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閑話:姉と妹と弟 前編

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 にぎやかな喧騒の中、弥生は鼻歌交じりに帰宅する。
 相変わらずの地味な焦げ茶色の書記官制服、真っ黒な髪を髪紐でくくるだけのしっぽを揺らしてのんびり歩く。
 荷物は基本的には持たない、だって自宅にたどり着けなくなるから。
 
「ふーふふん♪ ふふふふーん♪」

 ウェイランド全体がそこはかとなく沸き立っている。
 誰もが皆少し足早に笑顔を浮かべながら目的地へ向かって。ノルトの民はそんな皆を踏んでしまわない様にいつも以上に気を使い、そんな彼らのために通り沿いの商店やギルドの新人さんが自主的に交通整理を行い……子供たちがにぎやかに笑う。

 普段も穏やかなウェイランドだが、今はそこに活気が足されていた。
 誰もが参加でき、誰もが楽しめる年に一回のお祭り。今年はなんといっても50周年の記念のお祭りでもあった。
 各ギルドのギルド員はいつも以上に気合を入れて出し物を決め、統括ギルドも初めての試みとして統括ギルドの建物丸ごとをお化け屋敷と軽食屋さんにしてしまったり。
 いつもとは違う国の雰囲気を誰もが感じ取っているらしく、宿の女将さんもギルドの仕事へ向かう皆へ手渡すお弁当がちょっとだけ豪華になってたりする。

「あ、姉ちゃん」

 そんなギルドからの帰り道で弥生は真司と鉢合わせした。
 真司もちょうど魔法士ギルドでの作業を終えて統括ギルドへ向かっていた所だった。

「真司、即売会の準備は終わったの?」
「うん、ギルド長と皆が最後の検品をしてるよ……偶に予想外の機能が残っていて事故が起きない様にって」
「そっか、この間みたいなことはちょっと困るしね」
「そうだね……転移系の魔法具なんて混ざってたら大変だもんね。姉ちゃんのパン「それ以上!」」

 真司の言葉に被せる強い口調の弥生。
 その声音にはかたいかたーい意思が乗せられていた石みたいな。

「それ以上、言葉に出したら……真司、今晩の晩御飯。わかってるわね?」
「アイ、マイシスター」
「よろしい」

 何があったかはお察しである。

「ところで、文香は? 家政婦ギルドに居なかったんだけど」
「ジェノサイドくんとお裁縫用具返しに行って、ラミア族の女の子送って帰ってくるって」
「ああ、ミリーね。ラビリアさんの娘でしょ? 統括ギルドに戻っちゃうんじゃないの?」
「大丈夫、今日はちゃんと家に帰したから」

 蛇なので生命力は十二分にあったからだろうか? 気が付くと数日ぶっ通しで縫物をしていたりするので弥生が半強制的に仕事を区切る事になった。もう一人の担当者も不死族なので基本的に寝ない、しかもホビット族の特色として飽きやすい性格のはずが、彼女の場合よほどお化けのコスプレにハマったのかハイテンションでラビリアと仲良く作業している。

「すごいよね、全員分の衣装とメイク担当するんでしょ?」
「ちゃんと本人達もナイトメア区画でご出演するって……」
「……結局何か所に分けたのさ」
「ええと、上級者向けの『ナイトメア』、通常区画の『震える夜の悲鳴』、家族、カップル用区画の『リア充くたばれ』、文香とあんたが担当した『怖いぞ暗いぞ』で4つかな」

 最初は統括ギルドの建物全部を一個のお化け屋敷にしようかと思っていたのだが、あまりにも広すぎて現実的ではなかった。最終的に各区画の中間地点に軽喫茶『死してなお労働に従事する』を配置するに至るという……。

「やりすぎじゃない?」
「仕方ないじゃない、できちゃったんだから」

 それは弥生が動いたからだろう。真司は済んでの所でその言葉を飲み込む。

「まあいいけど、オル姉は?」
「それがクロウ宰相の所で引きこもっちゃってる」
「……明日様子見に行ってくるよ」
「お願い、天岩戸じゃあるまいし……」

 絶賛拗ねて立てこもり中のこの国ナンバー2の幼女は職権乱用中だった。
 これでも弥生は頑張ったのだ、キズナやマリアベル、クワイエットと宰相執務室の前であれやこれや手を尽くしてたのだが……最終的に夜音と糸子を投入したのに一ミリも扉は開かなかった。

「はいはい、僕は明日暇だからご飯でも食べに行けば出てくるでしょ。きっと」
「そういえば牡丹さんは?」

 ふと、弥生は護衛であるはずの牡丹が見えない事に気づく。
 先日家政婦ギルドに所属して以降、やたらと短いフリフリスカートと露出多めのメイド服で真司の後ろをついて歩いていたはずなのだが……

「……なんか家政婦ギルドの偉い人が来て、今朝どこかに連れていかれちゃった」
「そ、そうなんだ」
「牡丹姉曰く、しばらく安全だから私の護衛はぶっちゃけいらないのよねー。だって」
「ああそれ、クワイエットも言ってた」
「なんでだろうね?」

 最近はエキドナも洞爺も居ないので牡丹が張り切ってたのだが、急に遊び始めたので真司は疑問に思っていた。まあ、キズナが居るからだ取ろうと勝手に思っている。

「……(マリアベルさんがいるから、だろうと思うんだけど真司には言わない方が良いわよね)」 
「何その顔……」
「なんでもないわ。あ、そうそう……お父さんとお母さん探しに出る準備は任せちゃってるけど大丈夫?」

 マリアベル絡みの所は真司には伏せる、で一同が結論づけた。優しさ……なんだと思う事にした弥生だった。とりあえず露骨に話を逸らす。

「ギルド祭終わってから出るんだよね? 冬だから結構大荷物だよ?」
「運搬はジェノサイドくんだからかなり心強いよ」
「……本気なんだ。まあ、姉ちゃんが荷物持てるなんて期待はしてないけど」
「さすがね、我が弟」
「せめて洞爺爺ちゃんが戻ってくるまで待たない? レンが居ればかなり楽だよ?」

 どれくらいで洞爺は戻るのか明言しなかったが邪心竜であるレンに頼んで旅程をかなり短縮できるメリットは大きい。万が一の時に最速でウェイランドに帰れるのも魅力だ。

「レンちゃんは文香の護衛に残ってもらうし、お爺ちゃんは真司の護衛だもん」
「……え、ちょっとまってねえちゃん!! 僕らを置いていくつもり!?」
「うん、置いてく」
「なんで!?」
「普通に危ないもん。オルちゃんにもその方が良いって許可ももらったよ」
「聞いてないんだけど?」
「今晩言うつもりだったから!!」

 悪びれもせず弥生は弟に宣言する。
 そうこうしてる間に文香が待っているであろう、自宅へ着いたタイミングで。
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