あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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手を離すことなかれ

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 さくや亭にて、日照とひとつになる運命ときを待つ亭主は、長い眠りについてしまった。雨はひと月ふりやまず、ネコも帰らないままだが、螢介けいすけは、時間さえあれば咲夜のもとへいき、冷えきった指を両手で包みこむと、浅い呼吸を見まもった。

「先生、朝だぞ。そろそろ起きようぜ……。あなたの声は、全部おれが書き記してやるから、まだなにか云うことがあるなら、遠慮なく話かけてくれ」

 枕もとには、硯と筆が置いてある。畳のうえには、聞書ききがきをした巻紙が数え切れないほど散らかっていた。咲夜は無意識に己の過去を語り、その思いの一字一句を螢介は記した。

 ……炎估のやつ、本気で先生を助ける気があったのかよ。たんに、じぶんごのみの女(タマシイ)が欲しかったけにも思えるけどな。まあ、わかる気もするぜ。なんつーか、先生って、庇護欲をかき立てられるンだよな。……ってか、おれのウロコは、先生とおそろいだったのか。

 あの日見たつのある蛇は、異形のタマシイをもつ化生けしょうであり、川底で螢介の足に巻きついていた。偶然とおりかかった咲夜は、タマシイをつかむという方法でしか、救うことはできなかった。螢介のなかにひそむ違和感の正体は、ウロコの影響が強い。本来の持ち主である咲夜の精神が、手に取るようにわかるようになりつつあった。それはつまり、逆も然りである。螢介が呼びつづける声は、きっと、咲夜にも伝わっているはずだ。

「いいんだよ、それで。結果的には利用されてたけど、そんなのはいまさらだしな。……おれは、先生を孤独にさせない。ずっとそばにいる」

 咲夜は、家族のような存在である。互いに支え合うべき関係だ。

「だれとだれが家族だと?」

「炎估か、見まわりサンキュー。なにか変わったようすは?」

「なにもない。……どけ」

 日照の襲来を警戒する螢介は、一日に数回、炎估と交替で雑木林の見まわりをした。また、咲夜のからだは放っておくと冷たくなるいっぽうにつき、あたためる必要があった。ウロコの奥には熱源を吸収するあながあり、螢介的にはふれてほしくない部位だが、炎估が指を添えると、咲夜の血色はよみがえる。

「……おい、長いな。もういいだろ。はやく先生から離れろ」

「拗ねるなよ。この男のタマシイはおれのものだ。おまえこそ手をだすな」

「知ってるよ。だから、先生は現世ここにいるんだろ。……でも、いつも雑木林の外にでる方法をさがしていた。そうまでして、日照とひとつになりたがるなんて、おれも容認できねぇよ。目を覚ましたら、まず、叱ってやる」

 洗脳というより、支配に近いのだろうか。咲夜自身は、日照との同化をおそれていなかった。だが、心の叫びを聞き取る螢介は、そうは思わない。巻紙に書き記された文字を読めば、亭主の本心が見えてくる。「こんなもの、ごみだな。燃やしたくなる」という炎估は、わざと巻紙を踏みつけた。

「よせ! これは全部、先生の大切な気持ちなんだぞ」

 そのとき、カタンッと、物音がした。螢介と炎估は、瞬時に耳をすませ、音が鳴るほうへ顔を向けた。何者かが、玄関の硝子ガラス戸をカタカタとゆらしている。

「に、日照が来たのか……」

 卓袱台ちゃぶだいの文鎮を手にして咲夜の肩を抱き寄せる螢介は、ゴクッと、唾を呑んだ。縁廊下の暗がりを見つめる炎估の表情は、いつもと変わらない。

「どうやら、おまえの家族、、が増えるみたいだぞ」

「な、なに? おれの家族?」

 雑木林に、ふつうの人間は立ち入れないはずだ。咲夜を炎估に任せて玄関へ向かう螢介は、よもやの再会をはたす。

『けいすけ~っ、げんきにしていたか~? ただいまかえったのだぁ!』

「ネ、ネコ!? おまえ、いままでどこに……っ」 

 人型のネコは、両腕を前に交叉こうさして、もふっとした三匹の仔猫をいていた。「それは?」と訊く螢介の足もとを、斑猫ぶちねこのフッチがすり抜けた。ニャアニャアと、ネコとなにやら会話を交わすと、フッチは仔猫を一匹ずつくわえ、座敷の押入れへと運んでいく。

「おい、ネコ、どうなってるンだ」

『どうって、なにがだ?』

「その仔猫は、どこから拾ってきたんだ……よ、あっちィ!?」

 いきなり首筋に火がちらつき、ふり向くと、あとからやってきた炎估に指でひと撫でされた。

「なにするんだよ! 火傷やけどするだろうが!」

「まぬけ。その黒猫は妊娠していた。見たところ、たねはフッチのようだな。気温が低い雑木林での出産は具合が悪い。外で、産んできたのだろうさ」

「そ、そうなのか?」

『そうなのだ! 5ひきいるのだ!』

 ……ん? 五匹? 頭数が足りないような。フッチが三匹目をくわえていくと、ネコの胸もとからピョコンと、さらに二匹の仔猫が顔をだした。……うおぉ、マジか。フッチのやつ、子宝に恵まれたな。いつのまにネコと交尾したンだよ……。

「ネコ、玄関だと寒いだろ。中にはいれよ。とにかく、元気に帰ってきてくれてよかったぜ」

 螢介は、ネコの笑顔を見て安堵した。にぎやかな日常になれば、亭主が目を覚ますかもしれない。彼らの生命活動は永遠とわにつづく。さくや亭が、このにあるかぎり──。


〘おわり〙


※物語をお読みくださり、誠にありがとうございます。螢介の聞書という能力をもっと活躍させたかったのですが、今話の[第一部]をもちまして、いったん完結とさせていただきました。第二部の連載は、日照の設定と構成を見直し中につき、しばらくお待ちいただければ幸いです。ここまでお付き合いくださった方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
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