長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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閑話:エキドナさんのメンテナンス 後編

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「弥生……姉貴は?」
「とりあえず……こんな感じ」

 頭、腕、胴体、足……四肢と頭をバラバラにしてみたのだがいつものエキドナはこれでもかとにぎやかなので静かなままだと単なるマネキンにしか見えなかった。

「パパが居ない今、弥生に頼むしかねぇ……お願いだ。何とかしてやってくれ」

 真剣な表情でキズナは弥生に頼み込む。しかし、頭を両手で抱えているその絵面はどう見ても葬儀の出棺時の親族のそれである。

「キズナ、とりあえず頭置こう……お葬式みたいに見えるから」
「……確かに」
「ええと……エキドナさんからメンテナンス用のアクセスキーはもらってるからバラバラにしてみたんだけど、パソコンが無いからどうやって診断した物か……モニターもないしなぁ」

 万が一のためにエキドナが弥生を整備員として自分の身体をいじれるようにしたものの、本来であればエキドナの意識が残っている前提だったりするので現在の状態を知る事が出来ないのであった。

「……そういうのは全部パパが車にしまってたからなぁ。あたしの端末も画面割れて使い物にならないしそもそも充電できないから」
「エキドナさんが寝ちゃう事って今まであった?」
「姉貴はあたし達に合わせて夜はちゃんと寝てたぜ……生体パーツの疲労もその時に解消してたから」
「そっか、少しこのまま様子見ようかな? 見た目には接合部とかの部品が摩耗してたりしてないから内部的な問題だと思う」

 弥生の見立てではすぐにエキドナが故障して動かなくなるとは思えない、生体パーツは最悪予備を使えばいい事だったし機械的な部分はメンテナンス用の開閉部分を見た限りでは壊れている部分は無かった。そうなるとシステム部分、エキドナの意識に何かあったと推測できた。

「頼んでいいか? あたし買い物済ませてくるよ。何かお昼ご飯に摘まめる物も買ってくる」
「いいよ。あ、そうしたら統括ギルドに寄ってオルちゃんに私今日は有給って伝えてもらっていい?」
「そんくらいお安い御用だ。ついでにおチビちゃんもお迎えしておく」

 颯爽とエキドナ達の私室から用事を済ませるために退室するキズナ。
 それを見送って弥生はちょこんと開いているキズナのベットに座り込んだ。

「自動アップデートでもしてるのかな? あ、それはないか……多分オフラインだし」

 普段なら打てば響く様なエキドナの相槌が無いので言葉が続かない弥生、思い返してみればこの世界で目を覚ました後からずっとエキドナは弥生達と共に行動してくれていた。
 
「こんなに静かだったっけこの家」

 文香も真司も全幅の信頼を置いているだけに、こうして静かに横たわっていると物足りない、とか変な不安感があった。

「エキドナさん、調子狂うから早く起きてください―。額に肉とか書きますよ?」

 つん、とエキドナの生首を指でつつく。
 もちろん反応が無い。

「あ、そうだ……」
 
 こんな時に、というかこんな時でもないと出来ないことを弥生は思いつき。
 おもむろにエキドナの服を脱がし始めたのだった。なぜか両手をワキワキとさせて実に楽しそうに。



 ◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆


 ――最適化完了、メインシステム起動…………起動成功、サブルーチンを実行。メインAIの起動可能――

「くぬ、頭重い……いきなり来たなぁ。やっぱり緊急スペアのこの身体じゃ無理は厳禁かぁ、早いところ焔と氷雨を探さなきゃ……」

 緊急の最適化ということもあってほんの僅かにエキドナの頭に鈍痛が走る。
 
「どれくらい寝ちゃったのかな? キズナと弥生に迷惑かけちゃった……」

 どうやら自分のベッドに寝かせていてくれたらしく、窓から見える光景はいつもののんびりとした空だった。相変わらず外の喧騒はにぎやかで……太陽はさんさんと真上を漂っている。

「げ、お天道様があんな所に。おや? 弥生かな? メンテナンスコードの使用記録だ……ん?」

 とりあえず起き上がろうと手を動かそうとしたのだが……未接続オフラインとなっていた。
 
「おおう、おねーさんの四肢がバラバラだねぇ……あ、関節部にグリス塗ってある。ありがたやありがたや……再接続っと」

 途端に両手両足が痙攣してわきわきとそれぞれストレッチを始める。
 一通り関節を解すと両の手が指で移動して器用に胴体と接続、そのまま両足をむんずとつかんでかしょんかしょんと気軽にくっつけていく。 

「あれ? 滑りが良いな……もしかして可動部の砂鉄とかもとってくれた?」

 機械的な接続もだが、補助のために電磁波での接続も行っているためエキドナさんの手足の接続部は良く砂鉄がくっついてしまう。電源を落としていないととるのが面倒なのでありがたい話であった。ちなみにキズナにこれを頼むとかなり嫌な顔をするし不器用なので取り切れない事が多いのだ。

「何だろう、心なしか手足も……爪が切りそろえてある。僕寝てる間にエステにでも突っ込まれたのかな? お肌すべすべだ……え、何があったの? かえって怖い!」

 ちょっと過剰な位に手入れが行き届いていてエキドナが恐縮や感謝を通り越して若干怖くなってきた。まあ、こんなことができるのは現在某秘書官のみである。

「誰かいないかな? あ、服が無い……なんで脱がされたんだ僕!?」

 シーツを捲るとパンツ以外何もつけていない自分の身体があった。
 ここまでくるとちょっとやりすぎな気もするねぇ、とエキドナさんの背筋に寒いものがつつーっと伝う。そういえば弥生はエキドナの胸とかフィヨルギュンの胸に並々ならぬ関心を向けていたのを思い出す。

「ま、まさかねぇ」

 あはは、と乾いた笑いしか出なかったエキドナはとにもかくにも服を着ようとベッドをから降りるために右足をベットから降ろす。すると何やら床より柔らかくて暖かいものが触れた。

「ぐえっ」
「なんか朝にもこんなことがあったなぁ」

 流石に声で弥生だと分かったエキドナはそっと足を避けてベットから降りる。

「うお!?」

 エキドナはそんな弥生を一瞥して驚愕の声を上げた。

「なんだいなんだい、オーバーホールでもする気だったのかい?」
「うにゅう……」
「あーあー……涎垂らして、乙女のする格好じゃないよ?」

 どうやら疲れて眠ったらしい弥生が満足そうに微笑んでいた。

「暫く寝かせてあげようかな。暖かいしタオルケットだけで十分だろうし」

 弥生の周りには砂鉄を取った粘土や磨き粉が付いている布。それから鉄ブラシなど様々な工具が散らばっていた。
 それらをエキドナは弥生を起こさないように静かに退かしてタオルケットを優しく乗せてあげる。

「んにゅう」

 普段から明るい弥生だが、寝顔は文香と一緒であどけない。そういえばキズナもそんな時期があったなぁとエキドナは目を細めた。

「さて、流石にパンツ一丁じゃ落ち着かないねぇ。着替え着替え……」

 ――がちゃり

 ちょうどエキドナがベッドの隣に置いたタンスから着替えを取り出そうとした時、音をなるべく立てないように気を使った様なドアの音が鳴る。

「姉貴、起きてるか?」

 ほんの少し開いた扉の向こうからキズナの伺う声がエキドナに届く。

「起きてるよ。着替えたら食堂に行くから待ってて」
「わかった。弥生は?」
「寝てるよ。このまま少し休ませてあげよう」
「うん」

 起こさないように静かにやり取りを終えて、着替えたエキドナは忍び足で部屋を出る。そこには両手に荷物を満載したキズナが安堵の笑顔を浮かべながら立っていた。

「買い物行ってきたんだ。なんか食うか?」
「僕は流石にお腹減ってないよ。弥生が起きたらで良い」
「…………大丈夫なの? 姉さん」

 そっと、部屋の中を覗いて弥生が寝てるところを確認したキズナが口調を元に戻す。

「とりあえず食堂に行ってから説明するよ」

 頷いたキズナから荷物を半分受け取り、食卓テーブルの上に中身を広げながら。もう良いだろうと普段通りの声の大きさでキズナに話しかける。

「心配かけちゃったね。ごめんごめん」
「本当、いきなり倒れたから血の気が引いたよ……弥生もすごく心配してた」
「エラーが多すぎて緊急の最適化が始まっちゃってね。困った困った」
「やっぱりあんまり良くないの? あ、お茶くらい飲むでしょ? 私が煎れるね」

 そう言ってキズナはお湯を沸かすためにヤカンに水を入れ、手慣れた様子で竈門に火を入れた。

「確かに喉は乾いたかなぁ。身体はそんなに大丈夫じゃないけどそもそも、ね」
「よりによってその身体だもんね」
「今頃焔にイタズラされてたりするのかな僕の身体…………よよよ」
「パパが姉さんになにか出来るとは思えないよ。それよりママに悪戯書き位はされてるんじゃない?」
「あの性悪ならやりかねない……」

 念の為キズナと会話しながらも身体の再チェックを行うエキドナの脳裏には朝と同じようなチェック項目がつらつらと並ぶ。
 しかし、朝とは違いチェックの時間が心なしか早かった。

「どう?」

 エキドナの背中や腕の駆動部からする動作チェックはキズナにとっては見慣れたもので姉が何をやっているのかはすぐに察する。

「あれ? 大分改善されてる……」

 朝方は大部分が真っ赤だった検査結果。それが今では3割程に減って、黄色も若干増えた程度。
 何より緑の項目が半分以上を占めていた。

「凄いなぁ、弥生は腕がいいね………これならまだしばらく動けそうだ」
「頑張ってくれたんだよ。私じゃ姉さんの整備難しくてここまでできないもん」
「確かに関節部の不具合や接合部は軒並み楽になったよ。ちゃんとした設備があったらオーバーホールも出来そ…………う」

 エキドナがオーバーホールと呟いた後、微妙な表情を浮かべる。目が覚めたときパンツ一丁だったのを思い出したのだ。

「どうしたの?」

 そんなことは露知らず。キズナはエキドナの顔を見て疑問符を浮かべる。

「あ、いや。なんでもないよ……」

 そういえばメジャーとか何に使ったのかわからない道具もあったなぁ。と記憶をたどるエキドナさんだが弥生を信じることにした。

「とりあえず弥生が起きたらお礼してね? 変な姉さん……」
「ね、ねえキズナ。キズナは弥生が僕を整備してたところ見てた?」
「最初だけ、かな? 買い物袋忘れて戻ってきたときは姉さんの脚を鉄粉取ったりしてたよ」
「そ、そう」

 その後弥生は起きて開口一番、エキドナに定期メンテナンスの重要性を説教、今後は毎週エキドナが弥生に整備してもらうことになったのだが…………毎回その時、弥生の笑顔が若干怖いと感じるようになったのは別のお話。
 
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