家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈

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(24)兄君とは懇意にさせてもらっている

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 ……お金は欲しい、というか、稼げたらとは思っている。
 そんな思いが顔に出てしまったようだ。
 女性はまた微笑んで、もう一度指輪をくるりと回した。

「私の寝室に遊びに来たら、これをあげるわよ」

「……ははは。そんな高価な指輪をくれるんですか?」

「ええ。だって、あなたにはそれだけの価値がありそうなんですもの。気が向いたら、ルーゲリット侯爵邸にいらっしゃい。夫とはお互いに干渉しないことになっているの。でもあなたなら夫も欲しがるかもしれないわね。そうなったら、どちらが多く財を積めるかの競争になるのかしら。それはそれで面白そうだわ」

 女性は……ルーゲリット侯爵夫人は艶然と微笑んで立ち上がる。
 豪華な指輪をはめた手で僕の頬を撫でた。
 でも、意外なほどあっさりと離れていって、メイドや護衛たちを引き連れて近くに止めていた馬車に乗り込んだ。でも扉が閉まる直前に振り返って、ちらりと手を振った。

 なるほど。
 期待させて、迷ったら少し冷たくあしらって焦らせて、もう一度期待させる。
 こんな感じで、庶民たちの中から若い男を見繕っていたのか。
 さすがというか……怖いな。
 走り去る馬車をぼんやりと見送りながら、僕は女性に触れられた頬を手の甲で擦った。
 あの甘すぎる香りはうんざりしたが、あの指輪は……いや、そんなことを考えてはいけない。



 苦笑しつつ、僕が首を振って顔を上げた。
 ……と、向こうの店先に座っている男性と目があった。
 いかにも貴族らしい優雅な服を着て、庶民の癒しである麦酒を飲んでいるようだ。でも視線はこちらに向いている。
 向いている、と言うか凝視している。
 そんなに面白いものがあるのだろうか。
 そう首を傾げかけて、僕を見ているのだと気付いた。

 ……僕? 今日は別に変な格好をしているわけでは……ま、まさかルーゲリット侯爵のお知り合いで、侯爵夫人の行いをご夫君に注進しようと思ったとか?
 ルーゲリット侯爵と言えば、王宮にほとんど縁がない僕も知っている大貴族だ。
 睨まれたら、いかにギーズであろうと危ないかもしれない。
 そう思いいたって、血の気が引いてきた。胸もどきどきし始めた。

 身なりの良い男性が立ち上がってこちらに歩いてきた時には、逃げるべきかもしれないと本気で考えた。
 でも、逃げてどうなると言うのだろう。
 ここは人の多い市場の通り。
 普通の人が逃げるには向いているかもしれないけど、僕は人の流れに逆らって走るなんてとてもできない。クロンとも逸れてしまう。ギーズの家までの道順は覚えているけど、クロンに心配をかけるわけにはいかないし……。
 そんなことを悩んでいる間に、男性が僕の前に立っていた。

「……あの、何か御用でしょうか」

 覚悟を決めて、そっと問いかける。
 こうなったら堂々と振る舞う方が良さそうだ。
 口髭を端正に整えている男性は、無表情のまま僕を見下ろしていたが、やがて僕の顎に手袋をつけた手をかけて上向かせた。
 男性の、いかにも貴族らしい鋭い顔立ちが目に入る。
 この人も、直接言葉を交わしたことがない人だ。でも……どこかで見かけたことはあるかもしれない。どこかですれ違ったのだろうか。何となく見覚えが……。

「私はスロイデン伯爵だ。兄君とは懇意にさせてもらっている」

 ……ああ、そうか。
 確かに、兄上と言葉を交わしているのを見かけたことがある。 
 これはよくないな。と言うより最悪だ……兄上の関係者だったのか!
 青ざめたけれど、逃げられそうもない。
 目の前の伯爵は僕より背が高くて体格もいい。運よく伯爵から逃げられても、少し離れたところにいる護衛と従者は絶対に僕より足が速いだろう。
 逃げられない。
 伯爵がこちらに来る前に逃亡を試みるべきだった。
 僕が硬直してしまったのをどう見たのか、伯爵は何故かとても優しそうな微笑みを浮かべた。

「君は兄君に追い出されたようだが、安心したまえ。私は君を売り渡したりするつもりはない」

「……それは、ありがたいです」

 正直にそう言うと、伯爵は顎に触れている手を少し動かした。
 指を包む柔らかな革が僕の喉をするりと動く。突然の動きに僕はびくりと体を震わせてしまった。

「君は今、どこに住んでいるのかな?」

「知り合いの家にいます」

「ふむ。しかし……私ならもっといい生活を約束してあげるよ?」

 伯爵は腰を屈めて顔を寄せた。
 近い。
 ふとそんなことを考えたくらいに顔が間近に寄った。
 僕の顎に触れている手がまた動いて、指が僕の唇をなぞった。

「あの淫乱女は移り気だ。すぐに君に飽きて夫君に売り渡すだろう。侯爵も少し変わった趣味をしていてね。嬲られる愛人を見て愉しむそうだ。……その点、私は誠実だよ。君は私のベッドだけを温めればいい」

 伯爵の手が離れた。
 僕に触れていた指を自分の唇に当てて、とろりと唇を舐めた。僕を見つめる目はどこか潤んでいる。
 ……ぞわり、と背筋が寒くなった。


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