店長はくまさんです怖くありません。多分。

千代杜 長門

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  私がにーちゃん共と暮らしはじめてしばらくした頃、熱を出して倒れたことがある。

  和食派の組長に合わせて米は土鍋炊き、味噌汁は出汁から、既にできているタイプの調味料は甘えで魚は自分で下ろしなおかつ小骨も全て取ること、と中々のSNSに晒したら香ばしくなるタイプの食事事情で朝イチに組長の部屋前を組長を起こさずに掃除して庭を軽く掃き清めみんなが起き出す前に食事を作る、とかなりのハードスケジュールを日々こなしていたせいだと思う。いや確実に。

  昼は事務仕事の合間に組長にお茶を入れついでにその他お偉いさんたちやにーちゃんたちのお茶請けエサを用意してなおかつ昼の時間に間に合うように食事の用意。
そして夜の支度。掃除洗濯、花瓶の花の水換え。

  夜の食事を作ったら、夜の見回り組にお夜食のおにぎりをたくさん。バリエーション豊かに作るけどオムライスおにぎりなんかではなくあくまで和風おにぎり。
  それが終わったら今度は明け方に寝る直営店の夜の蝶々たちの酒で荒れた胃のためにお粥と味噌汁。
そして就寝。

  馬鹿か、馬鹿なのか。どれだけ時代錯誤なのか、今どき農家の嫁でさえこんな辛い生活してない。
  もちろん1人でこなせる量ではないのでにーちゃん共の嫁が手伝ってくれてはいたが、当時の私は何歳だ16歳だ。

  花も恥じらうか弱い乙女だぞ。
  やれパックの切り身の魚は不味いだのインスタント出汁は怠慢だの、家事と女をなんだと思っているのだ。

──私は激怒した。
  必ず、かの無知暴虐な男どもに一矢報わねばと決意した。私には仕事がわからぬ。私は、ただの少女である。スマホを弄り、親の金で遊んで暮して来た。けれども、だからこそこの今の暴虐が許せぬ。苦労を苦労と認めず鼻で笑う男達に一矢報わねばならぬと決意をしたのだ。

  某名作のように気取ってみたが要はキレた。
その日は味噌が無くなってしまって近くのコンビニで出汁入りの味噌を買って味噌汁を作ったのだが、無駄に舌が肥えたにーちゃんの1人に見破られ一緒に手伝ってくれたにーちゃん共の嫁共々怒鳴られたことがきっかけだった。

「米のひとつも炊けない癖にでかい口叩いてんじゃねえ」

  思わず零れたその言葉からつらつらつらつらと滝のように言葉が流れ出る。

  仕事と言ってもほとんど肉体労働、『おいた』をしたやつが居なければ何もせずに待機してる奴だっていた。

  私の事務仕事だって嫁の姉さんの一人に教わったものだ。事務所にまともな事務仕事ができる男が何人いるか、ほとんど居ない。

  その癖に稼いでないからと炊事洗濯家事子育てほかの組への時候の挨拶。なにもかもを頼んでいるのだ。情けないとは思わないのか。

  せめて決められた曜日のごみ捨て、もしくは分別、最低限決まったところに服を脱ぐ、靴下は丸めない裏返さない、食器洗いくらいはしろ。いいやしてください。

  私と違って嫁のねえさんたちは組の家事を回すためにパートくらいしか働けないんだから稼げないなんてクソみたいな言葉で怒るのはやめろ。食事に文句言うな。文句言うなら家事の時間の時給を払え。

  そんな言葉を淡々と投げかけ、いつもとほんのり味が違う味噌汁と朝食を食べ終えた途端、倒れた。

「おいっ!チビ助!」

  慌てたようなにーちゃんその1、通称タツさんの声が聞こえ、ぐるぐふふわふわと脳みそがサバの味噌煮のスムージーになったような気がして胃の中身をひっくり返す。
今の私はきっとラクダのように口から胃袋が出ている気がしてならないが人体の構造上それは無いだろう。

  龍神の紋々を背中に負っている割には優しく繊細な手つきで身体が持ち上げられ手早く部屋に連れ込まれた。

  きっとねえさんたちが畳の掃除をしてくれるのだろう、悪い事をした。

布団に転がされ、自己嫌悪に苛まれながらとろとろと眠りに落ちた私は私を運んでくれたタツさんが驚いたように自分の手を見つめていたことに気づかなかった。

目が覚めると香ばしい小麦の焼ける匂いがした。胃と胸がキュンキュン高まり、口の中にじゅわじゅわと涎が溜まるのがわかる。
布団から身体を起こすとタツさんが行儀悪く足で襖を開いてその手に持っていた白い何かを突きつけた。

「目が覚めたかチビ助」
「……おはよ?」
「おら、パン焼いたから食えや」
「ありがと……ぱん?」

ぱん?PAN?半?
───パン?純和風の和食しか食べないヤクザの家でパン?

天変地異だ、蒼天の霹靂だ、異常事態だ。
 日本はついに沈没するのかそれとも放射能汚染で生まれたゴリラとクジラの間の子に破壊され尽くすのか。
皿の上で湯気をあげる1枚のトーストにはそれだけの破壊力があった。

「なっ、これタツさんなっなっ」
「落ち着け、言いたいことはわかる」

分かるなら説明しろ。
バツの悪そうに頭を搔くタツさんを睨みつつ説明を待つと嫌そうに顔を顰めながら口を開いた。

「お前が吐いてぶっ倒れた時に、嫁から怒られたんだわ。ガキや嫁に無理を強いて起きながらわがままぷーするのもいい加減にしとけってな」
「……わがままぷー」
「そこは繰り返すな」

いやパワーワードすぎて繰り返すだろう。

「ちなみにお前3日寝てたからな。」
「うっそぉ」
「そんで寝てる間に下っ端一同で家事育児を全て変わってみたんだわ。やべえなアレ。テレビで見たステーキ作ろうとしたらフライパン燃えたわ」

あれは怖かった、自分の体を抱きしめながら呟くタツさんに他も似たり寄ったりだったんだなぁと目が遠くなる。

「そんで組長も狙ってた女に男尊女卑なんて遅れてるーぅちょーださーいって言われて多少のサボり……いや、効率化は認めるってさ」 
「…………」

開いた口が塞がらない。そして塞がらない口に少し冷めたトーストを突っ込まれた。何すんだ。パン粉が布団に落ちるだろう。

「お前もあんな大変なことやってたんだなぁ……事務仕事も掃除機無しの掃除も、だし汁1から取るのもあんな大変なことよくやれたわ」

べしべしぐしゃぐしゃと叩くのか撫でるのかよく分からない乱暴な力加減で頭を撫でられる。パン粉が飛び散るからやめろ。

「……まだガキだもんな。親元から引き離されて不安なのによくやったわ」

うっすい8枚切りの食パンは焼きすぎてて黒く焦げ付いている。バターも何も乗せていないそれは酷くまずいのに撫でられる度少し塩の味がした。

「うまいか、俺が焼いたんだぞ」
「不味い」
「おい」
「せめてバターくらい塗ろうぜ」
「そもそもうちの組にバターなんてハイカラなものあるか」
「……時代錯誤」

ばぁか、とまた頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

「不味い」
「おう」
「焦げてる」
「おう」
「8枚切りとか薄すぎラスクになってる」
「おう」
「4枚切りがいい」
「おう」
「ジャムかバターたっぷりとのせたほうがいい」
「おう」
「……しょっぱすぎ」
「次はバターとジャムだろう?」

三度ぐしゃぐしゃに掻き回された頭を手ぐしで直した私はとりあえず布団に散らばったパン粉をタツさんに投げ付けた。

馬鹿だし、脳筋だし、時代錯誤で男尊女卑の最低野郎共だし、単純に良い奴って訳じゃないけど良い奴なんだろうな。このにーちゃんたちは。


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