死者の恋

泉野ジュール

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第二章 君という名の星

運命 2

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 ──デラールフ12歳、ローサシア4歳──


 十二歳を迎える頃には、デラールフはすでに大人の男と肩を並べるほどの背に成長していた。ただ手足ばかりが不安定にひょろ長く、デラールフがまだ成長途中の少年であることをわずかに匂わせるだけだ。
 生まれ持った白髪も相まって、彼を「少年」として扱う者は少なかった。
 いや……デラールフを「人間」として扱う者さえ、稀だった。

 それでもこの頃、デラールフが孤独を感じることはなくなっていた。

「デラ! デラ! もっとポーンして! もっと大きいのがいいの! ね?」
 腰まで届く長い黒髪をなびかせながら、四歳のローサシアはどれだけ大きなものを欲しているか両手を広げて示してみせた。

「このくらい! ね、デラ? おねがい!」
「怖いもの知らずなお嬢さんだな、お前は」

 と、呆れたように指摘しつつも、デラールフは右手を宙にかざし、ポッと掌に火を灯した。火は球形になり、ふわりと浮く。
 そのまま蝶のようにふわふわと向かってくる火の玉に、ローサシアは目を輝かせながら腕を伸ばした。
「わあ、綺麗」
「気をつけろよ」
 デラールフはまだ声変わりを迎えていなかったが、彼の声は十分に深みがある。彼に注意されたり、叱られたりすると、ローサシアはいつも一瞬しょげかえったが、すぐに満面の笑顔に戻った。

「うん。デラールフはすごいねぇ、ありがとう」

 ローサシアはまだ四歳だった。
 しかし、デラールフの目には、彼女の笑顔はどんな女神の微笑よりも輝かしく映った。彼女の微笑みのためなら、なんでもできる気がした。

 イーアンが望んだ通り、デラールフとローサシアはまるで兄妹のような関係になっている。
 ローサシアは物心がついた時からデラールフを兄のように慕い、家族のように愛し、神のように崇拝していた。

 ふたりはよく森に入って遊んだ。

 一見すると、デラールフがローサシアの子守りをしているようだったが、デラールフはこの時間をなによりも楽しんでいる。ローサシアは歳よりもませた子で、時々大人顔負けの鋭い意見を口にするのも好きだった。

「デラの炎はあったかくて、大好き」

 炎のボールで遊びながら、ローサシアはくすくすと笑ってはしゃぎ回っていた。
 デラールフの胸に、清涼なそよ風が吹き抜ける。同時に心地いい温もりが心を──もしかすると魂を──満たした。

「ローサシア、俺が好きなのか? それとも、俺の炎が好きなのか?」
 なぜか、そんな馬鹿げた質問が口をつく。

「デラよ。もちろん、デラよ。炎がなくてもデラのことは好き。でも、デラがいなくて炎だけだったら、寂しいもの」
 ローサシアは躊躇ひとつせずに答えた。
 デラールフは声を上げて笑った。

 センティーノ家は相変わらず、デラールフを使えるだけ使って冷遇している。この頃になるとデラールフはすでに兄・ハイデンと共有していた部屋を出て、家のすぐそばに小さな小屋を立ててそこで寝起きしていた。

 日々の労働は厳しく、家族からデラールフへの愛情はない。
 兄・ハイデンは教会が主宰する学舎に通っていたが、デラールフには入学が許可されず、独学で文字や計算や歴史を学んでいる。
 これについては、元々学者であるイーアンがこっそり助けてくれていたから、実はデラールフの知恵や知性は同年代の青少年より優れているくらいだった。

 デラールフの「子守り」の日課は、このイーアンの助けに対する恩返しとして行われていた。が、たとえそんな理由などなくても、デラールフはなんらかの口実を見つけてローサシアと過ごす時間を見つけただろう。

 この世界で、デラールフと、彼の炎を愛してくれる唯一の少女との時間を。

「ほら、捕まえてごらん」
 デラールフはローサシアが遊んでいた火のボールを遠隔で動かして、木の幹の後ろや葉っぱの影に隠して、かくれんぼに似た遊びをさせた。これはローサシアのお気に入りで、デラールフが許せば丸一日でもこの遊戯で跳ね回っている。

 ローサシアが喜びながら走っているのを見つめながら、デラールフは密かに、頭が割れそうなほどの頭痛を抱えていた。
(くそ……)

 デラールフは少しずつ《能力》の制御を覚えていった。
 もう間違えて納屋を焼いてしまうようなことは滅多にない。ほぼ自在に炎を動かし、焼く対象を選別することができた。まさに今そうしているように、火勢に形をつけることも難しくなかった。
 しかし──間違いは存在する。
 いつだって、どこだって、ローサシアに火傷を負わせてしまう可能性はあった。だからデラールフは、細心の注意を払ってローサシアに火を渡す。

 火を……『渡す』。

 こんなことを許せる相手はローサシアだけだった。
 しかし、デラールフが最も傷つけてしまうことを恐れている相手も、彼女だった。
 それでも。
 だからこそ。

「見て! デラールフ! ほら、火を捕まえたわ。綺麗ね。あったかくて気持ちいい」

 デラールフの真似をして、掌に火の玉を乗せたローサシアが戻ってくる。
 平静を装っていたが、デラールフの頭は割れそうに痛んだ。聞きかじっただけの話だが、《能力》を持つ者の多くは、その力を発揮する時に強烈な頭痛を伴うという。集中すればするほど、その痛みは増した。

 ──それでも。
 ──だからこそ。

 デラールフは微笑んだ。
 そして、
「よかったな」
 と、ささやいた。

 ローサシアが笑っていてくれるなら、自分の頭のひとつやふたつ、喜んで差し出せる。まして頭痛など、とるに足りないことだった。
 
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