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第1章 王都までの道中~これまでの振り返り

第5話 シンシアという許婚の少女(後編)

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「アル、ご飯の前のいつものちょうだい♪」

満面の笑みを浮かべながら、金髪耳少女のシンシアが俺の背後に抱きついて
きた。

 クッキーを1枚食べさせた後に目覚めたシンシアは未だにステータスが飢餓
状態で餓死寸前だったことから、俺は【空間収納インベントリ】内に入れていた安全確認が
終わった全てのクッキーをあげた。しかし、シンシアのステータスの飢餓状態
は解消されなかった。

 そこで、俺は【魔術創造マジッククリエイト】で魔力を活力に変えて、空腹を凌ぐための新たな
魔術を創りだした。参考にしたのは前世のパワーインフレが激しい人気バトル
漫画に出てきた1粒食べれば数日の間食事をしなくても、大丈夫になるチート
フードアイテムだ。

 そして、最初にできたそれはビー玉大の飴玉じみたものだった。念のため、
スキル【鑑定】で調べたら成人男性が3日間絶食しても満腹が維持され続ける
代物だった。ただし、味は全くない上に、満腹になるだけで健康維持に必要な
各種栄養素は摂取できないという表示がされた失敗作だった。

 背に腹はかえられない一刻を争う状態なので、腹ペコ状態で死にそうなシン
シアに魔力で創りだした『活力豆エナジービーン』と命名したそれを俺は食べさせた。すると、
シンシアのステータスから飢餓の2文字が消え、健常に変わった。

「……あれ? お腹が??」

 空腹から解放されたシンシアに泣いて喜ばれたのだが、折り悪く、クリスと
エヴァの2人が丁度、帰宅してシンシアのいる客室に入ろうとしていたところ
だった。

 そのため、俺がやらかしてシンシアを泣かせてしまったと誤解されてしまい、
2人から怒られてしまった。もっとも、泣き止んだシンシアが俺を庇ってくれ
たので、すぐにその誤解は解けて、シンシアを救ったことを俺は褒められた。

 シンシアの両親と俺の父レオンが遠出の狩りから戻ってきてから、シンシア
の今後の生活には俺の作り出した魔術【活力豆作製】による『活力豆』の供給
が必要不可欠。現状【活力豆作製】を使える術者が俺1人なので、今後の彼女
の人生と生活を保障することを踏まえて俺とシンシアは許婚になった。

 元々、お互いの両親の仲は良好で、シンシアの問題を俺が【活力豆作製】で
解決しなくても折を見て許婚にするつもりだったそうだ。

 さて、何故シンシアが空腹に苛まれなければならないのかというと、それは
彼女が持っている称号に由来するものが原因だった。

 ならばその称号をなくせばいいと思うかもしれないが、その称号を外すため
の条件の達成が極めて困難なため、シンシアの両親と彼女を救おうとする人達
はその他の方法を模索しなければならなかった訳である。

 原因になっている称号は【英傑】。外すための条件は称号所有者自身の手での
家族と深い親交のある者の全員の殺害。この称号のメリットは種族がもつ身体
能力を最大限に活用できるようになるのに加えて、スキル【敵性魔術完全防御】
が無条件で付与される。

 反面、デメリットは身体能力を最大限に活用のために、所謂いわゆる英雄ヘラクレス症候群を
発症して、体の筋肉の割合が増え、その影響で体重増加と燃費が致命的に悪く
なることだ。そのため、裕福な貴族や豪商など食に困らない家庭に生まれれば、
生き長らえられたかもしれない。

 しかし、大半の【英傑】保持者は栄養失調や餓死していると【世界検索】で
分かった。しかも、餓死を凌いでも肉体の成長は同種族の同年代よりも著しく
早く進む一方で、老化が遅い。そのことから同年代と比べて突出した明らかな
異常者と看做みなされてしまう。故に、亡くなっている称号【英傑】保持者の中に
は家族を含めた周囲から迫害された末に……となった人もいる。

 かくゆうシンシア、俺の許婚になったシアは安定して改良を重ねて健康維持
に必要な栄養素も摂れるようにした『活力豆』1粒と食事1人前を1食として
摂れるようになってから著しい成長を続けている。

 出会った当初は俺より少し低かった彼女の身長は当時4歳だった俺の身長を
頭1つ分超える高さに1月経たずに育った。

「……【活力豆作製】。はい、シアが好きなりんご味だよ」

「あ~ん」

「……」

「はくっ、あむあむあむんんっ……美味しいよ。ありがとう、アル♪」

毎食前に俺が【活力豆作製】で『活力豆』を作り出し、口を開けて待ち構える
シアに俺が食べさせてあげるのが恒例となってしまった。決して俺の頭の後ろ
に当たるシアの急成長を果たした2つの柔らかい感触に負けたからではない…
…といいたい。

「えいっ、はっ! ふっ!」

シアが拳と蹴りを振るう度に、その威力によって大気が揺らされる音が周囲に
響き渡る。

 体術と武術の腕に関して、食糧問題が解決されて健康になったシアはすぐに
プタハ村の同年代の間で首位になった。俺は制限なしの戦闘ならばシアを倒せ
るのだが、こと体術のみでは種族的な身体能力の差もあって、俺はシアに勝て
ない。

 村内ではシアの父であり、俺の体術の師でもあるガウ師匠、俺の父レオンに
次いで、元気になったシアはその他の大人達をも抑えて体術では3番目の強さ
をもっている。レオンには身体能力では勝っているものの、圧倒的な戦闘経験
の差によってシアは負かされている。

◇◇◇

 余談だが、13歳になった今では既に168cmと現代日本男児の平均身長
街道を突き進んでいる俺よりもシアは10cm程高い。二次性徴も順調を突き
抜け過ぎるレベルで発育し、既にシアは同年代を圧倒するレベルの立派なモノ
をもっていて、しかも未だに成長中だそうだ。

 肉体の成長が著しいシアは脳筋という訳ではない。まるで、真綿が水を吸収
するが如く物覚えがよく、機転も利く。この世界の識字率は高くないけれども、
シアは読み書きはもちろん、俺が教えた前世知識の四則演算――この世界では
学園の高等部相当の知識――も十分に使いこなしている。

 そんないろいろハイスペックなシンシアであるが、

「んん~、アル、一緒に寝よう」

俺と許婚になってから、両親達が新たに俺の部屋に用意した子供2人が寝ても
スペースが余りまくるキングサイズベッドで俺と一緒に寝るようになっている。
 当然、添い寝をするだけだ。早熟で魅力的な体をもつシアだが、彼女はまだ
処女おとめである。
 シア本人も子作りに積極的だけれども、一応、正式に結婚するまではという
話で納得してもらっている。

 体格的に俺を上回っているシアは、俺もしくは俺の片腕を抱き枕にして眠る
癖がある。そのため、朝、目覚めたときに俺はシアにがっちりとホールドされ
た状態で目覚め、抜け出せない。解放されるために俺がシアを起こすのが日課
になっている。

 シアは対外的には明朗で穏やかだが、敵対すると、誰に似たのか容赦がない。
特に下世話な異性の悪業に対しては苛烈極まりなく、山賊や盗賊などがシアや
身内の女性の美貌に眼がくらんで襲い掛かろうものならば、シアは彼等を漏れ
なく徹底的に返り討ちにしている。

 そして、シアの機嫌が悪ければ襲撃をかけた賊の男達は全員最悪、男として
の人生が終わり、新たな漢女として生を歩み始めることになる。
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