長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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閑話:事故案件……神楽洞爺の場合 後編

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「面妖な……」

 カクンと意識を旅立たせた真司を洞爺は丁寧に扉の前に寝かせる。

「滾りますわぁ。半年ぶりの出番ですもの……」

 ひゅん! とマリアベルは日傘に擬態させていた愛剣を左手で軽く振りぬく。
 その動作にはぎこちなさなどみじんも感じられない。

「……チェンジで」
「断りますわ。指名が入らないとお屋敷から出してもらえませんもの」
「じゃあせめて何か着てもらえぬか!? ハイレグバニーマッチョとかどこに需要があるんじゃぁぁぁ!? しかも顔だけ美少女のまんまとか遺伝子仕事忘れておるよ!? もうちょっとがんばれたって!! 諦めちゃダメなんだってぇ!!」

 四つん這いでバンバンと地面をたたく洞爺の口調まで壊れるほどにその姿は異常だった。

「お兄様とおそろいですわ!」
「聞きたくなかったその情報!?」
「まあ! わたくしの婚約者と同じセリフを!! い、いけませんわわたくしその……」
「チェンジじゃああぁぁぁ!! 戻ってきておくれ受付嬢殿!! 会話ができぬ!! キャッチボールがドッジボールじゃ!! 受付嬢どのぉぉ!!」
「では、試験を始めますわよ! トウヤ様」
「胸筋を動かすなぁぁ!!」
「まあ、レディに向かって……でも、ちょっと嬉し恥ずかしのこの感覚」
「エキドナよぉぉ!! おぬしの言う通りじゃった!! 儂ムリィィ!!」
「あらあらまあまあ、わたくしのどこがいけないんですの?」
「顔以外全部」

 真顔で一瞬の遅滞なく洞爺は言い切った。
 だって無理だもん。

「はあはあ、この打てば響く罵倒。トウヤ様は言葉だけでこのマリアベルを口撃できるのですね」
「くねくねしないでください」
「はああああぁん!! 抑揚すらも無く、丁寧に!!」
「……(もう儂だめかもしれん)」
「さあ、前戯は済ませましたわ!! 試験をいたしましょう!!」

 スキップしながら離れるマリアベル。
 その全身から立ち上る闘気は本物だが、視界に入る彼女の容姿すべてが「嘘だ!!」と叫んじゃう。
 だからこそ、洞爺は間に合わなかった。

 ――ひゅるり

 洞爺の髭の先端……首をちょうど両断するように真一文字の風が吹く。
 はらりと数本の髭が舞い、ふわりと花の香りが通り過ぎた。

「でないと、死にますわよぉぉ!」
「なっ!?」

 にたりと首だけを回したマリアベルの笑顔に狂気が混じる。
 洞爺も呆けた自分を叱責して愛刀に手をかけた。
 
「うふふふふふふ」
「ぬうっ!! 儂としたことが!! 神楽一刀流『柘榴』」

 音が遅れてやってくる。
 洞爺はマリアベルの速度に驚愕していた。

 踏み込みの足音が彼女の移動した後に聞こえるのだ。
 もちろん距離感が掴みづらいので刀を水平に振りぬく技を選択したが、マリアベルの奇行はぞれを凌駕する。抜刀と共に降りぬかれた刀身の横腹を足場にして跳躍。くるんとその身をひるがえし、丁度お尻が洞爺の眼前に広がる。

「なっ!! 菖蒲!」
 
 たんっ! と飛び上がるマリアベルを追従するように洞爺はその身を回して技を繰り出す。
 掬い上げるような一太刀ならば宙に浮いたマリアベルも回避は不可能。
 もちろん刀の峰を返しているので斬り捨てる事にはならないが、尻ならば良いか。と洞爺は遠慮なく振り上げた。

 すぱぁぁぁん!

「え?」

 間の抜けた洞爺の声、その理由はマリアベルが一瞬こちらに向けた目線。
 そして何の回避もせず洞爺の一撃に自ら当たりに行ったのだ。
 まるである物の存在を洞爺に気づけと言わんばかりに。 

「おおおおうううう!?」

 真一文字に刻まれる尻の赤い打撃跡。
 恍惚の表情でそれに甘んじながら顔面からべしゃりと落ちるマリアベル。
 何が起きたのか誰もわからなかった……否、わかりたくなかった。

「わたくしの、見立て……どおりでしたわ」

 はふっ、と艶めかしい吐息とともに何事もなかったかのように立ち上がるマリアベル。
 
「この一撃はわたくしを満足させる一撃だと」

 なんかかっこいいこと言ってるが最低のセリフである。

「うそやん」

 かろうじて刀から手を離さなかった洞爺はさすがだったが、聡い洞爺は理解してしまった。
 刀による一撃でお尻周りの網タイツがはじけ飛びある物があるのを見つけてしまったのだ。
 それはマリアベルがある特殊な存在である事がわかる。

「わたくし、痛いのが好きなんですの」
「チェンジで」
「トウヤ様のおかげで見てくださいまし、お尻がこんなに腫れ上がって」
「ふんっ!!」

 剣術家にあるまじき刀のフルスイングでちょうどバッテンになるように叩きつける。
 今度は『ずぱあぁぁん!!』とマリアベルの巨体が軽く浮くほどに込められたのは、洞爺のやるせなさだ。無表情で遠くを見る彼の瞳に光はなかった。

「ぴぎぃぃ!? あ、あああ……おしりが、お尻が崩壊しますわ」
「して良いんじゃねぇの?」
「ああああ、ぞくぞくしますわぁ!!」
「ちなみにな? 俺、女相手にも手加減しねぇんだけどな?」
「はあ、はあ……はい?」
「お前『男』じゃねぇかぁぁぁ!?」

 最初からそれを知ってたらダメージも少なかったし。
 こんなにキャラが崩壊することもなかったのに。

「あああ、この瞬間がたまりませんわぁぁ!!」

 さすがウザインデス三世、狙っていたのである。
 そこからは酷かった。

「うおおおぉぉ!! その首もらったぁぁ!!」
「気を抜くと死んでしまいますわぁぁ!!」

 細身の剣一本で絶妙な剣筋を逸らすマリアベルと急所を切り裂かんと本気で斬りかかる洞爺は縦横無尽に試験会場を荒らしていった。
 彼らの移動に合わせて刻まれる剣と刀の跡、そしてマリアベルの身体に刻まれる打撃跡と木霊する嬌声。そしてすべてに疲れた洞爺の泣き言は試験会場から遠く離れた待ち受けロビーで耳を塞ぐ受付嬢にも届いていた。

「ダメでしたか……トウヤ様。骨は拾います」

 だが、ここで終わらないのがウザインデス三世だ。

 
「はあっ、はああっ!! こんなに満足できそうな日はもうありませんわぁぁ!!」
「もういやじゃああああああ!!」

 もう力任せという以外にない洞爺の一撃がマリアベルの8つに分かれた腹筋に突き刺さる。
 ごほうびっ!! とかすれた声ですっ飛んでいくマリアベル。

 そこに……

「んあ、なんかとても嫌な物を見た気が……」

 むくりと真司が目を覚まして起き上がった。
 悲劇は繰り返す。

「あ」
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