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086 国王陛下崩御

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 ザンド達夜明けの風の一行を送り出してから、時々届く報告書を読み各地の行政監督官の報告書を貰っての対処状況を照らし合わせ、王家の通達の遵守状態を観察していた。
 ザンド達も行政監督官も知らない、ホーランド王国から派遣され統括教主や教主に扮した者達からの報告書と、耳からの報告を会わせると貴族や行政監督官の不手際まで手に取る様に判った。

 「アラド殿が何故此ほど手間を掛けているのか良く判ります。通達を出すだけでなく実行している者も良く監督していなければ、如何なる法もザル法になってしまいますね」

 「まあね、何事も所詮人が運用するものだから、匙加減一つでどうにでもなる。此の国の貴族の数とその家族に使用人や警備の者達を含めれば、膨大な数だ。何処かで通達の意味を捻じ曲げ、都合良く運用しようとする者は必ずいるからね。貴族の掌握は進んでいるかな」

 「万全とは言い難いが、反旗を翻しそうな者達は押さえたと思う」

 「奥向きは?」

 「何も手を付けていないが、陛下自身が体調不良と伝えて妃殿下や側室達を遠ざけている」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 「なぁ、こんなにのんびりしていて良いのかな」

 「良いのよ、冒険者家業は薬草採取程度でね。普通の冒険者を装い街に溶け込み、市場のおっちゃん小母ちゃん達の噂話や冒険者の愚痴を聞くのが仕事。アラドもそう言ってたでしょう」

 「一月金貨9枚貰えば、旅費と宿代払っても金貨6枚は楽に残る美味しい仕事だよな」

 「この仕事が終わったら、元の様に働けなくなりそうだな」

 「無駄遣いしなけりゃ、引退して店の一件も持てるわよ」

 「然し、王様が通達を出したからってすんなり行かないものなのねぇ」

 「お貴族様は知らねえが、下っ端は俺達に絡んで小銭を集る事が出来なくなるのは痛いからなぁ」

 「アラドが、貴族や街の警備兵と揉めたら身分証を出せと言ってたが、凄え効き目だよな」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 11月半ば、マライド・パンタナル国王誕生祝賀パーティーが王城大広間で盛大に行われた。
 次々に臣下から祝いの言葉を受けながら、憂鬱さがにじみ出る顔に笑顔を貼り付けて鷹揚に頷く国王陛下。
 未だに奴隷の首輪を外せず、自分を熱烈に支持し支えてくれていた貴族達が次々と代替わりし、今では敵地にいるのと大差ない状態だ。
 国政は自分とは相反する意見のメリザンが握っていて、遠からず国王の座から追われるのは誰の目にも明らかである。

 どうしてこうなったのか、あの小僧がフランガの街に現れてから何もかもが不運に見舞われた。
 同時に、ホーランド王国の王家があの小僧を保護していると聞き、笑った自分の不見識さが今更ながらに悔やまれる。
 取り巻きの貴族達が、魔法部隊の精鋭を送り込めば如何な魔法巧者でも一撃の下に倒せると、自信満々に言っていたのを信じた結果がこれだ。

 今もこの祝賀パーティー会場の何処かで、姿を消して俺を見て笑っているだろう。
 この道化の場から去ろうと、皆に挨拶を始める。

 「皆の者、予の誕生を祝ってく・れ・・・ウッ・・・糞ッ・・ウワァァァ止め・・・」

 〈陛下!〉
 〈どけ! 陛下! 陛下・・・〉
 〈治癒魔法師を呼べ!!!〉
 〈急げ! 治癒魔法師は未だか!〉

 《隠蔽魔法で隠した火球を転移魔法で胃の中に送り込んだのだから、如何に優秀な治癒魔法師が来ても助からないだろう。後片付けはメリザンに任せて塒の教会に戻る》

 国王崩御の知らせは、広く告知するまでもなく祝賀パーティーに出席した者から一夜にして広まった。
 国王は以前より突然苦痛に見舞われ、その後不機嫌になる事が時々在ったので持病の悪化による突然死と思われた。

 勿論額面通り受け取る者は半数もいなかっただろうが、誰も其れを口には出さなかった。
 マライド・パンタナル国王の遺体は、マジックポーチに収められ葬儀の準備が整うまで保管された。

 約一ヶ月後、初冬のウルブァ神教大神殿でマライド・パンタナル国王の葬儀が、教皇及び大教主達により貴族達だけの出席のもと執り行われた。
 マライド・パンタナルの葬儀が終わると、メリザンは王城にとって返し即日王位継承を宣言したが、此に異を唱える者は一人もいなかった。

 一週間後、葬儀に参加した貴族や各国の大使を招き、メリザン・パンタナルの戴冠式が厳かに行われたが、王都市民に対する祝賀は無し。

 俺達は姿を消したまま不測の事態に備えたが、平穏無事に式典は終わった。

 ・・・・・・

 「最後の命令と言うより頼みだが、夜明けの風とホーランドから送り込んだ者達が、任期を全うするまでその任にあたらせてくれ」

 そう告げて、メリザンの首に嵌めた奴隷の首輪を外した。
 残り2年少々の間、此の国に居続けるのは面倒だし、嫌なら解任するだろうが殺しはしないはずだ。

 「その事は約束しよう。彼等は十分我が国の為になっているので、任期が切れてホーランドに帰るときの安全は約束しよう。アラド殿のこの方式は今後も続けるつもりだ。あの冒険者達も、望むなら続けて貰うつもりだ。その代わりと言っては何だが、一つ頼みを聞いて欲しい」

 「俺は冒険者だから、依頼内容によるね」

 「ホーランド国王に親書を渡して欲しい。ホーランド王国とパンタナル王国の不可侵条約を結ぶ為のね」

 「依頼料は金貨700枚で受けるよ」

 「初めて金の事を口にしたな。望めば王家の宝物庫を空に出来るのに」

 「あ~、金は幾らでも稼ぐ方法が有るのでね。その依頼料は夜明けの風7人の口座に振り込んでおいて貰えるかな。勝手な頼みの迷惑料だと言ってね」

 お財布ポーチから行政監察官の身分証を取り出し返したが、親書と共に宰相と同格の身分証を渡され、何時でも此の国に来て自由に使ってくれと言われた。
 少しはパンタナル王国を見物したかったが、親書を預かった以上一度ホーランド王国に戻る事にした。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 一丁試してみるかと、サランと手を繋ぎ連続ジャンプを繰り返す。
 一回の連続ジャンプは魔力残量が20%になると休憩する事にし、ひたすらホーランド王国の王都ハイマンを目指した。

 結果パンタナル王国の王都ボルドからホーランド王国の王都ハイマン迄を3日で跳んでしまった。
 ボルドから国境の町バドナルまで馬車で34日、対岸のクリンザからハイマン迄が馬車で29日と言われている。
 曲がりくねったガタガタ道と馬を労り休ませ、馬車が傷まぬ様にしての旅と積算距離計など無い世界の事だ、直線距離にしてどの程度の距離になるのかは知らぬが、新記録だろう。

 上空へ2度ジャンプし、行く先を確認すると目一杯遠くに見える街を目指し、魔力を2/200~3/200を使って跳ぶのだから早いが、天候次第では遠くが見えないとかも在るので予定通りには跳べないだろう。
 朝食後行動開始、魔力回復の休憩等をしながら夕暮れ前には着陸するのでこんなものか。

 見覚えの有る城壁が見えたときはほっとした、一応帰る家が有ると帰って来たといった感覚になるから不思議。
 街の上空から我が家を探して階段前の街路に降りると、階段を上がりながら隠蔽魔法を解除する。

 〈誰だ!〉

 「ロンド、俺達だよ」

 「アラドかぁ~、吃驚したぜ。全然姿を見せないから心配したぞ。何処へ行ってたんだ」

 「ああ、ちょっと遠くへね。皆は元気かな」

 「元気も何も、家の警備と買い物のお供以外やる事が無いから、退屈なんだよ」
 「リーナは、普通の生活が出来るので喜んでいるけどな」

 久々の再会に話が弾むが、家令のヘイズにはカリンガル侯爵様へ書状を届けて貰う。

 ・・・・・・

 「アラド殿が帰られたのか」

 「はい侯爵様、アラド様より書状を預かって参りました。明日、グルマン宰相閣下と共に家までお越し願いたいとの事です」

 ヘイズから受け取った書状を読むカリンガル侯爵は、その内容に驚愕するが、直ぐ様執事のセグロスを呼び馬車の用意を命じる。

 ・・・・・・

 「カリンガル侯爵殿、何事ですかな」

 「先程、アラド殿から書状が届けられました」

 そう言って、グルマン宰相に書状を差し出す。

 「アラド殿は、今日パンタナル王国より帰られたそうです」

 「其れはそれは・・・此は・・・真かな?」

 受け取った書状を読みながらの返事が止まる。

 「その様な内容ですので、明日彼の家に同行願います」

 「相変わらず、王家とは関わりを持とうとしませんね」

 「本来なら、問題の親書を掲げて王城の正門から乗り込んで来ても良いのですが、直接関わりが無ければグルマン殿にすら直接連絡を取ろうとしませんからね」

 「送り込んだ者達は、統括教主や教主の身分を与えられてパンタナル全土に散ってしまい、彼の地の報告が遅れっぱなしで現状が良く判らないのですよ」

 「確かに遠すぎますからね」

 翌日アラドの家を訪問する取り決めをしてカリンガル侯爵は帰って行き、グルマン宰相は国王陛下に報告に向かった。

 「アラドが帰って来たとな」

 「はい、カリンガル侯爵殿へ連絡の書状がまいりました。その連絡の書状の中に、パンタナル王国国王陛下の親書を預かって居る旨が書かれて下ります」

 「真か?」

 「その様でして、明日カリンガル侯爵殿とアラド殿の家を訪問する予定です」

 「親書か・・・彼は『殴られたら殴り返す、たっぷり利子を付けてな』と襲った魔法部隊の者に言っていた筈だが」

 「陛下、ブレッド・サブランの一件を思い出して下さい。今回彼は大量の奴隷の首輪を持ってパンタナルに旅立ちました。あの二人にとって、此の国だろうと彼国だろうと同じでしょう」

 「まさか・・・パンタナル国王に奴隷の首輪を嵌めたのか。奴隷の首輪を嵌めた者の親書など何の役にも立たぬわ」

 「アラド殿ほどの者が、子供の使いの様な事はすまいと思います。明日問題の親書を吟味して参ります」
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