長女は家族を養いたい！ ～凍死から始まるお仕事冒険記～

最終決戦 ⑩ アーク

　本気だった。
　アークは紛れもなく本気で弥生を殺しにかかっていた。

　その先頭における技量はそもそも高く、再生ではなく身体そのものを付け替える事で不屈の耐久力を誇り。
　専用の武装である聖剣を用いてなお……ただ一人の少女に勝てなかった。

「なんで……」

　高出力の電磁パルスは効かない。

「ナンデ……」

　人間の出しうる筋力の限界を超える打撃も正面から殴り返される。

「なんで……」

　聖剣で斬りかかると刀ではじき返された。

「これはクワイエットの分！」

　左手で弥生が構えた銃が火を噴く。
　その弾丸は見事にアークの左胸を撃ち抜いて心臓を破壊するが、アークが本能的にスペアの心臓と入れ替えた。

「なんで！！」

　一向にアークの攻撃は弥生に髪の毛一本分も触れられない。
　
「これはイストさんの分！」

　アークの視界一杯に広がる弥生の靴の裏。
　――ごきっ！！

「ぷあっ！？」

　躊躇なく鼻を踏み砕かれて鼻血が噴き出て、アークの呼吸が乱れる。
　たたらを踏んで体勢を崩した先に拳が待っていた。

「これは！　えーと、後誰だっけ……」

　掬い上げるような見事なアッパーカットで弥生はアークの顎を砕く。
　ごしゃり、と何本かの歯が宙を舞いそこらへんに血のしずくと共に飛び散った。

　もはや誰の分だろうと関係なく、弥生の一撃一撃がアークの防御力を突破し肉体だけではなく心もしっかりと砕いていた。
　あまりにも一方的な展開でキズナどころか真司と文香ですら言葉を失う。

「ほら問題なかろう？」

　一匹だけふんす、とふんぞり返る巨大な蜘蛛。
　ジェノサイドだけはその未来が見えていたかのように得意気で、全員の疑いの視線を一身に受けていた。

「何したんだお前」

　キズナが額から汗を流しながらジェノサイドを問い詰める。
　さっきから夢か幻であってほしい弥生のタコ殴りショーを見て冷や汗が止まらないのだ。

「うむ、あれが本来の主のスペックだな。正確にはああなる可能性があったというべきか……キズナ殿、ギルド祭の時の事を覚えておるか？　主の額の『とげ』を」
「とげ？　ああ、そういえばデコピンで弾いたな……アレがどうした？」

　抜けない抜けないとあまりにも言うので、仕方なく取ってやったのを思い出す。　

「アレは主の命を吸っていた……ほんのわずかに、何年も何年もな。我の姿を鑑みると氷を扱う怪異だと思うが理由は不明だ……それを我が喰らい、こうなったのだが。いささか多くてな」
「つまり……アイツ今まで常に瀕死だったって事か？」
「そうなる、絶妙に命を奪わずため込み続けていたのは訳が分からんが……それを一時的に主へ多めに返しているだけだ。その内落ち着くだろうな」

　それを聞いて洞爺達も何となく合点がいく、いくら運動音痴とは言え確かに弥生はあまりにも貧弱過ぎた。
　その弟と妹は並み以上に動けるのに。

「ただ、あのように力を得ただけで自在に自分の身体を扱うのは容易ではない。そこは主のセンスだろうな……大したものだ」
「そりゃあ、あいつよく見てるからな俺や爺さんの稽古とか……」
「努力は認めるが……あの頃はどうやっても体力がつかなかったからのう……」

　洞爺も会話に加わり、当時の事を振り返る。
　一生懸命走るのだが１０秒と持たずに倒れこむ弥生をどうやって鍛えればいいのか本気で悩んだ。
　結局、全員がコーチとしてはさじを投げたが……その効果は今の弥生が活かす。
　見よう見まねとは言えキズナの戦い方や洞爺の斬り方に似ているのだ。

「そもそも、アークは魔法に対しての戦闘訓練を積んできているから……弥生ちゃんみたいに魔力とかじゃなく純粋なスペック勝ちをされたら手も足も出ないんだよね」
「そうね……私も魔力を奪われて力が入らなくなって殺されたんだもんね」

　アークと直接対決をした間宮零士と響子の夫婦は当時を振り返る。
　魔族にとって魔力はあって当たり前、どんな攻撃にも魔力は乗るし……回復力も角の魔力が必要だった。

「僕や牡丹が嫌われてたのはそこかぁ……確かに魔力は使わないからね」
「なるほどね。案外ぼこぼこに殴りまくれば勝てたかもしれないのね」

　同じ理由で魔力を持たない桜花や妖怪の夜音、文香は相当警戒されていた。
　
「それだけじゃだめだよ。あの聖剣自体が彼のマスターデータになってるから……破壊しなきゃいけないんだけど瞬間的な物理攻撃だけではどうやっても壊せなくてね……かといって魔法は吸収されて強化される。方法としては貯蓄された魔力を消費させるだけ消費させて……耐久限界まで継続した攻撃するしかない……金属である以上、いつか壊れるからね」

　だからこそ、零士はパンデモニウムの動力源として聖剣を接続して魔力を吸い上げ返した。
　その上でスペアの身体ごと力づくで壊すという選択肢を思いつく。

「ま、今は弥生が壊してくれそうよ……」
「完全にアークの心を折りましたね」

　のんきに焔からおすそ分けしてもらった煙草をカタリナと一緒に楽しんでいる桜花が、呆れ交じりに眺めていた。
　あれだけ取り乱したりと喜怒哀楽が激しかったアークが、もはやうめき声一つ上げられず。
　それでも基幹のプログラムに従い逃走すらせず戦い続けていた。

「なんで逃げないんじゃ？　あやつ」
「逃げる条件がそろわないからだと思う、弥生ちゃん。感づいてるんじゃないかな？」

　零士が憶測だが、と付け加える。

「多分一対一では逃げねぇよ。今までだって逃げる時は必ず数人で囲んだ時だ」

　キズナが今までの戦いを思い出してその真実にたどり着いた。

「あいつ……一対一で負けた事ねぇんだわ。きっと」

　人類『最強』の英雄が一対一で負けるという事は……最強ではない証明となる。

「じゃあ……終わるんやね」
「だろうねぇ……」

　それから十分、弥生はキズナの小太刀と銃を使い。
　徹底的に聖剣とアークを攻撃し続け……

　――ぱきん

　とうとう、アークとその聖剣の破壊に成功するのであった。