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(40)ギーズの部屋
しおりを挟む商業地区の教会への往復は、近所の商家の奥様が護衛付きで付き合ってくれているんだけど。
その奥様は、いわゆる僕を熱心に見つめる女性で、でも祖母くらいの年齢でもある。僕との散歩が何よりも張り合いになるからと、毎日迎えにきてくれる。
普通なら遠慮した方が良さそうなんだけど、黒狼騎士団のロベルトさんのお知り合いで、若い男にきゃあきゃあ言うのが好きなだけだからと言われた。
まあ、多分そうなんだろうなと思う。
今日も活力をもらえたとはしゃぐ姿は、髪が真っ白のお婆さんなのにとても可愛らしいんだ。
でも、そう言う姿を見て勘違いするのか、時々、粘質な視線を向けてくるご婦人が名刺を押し付けてくる。
子供たちが、小銭と引き換えに預かってくることも多い。
幸い、直接馬車で乗りつけてくるような人はいないから、名刺は受け取ることにしている。僕は二度も騒動を起こしているからか、黒狼騎士団が時々教会周辺を哨戒してくれるようになった。
もしかしたら、ギーズが手配してくれたのかもしれないな。
こんなに手を尽くしてもらっているんだ。
僕も、できる範囲でトラブルを回避していかなければいけない。
もらった名刺は、分類して保管している。
元々、僕は会った人の顔を忘れない。表情も思い出せる。そう言う記憶を頼りに分類して、危険そうな人はそれとなく商工会に言うようにしよう。
実は、商人の一人から、僕に近付く女性たちに良いものを売りたいからと名簿を作ってくれないかと言われた。
流石にお断りしたけれど、商人は何でも商機を見出すすごい人たちだなと改めて感心する。
そんなことを考えていたせいだろうか。
「……あっ」
指先が不用意に当たったのか、名刺が一枚、ひらりとテーブルから落ちていった。
こう言う時、僕は無理に取ろうとしないことにしている。
僕の運動神経ではひらひらと動いているものを掴むことなんてできないし、バランスを崩して倒れてしまう可能性の方が高いから。
何度か失敗して、僕は学習した。
よっぽどのことがない限り、落ちた紙は動かなくなるまで拾おうとしてはいけない。
風が吹いている屋外ならともかく、室内ならいつかは動かなくなるのだから。
でも、今日は運が悪かったようだ。
ちょうど外で強風が吹いて、窓の隙間から風が吹き込んでしまったようだ。テーブルから落ちる名刺は、そのわずかな風に乗ってひらりひらりと遠ざかり、隣接する部屋への扉の前で床に落ち、さらにするりと扉の下の隙間から中へと入っていった。
しまった。
見送るべきではなかったかもしれない。
あの部屋は……
「……ギーズの部屋に、入ってしまった」
僕は思わずつぶやいていた。
この家に初めてきた日、僕はギーズの部屋で眠った。
それからしばらく、ギーズのベッドを占拠してしまったけれど、二階に移ってから僕はギーズの部屋に入っていない。
ロアナさんは掃除に入っているようではあるけれど、個人の部屋に入るべきではないだろうなと思ったんだ。
でも。
女性から押し付けられた名刺が、ギーズの部屋に入ってしまった。
「……帰宅したギーズが困惑しないように、回収するべき、だよね?」
ギーズなら、僕が受け取った名刺だとわかってくれるかもしれない。置き手紙に、一言添えるだけでもいいかもしれない。
でも……僕は、絶対に回収しなければならないと考えた。
女性たちにもらった名刺を、ギーズには見られたくなかったんだ。
なぜ思ったのかは、わからない。
でも、今ならギーズはいないから、そっと扉を開けて、ささっと回収するだけで済むはずだ。
僕は覚悟を決めて立ち上がり、ギーズの部屋の扉に手をかけた。
「……失礼します」
誰もいないとわかっているのに、ついそう言ってしまう。
細く開けても、部屋の内部は暗くてよく見えない。仕方がないから大きく開いて、居間の光を入れてみた。
でも、光が届く範囲に名刺らしいものは見えなかった。
仕方がないから、僕の部屋からランプを持ってきた。灯芯に火を移し、用心深く持ちながら部屋に足を踏み入れる。
ゆっくりとランプをかざしたけれど、すぐには見つからない。
おかしい。
どこへ行ったのだろう。
少し焦った時、ベッドのすぐそばに小さな何かがあることに気付いた。思ったより勢いよく滑っていったようだ。
ほっとしながら、ベッドの方へと足を進める。
テーブルの横のテーブルにランプを置くと、頑丈で作りのいいベッドがはっきりと浮かび上がった。
二週間前まで、僕はこの部屋にいた。
家具はその時のままだ。
でも布団が新しいものに変わっていて、ベッドの横に青い敷物がある。
壁際に放り出されている物は、少し増えているかもしれない。
最近、夜遅くに帰ってきて、朝早くに出かける毎日だ。何か持ち帰ったとしても片付けが間に合っていないのだろう。
僕は名刺を拾い、くしゃりとポケットに突っ込んだ。
シワができてしまうけど、この部屋にいつまでもあるのは不似合いな気がしたのだ。
それから、改めてベッドを見る。
寝具は簡単に整えられているから、ギーズがベッドで寝ているかどうかはわからない。
今が朝だったら、布団に暖かさが残っているかもしれないのに。
ふとそんなことを考え、僕はベッドに座って布団を触ってみた。少し硬い肌触りの、でも上質の布団は、当たり前だけどひんやりと冷たい。
「……まあ、そうだよね」
僕はつぶやいて、パタリと後ろ向きに倒れ込んだ。
ちょうど座りやすい高さのベッドで、布団はふんわりと心地よい。こうして寝てみると、わずかにギーズの匂いが残っている。
ああ、ギーズはちゃんとベッドで寝ているんだ。
そう思った途端、僕はよくわからないくらいにほっとしてしまった。
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