花屋の満開ツインズは食べられたい

み馬下諒

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魅惑のチラリズム

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 A few weeks ago(数週間前)


「あなたがユウタロウさんですか? お話はうかがっています。初対面だと驚きますよね。ぼくたちは双子なんですよ。先日はあさひが失礼しました。ぼくは、弟のあかねです」

(なるほど、双子とはね。たしかに顔はそっくりだが、言動の落差が激しかないか)
 
 ハンカチを差しだす茜は、なぜかからだに合わないシャツを着ている。雨のふるなか、説明のためフラワーショップ・フルブルームへやってきた山吹は、ぬれた黒傘を折りたたみ、軒下で水滴をはらった。

「どうもこんにちは、茜くん。わたしは山吹湧太郎と申します。藤咲ふじさきかえでさんは、ご在宅でしょうか」

「はい、かえでおばあちゃんなら二階にいます。ご案内しますので、どうぞなかへはいってください」

「お邪魔します」

(茜くんは敬語で話すんだな。……双子とはいえ、しゃべり方ひとつでこんなに印象が変わるとは、ふしぎなものだな)

 ツインズを見分ける方法は、いくつかある。兄のほうが態度に遠慮がなく薄着で、弟は丁寧なことばづかいとサイズの合わない服を身につけている。パッと見ではわかりづらいが、弟のほうが兄より二センチほど身長が低い。体格に大きな差はなく、髪型もほとんど同じに見えた。


 花屋の店内には、作業台の奥に住居部分につながる階段がある。革靴を脱いで二階へと進む山吹は、木造の階段がギシギシと軋む音を立てるたび、緊張感が増した。

 営業マンの仕事は、新規契約を結び、売りあげをのばすこと。企業が収益を得るためとはいえ、保険を商品として扱う以上、他社との既存契約を見なおしたいという問い合わせについては、とくに慎重なアプローチが要された。将来や生活に不安を抱える高齢者は多く、まずはヒヤリングをして、相手の健康状態を把握する。

 先に階段をのぼる茜は、海外へ出張している父親の服を身につけていた。簞笥にしまっておくだけではカツオブシムシ類の害虫がつきやすく、服に穴があいてしまうからだ。花屋では空気を清潔に保つため、薬剤が散布するタイプのスプレーなどは使わないようにしていた。

(下は五分丈のスパッツか。ひかがみがまぶしいぜ。……この双子、どっちも肌が白すぎやしないか?)

 いきなり半裸で登場した兄と異なり、弟の恰好はだいぶマシである。そう思っていると、「スリッパです」といって山吹の正面でしゃがみ込む茜は、Vネックのすきまから胸もとがのぞいて見えた。

(うおっ、乳首……!)

 薄紅色の突起物を直視した山吹は、とっさに顔をそむけた。旭の半裸につづき、茜の胸もとまで見てしまった山吹は、心臓がドキドキと高鳴った。

(落ちつけ、落ちつけ。まずいことはなにも起きちゃいない。乳首くらい、男なら温泉や銭湯や海やプールに行ったとき、意識して隠さない部位だ)

 迷走する思考を帰結させて平静なふりをする山吹は、スリッパをはいて廊下を歩いた。

「ユウタロウさんは、おいくつなんですか」

「二十八だ」(急にふり向かれて敬語を失念した)

「そうなんですか。見えませんね」

 ほめことばだろうか。山吹は首をかしげつつ、双子の年齢をたずねようとしてやめた。あくまで、個人情報が必要なのは彼らの祖母である。プライベートな会話は、説明のあとで充分だろう。

「かえでおばあちゃん、保険会社のユウタロウさんが来ました」

 廊下に立って声をかける茜は、「どうぞ」という返事を待ってから、障子戸をスラッとあけた。「ぼくはお茶を淹れてきますので、ユウタロウさんはなかへおはいりください」取り次ぎに礼を述べ、山吹は双子の祖母と卓子つくえをはさんで坐った。藤咲家に嫁入り後、夫亡き今、双子の世話を引き受けている楓は、座面の低い高齢者用の座椅子にもたれていた。

「初めまして、こちらの地区を担当している山吹湧太郎と申します。この度は、ご連絡をいただきまして、誠にありがとうございます」

 卓子に山吹の名刺とパンフレットが置いてあった。数日前、店先で旭に渡したものである。老婦人はにっこり笑い、「こんなところまで出張ですか。ご苦労さまです」という。かすかな異変に山吹は気がついた。通院歴や持病の有無を確認するうち、「失礼します」といって、障子戸がひらく。茜は盆に茶碗をせてもどり、山吹のほうへ湯呑みを差しだした。

「どうもありがとう。きみも坐れば」

「ぼくは店番をしていますから、お気になさらず。ご用がありましたら、いつでも声をかけてください」

「そうか、わかったよ」

 退出するさい、茜は心配そうな顔で祖母を見つめた。それから、静かに障子戸をしめた。一階へもどった双子の弟は、入荷した切り花を商品棚の花瓶へふりわけ、二階から聞こえてくる話し声に耳を傾けた。


「あのひとが、ヤマブキユウタロウさん……。旭の云ってたとおり、まじめそうなひとだな……」


 なんの前置きもなくハンカチを差しだしたとき、山吹は「きみのほうがぬれてしまうよ」といって、茜の正面に立ち、雨よけになってくれた。

「それに、とてもやさしかった」

 貸したハンカチは洗って返すといって、山吹が預かっている。花屋には新しい雑巾やハンドタオルを常備していたが、ガラス戸の向こう側に人影を見つけた茜は、とっさにじぶんの私物ハンカチを差しだした。兄から山吹の来訪予定は報されていたので、保険会社の人間であることは察しがついた。


「ぼく、なんでドキドキしてるの?」


 さりげない配慮ができる山吹に、一方的な理想を描いて一目惚れしたのだと思う。だが、初めての感情にとまどう茜は、山吹の存在があまりにも異質すぎて困惑した。


❃つづく
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