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第五話
しおりを挟む夏休みも終盤に差し掛かった八月下旬の今日、萌はバーベキューに来ていた。
「萌ちゃん、お肉もっと食べな!」
雄星さんがお皿に盛ってくれる。
「ありがとうございます」
そこへ雅也が戻ってきて、飲み物を渡してくれた。
「何から何まですいません」
萌は恐縮しっぱなしだ。
それもそうだろう。
メンバーは桜道社の編集者や小説家で、萌より年上の人ばかりだ。
若輩者が何もせず座っていていいのだろうかと落ち着かない。
場違いじゃないだろうかときょろきょろしてしまう。
今日のこのバーベキューは、去年の桜道社主催コンテストで上位にランクインした人を祝うという目的のもとで開かれた。
以前にも何度か開かれていたらしいこの会に萌が参加するのは初めてだ。
限られた人としか付き合わなかった中学時代の自分を見つめなおし、自分の世界を広げようと一歩を踏み出した。
「いやー、モエさんがまさかこんなに若くてかわいい女の子だったとはね。会えて光栄です」
好々爺然とした男性が萌に近づいてきた。
「モエさん、こちらタナカさん。『カフェオレ探偵隼人』で大賞を受賞した」
雅也さんが紹介してくれる。
「初めまして、モエです。こちらこそお会いできて光栄です」
萌は深々とお辞儀した。
にこにことした優しい雰囲気に萌の緊張は解けていく。
まだ未成年で、その上美少女な萌の周りに人が集まるのは自然の流れで、気づけば萌はたくさんの人に囲まれていた。
大勢の人と話すことがない萌は、初めは緊張していて顔が強張っていたが、孫のように、娘のように接してくれる作家さん、編集者さんたちに、次第に笑顔が増えていった。
――遠くから睨みつける視線に気づくことはなく。
「ねえ」
一人トイレに向かう途中、萌は化粧ばっちりの女性に呼び止められた。
――米澤真紀だ。
「みんなにちやほやされて調子に乗らないでくれる? 子供だと優しくされて得よね~」
攻撃的な口調に萌は困惑する。
「黙ってないで何とか言いなさいよ。雅也先輩と雄星先輩に付きっきりで世話されて恥ずかしくないわけ? 将来有望な二人はこういう時に挨拶回りしなきゃダメなの。子供だからって何でもかんでも甘えないでよ!」
憎々し気な視線に萌の身体が強張る。
萌はこの視線を知っている。
邪魔者を見る目。
何度も浴びせられた視線。
――叔母さんたちの目と一緒だ。
言いたいことだけ言って満足したのか、真紀はさっさとみんなの所へ戻っていき、後には恐怖で顔を真っ青にした萌が一人ポツンと立っている。
ふらふらしながら戻ってきた萌に雅也は驚いた。
顔色が悪く、瞳もどこか虚ろだ。
「どうした? 大丈夫か?」
雄星や周囲の作家たちも心配そうに萌の顔を覗き込むが、萌は何でもないと言うばかり。
「それより、雅也さん、雄星さん、私は一人で大丈夫なので、他の作家さんたちともお話してきてください。お仕事の邪魔してしまってすみません」
萌の言葉に首をかしげる雅也と雄星。
「俺たち、今日は仕事なんてないぞ? 俺たちが萌ちゃんと一緒にいたいから側にいるんだ。気を遣わず今日は楽しもうぜ」
雄星がニカッと笑って言う。
「確かにパーティーとかだったら挨拶回りをするのが普通なんだけど、今日はそういうのはなしで作家さんも編集者たちも楽しむ会なんだ。俺は萌ちゃんと話すのが楽しいからずっと側にいちゃったけど、もしかして迷惑だったかな?」
雅也の問いかけに萌は慌てて首を横に振った。
何があったのかは分からないが、明らかに様子のおかしい萌を周りの作家たちも口々に元気づける。
まだ顔色が悪くどこかおどおどと不安そうな萌だが、ひとまず落ち着いたかのように見えた。
――しかし、ほどなくしてそれは間違いだったと気づく。
萌の様子が一変したのはビンゴゲームの最中だった。
始まって少し経ったとき、萌は強い視線を感じて恐る恐るその方向を見た。
憎しみと嫉妬と忌々しさといったあらゆる負の感情を詰め込んだかのような黒い瞳とぶつかった。
真紀の視線だ。
バクバクする心臓。
勝手に震える手。
浅い呼吸。
死と隣り合わせだった日常がフラッシュバックする。
萌の様子をずっと気にかけていた雅也はすぐに異変に気付いた。
「悪い、ちょっと抜ける」
雄星に声をかけると、雅也は萌をお姫様抱っこして皆から少し離れた所へと行く。
どよめきやはやし立てる声を背後に、周囲の死角となる所で萌をゆっくりおろす。
「萌、どうした?」
いつになく強く問いかける雅也。
けれど萌は雅也を見ない。
恐怖を沈めようとするあまり雅也の声が聞こえていないようだ。
「萌!!」
自分を包み込む柔らかな感触に萌の意識は徐々にはっきりしてくる。
それと同時に自分を抱きしめる雅也に気づき、思わず身じろぐ。
「萌、大丈夫か?」
至近距離から見つめてくる瞳に動揺してしまう。
「名前――」
萌がつぶやくと、雅也が眉を下げて謝る。
「ごめん、思わず呼び捨てになった」
抱きしめられる感覚。
心配してくれるひと。
名前を呼ぶ声。
気づけばぐちゃぐちゃだった気持ちをぶちまけるかのように萌は声を出して泣いていた。
両親が死んだときも、虐待されていた時も、施設に入ってからも。
萌は人に甘えることはなかった。
心を許せる相手ができても、ほんとの意味で頼ることはなかった。
心の奥底で、人に甘えることを許していなかった。
でも。
きっと限界だったのだろう。
追い詰められた心は簡単に雅也に甘えることを許してしまった。
ため込んでいた不安や恐怖をさらしてしまった。
フラッシュバックに苦しんでいること。
そのせいで周囲に迷惑をかける自分が情けないこと。
幸せなのに怖いこと。
揺らぐ自分の存在意義。
萌がしゃくりあげながら支離滅裂に話すことを、雅也はずっと聞いてくれた。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
しばらくしてようやく泣き止んだ萌。
我に返って、申し訳なさと恥ずかしさに襲われた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ほんとにすいません」
ひたすら謝罪を繰り返す萌に、気にしないでと返す雅也。
「本当に気にしないで。一人で何でもかんでも抱え込むのは辛かっただろう。萌ちゃんはまだ子供なんだから、周りの大人に頼っていいんだ。むしろ頼らないとダメなんだ。萌ちゃんが頼る相手が俺で嬉しいよ」
ピクリとわずかに萌の肩が揺れる。
「どうした? 言いたいことがあったら我慢せずに言って」
萌のわずかな動きも見逃さない雅也に、萌は降参する。
「あの、もし嫌じゃなかったら、名前、呼び捨てで呼んでください。さっき、呼び捨てで呼んでもらえて嬉しかったんです」
恐る恐る要望を口にした。
「もちろん嫌じゃないよ、萌。俺の方こそ、呼び捨てにしちゃって嫌われたかなって、さっきからドキドキしてたよ」
人に悩みを打ち明けること。
人に頼ること。
人に甘えること。
自分の弱さに向き合うことがこんなにも心を軽くしてくれるなんて知らなかった。
二人でみんなの所に戻ると、もうビンゴは終わって片づけをしているところだった。
「すいません、勝手に抜けちゃって。片付け手伝います」
慌てて手伝いを申し出るが、にこにこ、にやにやした皆に止められる。
「いやーモエちゃんはゆっくりしてて」
「そうそう、モエさんは大橋さんと一緒にいなきゃ」
何故かそう言われて雅也共々片づけをさせてもらえなかった。
萌は思いもよらなかった。
お姫様抱っこした雅也を見た皆が、「あとは若い二人で~」という老婆心を働かせたことなど。
恋愛に関してはまだまだ疎い萌であった。
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