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第三章

1話

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 凪ら一行はとある町へ来ていた。その町というのも凪達には新鮮な光景で、町自体は小さいものの住民は予想以上に多く、また自然をこよなく愛している様が見て取れた。数日前に日向と出会った死の国とは正反対で、別世界へ来たような気分に陥る。
「ねぇ、こんなに多くの自然に囲まれたところ見たことないよね! それに皆楽しそうにしてる。いいなぁ、楽しそうで。羨ましいな、私も……」
「――っ、凪!!」
「…………っ!?」
 感情が高ぶった凪の瞳は徐々に紅に浸食されていく。
「収まれ……!!」
 危険を察知した寛人が近くの草むらへ勢いよく押し倒し、力強く抱きしめる。
「おい、どうし……あっ、いや、そういうつもりじゃなかったんだ」
 この時ほど時間が止まってほしいと思ったことはないだろう。いや、いっその事この場に隕石でも落ちてはくれないだろうか。
「……いやいや誤解だから! 詳しいことは後で説明する。とりあえず日向、もし俺がいない時にこんな感じになったら、凪を抱きしめてあげて」
「え、あ、おう……」
 この状況についていけないが、とりあえずの返事をする。
 少しの沈黙の後、頭に違和感を覚えた。
「…………なにこれ」
「カツラだ。さすがにこの前みたいには通してくれないと思うから」
「流石に準備がいいな」
 よほど気に入ったのか、先程からずっと髪をいじっている。
「備えあれば憂いなしって言うしな」
「何それ、どういう意味?」
 眉を寄せ尋ねるが、二人は一度固まったのち噴き出した。
「あははは。そうか、お前はアレか」
「くく、アレだな」
 腹を抱えながら口を揃えて発した、あの言葉を。

「非常識だな」
「非常識だ」
 
 目を見開いたかと思えば顔を赤らめ、すぐに反論をするものの、言い訳が苦しくなり諦めざるを得なくなった。
「むぅ……じゃあ、行ってくる」
「…………は?」
 何の脈絡もなく告げられ、振り返った時には先程の影はなかった。
「な、凪!? あいつどこ行ったんだよ」
「たぶん、あそこ……」
 焦りを露にしながら周りを見渡していると、顔を真っ青にした日向が指をさした。
「おいおい、何やってんだよ」
 視線の先には、猛スピードでお菓子を買っている見知った少女の姿があった。しかも、無表情で。傍から見れば、ただの不機嫌な怖いやつだ。
「おい、凪! 戻って来い」
 叫ぶと、両手いっぱいにクレープやら甘そうなジュースやら綿菓子やらを持った凪がこちらに気付く。若干微笑み、ほぼ無表情で頬に生クリームをつけたまま向かってきた。まるで子供のように無邪気にこちらに来るものだから、こちらとしては恐怖でしかない。
「おい、寛人。顔が引きつってるぞ」
「日向だってすごい顔だぞ……」
 双方の引きつった顔を不思議そうに眺めている凪に嘆息する。
「お前、自分の立場分かってんのか」
 幸い、世界に嫌われた人達は名前までは知られていない為、容姿だけで世界中の人は判断している。なので、変装していればある程度は誤魔化すことも可能だ。だが、注目を浴びればそれ程凝視されるわけで、変装の意味も皆無に等しくなる。
 そんな状況下で、危機感もなく走り回る凪に多少の苛立ちを覚える。
「ご、ごめん……」
「お前はこれから単独行動禁止」
「うぅ……分かった」
 落ち込んでいる凪に、日向が追い打ちをかける。
「今回は許すけど、次また同じことをしたら罰与えるぞ」
 言葉を詰まらせた凪は、俯きながら小さく頷く。
「分かったならいい。そういう事でこのクレープは俺が貰うから」
 いつの間に取ったのか、美味しそうに食べる。
「じゃあ、俺は綿菓子を貰うぜ」
 頭を乱暴に撫でながら凪の手から綿菓子を取る。これで凪の手に残ったのは甘そうなジュース一つ。
「…………これからは気を付ける」
「ああ、そうしてくれ」
 ため息交じりに発せられた言葉には、優しさも含んでいた。
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