【完結】最強魔術師は褒められたい

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最強魔術師は褒められたい 5章

最強魔術師は褒められたい 2

 全国トーナメントまで、残り一ヶ月あるかないか。
 灰色の空からは、静かに雨が降り続けていた。
 時々風に煽られて、窓ガラスにぴゅっ、と雨が道を作っていくのを見て、ため息が漏れそうになる。
 教室内は空調が効いてるから過ごしやすいけど、グラウンドが雨でびちゃびちゃになってしまって使えないことが、俺にとっては憂鬱で仕方ない。
 開放的なロケーションでの実践訓練が出来ないとなると、代わりに、体育館が訓練場所になる。
 上も横も、全部壁。飛び上がるのも、相手の攻撃を避けるのも、限界があるって、それだけで窮屈でたまらない。
 自由にあちこちを飛び回って相手を翻弄する戦い方を好む俺が、体育館という空間に翻弄されてるような気分だ。

「え…で、でも、軍に上がって、任務をこなすようになったら、きっと、制限された空間での任務の方が多いんじゃない、かなぁ…?」

 複数の本棚で作られた道をゆっくりと歩き、ずらりと並んだ本の背表紙眺めなら永田にそんな事を話したら、彼は首を傾げてしまった。

「そりゃそうだけどさ…。俺も先輩も、戦う時の行動範囲が広いんだ。それにずっと外で訓練してたから、体育館での訓練って、なんか、慣れないっていうか」
「うん…。僕も、そう思う…。でも、そういう時は、卒業した後の事、考えて、慣れようって思ってる…」

 永田は頬を紅潮させて伏目がちに言うと、紅くした頬を自分の両手で押さえて、一人で「あ、あんまり見ないで…!」と俺に言った。
 実に永田らしい回答だ。

「卒業した後、か…」
「あ、あの…。里々春くんは…。その、本当に、もう、大丈夫…? あの後も、ハイン先輩と色々あったって…」

 恥ずかしがったと思ったら、次には紅みの残った頬をして、心配そうに眉を寄せて俺の顔を覗き込んでくる。

「もう大丈夫だって。色々心配かけてごめん」
「その…。本当に…? トーナメント戦の時も、ハイン先輩は本調子じゃなかったって、臣くんが言ってて…。あの、でも…。里々春くんも…」
「あー…直前まで、お互いに、精神的にも肉体的にもやばかったのは、本当かも」
「あれから、パートナーになったって、聞いたけど…それも、本当…?」
「…え…なんで知ってんの…?」

 誰にも言ってないんだけど。もしやこれは、隠しているわけじゃないからってベタベタし過ぎて周りから悟られたってやつか?

「わぁ…!」

 永田の目がどんどん見開かれて、キラキラと輝いた。宝石か何かを目にした女子みたいな反応だ。
 えらく乙女だなと思うが、永田は、この手の話が好きなんだろうか。

「あ、あの、臣くんが話してて、けど、臣くんはハイン先輩から聞いたって。そっか、良かった…。あの、本当に僕、心配して…。けど、パートナーになったなら、大丈夫だね、本当に良かった」
「ほんとにごめんって…。いや、けど、先輩かよ情報の出どころ…」

 まさか舞い上がって口にしました、とか…。うん、有り得るな、あの人なら。流石に伝える相手は選ぶだろうが。
 先輩は、案外調子に乗りやすいタイプだってことを最近知った。今回もまた、調子に乗って高崎先輩に報告してしまったんだろう。
 はは、と苦笑いする俺に、永田は首を傾げて不思議そうにしていたけど、出来れば触れないでほしい。

「ほんと、心配かけてごめんな」
「ううん。あの、ペアも解消しない…よね?」
「それは考え中」
「え…?」

 バサバサバサッ、と勢い良く、棚に立て掛けられていた本が落ちた。
 永田があわあわとかがんで本を拾い集めるのを俺も手伝う。

「ど、どうして…?」

 乙女みたいにぱぁっと色付いていた顔は、とたんに萎んで青くなってしまった。
 そんなにショックな事なんだろうか、俺と先輩がペアを組まないっていうのは。

「じゃ、じゃあ、後期の授業は…? どうするの…?」
「え?」

 後期の授業?

「ああ…語弊があるな。もちろん、少なくとも先輩が在学中に解消するつもりはないんだけど」

 そもそも校則の問題で、先輩が在学中にペアを解消するなんてこと、出来るのかもわからないんだけど。

「先輩が卒業して、俺が卒業した後もペアを組むのかってところは、考え中って言った方が正しいかな」
「それって、将来的に、ペアを組み続けるのかってこと…?」
「そう、それ。永田は高崎先輩と、将来的にも組んでいくんだろ?」
「う、うん…。そうしたいなって…。だから、トーナメント戦で、もっと、コンビネーションを鍛えたくて…」
「それでトーナメントにエントリーしたんだ?」
「う、うん…」

 永田はいつだって、自分に必要なものをちゃんと理解しているんだ。
 描いた将来がはっきりしてるから、どんな小さなことでも、永田は『将来、高崎先輩とペアを組み続けるため』ならば、きっかけにしてしまえる。
 そんな一途さは、やっぱり俺にはないものだから、少し、羨ましいと思う。

「けど、パートナーになったのに、どうして…?」
「なにも、パートナーになったからって軍の任務のペアまで一緒になる事ないだろ? 今の俺と先輩とじゃ、なんていうか…。互いに持て余しそうだなって」
「持て余す…?」
「俺、多分、ある程度のことなら一人で出来るんだと思う。アシスト型の魔法だってそうだし、前衛として攻撃型魔法も使える。治療型の魔法だって」

 自分で列挙していって、だんだんと虚しくなってきた。何でも自分でできるって、便利だ。便利だけど、やっぱ、孤独だ。

「あの茶色の魔法陣の魔法だってさ。俺、よくわかってないんだ」

 極めつけは、これだ。
 よくわかりもしない魔法を使えて、自分でも理解に乏しいのに、気合だけで使ってしまった。
 実際それで何とかなったから良いけど、そう都合よく何度も『何とかなる』とは思えない。

「トーナメント戦の時には、あそこで終わりたくないって思いで使ったけど…。初めて使った時に、思った以上に危険なものだってわかった。よく分かりもしない危険なものを持ってるって、ペアの相手にも、相当リスク背負わせてるんだろうなって思った」
「け、けど…。任務は一人じゃ…」
「わかってる。だからトーナメント戦で見極めたいって思ってるんだ。それに、俺だって出来るなら先輩とペア、組んでたいよ。だから兄貴たちに頼んで、茶色の魔法陣の事、色々調べるの手伝ってもらってる」

 本棚から落としてしまった本を拾い終わって棚に戻しながら永田が「そっか…」と、どこか、寂しさが滲んだ声で呟いた。なんで永田のほうが寂しそうなのか。
 卒業してからの事なんて、俺たちだけじゃなくて、他のチームだってどうなるのかわからないのに。
 二年に上がったら、きっと、兄貴たちと同じように同学年でペアやチームを組むことになるんだろう。そして三年に上がれば、今の先輩たちと同じように、新しく入ってくる後輩を導く立場になる。
 いつ誰と、どんなふうに組んで、どんなチームになっていくのかなんて、誰にもわからないのにな。

(でも…先輩と以外、組んでるところ、想像できないのも事実だ)

 俺の事をわかってくれて、実践訓練というフィールドで一緒に戦える相手。
 本当は、後にも先にも先輩だけなんだろうと思う自分も居る。
 その反面で、自分の持つ魔力器官の強さが仇になって先輩に迷惑をかけることを恐れてる自分も、居る。

(とにかく、やれることはやんないと)

 本棚に視線を戻して、上から下、右から左、それでもってもう一回、上から下に視線を動かしていく。
 『治療型の基礎』『治療型魔法の一覧・初級』『治療型魔法の一覧・中級』『治療型魔法の一覧・上級』
 治療型魔法の一覧が載った本の中から中級と書かれた背表紙の本を引き抜いて、ぺらりとめくる。
 今までほとんど触れてこなかったけど、これから先、どう必要になってくるかわからない。実際、俺はその『今までほとんど使うことがなかった魔法』に助けられて、先輩と一緒に校内トーナメントを勝ち抜いた。
 持っている力の使い方ぐらいは、覚えておいて損はないのだと知った。

「それ、借りるの…?」
「見るだけ見てみようと思って」
「あ…だったら…こっちのじゃなくって、えっと…」

 永田の指先が並ぶ本の背表紙を横になぞっていき、ぴたりと止まる。永田は指先を止めた本を悩むことなく引き抜いてページをめくり、俺に見せてくれた。

「こっちの方が、わかりやすいと思うんだけど…。どう、かな?」

 ページのレイアウトや解説が、俺の選んだ本よりもわかりやすい。
 字面だけじゃなくてイメージ図みたいなのも載っていて、まさにイメージから入って魔法を使うタイプの俺にピッタリだ。
 説明の単語のチョイスも、高校生向けのテキストに変換されているみたいだし。

「そっちにする」

 手にしていた本を閉じてもとの場所に戻すと、永田が持っていた本を受け取って、ついでに同じ本の上級の一覧も本棚から引き抜いた。

「借りてくる」
「あ、僕、廊下で待ってるね」
「わかった、ありがとう」

 本棚と本棚の間に作られた通路を歩いて、滅多に行かない受付カウンターへと足を運んだ。
 当番席に座る生徒は暇だったのか本を読んでいて、俺が、永田が選んでくれた本を置くと慌てて手続きしてくれた。
 永田の待つ廊下に出ると、俺が来たのに気づいて永田はぱっと顔を上げた。

「おまたせ」
「ううん、大丈夫」

 二人で並んで、しとしとと雨が降る音だけが響く廊下を歩き出す。
 校内トーナメント本番までは、グラウンドから自主訓練をする声が聞こえていたのに、今はすっかりだ。

「あの…僕、思うんだけど…」
「ん?」
「Subが一人で任務って…無理が、ある…のかなって」

 どうやら、さっきの話の続きらしい。

「どんなに魔力器官が強くても、相手がGlareを発する様なDomだったら、僕たちは、敵いっこないじゃない…?」
「…まあ、そうかもしれないけど」

 永田の強張った声に、俺は言葉だけを返す。

「…里々春くん、あの…もしかして、Glareを浴びたこと、ない…?」
「ない――と、思う」

 Domの威圧、だっけか。
 威圧的だなと思うことは、度々あった。
 例えば西藤先輩が俺に向ける睨みとか、兄貴が先輩に向けた怒りとか。
 でも、Glareって、そういうんじゃないと思う。
 DomのGlareを浴びたSubは、Sub Dropに陥って、最悪、命の危険に晒される。よくニュースなんかでもやってるし、社会問題にもなっている。
 そんなイメージだからか、イマイチ、ピンとこない。

「…Subには、Domが必要だし、Domには、Subが必要…だと、思うな…」

 確かにそうだけど、それはプレイの話であって…と、口には出来なかった。
 俺たちが今いる場所――日の岩軍事養成高等学校は、そもそも第二性の欲求からくる犯罪の対策として設立された、軍の特別課に所属するための学校だ。
 より上級の魔法を学んで、世の犯罪防止に魔力器官の強さを活かすためのものだと勘違いしそうになるけど、軍に上がってから相手にするのは、まさに、ニュースで報道されるようなDomだ。
 …本当に、忘れそうになるけど。

(ただの思い上がりなのかな、俺の考えって…)

 魔力器官の強さだけで、乗り切れるものじゃ、ないのかな。
 実感が湧かないからなのか、俺には、俺自身の考えが甘いのかも、よく分からなかった。
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