あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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空蟬と呼ばれるもの

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「おにいちゃん、追いかけっこしたいの? いいよ。ぼくが鬼になってあげるね。それじゃあ、位置について、よーい、どん!」


 異様に手脚の長いよくわからない姿に変わった男の子だが、声の高さは幼いままで、おどけた調子が緊迫感をまぎらわす。いったん納戸に隠れた螢介は、炎估えんこに説明を求めた。


 あれは空蟬うつせみだ。
 ……十翼じゃないのか?
 十翼はおまえだ。
 いま、そういう冗談はやめろ 
 (あとでじっくり聞く)。
 ……で、どうすればいい?
 どうもしない。
 なに?
 空蟬にタマシイはない
 ほうっておけば消滅する。
 ……害はないってこと?
 ウロコを狙ってきたンじゃないの?


「おにいちゃん、み~つけた~」

 男の子が納戸をあけると、螢介の口を炎估があやつる。ふぅと、そよ風のような息を吐くと、もくもくと白いあわになってしまった男の子は、「わあっ」と叫び(どこに口があるのかはわからない形態だけど)、後方へよろめいた。そのすきに納戸を飛びだす螢介は、ネコを呼んだ。黒猫の姿で見つかり、ひょいっと抱っこする。亭主は出かけるさい、屋敷の外は危険だと云った。……どっちかといえば、家のなかのほうが、いろいろあぶねぇわ!

「おにいちゃん、どこ~」

 空蟬の男の子と追いかけっこをする螢介は、六畳間の寝室へ逃げこんだ。敷布団のなかへネコを押しこむと、障子戸のそばで身を低め、男の子の気配に注意する。……あいつ、ほうっておけばほんとうに消えるのか? どのくらいで消えるんだ? はやく消えてくれ。


『わすれものは、いいのか? せっかく、あのうつせみがとってきてあげるって、いったのに。あれはあれで、りようできるぞ。けいすけのうろこをちらつかせれば、うつせみはなんでもする』


 ……曾祖母の形見なら、おれがなんとかするさ。あの習字道具は、だれにも手がだせないよう、ちょっとした工夫がほどこされているからな。たとえ家が火事になっても、ぜったいに燃えつきない。……というか、ネコ、おまえ、しゃべれたのか。

 掛け布団のすきまから黒い鼻をだし、女の子の声で話すネコは、ニャアと鳴いた。小さくても牙がある。噛まれたら痛そうだ。皮膚に喰いこみ、血がでる。螢介も空蟬と呼ぶものに近いからだにとどまっていたが、それはタマシイをとらわれているからで、亭主に返してもらえば、これまでどおりに生きられると勘ちがいしていた。

 ……あのな、ネコ。ウロコをちらつかせるって、簡単に云うなよ。それがどこにあるか、知ってる?

『けいすけの、うらがわのうらにわ、、、、

「裏庭?」と、つい声にでた。しまったとばかり、あわてて口を右手で蔽ったが、空蟬に見つかった。障子戸をすり抜けて、螢介のからだに白い泡が巻きついてくる。

「おにいちゃん、つかまえたよ~」

「くそっ、ネコ、逃げろ!」

『ニャア!!』

 勢いよく飛びかかるネコは、女の子の姿になっていた。白い泡に足蹴りをくりだしたが、スカッと貫通し、しゃがんでいた螢介のこめかみに直撃した。……だから、なんでだよ!? スカートの下のピンクのパンティーと無数の星が見えた螢介は、意識が宇宙へ旅だった。 

 そこからの記憶はあいまいで、気がついたときは玄関に倒れていた。硝子ガラス戸があき、黒いレインコート姿の亭主が帰宅する。


「……お、おかえりなさい」


 螢介は、なぜか手足に力がはいらないので、うつ伏せのまま顔をあげた。ニャアというネコの声が聞こえるが、姿を見ることはできない。からだがだるくて、動かせないのだ。レインコートのポケットからなにかをとりだす亭主は、それを螢介のくちびるに押しあて、のみこませた。なにかの塊が咽喉のどをとおって胃のへ落ちてゆくと、全身がラクになった。……口のなかへはいってきた亭主の指に咬みついてやればよかったと、起きあがってから後悔した螢介は、視線を泳がせた。

「あの空蟬は、どうなった?」


〘つづく〙
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