮達を集めて今後の対策を講じる会議だと言っているが、まるで流れ作業になって来る。

 夜も更け、翌日も早朝より国王の執務室に集合する様に命じて解散するが、メリザンの自室について行く。

 「私の自室についてくるって事は、他の者に聞かせられない話かな」

 「現在、此の国とホーランド王国の関係をどう思っている。と言うか、俺の聞く限りパンタナル王国が一方的にホーランドに侵入している様だが」

 「無駄な出兵だと思うよ。僅かな領土を求めて全面戦争になれば、例え勝てたとしても人材と金の無駄遣いだし、その隙に他国からの侵略を受ける公算が大きい。アラド殿の噂は聞いているよ」

 「どんな噂かな?」

 「無類の強さを誇る結界魔法に、光の治癒魔法の使い手だと。従える少女は剣の使い手としても一流で、希に見る魔法の使い手だとね」

 「マライドの弟として冷や飯を食っている割に、色々情報源を持っている様だな」

 「確かに、貴族にもなれず王都防衛軍司令官と体の良い鎖に繋がれているが、其れなりの人脈は持っているからね」

 「何れ此の国の支配者にしてやると言ったら?」

 「此を付けたままかね」

 首輪をトントンと叩きながら聞き返してきた。

 「その日の為に、マライドに心酔している者達を排除した後、後釜に据える良識有る者を選抜する準備をしておけ。例え今回罪に問われる者の親族であっても構わない」

 「一つ聞いておきたい。排除した者達を殺すのかね」

 「俺を殺せと命じた者を生かしておいた事は無い。だが一度に粛正も出来ないし、お前も玉座簒奪の汚名は着たくないだろう」
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