ワールズエンド・カーニバルシティ

緑茶

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第2章 フールズ・ゴールド

エピローグ

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『続いてのニュースです。先日の事件の傷跡が生々しく残るロサンゼルスのダウンタウンでは、市民団体の抗議や宗教組織の妨害によって復興が中々進んでおらず――……』


 22時を過ぎた、ハイヤーグラウンドのとある一角にあるバー。

 そこには騒々しい音楽もなければ荒くれ者どもの存在もなく、僅かな酔いつぶれた男と、寂しげな背中の女がいるだけである。深いチョコレート色の照明の中で、静かにジャズが流れていく。このアンダーグラウンドにも、このような場所があるのだ。

 だが、それを知っている者はそう多くはない。居たとしても、それは物好きだけだ。

 ――たとえばそう、カウンターに一人で座っている彼女のような。


「……なぁ。他のチャンネルはないのかよ」


 彼女がそう問うと、初老の痩躯のバーテンダーが、にこりと笑いながら言った。


「他の局をつければ、あなたは文句を囃し立てる」


「映画をやってたりは」


「『バッドボーイズ2』をやっているチャンネルがありますが。観ますか?」


「……当てつけみたいなチョイスだな。『パール・ハーバー』のがまだマシだ」


 しかめっ面をして「そのままでいい」を示した彼女は――肩を出した黒いナイトドレスに身を包んだ美女である。整った顔立ちに、くっきりと施されたメイク。美しい髪。その佇まい。

 そう、彼女はキーラ・アストンである。


「……――ああ、不味い」


 お気に入りの煙草、ブラックデビルのカフェバニラを吸いながら一言。凛とした雰囲気とはかけ離れた、いつもどおりのぞんざいな口調。


「来ませんね。あなたのご友人」


「よせよ、友人なんて。柄じゃない」


 そう言って、また一吸い。



 ――その時、からからと入店音が響いた。


「おやおや」


 キーラは顔を上げる。

 それから、来客者を確認して、少しだけ表情を和らげる。

 バーテンダーが、迎え入れる準備をする。


「済まない、うちの酒飲みどもがまた狼藉を働いてな。その後始末をしていた」


 ロングコートに、涼やかな声。


「ああ――遅いぜ」


 ドアから歩いてくるフェイ・リーに、キーラが苦笑しながら言った。


「……





「……それで。調子はどうだ」


 涼やかなその声とともに、空になったグラスがカランと音をたてる。

 フェイはそれだけ言って、次の酒を注文する。


「どうもこうもねぇよ」


 顔をしかめながら、キーラはグラスを呷る。

 結局彼女はカナディアン・クラブを注文していた。フェイの誘いに遠回しに乗ったわけである。


「ほう?」


「あの件の後始末が大量に残ってるうえ、他の連中はそんな事関係ねぇからな。相も変わらず現場、現場、それから現場だ。変わらねぇといえば変わらねぇ。新入りのOJTが捗るってもんだ」


 いがらっぽく喉を鳴らして、キーラは吐き捨てる。


「そうか」


 そっけないフェイの返答。だが、キーラは気にしていないようだった。

 オイルライターの音。フェイが、アークロイヤルに火を付ける。

 それから、細く長い指でつまみ、ゆっくりと吸う。


 キーラはなんとなく目を細めてその仕草を見つめた。それから、自分の煙草をもう一本取り出した。


「……キーラ」


 フェイが、しばらくしてから零す。


「あん?」


「結局、お前は我々をどう思っている? 変わらず、邪魔な路傍の石のままか?」


 フェイの顔は何色にも染まっていない。キーラは逆に、うんざりしたように眉をひそめた。


「もっと言い方ってもんが……」


 そこで、2、3口喉を鳴らして酒を流し込む。

 それから、言った。


「結果的にいえば――オレはお前の新しい仲間について、これ以上干渉はしない」


 『新しい仲間』という言葉を、キーラはことさら強調した。

 だが、フェイはそれをごく自然に受け流して相槌を打つ。


「その根拠は?」


「当然ながら、オレも課長も相当に怪しんでるが。ハイヤーに絡んでくるなら、むやみに首突っ込むわけにはいかねぇ。こちらも慎重にならざるを得ないし――それにな」


「それに?」


 ――そこで、キーラは一度言葉を切った。

 カウンターにグラスを置いて、まっすぐ前を見て何事か考える。


 視線にぶつかったバーテンダーは、自然な動きでそこから離れ、グラスを拭く作業に戻る。

 それから、しばらくして。


「……分からねぇけどよ」


 キーラが、言った。


「…………あのガキ……いや、あいつなら、大丈夫かもしれねぇと思ったのさ」


 それを聞いたフェイは――一瞬、ほんの少し目を丸くした。

 だがすぐに、笑みを浮かべる。じんわりと、空気に滲むような。


「では、お前が#フェイ__わたし_#たちのところに突っかかってくる回数も減るということでいいか?」


「そりゃどうか分からねえな。オレが気に入らなきゃ、いつでもドアを開けるぜ」


 キーラは笑い返して答えた。


「……そうかい」


 それで納得したらしい。

 頼んだ酒を、喉を鳴らして飲む。

 キーラもそれに続く。

 グラスを置く音。それから、しばらくして。


「……それにしても」


 2つの紫煙の漂う中で、キーラが口を開いた。


「ん?」


「――警察をやめて、機関に入って……それから、あの事件があって。あんたはもう、仲間を増やすことなんざ、うんざりだと思ってたが」


 フェイは、黙って聞いている。また一口、酒を呷る。


「意外だな。あんたにとってあの子は、相当なトクベツに見えるが?」


 しばし、黙り込む。キーラは、静かに返答を待っていた。数日前の獰猛さの一切は、そこにはなかった。あるいはそれが、彼女の本質なのかもしれなかった。

 ……そして、フェイが答える。


「あぁ。それは意外でもなんでもない。他の奴にも言われてるよ」


 彼女が目を瞑る。

 過去の会話が、流れ込んでくる――。





 目の前のミランダは、唖然とした顔をフェイに向けた。


「まさか……試してたの? シャーリーが、元に戻るかどうか。そのために、私たちが言い争っていても……手を出さないでいた」


 事件が終わってすぐ。

 彼女は、フェイに問い詰めてきた。

 後になってその行動を後悔し、恐れる割に――一度何かを見抜けば、すぐにでもそれを聞かずにはいられない。ミランダらしい行動だ、とフェイは思った。


「さぁ……どうだか」


 そんな言葉を投げつけてやる。

 だが……それはお気に召さなかったらしい。

 鷹の目の女の返答は、いささか語調のキツいものであった。


「――狂ってるわね、あなた」


 ……そう。

 自分をスカウトした女に向かって、ミランダはハッキリとそう言った。

 なるほど。彼女の物言いだ――……安心感がある。

 フェイは、そこでくすくすと笑いを漏らす。


「何がおかしいの……?」


 ミランダが、少し引き下がりながら、言った。

 そこには憤り以上に、困惑が滲んでいる。

 それ以上の、“畏れ”も。



 ――そこで背を向けて、言ってやる。

 そうとも。

 これが、フェイ・リーの本質だ。

 それを偽ったことは一度だってない。わざわざ見せびらかすことをしなかっただけで。


「……だったら、勝負といこうじゃないか。世界と私たち……いや、『わたし』の、どっちが狂ってるのか」


 いったい自分は今、どんな表情をしているのだろう。

 そして、ミランダは……どんな顔をしているのだろう。


 それを考えただけで、フェイの心中は愉快になった――。





「……そうかい」


 キーラは、フェイの言葉を聞いた後、しばらく「よく分からん」と言いたげに首をひねっていたが、やがて理解を諦めたのか、ため息混じりにそう言った。その件は、それでよかったらしい。


「……」


 だが、キーラは。

 すぐに、別の表情をかぶる。それはひどく深刻で、切羽詰まった表情。彼女はむっつりと押し黙ったまま、一気に酒を呷った。


「?」


 カウンターに、空になったグラスが大きな音を立てて押し付けられる。


「……っぷぇあ」


 キーラは男らしく口元を拭う。

 フェイは彼女の方を見た。

 バーテンダーが、何も言わずにグラスを回収する。

 そのまま、そそくさとバックヤードに引っ込んでいく。

 ……準備は、整った。


「こっから言うことは。酔いに任せてのことだと思ってくれ。いいな」


 キーラが、厳かに声を潜めて言った。

 フェイはしばし黙ってから。


「……あぁ。そろそろ、肴になる話が欲しいところだ」


 そう返した。

 キーラはこくんと頷くと――……。

 たっぷりと、間を開けて。


「実はな――……」


 その空間の音全てを置き去りにするかのように、ただ一言、決定的な一言を呟いた。



「ハイヤーグラウンドに不審な動きがある……――評議会チャプターハウスが、動き出してるかもしれねぇ」






「ああああああーーーーーッ!!!! あたしのバカルディ空にしたのはどこのどいつ!!??」


 グロリアが頓狂な声を上げて暴れまわる。その矛先が、キムに向く。


「あたしじゃないっスよ!? 冤罪やめてくださいよ冤罪ッ!!」


「じゃあ誰だぁ!! あんたか!? あんたなのか!? 答えなさい根暗女ぁ!!!!」


「煩いわね……私だったらどうだっていうのよ……ひっく」


 ミランダがわずらわしげに答える。

 グロリアの怒りが頂点に達し――戦争が始まった。



 ……夜遅く。


 フェイに散々諌められたにもかかわらず、彼女たちは相変わらず酒宴を開いていた。事務所内に酒のつまみの抜け殻が散乱し、テレビでは安っぽいB級の西部劇が放映されている。場面はちょうど、カウボーイと街の娼婦のロマンスだった。その目の前を、チリソース味のチップスが飛び交う。それから、耳をふさぎたくなるような罵詈雑言。


「この◯◯◯◯――」

「なんですって!? この――◯◯◯◯、」


「ちょっと、やめてくださいっス、ちょっと……」


 だが、やがてキムも諦めたらしい。


「……しーらないっと」


 肩をすくめて、自らはパソコンに向き直った。



「……ひっく」


 ちなみにグロリアの酒をもぬけの殻にしたのは、他ならぬチヨだった。西洋の酒に散々文句をたれた後に飲み干して、「強い奴を探す」などとのたまった挙げ句、ふらふらとストリートへと繰り出していたのである。彼女が戻ってくるのは、翌朝になってからだった。





「……それは、確かなのか」


「風のうわさだ。信憑性には乏しい。だが、マジに何にもねぇなら、藁の一掴みさえこっちには流れてこねぇ。違うか?」


「……」





「そういえば、シャーリーは?」


「ああ――あの子なら……」



「……では、あなたはもう」


 夜の遅く。

 人工的な青白い光の射す、不健康で粗末な空間。壁の到るところにヒビが入り、カーテンの端はみすぼらしく引き裂かれている。カーペットも茶色にくすみ、ただ新品同様の輝きを放っているのは冷蔵庫だけだった。


 しかし、それが彼女の――生活拠点だった。


「……もう、後ろ暗い連中とは、付き合わないわよ」


 グレースが、カウンターの向こうでそう言った。

 座るシャーリーの前に、コーヒーが差し出される。

 それをゆっくりと、目をつぶりながら、転がすように飲んでいく。


「そうですか……」


「……」


「――よかった」


 シャーリーは小さく吐息しながら言った。カウンターの向こうで、少しグレースが身じろぎする。


 それから。

 目の前に、皿と……その上に載った、何やら野菜と肉をどうにかこうにかした、よくわからないものが差し出される。


「これは……?」


 困惑気味にシャーリーが問うと、グレースは露骨に機嫌を損ねながら、それでも答えた。


「料理よ」


「なんていう――」


「そんなのはどうでもいいでしょう。料理は料理よ。食べなさい」


「なんのために、」


「……」


 グレースは背を向けて、しかりシャーリーにも聞こえる程度の声で、言った。


「……練習よ。あの子が……エスタが帰ってきた時。夕食ぐらい作ってあげられなきゃ、駄目でしょう」


 それを聞いたシャーリーは、言葉を飲み込んで、理解するのに数秒を要した。


 しかし、理解が追いついた後は、あたたかいものが胸のうちにこみ上げるのを感じた。


 それから、その年季の入った背中に笑みを投げながら、そのなんだかよくわからないものを咀嚼した。

 咀嚼した……。


「…………まっず」


「煩いわね……」



 病室のベッドで、エスタは醒めない眠りについていた。

 だがそこへ、一筋の光が蛍のように彷徨い、近づいてくる。

 どこから来たのかはわからない。


 しかしそれは、数秒後に、まるでもともと彼女の内側にあったかのように、その体内に吸収されていった。光が消えて、病室には暗闇が戻る。


 ――エスタの指先が、僅かに動く。





「――……悪いがこれ以上は、ナシだ」


「いいさ。お前の立場もある」


「そうかい。――それで、もし……この街に何かが起きた時。あんたはどうする」


「決まっているさ。……フェイわたし達は……」





 シャーリーは、近い内に、自分が過去と、そして未来のこれからと対峙する必要を考えた。その時、本当の自分が見えてくる……そんな気がしていた。





「正義の味方、だからな」











彼は、宇宙の夢を見ていた。


誰も居ないその場所に、たった一人で放逐される夢。

彼は世界を呪ったが、それ以上に祈った。


祈り……何を????

そう、それは自分の原点。その思いは今も変わることはない――……。





そして間もなく、彼は目が覚める。

夢などでは、なかった。

かつて。実際にあったことだった。


「何度見ても……慣れるものじゃない……」


 彼は忌々しく吐き捨てて、外を見た。眼下に広がる街。アンダーグラウンド。不夜城のごとき明かりの群れ。

 自分が、作り出したもの。


 そこへ声がかかる。

 お呼びだ――取り急いで、彼らにとっての自分を顔の上に作り上げる。


「ディプス様、お時間です」


 影の中から涼し気な、中性的な声。


「はいはい、分かりましたよっと」


 重い腰を上げて、混沌のディプスは歩き始める――。



 長い回廊を、着衣を擦らせながら歩いていく。

 そのさなか、ディプスは『今回の件』を顧みる。


 彼としては。

 そう、彼としては――今回の事件を間接的に引き起こしたことにはれっきとした理由があった。

 『シャーリーが成長する』という部分は変わらないが、その過程がまるで異なっていた。


 今回で犠牲になるのは、彼女――ミランダ・ベイカーの筈だった。

 しかし、それが変化した。

 シナリオが崩れたのは、とある少女の存在だ。


 それは……シャーリーが助けた、あの小さな女の子である。彼女が奔走し、シャーリーに言伝を与えたという状況そのものが、ディプスにとっては予想外だったのだ。


 無辜の市民による行動が、彼の考えうるストーリーラインを揺るがす。僅かな一点であっても、場合によれば大幅な計画変更を余儀なくされる。


 ディプスにとって今回の件は大きなミスであった。彼は今後の行動を大きく変更する必要があったのだ。


 ゆえに。

 今、それを配下の者達に伝えるべく、彼は重い腰を上げたのだ。


「シャーロット・アーチャーは……『物語』でなくちゃならないんだ……偶然など、あってはならない……」


 ――『その空間』に居るのは、僅か数人にすぎない。

 だが、常人がその場に入り込めば、満ち満ちる『ナニカ』に気圧されて、正気を失ってしまうだろう。


 湛えるのは闇。とこしえの闇。

 その中で、人影が動く。言葉が発せられる。

 それだけで、周囲の全てが震撼したようになる。


「――俺は言っていたではないか。お前たちの売る数匹を、こちらによこせと。それがなんだ? くだらん外交のために、外敵への備えを疎かにするのか――」


 それを発したのは、威圧的な男の声。

 まるで地獄のように野太く、恐ろしくがらんどうの空間の中に響き渡る。


 しかし、声が発せられた場所でうごめいた影は、意外なほどに細身で長身であった。その存在が、言葉を発したことに疑いの余地はない。

 彼の言葉は――反対側に座り込んでいる別の影に向けて投げつけられていた。


「くだらん、ってね……あんた、うちが何で成り立ってるのか分かってるんでしょうが? それが理解できてるなら、そんな言葉は何があっても言えないと思うがね」


 返答するのは――どこか軽薄そうな響きの混じる男の声。

 だが、そこに通底するのは――同様に、油断ならぬ響き。

 脇腹を突き刺してくるような剣呑さに満ちている。


 そして二人の間で――大気が淀む。殺気がぶつかり合い、周囲に撹拌されて、何もかもがネジ曲がる。


「貴様に何が分かる――自らの手を汚すこともせず、徒に手をカネで汚しているだけの貴様に、この俺の憂いなど分かるはずもない!!」


「……あの御方の考えをみすみす考慮せず、なんだって武力で解決しようとするあんたのほうが、よほど悩みのタネだと、俺はそう思うがねぇ。それともどうした? 年頃の女のように、月のものでもやってきたか?」


「なんだと貴様――この俺を愚弄するのかっ……!!」


「やる気かい? いいぜ。下の腑抜けどもには負けんつもりだが」


 2つの胡乱な影の視線同士が交錯し、ぶつかりあった。

 にらみ合い――時空が断腸する。一触即発。


 片側は、いわば凶器そのもの。


 そしてもう片側は、例えるならば毒薬。間延びした話し方の奥に潜むのは、何よりも恐ろしい覇気である。


 その2つが、どこまで続いているのかも定かではない空間の中でぶつかり合う。


「……」


「……」


 その双方が、ともに殺意を解放するまで。

 ――あと。


 5、4、3……。



「はいはいお二人とも、やめてください。ディプス様の御前ですよ」



 手をたたく音とともに、澄んだ声が聞こえる。

 そして、闇の中から、一人の青年が顔を出す。


 笑みを浮かべたような目をした、中性的な顔立ちの、美しい容姿の男である。一見すれば少女のようにも見える彼がそう言って、闇の中に確かに佇んでいる二人を一瞥すると、それぞれはそれぞれの方法で静かになった。


 片方は不満げに、もう片方は……肩をすくめて、苦笑いを浮かべながら。影が、そんな風に流動した。


「まったく、顔つき合わせるたびに喧嘩して。ローティーンの学生じゃないんですから。品位を保ってくださいよ」


「……黙れ……」


 暗闇の中で、影が呻いた。もうひとりの影がそれを無視して、青年に問いを投げる。


「――そういえば。“ホワイト”は来ないのかね?」


「……あの人は本業が忙しいんですよ。それから、他の3人も同様です。要はあなた達が暇人ってことです」


「言うねぇ」


「貴様…………ッ」


 凶暴な影が怒りのままに動こうとしたが、そこで硬直した。

 青年の後ろで――彼が蠢き、そのまま前に進み出たからだ。

 まるで、王が玉座へと腰を下ろすかのように。



 ディプス――彼らにとっての、領主であり。神であり。かけがえのない存在。



 ――影2つが、一様に頭を垂れた。その魔人に。青年も同様である。


 ディプスはそれをなんでもないように受け取った後、そのがらんどうの空間の中心で、まるで演説をぶつかのように、厳かに口を開いた。

 ――声は、異様なまでによく通った。


「――まず。言っておかなければならないことがある」


 そこに、普段アンダーグラウンドの者達に語りかける時のようなふざけた調子は見られない。


 どこまでも峻厳に冷厳に――彼はおぼしめす。


「今日この日に至るまで……シャーロット・アーチャーの物語を整えるまで。僕は少々、力を使いすぎた。これ以上、自らの手でアンダーグラウンドに介入し続けることは『お上』の不審感を煽ることになる。だが、彼らの目は、お前たちには届かない」


 青年を含めた、巨大な影達は、黙って聴いている。


「それゆえに……これから僕は、『物語』のさだめを……お前たちに委ねることにする。僕が銃把であり、お前たちが――弾丸だ」


 その声は、影の一つ……あの、怒声を上げていた男の身体を震わせた。


「おお……ディプス様……それでは」


「……」


 対立していたもう一つの影は、恭順の姿勢を見せながらも、あくまで飄々とした態度を崩さない。肩を思わせぶりに上下するだけにとどまる。


 青年は……ただにこやかに、微笑している。


「そう。これより、我々の計画が本格的に始動する。これからは、アンダーグラウンドだけではない。このロサンゼルスすべてが、僕の、そして彼女の描く物語の俎上に載ることとなる。お前たちは、その埒を開ける。そのために存在する。お前も、お前も。お前も」


 魔人は、影のそれぞれを指さした。


 ある者は歓喜・使命感に打ち震え。ある者は恭しく頭を下げ。ある者は泰然自若に微笑み。


 ――またある者は襟元を正し。

 ――またある者は狂気のような笑みを浮かべ。

 ――そして。


 ――『最後の者』の浮かべた表情は、その場にいた誰にも観測されなかった。


「さぁ、始めようじゃないか。我々の祝祭を」


 魔人が、手を挙げる。

 影が、次々と立ち上がる。

 がらんどうの闇の中に――恐ろしげな存在感をたたえた者達が立ち上がる。


 評議会――その中心メンバー。

 人数にして7。

 その男。その男。その青年。その他、4人の者達。


 それだけが、たったそれだけが。

 この街を、ロサンゼルスを支配する――そして。


 第八機関の脅威として、君臨しているのだ。





「……っ!?」


 シャーリーはその時、何かを感じた。

 そう、空の上に、『ナニカ』を。

 異様なまでの冷気。上空がどこまでも引き伸ばされ、ついに虚空にまで到達するような感覚。


 つかの間味わったその感覚は、彼女の背中を急激に冷却する。


「……何――」


「……? どうしたの」


 グレースが、怪訝な顔を向けてくる。


「いえ…………なんでも」


 そうとしか返事ができない。

 

 だが、今しがた確かに、シャーリーは『ナニカ』を感じた。

 

 ――空の上に居るナニカが、自分を見下ろしている。

 それをはっきりと感じ取った。

 

 彼女はそれを明文化しようとはしなかった。

 それをすれば、自分の中の均衡が崩れてしまいそうだった。


 ただ彼女は、滲む背中の汗を流れるままにする――。





「この星を――守るために」


 ディプスがそう言い放った瞬間に、物語の主軸がゆっくりと胎動を始めた。

 それは小鳥の歩みのように軽やかに、しかし前触れなく訪れた。

 影達はそれぞれの思いを抱きながら、行動を開始する。


 ――だが。

 場所はアンダーグラウンド。多くの者達が何も知らないままに、その刹那を過ごしている。不夜城の如き灯りの中、喧騒に満ちた日々を送っている。


 ハイヤーグラウンド。地上に縛り付けられた煉獄から空を見上げる時、暗雲のようにそこに存在する場所。ある時から当たり前のように、それはあった。





「じゃあ……本当に覚えてないの? パパとママからはぐれた間、何があったのか」


「うん。おぼえてない。気がついたら……けいさつの人といっしょにいたの」


「でも……震えてるわ」


「うん。なにか、すごく怖いことがあったようなきがする。それで、きづいたら、すっかりこわくなくなったの……」


「そう。――夢でも、見てたのかしらね」





「……――当該人物の記憶処理、完了。今後は更に角度を上げる」

 




 しかし、やがて人々は知ることになる。

 当たり前のことなど、何一つない。



 全ては物語のただなか――運命の上に転がる路傍に過ぎないのだということを。
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