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第二章 異人であること
不穏
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「・・・・・・これ、あとどれくらい続くんだろ」
ようやく座学から解放された僕は、へろへろになりながら机に突っ伏していた。
座学の内容は題して、異世界の歩き方、みたいな感じ。
ネグロフ王国がどこにあるか、王都はどこにあるか、人間と魔族の勢力図はどうたらこうたら・・・・・・。
自慢じゃないけど、僕は勉強も運動も得意じゃない。
一日説明されたくらいでは、内容の三分の一も覚えられないのではないだろうか。
まぁ、だから数日間は座学中心なのだろうけどもさ。
「つらい。・・・・・・ただ純粋に、つらい」
普通、こういうのって感覚とか成り行きとかでなんとかなるものじゃないの?
なんて愚痴ってしまうけど、現実はそう甘くないということだ。
なんせ、皆はともかく、僕はまず間違いなく特別な才能になんて恵まれてないし、小説かなんかで読んだことのあるチート設定みたいなものもない。
ほんと、等身大の十七歳。冴えない高校二年生なんだから。
「お疲れ様です、ユウスケ様」
「あぁ、ターナ」
「あの・・・・・・だ、大丈夫でございますか?」
「うん。ちょっと・・・・・・疲れただけだから」
幸い、肉体疲労は深刻ではない。
まぁ、脳みその方はもう今日は期待しないで欲しい、といったところだが。
緩慢な動作で立ち上がると、僕はふわふわした足取りで部屋を後にする。
そんな僕の背中を、心配そうにターナがついてくる。
今思ったけど、どうやら今日は一日中付き添ってくれるみたいだ。というより、これからそれが普通になるのかな。
「ユウスケ様、謁見の間はこちらでございます」
「あっ、ごめん」
ターナに正され、僕は結局、ターナに案内されてようやく目的の場所へと辿り着いた。
謁見の間。そう、クロム王が来訪者と顔を合わせる場所らしい。
二日目の今日はまだ一度も顔を見せていないけど、その理由はおおよそ予想がつく。
(まぁ、王様だって暇じゃないよね)
まして、時代は人類滅亡が目前に迫る末期だ。
僕らなんかじゃ想像もできないくらい、重責と激務があるに違いない。
「では、私は外に控えておりますので」
「ターナは来ないの?」
「はい。申し訳ございません」
お辞儀をするターナは、その後廊下の壁際に立ち並ぶメイドさん達の列に加わった。
「異人の方」
「は、はいっ」
僕がびくり、と体を震わせて振り向くと、謁見の間へ通じる扉を警護する兵士の一人が、こちらに兜の奥の視線を向けていた。
僕がこんなに驚くとは思っていなかったらしく、「失礼」と前置きをした上で――。
「世話役の者らを始め、謁見に値しない身分の者は、この先への立ち入りを固く禁じている。心配せずとも、貴殿の安全は我らがネグロフの剣と盾が守り致すゆえ、ご安心めされよ」
「・・・・・・は、はい」
そういうことじゃないんだけどなぁ、と僕は心中で返した。
けれども、この人だって自分の職務を全うしているだけだし、ここは素直に従うしかない。
ごうん、と音を当てて開く扉を抜け、僕は謁見の間に歩を進める。
既に僕以外のクラスメイト達は揃っているらしく、幾つかの視線が僕へと集中した。
悪目立ちした恥ずかしさもあり、僕は小走りで皆のもとへ行くと、適当な場所で周囲と同じ姿勢をとる。
片膝をつき、頭を垂れる――王様との謁見では、よく見るあの姿勢だ。
「陛下との拝謁である、いかな異人の方であろうと無礼を見過ごすことはできん。どうか、厳粛であることを願いたい」
他の兵とは違う、意匠の凝らされた甲冑をまとった男性がそう言うと、しばらくして幾つかの足音が聞こえてきた。
それは玉座の奥から聞こえてくるようで、お就きの人が分厚いカーテンみたいなものを手で退けると、そこから大きな影が現れる。
クロム王だ。
その光景を普通に見てた僕は、兵士の人と目が合って慌てて顔を伏せる。
そうだ、面を上げてちゃダメなんだ・・・・・・。
「こちらの慣習に付き合わせてすまぬな。もう良い。異人の諸君、面を上げよ」
頭上に降り注ぐクロム王からの許しを受け、僕らはゆっくりとその視線を上げた。
金の王冠と燃えるような赤い厚手のマント。
その肩幅は並じゃなく、高身長も相俟って、僕からすれば熊みたいな大きさに見える。
蓄えた髭は綺麗に切り揃えられており、やはり、王たる風格は見間違いでもなんでもなかったようだ。
「今日もご苦労であったな。だが、諸君らが今後、生き抜く為には必要不可欠な知識なのだ」
確かに、無知ほど恐ろしいものもない。
僕は子供の頃、ハサミの刃で指を切ったことがあるが、あれだってそんなに切れ味が良いって知ってたら、わざわざ刃の上に指を滑らせるなんて真似はしなかった。
知らないということは、それだけで避けられない定めを呼び寄せるのだから。
「それと、必要な知識を一通り学んだ後は、ある程度の制限はあるが自由に自らを鍛えてもらうことになる。戦士を目指す者はその道へ、魔術師を目指す者はその道へ、とな。我らと違い、自らの状態をある意味、可視化できる諸君らならば、己の資質に気づくこともできよう」
それを聞いて、僕ははっとした。
そうか、あれってそういう使い方もできるんだ。
確かに、成長率の良い能力を伸ばしていけば、自然と自分が何に向いているかを探り当てることができる。
・・・・・・なんの才能も持たない、という保証にはならないのが欠点だけど。
「さて、少し話を変えよう。今日、諸君らをわざわざこの間に呼んだことには、理由がある」
クロム王が言い終わると、玉座の奥からもう一人、人影が現れた。
波打つ銀色の長髪、雪のように白い肌、そして水か氷を想像させる青い瞳。
だが、その表情は引き締まっており、あまり僕らを歓迎しているようには見えない。
そう、それは――昨夜、王城のどこかで出会った銀の女性だった。
「紹介しよう。我が娘、コーネリアだ」
銀の女性――コーネリア姫は、玉座の隣に立つと、ドレスの端を軽く持ち上げ、軽く頭を下げた。
「ようこそ、ネグロフ王国へ。異人の皆様を迎え入れることができ、わたくしも嬉しく思います」
・・・・・・僕が聞いても分かるくらい、それは感情のこもっていない言葉だった。
棒読みとは違うけど、もはや言わない方がいいのではってくらい、言わされた感がすごい。
これにはたまらずクロム王も、眉をひそめた。
「コーネリアよ、」
「それでは、わたくしはこれにて失礼を」
「――待たぬかっ! 玉座と同じ位置に立ちながら、無礼は許さぬぞ!」
その声に、僕は小さい体をさらに縮こまらせてしまった。
大声というよりも、ほとんど怒声とか罵声に近い声量だ。
しかし、クロム王に背を向けて歩き出していたコーネリア姫は、立ち止まると背中越しに父を見やる。
その視線、目つきは・・・・・・。
「無礼? では、わたくし――いや、私を斬って捨てるがよろしかろう」
・・・・・・まるで、刃物みたいな鋭さを思わせた。
「なにを――」
「父上、勘違いをしないで頂きたい。ネグロフ王家の立場ゆえ、挨拶だけは責務としてすませたまでのこと。・・・・・・父上・・・・・・私は、貴方を許してはいない」
「・・・・・・・・・・・・」
クロム王は何かを言いたそうに立ち上がるが、言葉は出てこなかった。
その間にも、コーネリア姫は足早にその場を後にしてしまい、それを慌てた様子の数名が追いかけていく。
王は深いため息を吐くと、再び玉座に腰を落ち着け、目を伏せたまま低い声で口を開いた。
「娘の無礼を許してくれ。・・・・・・なにぶん、不幸の傷跡が癒えておらぬのでな」
・・・・・・不幸?
あの剣幕というか、毛嫌いというには過ぎた感じでは、何かあったのは確かなんだろうけど。
「反発は受けるものと覚悟はしていたが、諸君らの前で晒すつもりはなかった。・・・・・・だが、これはあくまで私と娘の問題だ。これが、諸君らの今後に影響することはない」
クロム王は、最後にもう一度、大きく息を吐くと、すぐにその表情を変えた。
「先んじて諸君らに言っておこう。まだこの世界の悲壮をその目で見てはいないだろうが、いずれ城下街への外出許可も出すつもりだ。その時は、心して欲しい。戦とは、あまりにも深い傷を伴うものなのだ」
その後は、今後も多忙につき中々顔を合わせられないこともあるだろうが、私は常に報告を受けているゆえ、安心して過ごして欲しい。そんな内容の話だった。
ようやく座学から解放された僕は、へろへろになりながら机に突っ伏していた。
座学の内容は題して、異世界の歩き方、みたいな感じ。
ネグロフ王国がどこにあるか、王都はどこにあるか、人間と魔族の勢力図はどうたらこうたら・・・・・・。
自慢じゃないけど、僕は勉強も運動も得意じゃない。
一日説明されたくらいでは、内容の三分の一も覚えられないのではないだろうか。
まぁ、だから数日間は座学中心なのだろうけどもさ。
「つらい。・・・・・・ただ純粋に、つらい」
普通、こういうのって感覚とか成り行きとかでなんとかなるものじゃないの?
なんて愚痴ってしまうけど、現実はそう甘くないということだ。
なんせ、皆はともかく、僕はまず間違いなく特別な才能になんて恵まれてないし、小説かなんかで読んだことのあるチート設定みたいなものもない。
ほんと、等身大の十七歳。冴えない高校二年生なんだから。
「お疲れ様です、ユウスケ様」
「あぁ、ターナ」
「あの・・・・・・だ、大丈夫でございますか?」
「うん。ちょっと・・・・・・疲れただけだから」
幸い、肉体疲労は深刻ではない。
まぁ、脳みその方はもう今日は期待しないで欲しい、といったところだが。
緩慢な動作で立ち上がると、僕はふわふわした足取りで部屋を後にする。
そんな僕の背中を、心配そうにターナがついてくる。
今思ったけど、どうやら今日は一日中付き添ってくれるみたいだ。というより、これからそれが普通になるのかな。
「ユウスケ様、謁見の間はこちらでございます」
「あっ、ごめん」
ターナに正され、僕は結局、ターナに案内されてようやく目的の場所へと辿り着いた。
謁見の間。そう、クロム王が来訪者と顔を合わせる場所らしい。
二日目の今日はまだ一度も顔を見せていないけど、その理由はおおよそ予想がつく。
(まぁ、王様だって暇じゃないよね)
まして、時代は人類滅亡が目前に迫る末期だ。
僕らなんかじゃ想像もできないくらい、重責と激務があるに違いない。
「では、私は外に控えておりますので」
「ターナは来ないの?」
「はい。申し訳ございません」
お辞儀をするターナは、その後廊下の壁際に立ち並ぶメイドさん達の列に加わった。
「異人の方」
「は、はいっ」
僕がびくり、と体を震わせて振り向くと、謁見の間へ通じる扉を警護する兵士の一人が、こちらに兜の奥の視線を向けていた。
僕がこんなに驚くとは思っていなかったらしく、「失礼」と前置きをした上で――。
「世話役の者らを始め、謁見に値しない身分の者は、この先への立ち入りを固く禁じている。心配せずとも、貴殿の安全は我らがネグロフの剣と盾が守り致すゆえ、ご安心めされよ」
「・・・・・・は、はい」
そういうことじゃないんだけどなぁ、と僕は心中で返した。
けれども、この人だって自分の職務を全うしているだけだし、ここは素直に従うしかない。
ごうん、と音を当てて開く扉を抜け、僕は謁見の間に歩を進める。
既に僕以外のクラスメイト達は揃っているらしく、幾つかの視線が僕へと集中した。
悪目立ちした恥ずかしさもあり、僕は小走りで皆のもとへ行くと、適当な場所で周囲と同じ姿勢をとる。
片膝をつき、頭を垂れる――王様との謁見では、よく見るあの姿勢だ。
「陛下との拝謁である、いかな異人の方であろうと無礼を見過ごすことはできん。どうか、厳粛であることを願いたい」
他の兵とは違う、意匠の凝らされた甲冑をまとった男性がそう言うと、しばらくして幾つかの足音が聞こえてきた。
それは玉座の奥から聞こえてくるようで、お就きの人が分厚いカーテンみたいなものを手で退けると、そこから大きな影が現れる。
クロム王だ。
その光景を普通に見てた僕は、兵士の人と目が合って慌てて顔を伏せる。
そうだ、面を上げてちゃダメなんだ・・・・・・。
「こちらの慣習に付き合わせてすまぬな。もう良い。異人の諸君、面を上げよ」
頭上に降り注ぐクロム王からの許しを受け、僕らはゆっくりとその視線を上げた。
金の王冠と燃えるような赤い厚手のマント。
その肩幅は並じゃなく、高身長も相俟って、僕からすれば熊みたいな大きさに見える。
蓄えた髭は綺麗に切り揃えられており、やはり、王たる風格は見間違いでもなんでもなかったようだ。
「今日もご苦労であったな。だが、諸君らが今後、生き抜く為には必要不可欠な知識なのだ」
確かに、無知ほど恐ろしいものもない。
僕は子供の頃、ハサミの刃で指を切ったことがあるが、あれだってそんなに切れ味が良いって知ってたら、わざわざ刃の上に指を滑らせるなんて真似はしなかった。
知らないということは、それだけで避けられない定めを呼び寄せるのだから。
「それと、必要な知識を一通り学んだ後は、ある程度の制限はあるが自由に自らを鍛えてもらうことになる。戦士を目指す者はその道へ、魔術師を目指す者はその道へ、とな。我らと違い、自らの状態をある意味、可視化できる諸君らならば、己の資質に気づくこともできよう」
それを聞いて、僕ははっとした。
そうか、あれってそういう使い方もできるんだ。
確かに、成長率の良い能力を伸ばしていけば、自然と自分が何に向いているかを探り当てることができる。
・・・・・・なんの才能も持たない、という保証にはならないのが欠点だけど。
「さて、少し話を変えよう。今日、諸君らをわざわざこの間に呼んだことには、理由がある」
クロム王が言い終わると、玉座の奥からもう一人、人影が現れた。
波打つ銀色の長髪、雪のように白い肌、そして水か氷を想像させる青い瞳。
だが、その表情は引き締まっており、あまり僕らを歓迎しているようには見えない。
そう、それは――昨夜、王城のどこかで出会った銀の女性だった。
「紹介しよう。我が娘、コーネリアだ」
銀の女性――コーネリア姫は、玉座の隣に立つと、ドレスの端を軽く持ち上げ、軽く頭を下げた。
「ようこそ、ネグロフ王国へ。異人の皆様を迎え入れることができ、わたくしも嬉しく思います」
・・・・・・僕が聞いても分かるくらい、それは感情のこもっていない言葉だった。
棒読みとは違うけど、もはや言わない方がいいのではってくらい、言わされた感がすごい。
これにはたまらずクロム王も、眉をひそめた。
「コーネリアよ、」
「それでは、わたくしはこれにて失礼を」
「――待たぬかっ! 玉座と同じ位置に立ちながら、無礼は許さぬぞ!」
その声に、僕は小さい体をさらに縮こまらせてしまった。
大声というよりも、ほとんど怒声とか罵声に近い声量だ。
しかし、クロム王に背を向けて歩き出していたコーネリア姫は、立ち止まると背中越しに父を見やる。
その視線、目つきは・・・・・・。
「無礼? では、わたくし――いや、私を斬って捨てるがよろしかろう」
・・・・・・まるで、刃物みたいな鋭さを思わせた。
「なにを――」
「父上、勘違いをしないで頂きたい。ネグロフ王家の立場ゆえ、挨拶だけは責務としてすませたまでのこと。・・・・・・父上・・・・・・私は、貴方を許してはいない」
「・・・・・・・・・・・・」
クロム王は何かを言いたそうに立ち上がるが、言葉は出てこなかった。
その間にも、コーネリア姫は足早にその場を後にしてしまい、それを慌てた様子の数名が追いかけていく。
王は深いため息を吐くと、再び玉座に腰を落ち着け、目を伏せたまま低い声で口を開いた。
「娘の無礼を許してくれ。・・・・・・なにぶん、不幸の傷跡が癒えておらぬのでな」
・・・・・・不幸?
あの剣幕というか、毛嫌いというには過ぎた感じでは、何かあったのは確かなんだろうけど。
「反発は受けるものと覚悟はしていたが、諸君らの前で晒すつもりはなかった。・・・・・・だが、これはあくまで私と娘の問題だ。これが、諸君らの今後に影響することはない」
クロム王は、最後にもう一度、大きく息を吐くと、すぐにその表情を変えた。
「先んじて諸君らに言っておこう。まだこの世界の悲壮をその目で見てはいないだろうが、いずれ城下街への外出許可も出すつもりだ。その時は、心して欲しい。戦とは、あまりにも深い傷を伴うものなのだ」
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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