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第七章
第七章第三節 大団円3
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数日後、リザ男とリス蔵は、王宮の静かな通路を歩きながら、ゆっくりとネコ美が休む静養室へと向かっていた。
春の陽光が窓から差し込む中、衛兵たちと軽く挨拶を交わし、ふたりはその扉を開けた。部屋の中は、天蓋が透明なガラスで覆われ、床には様々な花々が丹精込めて植えられたプランターで彩られていた。そんな穏やかな光景の中、黒猫が静かに立ち現れた。
「‥声を抑えな。セリナはたった今寝たところさ」と、黒猫は人差し指を立てて囁いた。リザ男とリス蔵は足音一つ立てずに、静養室の奥に備えられたベッドへと目を移した。そこで、ネコ美が安らかに眠っているのを見つけた。リザ男はネコ美の平和な寝顔を見て、心の底から安堵の微笑みを浮かべた。
「本当に良かった。魔法のことはあまりわからないが、意外と早い回復なのではないか? これも、黒猫殿のおかげだと俺は思っている」とリザ男が言うと、黒猫は微笑みながら答えた。「いや、あそこまで激しく衰弱した状態では、アタシにできることはほとんどなかったんだよ。それでもこの子が命を繋いだのは、この子自身が持つ「命」への渇望だね。世知辛いこの世にどんな未練があるのか知らないが、あんたがこの子に宣言した庇護は今も生きてるんだろう? その未練を無くす手助けをしてやるんだね」
「無論だ。彼女が今後、幸せに暮らす手立てを共に考えてやらねばならぬ」
しばらく静養室に逗留していたリザ男とリス蔵だったが、この場にずっといるわけにはいかなかった。シールドランドに今回の顛末の報告をしなければならないし、まだこの地にいるグリフォンズのメンバーの今後についても話し合わなければならない。
リザ男は言う。「それではそろそろ失礼させていただくことにしよう。黒猫殿、ネコ美をよろしく」
「ああ、引き受けたよ」
退室しようとするリザ男を引き止める声がする。ネコ美だ。
「つれないのではありませんか? わたくしは、それこそ一日千秋の思いでリザ男様をお待ち申し上げて参りましたのに」
「ネコ美、起きて大丈夫なのか?」
「ええ、「意外と早い回復」でしたので」ネコ美はにっこり笑う。
「最初から聞いていたか。謀ったな、タコ娘が」苦笑するリザ男。
ネコ美は、部屋の隅に控えていた侍女に合図を送り、瞬く間にティーセットが運ばれてきた。彼女はそれをリザ男たちに優雅に振る舞い始めた。部屋は穏やかな午後の光に包まれ、和やかな空気が流れていた。
リス蔵は、紅茶よりもテーブルの上に並べられたクッキーに目を輝かせた。一つ手に取り、口に運ぶと、その甘さに目を見開いた。「あ、甘い! なにこれ、おいしい!」
ネコ美は微笑みながらリス蔵の反応を見ていた。「ふふふ、リス蔵さんもリザ男様と同じような反応をなさるんですね。」
リス蔵の目はクッキーの皿に釘付けとなり、少し恥じらいながらも、ネコ美に頼み込んだ。「あ、あの、ネコ美さん。よかったら、オイラにクッキーのおかわりをいただけるとウレシイんですけど‥」
リザ男はそんなリス蔵を軽くたしなめた。「こら、リス蔵。あまり無茶を言うんじゃない。」
しかし、ネコ美は優しく笑い、気遣いを見せた。「構いませんよ。すぐに持ってきてもらいましょう」と言い、手元に置かれたハンドベルを軽く鳴らした。
程なくして、新たな皿のクッキーが用意され、リス蔵の前に差し出された。彼の目は再び輝き、新しいクッキーに手を伸ばし、パリポリと幸せそうに食べ始めた。
リス蔵の至福の笑顔を見て、ネコ美はリザ男に向かって穏やかに語り始めた。「良いですよね。人間は、自分の要求が満たされると、楽しい、嬉しい、って思います。ですけど、わたくしは今まで、そのようなことは許される立場ではありませんでした。」
リザ男は彼女の言葉に深く頷き、真剣な眼差しで応えた。「お前はもう『カタ=リナの聖女』ではない。これからは自分の生きたいように生きれば良いのだ。」
ネコ美は少し驚いた様子で、しかし穏やかに反論した。「あら、それはあまりに『無責任』な物言いではありませんか、リザ男様? わたくし、今までの人生のほとんどを教会の中で過ごし、人々のために尽くしてまいりました。つまり、教会の外のことについては、見聞きした情報しか持たないのです。そんな小娘が一人、街中に放り出され、「これからは一人で暮らせ」と言われたら、どうなるでしょう?」
リザ男はネコ美の言葉に驚き、口をぽかんと開けたまま彼女を見つめた。「それはいかん。身包み剥がされて女郎に売られてしまうやもしれぬ」と、彼は半ば冗談めかして言った。
ネコ美は悪戯っぽく笑った。「でしょう? 時に、リザ男様は、ご結婚はされておられるのでしょうか?」
「いや、まだだ。が、妻はいる」とリザ男は返答し、その答えに自らも少し首を傾げた。
ネコ美の笑みは変わらず、彼女はさらに言葉を続けた。「リザ男様ほどの猛者なれば、妻の一人や二人いても不思議ではありませんものね。まあ、第一夫人の座は諦めましょう。」
リザ男は混乱し、「‥さっきから何を言っておるのだ。ネコ美」と、彼女の真意を測りかねる様子で尋ねた。
その時、ネコ美の表情は真剣そのものに変わった。「ですから、プロポーズです。どうか、わたくしをリザ男様の妻の一人としてお迎えくださいまし」と、彼女は静かにしかし堂々と言い放った。
リザ男は言葉を失った。ネコ美の突然の提案に、彼はどのように反応していいのか、その場で困惑した。
紅茶を口に含んだ瞬間のリス蔵は、予期せぬ会話の展開に驚愕し、思わず飲み物を吹き出してしまった。彼は慌てふためきながら、リザ男とネコ美の間に身を投じ、声を最大限に張り上げた。「ダッメ~~~~~!!! ダメダメダメ! 絶対だめ! オイラは反対です!」
ネコ美は、リス蔵の反応に軽く眉をひそめてから、挑戦的な微笑みを浮かべた。「あら、リス蔵さんは反対できる立場にあるのですか? 従者に過ぎないはずですけど?」
しかし、リス蔵は負けじと立ち向かう。「り、リザ男様の第一夫人はわたくしですから!」その言葉には、どこか真剣さが滲んでいた。
ネコ美は一瞬驚きの表情を見せるも、すぐに余裕の笑みを取り戻した。「あら、そうでしたの? でも、男にしか見えませんわ。随分とかわいらしいお胸ですし。それで夜、リザ男様を満足させておられるのでしょうか?」
リス蔵は顔を真っ赤にして反論した。「余計なお世話です! 確かにわたくし、あなたほど胸は大きくないかも知れませんが、まごころでリザ男様に一生懸命尽くしています!」
黒猫がニタニタと人の悪そうな笑みを浮かべている。「あー、もうよい。二人とも、喧嘩はその辺りにしておくのだ。」リザ男が顔を赤らめながら見かねて言った。
リザ男は一瞬ためらいながらも、ついに決心したように口を開いた。「まず、二人に俺の考えを話す前に‥ 黒猫殿、少し席を外してもらえないだろうか?」
その頼みに、黒猫は一瞬で挑発的な笑みを浮かべた。「おやおや、天下にその名轟く『乱れ突き』が、何か聞かれてやましいことでもあるのかい?」
リザ男は少し赤くなりながら答えた。「いや、そういうわけではないのだ。‥今後、俺が家庭を持つ段になっての話を聞かれるというのは、どうにもこうにも、やはり、なんだ、恥ずかしいのだ!」
黒猫はその言葉に対し、ニタニタとさらに人の悪そうな笑みを深めたが、彼の続く言葉は意外なものだった。「仕方がないねぇ。人間、得意なことがあれば不得意なものもあるものさ。しばらく席を外してやるよ。」と言い残し、静養室を後にした。
黒猫は静養室を出て、席を外す。だが、部屋の中の声を聞かないとは言っていない。ので、黒猫はニタアリと、今日で最も人が悪そうな笑みを浮かべ、廊下から静養室の中の様子に耳を側立てた。
リザ男は、一時の沈黙を破って穏やかに声をかけた。「時に、リス蔵、いや、リス子。あのとき、俺が他に情婦を作っても気にしないと言っていたお前が、らしくないではないか?」
その言葉にリス子は、普段の元気さを失い、しゅんとしてしまった。
そんなリス子を見て、ネコ美が慈愛に満ちた声で言葉を続けた。「リザ男様、リス子さんは最初はそうおっしゃられていたのかも知れません。しかし、人の考えというものは変わるものです。あの時、傷ついたリス子さんを救うためにリザ男様が取られた選択を聞いたら、惚れ直さない女なんていませんわ!」
リス子はネコ美の言葉にはっとして、突然元気を取り戻したように見えた。
「わ、分かりますか?」彼女は目を輝かせ、ネコ美に同調する。そして続けた。「その後ゼファーさんとお闘いになられるなんて! こんなにわたくしのことを考えてくださる御方が、他におられましょうか?」
「ええ、ええ。」ネコ美は優しく頷き、自らの心の内を素直に語り始めた。「わたくし、リス子さんが羨ましゅうございます。わたくしも、女に生まれたからには素晴らしき殿方と結ばれることを夢見ておりました。さりとて、「カタ=リナの聖女」と崇められる身分となって以降は、そのような望み、叶うはずもない、と考えておりました。」
言葉を紡ぎながら、ネコ美はゆっくりとリザ男に近づいて続けた。「ですが、リザ男様は私をがんじがらめに縛っていたその鎖を断ち切ってくれました! そのような御方を、慕わぬ女はいないのです!」
リス子はその話を聞いて、感動のあまり声を震わせながらリザ男に向き直った。「わたくし、考え変わりました。ネコ美さん、良い方です。この方となら、うまくやれそうな気がします!」
二人の目がリザ男に注がれる中、彼はただ困惑していた。「お前ら‥」と、自分の結婚話が勝手に進んでいくことに、リザ男はどう対応していいかわからず、言葉を失ってしまった。
リザ男は深刻な面持ちでネコ美に向き直り、運命の質問を投げかけた。
「それで、ネコ美よ。お前は俺の妻となることを望むのか?」
ネコ美は一切の迷いなく、「はい。」と答えた。
リザ男は更に重い言葉を続けた。「盾の王は、俺が多くの女と情事を成し、多くの子を設けることを望んでおられる。それは、妻としては辛いことだと思う。現に、リス子も、お前が結婚の話を出した時、冷静ではいられなかった。」
「存じております。慎むよう努力します。」ネコ美の返答は断固としていた。その緑色の瞳には、彼女の揺るぎない決意が映し出されていた。
リザ男は頭を抱え、しばしの間、難しい顔をした。彼にしては珍しく、すぐには結論を出せなかった。「‥あくまでも「かつて」とはいえ、「カタ=リナの聖女」を娶ることにしても良いものか、俺にもわからん。そこでだ。ちょうど、そういう難しいことが得意な奴が近くにいるから、聞いてみようと思うのだ」
彼は決断を保留にした。
春の陽光が窓から差し込む中、衛兵たちと軽く挨拶を交わし、ふたりはその扉を開けた。部屋の中は、天蓋が透明なガラスで覆われ、床には様々な花々が丹精込めて植えられたプランターで彩られていた。そんな穏やかな光景の中、黒猫が静かに立ち現れた。
「‥声を抑えな。セリナはたった今寝たところさ」と、黒猫は人差し指を立てて囁いた。リザ男とリス蔵は足音一つ立てずに、静養室の奥に備えられたベッドへと目を移した。そこで、ネコ美が安らかに眠っているのを見つけた。リザ男はネコ美の平和な寝顔を見て、心の底から安堵の微笑みを浮かべた。
「本当に良かった。魔法のことはあまりわからないが、意外と早い回復なのではないか? これも、黒猫殿のおかげだと俺は思っている」とリザ男が言うと、黒猫は微笑みながら答えた。「いや、あそこまで激しく衰弱した状態では、アタシにできることはほとんどなかったんだよ。それでもこの子が命を繋いだのは、この子自身が持つ「命」への渇望だね。世知辛いこの世にどんな未練があるのか知らないが、あんたがこの子に宣言した庇護は今も生きてるんだろう? その未練を無くす手助けをしてやるんだね」
「無論だ。彼女が今後、幸せに暮らす手立てを共に考えてやらねばならぬ」
しばらく静養室に逗留していたリザ男とリス蔵だったが、この場にずっといるわけにはいかなかった。シールドランドに今回の顛末の報告をしなければならないし、まだこの地にいるグリフォンズのメンバーの今後についても話し合わなければならない。
リザ男は言う。「それではそろそろ失礼させていただくことにしよう。黒猫殿、ネコ美をよろしく」
「ああ、引き受けたよ」
退室しようとするリザ男を引き止める声がする。ネコ美だ。
「つれないのではありませんか? わたくしは、それこそ一日千秋の思いでリザ男様をお待ち申し上げて参りましたのに」
「ネコ美、起きて大丈夫なのか?」
「ええ、「意外と早い回復」でしたので」ネコ美はにっこり笑う。
「最初から聞いていたか。謀ったな、タコ娘が」苦笑するリザ男。
ネコ美は、部屋の隅に控えていた侍女に合図を送り、瞬く間にティーセットが運ばれてきた。彼女はそれをリザ男たちに優雅に振る舞い始めた。部屋は穏やかな午後の光に包まれ、和やかな空気が流れていた。
リス蔵は、紅茶よりもテーブルの上に並べられたクッキーに目を輝かせた。一つ手に取り、口に運ぶと、その甘さに目を見開いた。「あ、甘い! なにこれ、おいしい!」
ネコ美は微笑みながらリス蔵の反応を見ていた。「ふふふ、リス蔵さんもリザ男様と同じような反応をなさるんですね。」
リス蔵の目はクッキーの皿に釘付けとなり、少し恥じらいながらも、ネコ美に頼み込んだ。「あ、あの、ネコ美さん。よかったら、オイラにクッキーのおかわりをいただけるとウレシイんですけど‥」
リザ男はそんなリス蔵を軽くたしなめた。「こら、リス蔵。あまり無茶を言うんじゃない。」
しかし、ネコ美は優しく笑い、気遣いを見せた。「構いませんよ。すぐに持ってきてもらいましょう」と言い、手元に置かれたハンドベルを軽く鳴らした。
程なくして、新たな皿のクッキーが用意され、リス蔵の前に差し出された。彼の目は再び輝き、新しいクッキーに手を伸ばし、パリポリと幸せそうに食べ始めた。
リス蔵の至福の笑顔を見て、ネコ美はリザ男に向かって穏やかに語り始めた。「良いですよね。人間は、自分の要求が満たされると、楽しい、嬉しい、って思います。ですけど、わたくしは今まで、そのようなことは許される立場ではありませんでした。」
リザ男は彼女の言葉に深く頷き、真剣な眼差しで応えた。「お前はもう『カタ=リナの聖女』ではない。これからは自分の生きたいように生きれば良いのだ。」
ネコ美は少し驚いた様子で、しかし穏やかに反論した。「あら、それはあまりに『無責任』な物言いではありませんか、リザ男様? わたくし、今までの人生のほとんどを教会の中で過ごし、人々のために尽くしてまいりました。つまり、教会の外のことについては、見聞きした情報しか持たないのです。そんな小娘が一人、街中に放り出され、「これからは一人で暮らせ」と言われたら、どうなるでしょう?」
リザ男はネコ美の言葉に驚き、口をぽかんと開けたまま彼女を見つめた。「それはいかん。身包み剥がされて女郎に売られてしまうやもしれぬ」と、彼は半ば冗談めかして言った。
ネコ美は悪戯っぽく笑った。「でしょう? 時に、リザ男様は、ご結婚はされておられるのでしょうか?」
「いや、まだだ。が、妻はいる」とリザ男は返答し、その答えに自らも少し首を傾げた。
ネコ美の笑みは変わらず、彼女はさらに言葉を続けた。「リザ男様ほどの猛者なれば、妻の一人や二人いても不思議ではありませんものね。まあ、第一夫人の座は諦めましょう。」
リザ男は混乱し、「‥さっきから何を言っておるのだ。ネコ美」と、彼女の真意を測りかねる様子で尋ねた。
その時、ネコ美の表情は真剣そのものに変わった。「ですから、プロポーズです。どうか、わたくしをリザ男様の妻の一人としてお迎えくださいまし」と、彼女は静かにしかし堂々と言い放った。
リザ男は言葉を失った。ネコ美の突然の提案に、彼はどのように反応していいのか、その場で困惑した。
紅茶を口に含んだ瞬間のリス蔵は、予期せぬ会話の展開に驚愕し、思わず飲み物を吹き出してしまった。彼は慌てふためきながら、リザ男とネコ美の間に身を投じ、声を最大限に張り上げた。「ダッメ~~~~~!!! ダメダメダメ! 絶対だめ! オイラは反対です!」
ネコ美は、リス蔵の反応に軽く眉をひそめてから、挑戦的な微笑みを浮かべた。「あら、リス蔵さんは反対できる立場にあるのですか? 従者に過ぎないはずですけど?」
しかし、リス蔵は負けじと立ち向かう。「り、リザ男様の第一夫人はわたくしですから!」その言葉には、どこか真剣さが滲んでいた。
ネコ美は一瞬驚きの表情を見せるも、すぐに余裕の笑みを取り戻した。「あら、そうでしたの? でも、男にしか見えませんわ。随分とかわいらしいお胸ですし。それで夜、リザ男様を満足させておられるのでしょうか?」
リス蔵は顔を真っ赤にして反論した。「余計なお世話です! 確かにわたくし、あなたほど胸は大きくないかも知れませんが、まごころでリザ男様に一生懸命尽くしています!」
黒猫がニタニタと人の悪そうな笑みを浮かべている。「あー、もうよい。二人とも、喧嘩はその辺りにしておくのだ。」リザ男が顔を赤らめながら見かねて言った。
リザ男は一瞬ためらいながらも、ついに決心したように口を開いた。「まず、二人に俺の考えを話す前に‥ 黒猫殿、少し席を外してもらえないだろうか?」
その頼みに、黒猫は一瞬で挑発的な笑みを浮かべた。「おやおや、天下にその名轟く『乱れ突き』が、何か聞かれてやましいことでもあるのかい?」
リザ男は少し赤くなりながら答えた。「いや、そういうわけではないのだ。‥今後、俺が家庭を持つ段になっての話を聞かれるというのは、どうにもこうにも、やはり、なんだ、恥ずかしいのだ!」
黒猫はその言葉に対し、ニタニタとさらに人の悪そうな笑みを深めたが、彼の続く言葉は意外なものだった。「仕方がないねぇ。人間、得意なことがあれば不得意なものもあるものさ。しばらく席を外してやるよ。」と言い残し、静養室を後にした。
黒猫は静養室を出て、席を外す。だが、部屋の中の声を聞かないとは言っていない。ので、黒猫はニタアリと、今日で最も人が悪そうな笑みを浮かべ、廊下から静養室の中の様子に耳を側立てた。
リザ男は、一時の沈黙を破って穏やかに声をかけた。「時に、リス蔵、いや、リス子。あのとき、俺が他に情婦を作っても気にしないと言っていたお前が、らしくないではないか?」
その言葉にリス子は、普段の元気さを失い、しゅんとしてしまった。
そんなリス子を見て、ネコ美が慈愛に満ちた声で言葉を続けた。「リザ男様、リス子さんは最初はそうおっしゃられていたのかも知れません。しかし、人の考えというものは変わるものです。あの時、傷ついたリス子さんを救うためにリザ男様が取られた選択を聞いたら、惚れ直さない女なんていませんわ!」
リス子はネコ美の言葉にはっとして、突然元気を取り戻したように見えた。
「わ、分かりますか?」彼女は目を輝かせ、ネコ美に同調する。そして続けた。「その後ゼファーさんとお闘いになられるなんて! こんなにわたくしのことを考えてくださる御方が、他におられましょうか?」
「ええ、ええ。」ネコ美は優しく頷き、自らの心の内を素直に語り始めた。「わたくし、リス子さんが羨ましゅうございます。わたくしも、女に生まれたからには素晴らしき殿方と結ばれることを夢見ておりました。さりとて、「カタ=リナの聖女」と崇められる身分となって以降は、そのような望み、叶うはずもない、と考えておりました。」
言葉を紡ぎながら、ネコ美はゆっくりとリザ男に近づいて続けた。「ですが、リザ男様は私をがんじがらめに縛っていたその鎖を断ち切ってくれました! そのような御方を、慕わぬ女はいないのです!」
リス子はその話を聞いて、感動のあまり声を震わせながらリザ男に向き直った。「わたくし、考え変わりました。ネコ美さん、良い方です。この方となら、うまくやれそうな気がします!」
二人の目がリザ男に注がれる中、彼はただ困惑していた。「お前ら‥」と、自分の結婚話が勝手に進んでいくことに、リザ男はどう対応していいかわからず、言葉を失ってしまった。
リザ男は深刻な面持ちでネコ美に向き直り、運命の質問を投げかけた。
「それで、ネコ美よ。お前は俺の妻となることを望むのか?」
ネコ美は一切の迷いなく、「はい。」と答えた。
リザ男は更に重い言葉を続けた。「盾の王は、俺が多くの女と情事を成し、多くの子を設けることを望んでおられる。それは、妻としては辛いことだと思う。現に、リス子も、お前が結婚の話を出した時、冷静ではいられなかった。」
「存じております。慎むよう努力します。」ネコ美の返答は断固としていた。その緑色の瞳には、彼女の揺るぎない決意が映し出されていた。
リザ男は頭を抱え、しばしの間、難しい顔をした。彼にしては珍しく、すぐには結論を出せなかった。「‥あくまでも「かつて」とはいえ、「カタ=リナの聖女」を娶ることにしても良いものか、俺にもわからん。そこでだ。ちょうど、そういう難しいことが得意な奴が近くにいるから、聞いてみようと思うのだ」
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