死者の恋

泉野ジュール

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第四章 汝、燃え尽きるまで

熱風 4

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 デラールフがくれた三種類の茶葉はどれも見たことさえない珍しいものばかりで、ローサシアは興奮しながらひとつを選んで、ふたりのためにお茶を淹れた。
 湯気の立つカップをお互いの前に置いて、ふたりは食卓で向き合って座った。

 そばの暖炉で踊っている炎はもちろん、デラールフが一瞬にしておこしたものだ。元になる薪のようなものさえ必要ない。部屋はすぐに半袖でも過ごせるくらいに温かくなった。

「それで……話してくれる?」
「なにを?」
「全部よ。どうして国王軍に行こうと思ったのか……とか、首都はどんな様子だったかとか、その選抜試験はどんなものだったのか、とか」

 それに……そのあいだ、どのくらいわたしのことを思い出してくれた? とか。
 ──と、言いかけたのを、ローサシアはなんとか呑み込んだ。
 それでなくても質問攻めなのに、これ以上鬱陶しい女になるわけにはいかない。最後には聞くかもしれないけれど、今はまだ我慢しなくちゃ、と思って。
 デラールフは短くうなずいた。

「最近、国王軍が大々的に兵を募っているのは秘密でもなんでもない。それは知っているだろう? 街へ出ればすぐわかることだ。お触れがあちこちに貼ってある」
「そうかも……しれないけど」
 サリアン家には女であるローサシアしか子供がいないし、父イーアンは徴兵されるには高齢すぎる。だからあまり話題にならなかった。
 あえて言えば年齢的に可能性があるのはデラールフだが、彼は……。

「今まで、王家も国王軍もあまり《能力》を持ったものを近づけたがらなかった。そうだな? たとえその力がどんな種類のものでも」
「そう……聞いているわ」
「人間相手の戦いならそれでよかったんだろう。ただ、今国王軍が兵を欲しがっているのは、天上の悪魔の悪行が目立ってきたからだ。奴らはよく群れになって首都で悪さをしては、しばらくすると帰っていく。ひとを襲うこともある。殺すことさえ」

 ローサシアはカップを持つ手をこわばらせた。
 自分達が住んでいる地方の小さな町──サリアン家はその小さな町からさえ離れている──では、まだまだ他人事のような出来事だ。でもデラールフの口調にはそれを実際に目にした者の真剣さがあって、いたたまれなくなった。
 ローサシアはなにも知らない。

「悪魔達が天上から降り立ってくる頻度はゆっくり増えている。数も、悪行の度合いも」
「…………」
「今までの国王軍では治安維持もままならない……。このままいけばいつか本格的な戦いになるだろうと言われている。ただ、普通の人間では歯が立たないのが現実だ。いくら少しばかり剣の腕が立とうとも、相手は異形の悪魔だ。ひととは比べものにならない怪力を持ち、空を飛ぶのもいれば──」

 デラールフは椅子の背もたれに寄りかかって、暖炉に目を向けた。
 バチっと火の粉が散り、火の柱が立つ。
 それはすぐにおさまって元の焚き火に戻ったが、デラールフの瞳はわずかに赤色を含んで光った。

「……火を吹く悪魔もいる」
「デラ」
「目には目を。歯には歯を。悪魔には……」
「デラは悪魔なんかじゃないわ」
 デラールフは小さな笑い声を漏らし、自嘲した。「そうだろうか」

 気がつくとローサシアは椅子から立ち上がって、食卓に身を乗り出してデラールフの顔を両手でがっしりと包んでいた。

「しっかりしなさい、デラ!」

 驚いた表情のデラールフが、パチパチと目をまたたいている。なんだか可愛かった。瞳の赤い発光はもうない。ローサシアはさらに身を乗り出して、ほとんど食卓に乗っている体勢になりながら、デラールフの額に自分の額を押しつける。

「悪魔は妹にお茶を買ってきてくれたりしないわ」
 デラールフが声には出さずに小さく笑ったのがわかった。

「笑わないで。本当なんだから。それも三種類も」
「そうだな」デラールフはもう笑いを隠さなかった。「その上、がめつい商人は俺の足元を見て法外な値段をふっかけてきた。俺は大人しくそれを払った。悪魔失格だろうな」
「そうだったの?」
「ああ」
「じゃあ、次はわたしも連れて行ってね。ちゃんと交渉してあげるわ」
「……そうしよう」

 ──どうしてふたりの身体は分かれているんだろう?
 デラとローサはひとつの魂なのに、こうして別々の肉体に宿っているのが、もどかしくてたまらない。そう思えるくらい、ローサシアはデラールフの苦悩を自分のもののように感じた。

 デラールフの手がローサシアの手首をギュッと掴む。痛くはないけれど動けないしっかりとした力で、ローサシアは息を呑んだ。

「デラ……」
「俺はどこにも行かないよ。少なくともお前が……まだ俺を必要としている限りは」
「『まだ』なんて変よ。だって、わたしがデラを必要としなくなるなんて、未来永劫あり得ないもの」
「そうかな」
「そうよ。だってわたしはデラがいないと、これができなくなっちゃうんだから」
 ローサシアは真剣だったのに、デラールフはふっと柔らかく笑った。

「なにが、できないんだ?」
 落ち着いた声。彼の吐息がローサシアの唇にかかる。
「……息をすること」
 ローサシアは答えた。

「そんなこと言うものじゃない」デラールフは穏やかに咎める。
「でも事実よ」
「…………ローサシア」

 もしかしたら、また口づけをしてもらえるんじゃないかと、一瞬の淡い期待をした。ふたりの距離はそのくらい近かった。
 でもデラールフは動きを止め、ローサシアの唇をじっと見つめたあと、ゆっくりと離れながら姿勢を正した。

「お前は少しずつ兄離れする必要があるよ」

 デラールフはボソリとした小声でつぶやいた。まるで本心ではないように……と、思いたかったのは、ローサシアの希望的観測だろうか……。

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