猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

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ガラスのゴーレム

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「生徒会、なんで入ったんだろう……」

「そんなことを言わないでくれ、レイン殿」

 苦笑いしながら、棚に手を伸ばすヘイゼル。生徒会の仕事は実に単純で行事である。帝都魔術学校には、いくつかの行事がある。

 体育祭、学祭、魔術大会などなど。

 そして、魔術大会は他の学校も参加し、学生の中で最も優れた者を決める大会である。他の国からも訪れる学生たちの数を合わせれば、一万人を余裕で越えるほどにもなると言われている。

 その中には毎年毎年、特級魔術師や宮廷に使えるような魔術師候補たちが数名は現れるという……つまり、お互いの魔術を高め合うチャンスでもあるとレインは考えている。レインにはまだ手数が足りていない。攻撃魔術をあまり教えてもらっていないというのもあるが、覚えて入間術の総数が圧倒的に少ないのだ。

 それを対戦相手たちからヒントを得て自分で新たな魔術を作るのもまた面白いかもしれない。現在鋭利開発中の『索敵魔術』が完成次第すぐに作成に取り掛かるつもりである。

 構成はなんとなく、思いついている。自分の得意としている水と無を生かすんだ。

 だが、そこで予想だにしない障壁となったのが生徒会の仕事である。

「ただの書類整理って聞いたのに……なんで一年分も整理するの?」

「はは……毎年毎年、新入生や編入生が来るだろう?その子たちの個人情報とも呼べるほど大事な物だからね、ちゃんと整理しておかないといけないんだ」

「個人情報……」

 僕はどんなことが書いてあるのだろうか?

「そういえば、レイン殿はどうしてそんなに研究を急いでいるんだい?」

「え?」

「研究課題なら、三年までに提出すればいいだけなのに」

 おそらく三年生になるとそういう課題が出るのだろう。残念ながら、レインは自主的にやっているに過ぎない。

「僕が研究したいって思ったから」

「真面目だね、僕も君みたいに真面目になりたいよ」

「ヘイゼル、真面目じゃない?」

「うん、僕は不良だからね」

「???」

 見るからに品行方正そうな佇まいと、朗らかな微笑みを浮かべながら言われても説得力が皆無であるのだが。

「それでも、成績はなんとか上位を維持してるよ」

「不良じゃない!」

「はは、まあ弟は落第寸前の成績だから、彼の方が不良なのかな?」

 レインと同学年に一人、ヘイゼルの弟である第三王子がいるらしい。クラスはC。四つあるクラスのうちの一番下の部類に当たる。

「アルフレッドというんだがね、どうにも勉強が苦手らしいんだ」

「へえ?」

「よければなんだが、今度弟に勉強を教えてやってくれないか?」

「え!?」

「頼む!弟が落第する姿なんて見たくないんだ。だけど、僕は僕で色々と忙しいから勉強を見れなくて……」

 なるほど、比較的余裕のありそうで同学年のレインが適任だと思っているのだろう。その第三王子とやらと知り合いでないのは一旦置いておくとして、レインはヘイゼルの知らないところで働きまくっている。果たして勉強を教える暇があるのかどうか……。

「今やっている『事』が終わったら考えておきます」

「ああ、ありがとう」

 すぐに『異常現象』が解決するかどうかはレインにすら予想はつかない。今回の場合は今までにないパターンだ。『異常現象』自体に実態が伴い、襲いかかってくるのではなく、間接的に襲いかかってきている。

 未だ前例は前のあの一件しかないものの、レインには絶対的な確信があり、それを魔術界も信じてくれたからこうして調査が進んでいるのだ。

「そういえば、今日はリシルはどうしたんだ?」

「ああ、なんか用事があるって言って断られました」

 ある意味その選択肢は正しかった。こうして書類整理地獄に関わらずに済んだのだから。

「それは残念だ。今は他の生徒会のメンバーがいないからとても人手不足なんだが」

 他の生徒会のメンバーはどうやら他国へと留学をしているとのことだ。だが、それももうすぐ終わってメンバーが帰国することになっている。それまでの辛抱だ、この書類の山との戦いも終わりが見えてくるというもの!

 今日は多分研究する体力は残っていないだろうから、帰ったらロザリーを呼んで紅茶を入れてもらおう。ロザリーの入れてくれた紅茶はとても気分が落ち着くし、リラックス効果がすごいのだ。

 そう考えるとやる気も湧いてくる。

 そんなことをぼんやりと考えていたその時だった。

 ドゴォン、という轟音と共に地面が大きく揺れて、建物内部が振動した。

「なんだ!?」

 魔力を感じる……建物の外、すぐそこの広場からか?

 急いで生徒会室についている窓に手を伸ばす。開いた窓の先に見えたのは何やらでかい生物が広場に出現している光景であった。

 全身は透明で、地面の色が透けているものの、光が反射して虹色にところどころ輝いて見えるような独特な……ゴーレムである。

「あ、あれ!」

 そのすぐ近くには、一人の男子生徒とリシルの姿があった。尻餅をついている男子生徒をリシルがそのガラスゴーレムから庇っている。

 レインはすぐさま、水場を探す。視界内にあったのは、近くにある噴水だ。

「ちょっと外出てきます!」

「え?あ、レイン!?そっちは、窓だ!」

 窓から飛び降りながら、レインはすぐさま術式を構築する。凄まじい演算能力で描かれた術式は魔力の流れに呼応してレインの肉体を水に戻し、校舎の隅に水溜りとして生まれた。その代わりとでもいうように噴水の中からレインの肉体が再構築されていき、遠隔で操作する魔力体が完成した。

 レインの魔力が遠隔で流し込まれたその水は五感の全てを継承し、動きが魔力の流れ分遅くなることを除けば、レインそのものである。

「リシルー!」

「え、レイン君?」

「危ない!」

 その透明な腕を振り上げたゴーレムがリシルに向かってそれを叩きつけようとしている。瞬時に、レインは圧縮した水の初級魔術『水球』でその腕を撃ち抜く。圧縮されたレインの魔力はその威力効率は通常の何倍にも膨れ上がっており、それは威力自体の倍率も比例している。

 現に、ガラスゴーレムの腕は一部分砕かれ、身体は横向きに倒れた。

「コアは……」

 コアを探し、視線をあちこちに動かす。

「頭か!」

 頭部にだけ、何やら赤い光が不自然に点滅しているように見えた。ここだと無属性魔術は使えない……水の魔術で全て終わらせた方がいいだろう。

「龍よ、行け」

 水は次第にその形を変質化させ、誰もがよく知るような龍へと姿を変えていく。それはまるで本物の竜であるかのように巨大でリアルであった。ただし、一言も鳴かないことくらいが唯一それが生きていないことの証明となった。

「砕け!」

 指で指示を出し、その指示に従って龍はゴーレムの頭部を噛み砕いていく。そして、体はぶつかった衝撃によて水の戻っていった。

 遠くから見ていたレインの本体は安堵しながら、魔力体をリシルの元へと近づける。

「大丈夫!?」

「え、ええ……うん。ありがとう」

 リシルは額についている汗を拭いながらそう言った。

「一体このゴーレムはなんだったの?」

「わからないわ、いきなりそこに現れて殿下を襲おうとしたの」

「殿下?」

 倒れて尻餅をついている男子生徒の方に目をやる。ヘイゼルと同じ髪色、同じ目の色をしたその子は尻餅をついているからか、少し背が低く見える。顔はヘイゼルほどではないにしても整っていて、ヘイゼルと一番違うと感じたのはキリッとした眉ではなく、この少年は可愛らしいまろ眉をしていたことだ。

 印象的には甘やかされて育った少年のような……まだまだ幼く、顔立ちもイケメンなヘイゼルとは違って童顔。まあ、色々と言ってしまったが結論を言うならヘイゼルとかなり似ている。

「アルフレッド皇子?」

「そうよ」

「うぅ……」

「ええっと……どこか怪我したのかな?」

 そういうと、リシルが気まずそうにレインとアルフレッドを交互に見ている。そして、レインと目が合って近づき耳打ち。

「今日用事があるって言ったじゃない?」

「うん」

 小声で返す。

「あれ、アルフレッド君に呼ばれたからなの」

「?」

「告白されたの……でも、私、婚約者がいるのは知っているでしょって言ってから……」

 あー。

「そういう……」

 怪我したわけでも怖かったわけでもない。

「えっとー、アルフレッド皇子?」

「……だれ?」

「同じ一年生のレインと言います。ええっと、心中はお察ししますが、シャキッとしてください」

「うるさい!お前に何がわかるってんだ!」

「わかりません。わかりませんけど、彼女も見てますよ?」

「うっ……」

 レインから目を逸らして、落ち込むアルフレッド。

「と、とりあえず私、保健室に連れていくわ」

「わかった。じゃあ、僕はこのガラスゴーレムについて少し……」

 調べておこう。遠くから駆け寄ってくる人影を見ながらレインは調査を始めた。
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