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1:いざ、寿司屋見習い異世界転生!

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意識が朦朧とし、ぐらついた視界を頭で押さえてなんとか目の前の状況を飲み込もうとする。
俺は確かゴンズイに全身を刺されてーーー


「そうよ。あなたはゴンズイ……人間界の魚ね。その幼魚の群れのゴンズイ玉に全身を刺されて死んだの。」

目の前に突然女性が現れた。女性は見た目の年齢では17歳かそこらの、美しいピンク髪を耳の後ろでふんわりとひとつ結びにし、白い鎧と黒とピンクの2色を基調にしたタイトなドレスに身を包んでいた。胸の豊満な女性である。

「そ、そんなーーー」

「むん、可哀想にね……元は貴方がタコの下処理に失敗したのが原因というけど、先輩からの嫌がらせで岩礁のミズタコを身ひとつで捕まえに行かされて、足を滑らせてゴンズイ玉に頭から突っ込んだんですものね。」

「そ、そうだ、全部思い出した……あ、貴方はさっきから何者なんですか!」

そう問い詰めると女性が手を空中に振りかざす。すると手のひらの上の何もない空間から光が発せられ一貫の握り寿司が落ちてきた。

「私は貴方のいる地上界と異世界バストォルナス大陸を繋ぐ神よ。まあ、どちらの大陸のことについても全知全能と言っても良いほどの知識は持っている…はずよ。



「あ‥‥それ……タコの柔らか煮のお寿司……!うちの店のメニューじゃないか!」


「そうよ。あなたの職場の先輩はこのタコをこの日唯一仕入れた上物とかホラ吹いてたみたいだけど……ま、ミズダコなんて市場に足運んで買おうと思えばいつでも売ってますわな。むぐ……んーー!う、うんまぁ……調理法が良いとここまで柔らかいものなのね……」


「俺は嫌がらせで……殺されたも同然って事かよ!くそっ!朝6時から夜3時まで奴隷のようにこき使われた俺の一年はなんだったんだ!」


神様は額に手を当て何かを考えているらしく、まもなく何か思いついたのかこちらに笑顔で語りかけてくる。

「地上で悲運な死に方をした選りすぐりの人間を、異世界で新しいセカンドライフを送って貰うために移送するのが私の役目なんだけど… 貴方をもう一回地上に戻すことは出来ないの。でもその1年間もの努力を無駄にしたくはないわよね……でも安心して。異世界にもお寿司屋さんがあるわ。港町テセウス!あそこは今お寿司が大ブームなの!」


「お、おいおい!俺は寿司はもういいんだって!」

俺はなんとなく状況を理解した。これは俗に言う異世界転生という奴だろう。だが俺の寿司に対する情熱はとうに消え失せていた。なんとなく修行を終えて独立すれば金も権力も手に入れてやりたい放題の強者の仲間入り。そう思っていたのに実際のところは一年で何も得られるものはなかった。異世界でも修行からなんてまっぴらごめんだ。


「まあそう言わずに~ 本当は神が介入して良い領分を超えてるけど……貴方を異世界バストォルナスでは寿司屋の大将にしてあげる!時間が無駄なだけの下積み期間はなし!どう?やる気になった?」

「え、あ、いや、困るよ!」


「何が困るですって?女神からのありがたーいお恵みを拒否する気?」


「い、いや……」


「んーー?」


「寿司、握った事ないんだ」


「何いいいいいいいいいいいいいいい!?!?」
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