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アリアドネの繭・前編
第1話 スナッチ─①
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気づいた時には、人類は絶滅の危機に瀕していた。
ネクストルムと呼ばれる謎の生命体は、人間の敵だ。
第一次同化戦争が始まってから既に四半世紀。その間に何万、いや何億という人が姿を消したのだろうか。真相は誰にもわからない。もはや既存の国家は崩壊し、生き残った僅かな人類が、要塞の中で小さなコミュニティを形成しているばかりだった。
ネクストルムは体内で合成した「セラム」と呼ばれる粘液を分泌し、これを利用して自分たちのコロニーを形成する。燃やすと有毒なガスを放出し、時間が経てば岩石と同等の硬さになる。このセラムこそが、人類がコロニーを潰せなかった理由の一つだ。
出現から五年後、新世代の(ネクスト)怪物(モンスター)と名付けたヴィクター教授は自著の「終焉の分類学」において、ネクストルムたちの特徴を事細かに示していた。小型を除き、全ての怪物たちは人間を保管するポッドを持っている。人間を生け捕りにし、巣に持ち帰って苗床にするためだった。
しかし不思議なことに、彼らは若く健康な女のみを生け捕りにする。なぜ女を選び、男を殺すかは長年の謎だったが、ヴィクター教授は調査を経て、彼らに生殖能力が無く、他の生物を介さなければ繁殖が出来ないからだと判明した。
つまりネクストルムは寄生生物だったのだ。
* * * * *
轟音と振動が鉄の箱を揺らしていた。
高速輸送機「カリュブディス」機内、リリス・ノワールは手に持っていた本を傍に置いた。膝の上には終焉の分類学が置かれている。人類に反撃のきっかけを与えた英雄の遺作だ。
ヴィクター教授は、三年以上前から行方不明になっている。一年という長期間、大隊による捜索が行われたが、結果は失敗。死亡扱いとして処理されていた。
リリスにとって、この事実はあまりにも惜しいものだった。
彼女が軍隊に入るきっかけになった本だったからだ。
「寄生……か」
リリスは小さく呟いた。
脳裏に本の挿絵が浮かんだ。セラムで満たされたポッドの中に入っている女性の無残な姿だ。意識は保たれたまま、彼女たちはコロニーの奥深くで果てていく。死ぬことも許されず、永遠に苦しむ。
呼吸が止まりそうだった。
「まーた読んでる。もう内容全部覚えたんじゃないの?」
正面に座るベティ・バレットが、愛銃のベルトを弄りながら気さくに言笑う。小柄な彼女の背丈ほどもある重機関銃は、これから向かう場所の過酷さを暗に示しているようだった。
「それは分類学、これは初めて読むもの」
「どうだった?」
「微妙」
リリスは即答した。
ベティが続けて聞く。
「どんな所が微妙?」
「人の本を読んでから自分の言葉に置き換えて、あたかも自分が研究しました、って感じがしてつまんない本だったね」
「ふーん」
リリスが本を閉じると、スピーカーからノイズ混じりの声が響く。
『サイレント・セラムまで五分、全員降下準備。レーダーが人質の位置情報を補足した。恐らくキャリアーだ、絶対に逃がすな。繰り返す、絶対に逃すな』
二人は立ち上がり、強化外骨格の「シンクロ・リグ」へ身体を預けた。背中を冷たく細い針が貫き、神経に直接アクセスしてくる。脊髄に走る激痛に、思わずリリスは唇を噛み締めた。
「シンクロ・リグ、接続確認……リバース、スタンバイ」
「こっちも準備完了、リバースを待つわ」
リリスの腕に刻まれた黒の紋様が青白く光り始める。視界が歪み、突然吐き気が押し寄せる。耐えろ、耐えろ、耐えろ。何度経験してみても、強化外骨格に慣れない。
自分が塗り変わっていくような感覚は爽快だが恐ろしくもある。
視界が晴れ、周りの雑音が消えた。
「……よし」
リリスはAR-32「シンクロニティ」を抱え、ベティはXM-270「プロメテウス」を壁から外した。機体が気流で揺れ始め、ハッチがガタガタと異音を立てている。
ベティがリリスの肩を軽く叩いた。リリスは振り向く。
彼女は大丈夫だ、と手で合図した。
『ハッチオープン!』
ネクストルムと呼ばれる謎の生命体は、人間の敵だ。
第一次同化戦争が始まってから既に四半世紀。その間に何万、いや何億という人が姿を消したのだろうか。真相は誰にもわからない。もはや既存の国家は崩壊し、生き残った僅かな人類が、要塞の中で小さなコミュニティを形成しているばかりだった。
ネクストルムは体内で合成した「セラム」と呼ばれる粘液を分泌し、これを利用して自分たちのコロニーを形成する。燃やすと有毒なガスを放出し、時間が経てば岩石と同等の硬さになる。このセラムこそが、人類がコロニーを潰せなかった理由の一つだ。
出現から五年後、新世代の(ネクスト)怪物(モンスター)と名付けたヴィクター教授は自著の「終焉の分類学」において、ネクストルムたちの特徴を事細かに示していた。小型を除き、全ての怪物たちは人間を保管するポッドを持っている。人間を生け捕りにし、巣に持ち帰って苗床にするためだった。
しかし不思議なことに、彼らは若く健康な女のみを生け捕りにする。なぜ女を選び、男を殺すかは長年の謎だったが、ヴィクター教授は調査を経て、彼らに生殖能力が無く、他の生物を介さなければ繁殖が出来ないからだと判明した。
つまりネクストルムは寄生生物だったのだ。
* * * * *
轟音と振動が鉄の箱を揺らしていた。
高速輸送機「カリュブディス」機内、リリス・ノワールは手に持っていた本を傍に置いた。膝の上には終焉の分類学が置かれている。人類に反撃のきっかけを与えた英雄の遺作だ。
ヴィクター教授は、三年以上前から行方不明になっている。一年という長期間、大隊による捜索が行われたが、結果は失敗。死亡扱いとして処理されていた。
リリスにとって、この事実はあまりにも惜しいものだった。
彼女が軍隊に入るきっかけになった本だったからだ。
「寄生……か」
リリスは小さく呟いた。
脳裏に本の挿絵が浮かんだ。セラムで満たされたポッドの中に入っている女性の無残な姿だ。意識は保たれたまま、彼女たちはコロニーの奥深くで果てていく。死ぬことも許されず、永遠に苦しむ。
呼吸が止まりそうだった。
「まーた読んでる。もう内容全部覚えたんじゃないの?」
正面に座るベティ・バレットが、愛銃のベルトを弄りながら気さくに言笑う。小柄な彼女の背丈ほどもある重機関銃は、これから向かう場所の過酷さを暗に示しているようだった。
「それは分類学、これは初めて読むもの」
「どうだった?」
「微妙」
リリスは即答した。
ベティが続けて聞く。
「どんな所が微妙?」
「人の本を読んでから自分の言葉に置き換えて、あたかも自分が研究しました、って感じがしてつまんない本だったね」
「ふーん」
リリスが本を閉じると、スピーカーからノイズ混じりの声が響く。
『サイレント・セラムまで五分、全員降下準備。レーダーが人質の位置情報を補足した。恐らくキャリアーだ、絶対に逃がすな。繰り返す、絶対に逃すな』
二人は立ち上がり、強化外骨格の「シンクロ・リグ」へ身体を預けた。背中を冷たく細い針が貫き、神経に直接アクセスしてくる。脊髄に走る激痛に、思わずリリスは唇を噛み締めた。
「シンクロ・リグ、接続確認……リバース、スタンバイ」
「こっちも準備完了、リバースを待つわ」
リリスの腕に刻まれた黒の紋様が青白く光り始める。視界が歪み、突然吐き気が押し寄せる。耐えろ、耐えろ、耐えろ。何度経験してみても、強化外骨格に慣れない。
自分が塗り変わっていくような感覚は爽快だが恐ろしくもある。
視界が晴れ、周りの雑音が消えた。
「……よし」
リリスはAR-32「シンクロニティ」を抱え、ベティはXM-270「プロメテウス」を壁から外した。機体が気流で揺れ始め、ハッチがガタガタと異音を立てている。
ベティがリリスの肩を軽く叩いた。リリスは振り向く。
彼女は大丈夫だ、と手で合図した。
『ハッチオープン!』
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