ミーナの冒険

きょん

文字の大きさ
9 / 21

第八話 船出

しおりを挟む
 翌朝、東の空が僅かに白む頃に船は港を発った。次第に明るくなる空、やがて昇った朝日が川面を照らすと、舳先が割った川面から水しぶきがきらきらと輝いた。

「んーっ、良い気持ち……」

 晩秋の陽光を浴びる少女は大きくのびをすると、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。そんな様子でミーナが始まったばかりの船旅を満喫していると、不意に彼女を呼ぶ声が聞こえる。

「なあー! 手伝ってくれよー!」

 振り向くと、埃と蜘蛛の巣にまみれたジェフが口をへの字に、船倉から頭だけ出していた。

「ええーっ⁉ 掃除を頼まれたのはジェフでしょ? 一人でやりなよ!」
「そんなこと言うなよ、それにお前今暇だろ?」
「うーん、まあ暇だけどさ……」
「頼むよ~、整理して出たガラクタはくれるって船長が言ってたし、何か良い物有ったらやるからさ、なっ?」

 あまりにしつこい幼馴染の頼みに、少女は渋々だが手伝う事にした。



 薄暗い船倉で、二人は指示通りに荷物と不用品を整理した後、適当にだが埃や塵を掃除した。

「サンキュ、助かったよ」

 ジェフは軽く礼を言った後で少女に背を向けて、不用品をまとめた木箱の中を漁り始めた。

「どういたしまして。ところでどう? 何か良い物有りそう?」
「そうだな……」

 木箱の中を引っ掻き回す少年の傍らで、ミーナも目ぼしいものはないかと物色する。

「お、これなんかは修理すれば使えそうだぞ」

 ガラクタの中から引きずり出されたのは、随分とくたびれた革鎧だった。その腹部は裂け、胸部から上の状態も良いとは言えなかった。

「直さないと着れないよ?」
「任せておけよ。うちが道具を売るだけじゃなくて直したりもしてるの知ってるだろ?」
「そう言えばそうだね」

 革鎧の状態を確かめるジェフの横で、ミーナも何か役立ちそうなものはないかと木箱の中を物色する。
 何に使っていたのか分からないようなゴミ同然の、まさにガラクタを掻き分けていると、その中に奇妙な手触りの紐がついたYの字型の棒を見つけた。

「何だこれ? この紐、変な感触。引っ張ると伸び縮みするよ!」
「あー、それ? ゴム紐っていうんだ。最近見かけるようになった素材だよ」
「ふーん、で、この道具は何?」

 ゴム紐を引っ張っては戻しを繰り返すミーナ。ジェフはその様子を一瞥すると再び手にした鎧に目をやる。

「そりゃパチンコって言うんだよ。その紐が戻る力で石とかを遠くに飛ばせるぜ」
「武器?」
「一応それで鳥とかを仕留められるらしいぞ」

 少年の言葉に少女は目を輝かせると、パチンコを彼の目の前に突き出した。

「使い方教えて! 掃除のお礼ってことで!」
「しゃーねーなぁ……、でもこれ壊れてるな。そのうち直してやるよ」
「ありがとー! 楽しみに待ってるよ!」

 ミーナはパチンコを手渡すと、ジェフとともに甲板へと軽い足取りで上がっていった。



 少女は傾き始めた日に照らされながら、ぼんやりと遠くを眺めていた。

「ミーナちゃん」

 不意に名を呼ばれ振り向くと、エリーが疲れた表情を浮かべて立っていた。

「あっ、エリーさん。仕事は終わりですか?」
「ええ、大分くたびれたわ」

 彼女は額に浮かんだ汗を右手で拭ってから、左手にもったカップに口をつけた。

「なんだか大変だったみたいですけど、どんな仕事をしてたんですか?」

 労いの言葉を掛ける少女は好奇心に満ちた視線をエリーに向ける。

「簡単に言えば、この船を動かしてたのよ」
「えっ? エリーさんがこの船を漕いでるって事ですか?」

 大きな目を更に真ん丸に見開いたミーナ。そんな彼女を見たエリーは思わず吹き出すと、俯き加減にくすくすと笑いながら船の縁に腰掛けた。

「私ってそんな怪力の大女に見えるのかしら? ちょっと傷ついたわ」

 もう一度カップの中身を口に含んだ娘は、それを飲み下すと顔を上げてミーナを見遣る。

「あっ、そういう意味じゃなくて……」
「冗談よ、気にしてないわ。で、この船だけど、近頃見かけるようになった蒸気機関という機械の力で動いているのよ」
「じょうききかん?」
「詳しい仕組みは私にもよく分からないけど、炭や薪を燃やした炎の熱で……あれを動かして船を動かすの」

 簡単に説明をする彼女は言葉を切ると、水音を立てて回る外輪に目を遣った。
 すると、船の側面に設えられた外輪に視線を向けながらも、ミーナは質問を続ける。

「でも炭をくべる仕事をどうしてエリーさんが? 力仕事ならジェフにやらせればいいのに」
「この船の場合はそうもいかないわ。何故なら石炭の代わりに炎の感応石を熱源にしているからよ」
「じゃあ術で動く船って事ですか!」
「まあ広義にはそうなるかもしれないわね。もっとも、アルサーナ……つまり隣国の船舶はこんな回りくどい事をせずに、水術を使って水の流れを操って船を動かすのよ」

 説明を一通り終えたエリーは、再度カップの中身を口に含んだ。

「エリーさんって色々知ってるんですね! ……そこでお願いがあるんですが、わたしに術の稽古をつけて欲しいんです。わたしもエリーさんみたいにかっこよく術を使えるようになりたいんです!」
 そう言った少女は船の縁に近づき、船外に両手の平を向けると、眉間にしわを寄せて念を込めるかのように唸る。

「ん~~~~~~っ、やっ!」

 そして掛け声と共に手を叩くような何とも弱々しい破裂音が響き、落ち葉をくべた焚火から出るような白い煙がうっすらと広がり、直ぐにかき消えた。

「これでも一応、勉強中なんですけどね……はははは、はあ……」

 あまりにもお粗末なそれを曝け出すと、がっくりと肩を落としたミーナは自嘲的な乾いた笑い声をあげた。
 そんな彼女の様子を見て肩をすくめたエリーは、一度小さくため息をつくと少女に歩み寄る。

「仕方ないわね、少しだけ教えてあげるわ」

 少女の華奢な肩に右手を掛けると、彼女は片目を閉じて微笑み掛けた。



「もっと意識を集中させて、どんな事象を発生させたいのか強くイメージするのよ」
「ん~~~~」

 突き出された少女の手の平が僅かずつだが輝き始める。

「もうちょっとよ、体の内にある力と意識を押し固めて手の中に蓄えて」

 ミーナは瞼を強く閉じ、険しい表情のまま更に意識を込め続ける。

「今よ!」

 輝きが一段と増した瞬間、エリーの掛け声と共に少女はその大きな目を見開く。
 ポンっ。先ほどよりは幾分か強さを増した破裂音が響く。
 けれども、少女が望むような閃光や爆炎は一切現れなかった。大きくため息をつくミーナの顎からは汗が滴る。

「もう今日はやめにしましょう。汗を拭かないと風邪をひくわ」

 既に太陽は沈みかけて、先ほどまでの暖かな陽気は水上を吹き抜ける寒風にかき消されていた。

「うう……」

 額の汗を拭うと肩を落とすミーナ。そんな彼女の肩に手をやったエリーは、その顔を見つめながら言葉を掛ける。

「大丈夫、きっとそのうち出来るようになるわ。ただ、攻撃的な術だから身が危険にさらされるような場面に遭遇しないと、イメージを掴めないかもしれないわね」
「明日はもっと厳しくお願いします!」
「そうね、私に余裕があったら考えるわ。けれども身を守るのは力だけとは限らないのよ」

 諭すようにそう言ったエリーは船室へと歩みを進め、その後をミーナが追った。



 夕食も済み、停泊した船上にはかがり火が灯っていた。炎が川面を照らしていたが、その水面はまるで墨を流したかのように黒々として見えた。

「見張りは朝までなの?」
「ああ、これでも修理しながらのんびりやるよ。って、もう修理終わりそうなんだけどな」

 先ほど見つけた革鎧を持ちながらジェフは言った。

「何かあったらみんなを起こすんだよ」
「大丈夫、それくらいわかってるさ」

 心配そうな視線を向けるミーナに、ジェフは怪訝な表情を浮かべる。

「おまえらしくないじゃん、俺の事心配するなんて」
「何ていうか、嫌な予感がするんだよね」
「変なこと言うなよ、怖がらせようって魂胆か?」
「そんなんじゃないけど、とにかく気を付けてね」

 胸騒ぎの原因は分からなかったが、幼馴染に気を付けるようにと念を押した少女は寝床へと向かった。

「嫌な予感、ね……」

 腰に携えた長剣の柄に手をやったジェフの呟きは、漆黒の闇夜へと吸い込まれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...