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1章
40:世界の車窓から
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「と言う理由なんです」
「なるほど、相分かった……大変じゃったなあやめ。神保町に来ると良い、のんびり儂らと暮らそう」
「……もう国籍こっちだぞメイデンは」
「黙れ、貴様の首を頭領に献上するのはあやめを説得した後じゃ」
「なんとかしてくれメイデン」
ガタンゴトンと汽車に揺られ、一瞬たりとも位置関係が変わらない刃物をうんざりとした目で見下ろしながらキッドはぼやく。
隣には両腕がない巫女装束の小柄な少女が曖昧な笑顔を浮かべて首を横に振る。
「あおん」
「おお、おやつがほしいのか? 少々待っておれ、今新鮮な生肉を……」
「蓮夜、落ち着いて」
「お爺ちゃん……」
いい加減にしろよ、という意味で唸った大きな狼は妙に人間臭い仕草であやめの足に鼻を擦り寄せる。
「大神、飲み物頂戴」
「あおん」
周りの乗客に迷惑がかからぬよう、小さな声であやめの要望に返事をして器用に窓側に置かれていた木のカップ、その取っ手を優しく牙で挟み……鉄製のストローを上手くあやめの口元に持っていく。
「ありがとう」
それを一口飲むと大神と呼ばれた狼は元の場所へコップを戻すと再び小さな返事を返しあやめの足元へ伏せた。
「……すごいのねこの狼」
「はい、大神は小さな頃から一緒に過ごしてますので大体のことは理解してくれます」
「そうなんだ、その……撫でてもいい?」
「いいですよ。絶対噛みませんから強めに喉のあたりをワシャワシャしてあげてくれませんか? 痒そうなので」
「へ? い、いい? 大神」
「あおん」
どうぞ、と言わんばかりに大神は顔を上げて灯子の膝の上へぽふん、と顎を乗せる。
おそるおそる灯子が大神の喉のあたりを優しく撫でると、気持ちよさそうにくぅん、と鳴いた。そしてあやめが言うように強めに書いてほしいのか『くぅん』とせがむように灯子の膝を顎でぽんぽんと叩き始めた。
「わ、わ……」
もふもふとした毛並みに手首まで埋めて、灯子が首のあたりをワシャワシャと掻いてあげると大神が目を細めて嬉しそうに尻尾をパタパタと振り始める。
「ふふ、気持ち良さそうね大神。ちゃんと灯子さんにお礼するのよ」
「れ、蓮夜。大神の毛……めちゃくちゃ気持ちいい!!」
「……礼は必要なさそうじゃ大神よ。灯子、程々にのう」
「すげぇのんびりした会話しながら俺の首に刃物添えてんじゃねぇよ……タバコも吸えやしねぇ」
ほのぼのする日本勢とは反対にジト目のまま冷や汗を額に浮かべるキッド。ちなみにすでに三十分ほど、汽車の揺れに合わせて全く距離を変えないままの刃物は流石に怖い。
戦いなら殺そうと思ってもお互い難しいと確信しているキッドと蓮夜だが、今だけは違う。手元が見えないほど速く突きつけられた上に……なんかよくわかんないけど逆らってはアカン! と脳が激しく警告を送ってきたのだ。
「吸ってもいいぞ、末期の一服くらいの余裕はくれてやろう」
完全に目が座ってる蓮夜をこれほど怖いと思ったことはないキッドである。
「なあメイデン、どうにかしろよ」
「無理ですよ長官様。お爺ちゃんがこうなったら頭領含めて月夜連全員で取り押さえでもしないと……」
「……本当に文字通りの最強だけに始末に終えねぇ」
はあ、と気が済むまでこの状態を続けるしかないのかと諦め混じりに胸ポケットから葉巻を取り出した時。灯子が鶴の一言を発する。
「蓮夜、いい加減にしないと漢字書き取り100枚追加にするけど良い?」
「なんのことかの灯子、儂はただ此奴の髭が気になって整えていただけじゃ」
ひゅん、と遅れて届く風の音共にほんの少しだけ伸びすぎていた髭が数本虚空に舞った。
「え?」
「俺の髭!! このクソジジイ! 俺の許可無しにヒゲを斬ったな!? ぶっ◯してやる!!」
「大神、長官の頭ぱくんと」
「わふ!」
――ガブリ
「NOOOOOOOOOOOOOOO!!」
阿鼻叫喚のキッドをよそに、あやめが目を見開いて灯子を見る。むふん! と鼻息荒く、まるで弟でも叱りつける姉のように腕組みしながら蓮夜にお説教を始めた彼女にひたすら困ったように頭を下げる蓮夜……。
「お爺ちゃんを止めた???」
実は月夜連が最も恐れるのは敵でも災害でもなく……蓮夜の怒りである。以前、一回だけあやめはその現場を目撃したのだが……月夜連合の中で最も堅固な造りをしている重犯罪者の留置所を半壊どころか全壊にしてしまったほどで……命の危険を最も身近に感じた一件だった。
その時もなんだかんだと月夜連が全員で、一昼夜交代制を敷いて波状攻撃を仕掛けてやっとの思いでその暴走を止めたのに。 なんとその一歩手前ではあるものの灯子はたった一言で止めてしまった……
「頼む灯子! 流石に肘が! 肘が持たぬのだ!!」
「じゃあもう今日はちゃんとキッドさんの話を聞くこと!! 全く、別にあやめちゃんが騙されてるわけじゃないんだから!!」
「しかしだな……あの歩く猥◯物の近くではあやめの今後に」
「そこはちゃんと話せば済むことじゃない!! ねえ? キッドさん」
空気を読んで大神がガブガブと甘噛みを止めて、キッドを開放する。よだれでベットベトになった頭ではあったが会話自体は聞こえていたのでブンブンと頭を上下に振って宣言した。
「うん!? あ、ああ! 流石に子供の前で馬鹿な真似はしねぇよ。それくらいは約束する」
……実際にはあやめに会ったストライプスターの女性陣全員から『新人にきたねぇ物見せたら命と自由にかけてお前を私刑に処す』とモールス信号でお言葉をいただいたのも大きかったりする。
「そうですよお爺ちゃん、長官様はちゃんと……ちゃんと? 服を着てらっしゃいます」
「メイデン、そこは言い切ってくれねぇとな? 俺、死ぬぞ間違いなく」
あやめが疑問符を浮かべた瞬間、眼球一ミリ手前に出現した刃先にキッドの背筋が凍っていった。
瞬き一つ許されないらしい。
「蓮夜!! おすわり!!」
「わふん!」
しゅたっと即座に反応する大神に灯子の頬が緩むが、それどころではなかったのでぎろりと蓮夜を睨むと……いつの間にか大神の隣で正座している。
「ふふん、大神よお主には負けぬ」
「ぐるぅ……」
「何張り合ってるのよ……本当に尻尾でも生えそう」
ぺたんと頭に手を当てて呆れたようにぼやく灯子へキッドが称賛の眼差しを向けた。
「嬢ちゃん、なにか欲しいもんはあるか? FBIで高給取りのポジション作るぞ。犬しつけ課か?」
珍しいと言うか初めて見る蓮夜の姿に半ば本気でキッドはポストを用意してもいいと考え始める。
大きな革の椅子に座り、蓮夜を従える金髪巨乳の少女……アリだな、と。
まあ、そんな邪な考えは即座に蓮夜に察知され右手が腰のあたりで浮く……。
「キッド、そんなに西の地を踏めぬ身になりたいのか?」
「蓮夜?」
「はい、大人しくします!」
「こんなお爺ちゃん初めて見ます」
「わうぅ……」
大神からすれば優しくも強い月夜連の姿に本気で凹んでしまう。長とも言える蓮夜は……今は悪いことをして叱られる子犬みたいな……というかそのままだった。
「全く、観光に行くってのに物騒なジジイだ」
「長官様ほどではないかと……なんとかならなかったんですか?」
「保安官が銃もってなきゃ何を持つんだよ……」
確かに、と騒がしい4人と一匹の隣の座席に座る親子がうんうん……と頷く。こんな近距離で騒がれたら嫌でも聞こえるし察せられるというもの。
「まあ、これで誤解はとけただろ?」
「ああ、長い付き合いだったなキッド」
「もうヤダこのバカジジイ……」
せめてこの場にアンダーテイカーがいれば……いや、もっとややこしくなりそうだとキッドはうなだれる。
メイデンことあやめが地理に詳しくないのを杞憂して同伴を申し出たが……1時間足らずで後悔するキッドだった。
「全く、あやめちゃんが心配なのはわかるけど蓮夜はやりすぎなの。特に蓮夜は素直だからからかいやすいのよ」
「良いこと言うぜ嬢ちゃん」
「何かあったらあやめちゃんの杭打ち機で埋葬すれば良いんだから」
「……だめだこのコンビ」
蓮夜も蓮夜だが、一見常識人枠の灯子も存外過激だったのでこのアメリカでの立ち振るまいを理解している自分の同行は判断が正しかったとキッドは思う。
「止めようにも手が出ませんね、文字通り」
「笑えないジョークだ……代わりにその犬の牙が来る」
「ぐるるぅ」
「大神は狼さんよね~、犬なんて言う悪い人は噛んじゃえ」
「やめろ、そいつ本当に言葉がわかってる気がしてならねぇ」
きっとこの3人と一匹だけでワシントンに向かわせたら、そう思うと何故か頭痛がしてくるキッドは何もかもを無視して席を立つ。
「何じゃ、トイレか?」
「ちげぇよ、タバコだ……」
「ここで吸えばよかろう?」
「子供の前では吸わねぇんだよ俺は、煙は体に悪いってアンダーテイカーがうるせえからよ」
「……意外とお主律儀じゃったの。なら儂も行こう」
外の空気でも吸って一回気を晴らしたかったのに……と思っての事なのにストレスの元凶が着いてきてしまうという。好きにしろとため息混じりに蓮夜に告げるとちょこん、と大人しく座るあやめに声をかけた。
「メイデン。上のカバン……デケェ方にコーラがある飲んでていいぞ」
「はい、ありがとうございます長官様」
「私も飲んで良い?」
「好きにしろ」
兎にも角にもこれから長い観光旅行なのだ、ストレスは溜めないほうが良い。
一旦何もかも諦めて、と客車を通り最後尾まで来ると急に視界が真っ暗に染まる。
「ちっ、ついてねぇ。トンネルか」
周りを見ると客車の窓を乗客が忙しなく閉め始めた。
「しばらく待つかの」
「だな……すすだらけになるのはゴメンだ」
しかし、蓮夜の目に一つだけ違和感が映り込む。今居る最後尾の車両、その最前列の座席の窓が……閉められない。
「どうした?」
「いや、あそこの窓がな……寝ておるのか。閉めてやろう」
座席の頭から帽子が見えているので誰か居るのは間違いないが、動く様子がない。
「おう、任せる」
――カツン! コロコロ……
「うん?」
暗い客車内に何かが転がってくる、まだ暗さに目が慣れない蓮夜は通路に転がってきたソレに近づこうと手を伸ばしかけた瞬間。
「斬鬼! 下がれ!! 乗客は伏せろ!!」
キッドの怒号とともに客車が爆発四散した。
「なるほど、相分かった……大変じゃったなあやめ。神保町に来ると良い、のんびり儂らと暮らそう」
「……もう国籍こっちだぞメイデンは」
「黙れ、貴様の首を頭領に献上するのはあやめを説得した後じゃ」
「なんとかしてくれメイデン」
ガタンゴトンと汽車に揺られ、一瞬たりとも位置関係が変わらない刃物をうんざりとした目で見下ろしながらキッドはぼやく。
隣には両腕がない巫女装束の小柄な少女が曖昧な笑顔を浮かべて首を横に振る。
「あおん」
「おお、おやつがほしいのか? 少々待っておれ、今新鮮な生肉を……」
「蓮夜、落ち着いて」
「お爺ちゃん……」
いい加減にしろよ、という意味で唸った大きな狼は妙に人間臭い仕草であやめの足に鼻を擦り寄せる。
「大神、飲み物頂戴」
「あおん」
周りの乗客に迷惑がかからぬよう、小さな声であやめの要望に返事をして器用に窓側に置かれていた木のカップ、その取っ手を優しく牙で挟み……鉄製のストローを上手くあやめの口元に持っていく。
「ありがとう」
それを一口飲むと大神と呼ばれた狼は元の場所へコップを戻すと再び小さな返事を返しあやめの足元へ伏せた。
「……すごいのねこの狼」
「はい、大神は小さな頃から一緒に過ごしてますので大体のことは理解してくれます」
「そうなんだ、その……撫でてもいい?」
「いいですよ。絶対噛みませんから強めに喉のあたりをワシャワシャしてあげてくれませんか? 痒そうなので」
「へ? い、いい? 大神」
「あおん」
どうぞ、と言わんばかりに大神は顔を上げて灯子の膝の上へぽふん、と顎を乗せる。
おそるおそる灯子が大神の喉のあたりを優しく撫でると、気持ちよさそうにくぅん、と鳴いた。そしてあやめが言うように強めに書いてほしいのか『くぅん』とせがむように灯子の膝を顎でぽんぽんと叩き始めた。
「わ、わ……」
もふもふとした毛並みに手首まで埋めて、灯子が首のあたりをワシャワシャと掻いてあげると大神が目を細めて嬉しそうに尻尾をパタパタと振り始める。
「ふふ、気持ち良さそうね大神。ちゃんと灯子さんにお礼するのよ」
「れ、蓮夜。大神の毛……めちゃくちゃ気持ちいい!!」
「……礼は必要なさそうじゃ大神よ。灯子、程々にのう」
「すげぇのんびりした会話しながら俺の首に刃物添えてんじゃねぇよ……タバコも吸えやしねぇ」
ほのぼのする日本勢とは反対にジト目のまま冷や汗を額に浮かべるキッド。ちなみにすでに三十分ほど、汽車の揺れに合わせて全く距離を変えないままの刃物は流石に怖い。
戦いなら殺そうと思ってもお互い難しいと確信しているキッドと蓮夜だが、今だけは違う。手元が見えないほど速く突きつけられた上に……なんかよくわかんないけど逆らってはアカン! と脳が激しく警告を送ってきたのだ。
「吸ってもいいぞ、末期の一服くらいの余裕はくれてやろう」
完全に目が座ってる蓮夜をこれほど怖いと思ったことはないキッドである。
「なあメイデン、どうにかしろよ」
「無理ですよ長官様。お爺ちゃんがこうなったら頭領含めて月夜連全員で取り押さえでもしないと……」
「……本当に文字通りの最強だけに始末に終えねぇ」
はあ、と気が済むまでこの状態を続けるしかないのかと諦め混じりに胸ポケットから葉巻を取り出した時。灯子が鶴の一言を発する。
「蓮夜、いい加減にしないと漢字書き取り100枚追加にするけど良い?」
「なんのことかの灯子、儂はただ此奴の髭が気になって整えていただけじゃ」
ひゅん、と遅れて届く風の音共にほんの少しだけ伸びすぎていた髭が数本虚空に舞った。
「え?」
「俺の髭!! このクソジジイ! 俺の許可無しにヒゲを斬ったな!? ぶっ◯してやる!!」
「大神、長官の頭ぱくんと」
「わふ!」
――ガブリ
「NOOOOOOOOOOOOOOO!!」
阿鼻叫喚のキッドをよそに、あやめが目を見開いて灯子を見る。むふん! と鼻息荒く、まるで弟でも叱りつける姉のように腕組みしながら蓮夜にお説教を始めた彼女にひたすら困ったように頭を下げる蓮夜……。
「お爺ちゃんを止めた???」
実は月夜連が最も恐れるのは敵でも災害でもなく……蓮夜の怒りである。以前、一回だけあやめはその現場を目撃したのだが……月夜連合の中で最も堅固な造りをしている重犯罪者の留置所を半壊どころか全壊にしてしまったほどで……命の危険を最も身近に感じた一件だった。
その時もなんだかんだと月夜連が全員で、一昼夜交代制を敷いて波状攻撃を仕掛けてやっとの思いでその暴走を止めたのに。 なんとその一歩手前ではあるものの灯子はたった一言で止めてしまった……
「頼む灯子! 流石に肘が! 肘が持たぬのだ!!」
「じゃあもう今日はちゃんとキッドさんの話を聞くこと!! 全く、別にあやめちゃんが騙されてるわけじゃないんだから!!」
「しかしだな……あの歩く猥◯物の近くではあやめの今後に」
「そこはちゃんと話せば済むことじゃない!! ねえ? キッドさん」
空気を読んで大神がガブガブと甘噛みを止めて、キッドを開放する。よだれでベットベトになった頭ではあったが会話自体は聞こえていたのでブンブンと頭を上下に振って宣言した。
「うん!? あ、ああ! 流石に子供の前で馬鹿な真似はしねぇよ。それくらいは約束する」
……実際にはあやめに会ったストライプスターの女性陣全員から『新人にきたねぇ物見せたら命と自由にかけてお前を私刑に処す』とモールス信号でお言葉をいただいたのも大きかったりする。
「そうですよお爺ちゃん、長官様はちゃんと……ちゃんと? 服を着てらっしゃいます」
「メイデン、そこは言い切ってくれねぇとな? 俺、死ぬぞ間違いなく」
あやめが疑問符を浮かべた瞬間、眼球一ミリ手前に出現した刃先にキッドの背筋が凍っていった。
瞬き一つ許されないらしい。
「蓮夜!! おすわり!!」
「わふん!」
しゅたっと即座に反応する大神に灯子の頬が緩むが、それどころではなかったのでぎろりと蓮夜を睨むと……いつの間にか大神の隣で正座している。
「ふふん、大神よお主には負けぬ」
「ぐるぅ……」
「何張り合ってるのよ……本当に尻尾でも生えそう」
ぺたんと頭に手を当てて呆れたようにぼやく灯子へキッドが称賛の眼差しを向けた。
「嬢ちゃん、なにか欲しいもんはあるか? FBIで高給取りのポジション作るぞ。犬しつけ課か?」
珍しいと言うか初めて見る蓮夜の姿に半ば本気でキッドはポストを用意してもいいと考え始める。
大きな革の椅子に座り、蓮夜を従える金髪巨乳の少女……アリだな、と。
まあ、そんな邪な考えは即座に蓮夜に察知され右手が腰のあたりで浮く……。
「キッド、そんなに西の地を踏めぬ身になりたいのか?」
「蓮夜?」
「はい、大人しくします!」
「こんなお爺ちゃん初めて見ます」
「わうぅ……」
大神からすれば優しくも強い月夜連の姿に本気で凹んでしまう。長とも言える蓮夜は……今は悪いことをして叱られる子犬みたいな……というかそのままだった。
「全く、観光に行くってのに物騒なジジイだ」
「長官様ほどではないかと……なんとかならなかったんですか?」
「保安官が銃もってなきゃ何を持つんだよ……」
確かに、と騒がしい4人と一匹の隣の座席に座る親子がうんうん……と頷く。こんな近距離で騒がれたら嫌でも聞こえるし察せられるというもの。
「まあ、これで誤解はとけただろ?」
「ああ、長い付き合いだったなキッド」
「もうヤダこのバカジジイ……」
せめてこの場にアンダーテイカーがいれば……いや、もっとややこしくなりそうだとキッドはうなだれる。
メイデンことあやめが地理に詳しくないのを杞憂して同伴を申し出たが……1時間足らずで後悔するキッドだった。
「全く、あやめちゃんが心配なのはわかるけど蓮夜はやりすぎなの。特に蓮夜は素直だからからかいやすいのよ」
「良いこと言うぜ嬢ちゃん」
「何かあったらあやめちゃんの杭打ち機で埋葬すれば良いんだから」
「……だめだこのコンビ」
蓮夜も蓮夜だが、一見常識人枠の灯子も存外過激だったのでこのアメリカでの立ち振るまいを理解している自分の同行は判断が正しかったとキッドは思う。
「止めようにも手が出ませんね、文字通り」
「笑えないジョークだ……代わりにその犬の牙が来る」
「ぐるるぅ」
「大神は狼さんよね~、犬なんて言う悪い人は噛んじゃえ」
「やめろ、そいつ本当に言葉がわかってる気がしてならねぇ」
きっとこの3人と一匹だけでワシントンに向かわせたら、そう思うと何故か頭痛がしてくるキッドは何もかもを無視して席を立つ。
「何じゃ、トイレか?」
「ちげぇよ、タバコだ……」
「ここで吸えばよかろう?」
「子供の前では吸わねぇんだよ俺は、煙は体に悪いってアンダーテイカーがうるせえからよ」
「……意外とお主律儀じゃったの。なら儂も行こう」
外の空気でも吸って一回気を晴らしたかったのに……と思っての事なのにストレスの元凶が着いてきてしまうという。好きにしろとため息混じりに蓮夜に告げるとちょこん、と大人しく座るあやめに声をかけた。
「メイデン。上のカバン……デケェ方にコーラがある飲んでていいぞ」
「はい、ありがとうございます長官様」
「私も飲んで良い?」
「好きにしろ」
兎にも角にもこれから長い観光旅行なのだ、ストレスは溜めないほうが良い。
一旦何もかも諦めて、と客車を通り最後尾まで来ると急に視界が真っ暗に染まる。
「ちっ、ついてねぇ。トンネルか」
周りを見ると客車の窓を乗客が忙しなく閉め始めた。
「しばらく待つかの」
「だな……すすだらけになるのはゴメンだ」
しかし、蓮夜の目に一つだけ違和感が映り込む。今居る最後尾の車両、その最前列の座席の窓が……閉められない。
「どうした?」
「いや、あそこの窓がな……寝ておるのか。閉めてやろう」
座席の頭から帽子が見えているので誰か居るのは間違いないが、動く様子がない。
「おう、任せる」
――カツン! コロコロ……
「うん?」
暗い客車内に何かが転がってくる、まだ暗さに目が慣れない蓮夜は通路に転がってきたソレに近づこうと手を伸ばしかけた瞬間。
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