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子の心親知らず……歯じゃないよ?

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 弥生達がまだ日本にいた頃、とある丘で夫婦は途方に暮れていた。

「幸太郎さん……これ、やりすぎじゃあ」
「つい、その……狩りすぎちゃって」

 白髪の美女、と言っても老婆ではない。まだまだ若く二十代と紹介されても違和感が無い垂れ目の女性である。腰に手を当てて呆れたように傍らの男性に声をかけている。
 山の様に積まれる野ウサギやカモに似た鳥、その上イノシシや多分魔物だと思われる真っ黒なオオカミ。それらすべてが幸太郎の手によるものだ。
 180cmを超える長身、鍛え抜かれ引き締まった体つき。その反面柔和な雰囲気の糸目とサラサラの黒髪が先に目立つ。しかし何よりも背中に背負った西洋弓が存在感を主張する。

「まさか自作の弓を作って生計を立てる事になるとは……夢にも思わなかったよ」

 ひゅん、と背中から弓を取りまわして幸太郎が空に向けて狙いを定めた。流れていく雲、木から落ちた葉を運ぶ風、さんさんときらめく太陽。ようやく春が巡ってきたばかりの草木の匂い。

夜ノ華やのかの髪も真っ白になっちゃったしな」
「これはこれで綺麗じゃない? 中途半端なまだらになるより」
「確かに、弥生達が見たらびっくりするだろうな」
「どこにいるのかしらね。あの子達……」

 二人は事故に逢い、目が覚めた時はこの丘に居た。
 燃え盛る車内で意識を失ったところまでは二人とも覚えていたが……

「わからない。でも、桜花さんのおかげで助かって……やっとこうして動けるようになったんだ。探そうじゃないか、迷子の弥生達を」

 車もなく、見知らぬ土地に放り出され、腹部に車の部品が深く刺さっていた夜ノ華やのかと両目にガラスの破片が入り視界が失われた幸太郎を助けたのは白衣の女性だった。青みがかった銀髪のメイドを連れた彼女はまるで魔法の様に自分たちを治してくれた。

夜ノ華やのかだっけ? ごめんね……髪の色抜けちゃったわね。血が足りない分どこかから補おうとしたらそうなっちゃって。幸太郎は身体を鍛えなおした方が良いと思うわよ?』

 とても軽い口調でとんでもない事をしてくれた彼女は数日、幸太郎と夜ノ華やのかと共に過ごし着の身着のままだと大変だろうといくらかのお金と食料、そして工具を置いて行ってくれた。
 その後は大変だった。
 まずは衣食住なのだが何にもわからない。何とか町を見つけ出し、お金を稼ぐ術を見つけ、もしかしたら子供たちが見つけてくれるかもと一縷の望みを込めてあの場所に家を建て……結局二人は一年がかりでようやく生活の基盤とリハビリを終えたのだ。

「まずはミルテアリアでお店でもやろうかしら。喫茶店とかね」
「そうだな、僕も何か本の写しとか事務の仕事でもあれば……」
「幸太郎さんは狩りで稼ぐ方が早いと思うなぁ……」
夜ノ華やのかは冒険者ギルドで魔物を乱獲する方が早いと思うなぁ……」
「「ああん!?」」

 身長的には夜ノ華やのかが幸太郎を見上げる形になるのだが、お互いにらみ合っていてもあんまり威圧的な雰囲気が無い。と言うかこの夫婦、一日数回こんなやり取りを始める。

夜ノ華やのか……その革の手甲に追加された金属の爪。後その服……中二か?」
「幸太郎……その弓の弦、この間ミルテアリアで見かけた高級品よね?」
 
 ちなみに夜ノ華やのかはその金属爪をいたくお気に入りになり、夜ごとに砥石でしゃーりしゃーりと研ぐのが日課になっていた。幸太郎は幸太郎で元開発設計のスペシャリストとしてのさがか最初は10メートルほどしか飛ばせない木製の弓がこの一年で金属部品や魔物の素材が9割を超えて……矢の飛距離が軽く百メートルは飛ぶようになっている。

「「いくらかかったと思ってるのかな!?」」

 ちなみに二人ともほぼ同額の高額お買い物をしていたりした。

「大体その足!! 太ももばっちり見えてるしタンクトップ!? 学生の時だってそんな格好したことないじゃないか!!」
「そっちだって何よあの黒いマント!! ゲームの主人公でも着ないわよ今どき!!」
「……やめよう、なんか虚しくなってきた」
「確かに、なんか若返ったぽくてお互いはしゃいだ結果よね。これ」
「一体何だったんだろうな? 桜花さんは単なるアンチエイジングとか言っていたけど四十肩も治ったし鍛えれば鍛えた分だけ筋肉ついたし」

 桜花の治療で傷が治っただけではなく若返りまでしてしまった二人はもうはしゃいだ、それこそ子供には見せられないほどひゃっはーと。

「とにかく魔法国ミルテアリアに行って何かお店を始める、安定させて従業員にお店を任せたらまた次の国へ。だったわよね」
「それが一番わかりやすいと思うんだよな。スマホも飛行機もないし僕らが手掛かり残しながら旅をしていくのが良いと思うんだ。一つの国に留まるのは3ヵ月、これでしらみつぶしに行こう」
「お店の名前は……わかりやすいのが良いわよね」
夜ノ華やのかに任せるよ……僕はほら。ネーミングセンスが壊滅だから」

 ある時に猫を飼う事になった日下部家で、幸太郎の出した名前案は控えめに言って最低だった。
 何よりも反感を買ったのはちんまりとあくびをする子猫を見て『おでん』と言い始めたのだ。よりによって食べ物に例えた上に、幸太郎は幼少期山暮らしだったこともあり……家族全員から非常食扱いとは何事だ! と目くじらを立てて怒られる羽目になった。それ以来名前つけには一切参加しようとしない。

「そうね、おでん事件があったから幸太郎には聞かない事にする」
「たのむ、アレを蒸し返すのはやめるんだ。僕が泣くぞ、超面倒くさいぞ」
「新手の脅しなの? 大人気ない……」
「今でも弥生の冷たい眼差しが……真司の『会話? ああ、確か家族での言葉のやり取りですね』がぁぁぁ」
「自業自得だとお母さんは思います。まる。さて、このお肉干し肉にしておかなきゃ」

 両手を戦慄かせて怯える夫を見て笑う妻。
 一年がかりでこの世界での適応を図った二人が世界各国をめぐりはじめたこの日、夜中まで唸りながら夜ノ華やのかが思いついたお店の名前は『マーチ』。このお店ができた数年後。ちゃんとその役割を果たすことになる洋菓子店『マーチ』1号店。失敗だったのは思った以上に繁盛してしまい書置きなんかを残さなかった事だけである。
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